006



それから毎日は相変わらず忙しかったけれど、私は何となく落ち着かずに毎日を過ごした。
そしてある朝、一隻の哨戒船が戻ると、町には瞬く間にうわさが駆け巡った。

領主の息子で次期騎士団長であるスノウが、艦長でありながら海賊を前に敵前逃亡したこと。
逃げたスノウに代わってラズロが指揮をとり、戦闘員を皆失っても最後までたったひとりで戦い、あの悪名高い海賊ブランドを打ち倒したこと……。

町中どこへ行っても、誰もがその噂を話していた。それは残酷な毒のようだった。
私は噂を聞きたくなくて、苦しく思いながらなんとか仕事をしていた。酒場は特に、そういう噂で持ちきりだったからだ。

「あんた、顔色悪いよ?ちょっと、休憩してきたら?」

注文を伝えに行くと、奥さんにそう言われたが、私は首を横に振った。

「大丈夫です。」

そう言った時、ちょうど店のドアが開いた。

「あ、お客さん……」
「海賊が攻めてきたぞー!!」

にわかにどよめく店内。誰もが席を立ち、窓に駆け寄った。

「港に海賊船が来てるぞ!」
「騎士団は何やってるの!?」
「おい!まさか上陸しないだろうな!?」

さあっと血の気が引いて、たち眩んだ。奥さんに支えられ、何とか踏みとどまる。

「ちょっと!騒ぐんじゃないよ!窓を閉めて、ドアに鍵をかけな!!あんた!裏口も閉めてきて!」

奥さんが怒声を張り上げ、尻を叩かれたように客の漁師たちが窓とドアの施錠をし、厨房にいた酒場の主人も裏口に駆け寄って鍵をかけた。

「いい?きっと騎士団がなんとかしてくれる。それまで待つんだよ。」

静まり返った店内に、奥さんの声が響いた。誰も反論せず、口をつぐんでいる。
私は奥さんに励まされるように肩を叩かれ、姿勢を正した。今、ラズロたちが戦っているんだ。そう思って、ゆっくりと窓辺によると、お客さんたちが道を開けてくれた。
窓から港を見ると、まさに今、騎士団の空色の帆を掲げた戦艦が数隻、海賊船に向かっていくところだった。

皆で息をのんで見守った。
紋章砲が発射され、爆発音が地響きのようにここまで響いてくる。

「ああ!」

誰かが声を上げた。騎士団の船が砲弾を受けたのだ。しかしすかさず、もう一隻が海賊船の反対側に回り、挟み撃ちにした。

「おお!1隻沈めたぞ!」
「見ろ!やつら、逃げていくぞ!」

わっと歓声が上がり、皆が胸をなでおろす。安堵して目に涙を浮かべる女性もいた。私も安堵して、逃げていく海賊船を見つめた。

「んっ?おい、待てよ。なんであの船……」

誰かが呟いた。みると、騎士団の船が1隻、単独で海賊船を追って行く。それに気づいた海賊船は進路を変え、砲門を向けた。

「おい!なにやってんだ、あの船は!たった一隻で……!」
「敵うわけない……やられちまうぞ!」

あれは……あれは、きっとスノウの船だ。
胸がざわついた。知っていたから、私はさほど取り乱さずに済んだが、いざ目の前にすると彼の行動がいかに無謀な事かがよくわかる。逃げて、と叫びそうになった。
その時、待機していた中の1隻が、スノウの船の後を追った。おお!と安堵の混じった歓声が上がる。海賊船も、2対1では不利だと悟ったのか、また進路を変えて逃げて行った。

「ああ、よかった!助かったあ!」
「まったく、誰が艦長だったんだ?あの無謀な船は……。」

戦いが終わったのを見届けて、私は窓から離れた。
あの日から――あの特別任務から帰還した日から、スノウが私を訪ねることは、結局なかった。




昼下がり、お客さんの来店も一旦落ち着いて、奥さんにお使いを頼まれた。
港の道具屋まで行くと、若い女の子たちが港に集まっているのが見えた。何かあるのだろうか、と不思議に思いながら、道具屋に入り、頼まれた物を購入する。

「ああ〜〜、リルちゃんだあ!」

可愛らしい声がして、振り向くと、店の棚に品物を並べているチープ―がいた。

「いらっしゃ〜い!」
「チープ―さん、こんにちは!」

彼の大きな瞳は薄暗い店内でまんまるくなっていて、おもわずそのふわふわの体に抱きついてしまいそうになる。

「いまね〜、ぼく、お留守番してるの。」
「あ、そうなんですか?じゃあおじさん、いないんですね……。」
「倉庫にどうぐを取りに行ってるから……う〜んと、まだしばらくは帰ってこないかなぁ。」

そううなるチープーに相槌を打って、私は店内の棚を見て回った。

「じゃあ、これと……これを3つ、ください。」
「は〜い、まいどあり!」

会計を済ませ、品物を受け取ると、チープ―は店の外まで見送ってくれた。
港に出ると、きゃあっ!と女の子たちの黄色い声が響いていた。
先ほど女の子たちが集まっていた方を見ると、彼女たちは男の子を一人取り囲んで、何やら詰め寄っている。

「ね、これから暇?私と遊びに行きましょうよ。」
「ちょっとお、私が先に声をかけたのよ。」
「そんなの関係ないでしょ!誰を選ぶかは、ラズロが決めるのよ!ね、そうよねラズロ?」

ラズロ?私は驚いて、彼女たちの輪の中にいる人物を探した。すぐに、彼は見つかった。あの後ろ姿は絶対にラズロだ。あの赤い鉢巻は……。見間違えるはずはない。
彼があんなに女の子に人気があるとは知らなかった。でも、当然かもしれない。スノウが逃げ出したあと、艦長の座を引き継ぎ、あの有名な海賊ブランドを打ち倒した、期待の騎士。皆が甘く見ていたラズロが思わぬところで挙げた名声に、驚かなかった人はいないだろう。今となっては、ラズロが次期騎士団長だと噂する人まで出てきている。

「どうしたの?」

チープーが不思議そうに私に声をかけた。

「あ……ううん、なんでも…ありません。」

私は首を横に振り、またラズロの方を見た。ラズロは一瞬こちらを見たような気がしたが、遠くてよくわからなかった。

「……帰ります。ありがとう、チープーさん。」
「うん、またね〜。」

チープーに手を振られ、私は帰路についた。港の方を振り向かないように気をつけながら。



 



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