002

ラズロはキナをつれてスノウと合流し、いくつかの報告と連絡を済ませた後、キナを船室へ連れて行った。

「まだ時間があるから、これに目を通しておいてください。」

そう言って渡された表を、キナは受け取った。哨戒船における小隊の当番表だった。

「はい。」

キナが集中し始めたのを見て、ラズロは扉へ向かった。

「すぐ戻ります。」

そう言い残して、ラズロは甲板へ出た。

扉を閉め、船首の方へ向かうと、わっと3人の少年が駆け寄ってきた。

「ラズロ!今の子、誰だよ?」
「…本国の騎士団からの研修生だよ」

ラズロの返答で、興奮気味だった3人の少年はふと落ち着きを取り戻し、納得を得たような顔になった。それを見てラズロが怪訝な顔をすると、3人は互いに顔を見合わせ、はにかんだ顔をラズロに向けた。

「あの子、可愛いよな?」
「ラズロ、仲良いなら紹介してくれよ」
「俺も、俺も!な、頼むからさぁ」

「いや…僕もさっき、知り合ったばかりだし…」

ラズロが困惑していると、ギィ、と背後の扉が開く音がした。振り返ると、表を手に持ったキナが、目を丸くしてラズロを見つめていた。

「ラズロさん。お話し中、すみません。」

ラズロたちの様子を窺いながら、キナが断りを入れた。

「これ、すべて頭に入りましたので、お返しします。」
「あ…、うん。お疲れ様。」

キナから表を受け取り、沈黙が流れると、ラズロは少年たちからの圧力を感じた。キナ自身も、自分に興味津々の視線を送る少年たちの存在を、居心地悪そうにしていた。ラズロは少し体を避けて、少年たちをキナの前に並ばせた。

「同期の見習いだよ。」

ラズロの言葉をきっかけに、少年たちはそれぞれ名乗り、挨拶をした。

「はじめまして。本国から研修に来ました。キナです。よろしくお願いします。」

キナもそれに応えた。それから、4人を一通り見て、沈黙した。

「それじゃあ、キナ、スノウの所へ行ってて。僕も、報告を終えたら行くから。」
「はい。」

ラズロに促され、キナはほっとしたように一礼し、立ち去った。とたんに、少年たちはラズロにしきりにお礼を言って、それぞれの持ち場へ戻って行った。

哨戒船はゆるやかに海上をすべり、ラズリルへの航路を進んだ。

しばらくして、見回り当番の時間が近づいてくると、小隊のメンバーが集まった。スノウをリーダーに、ラズロ、ケネス、ジュエルの4名のメンバーで、そこへキナを追加した、5名のメンバーに変更となることを確認し、いよいよ魔物の警戒に当たることになった。
ジュエルは、キナを美人だ美人だと褒めそやし、随分上機嫌だった。ケネスはクールだったが、時々本国の話や紋章部隊についての質問をキナに投げかけ、その回答を興味深そうに聞いていた。チームとしては、なかなかいい相性なんじゃないかな、とスノウが満足げに言った。

「本国はどんなところなんだ?」
「首都と、それに近い町はとても整備されています。いくつかの町を包括的に市として、それぞれの市に議会と騎士団の支部が置かれて、政治面でも武力面でも統治されています。」
「ふたつの権力があって、もめ事にはならないのか?」
「いいえ。議会と騎士団は対等な立場で相互扶助の関係にあります。執行できる罰や裁決できる条例も分類されていて、審理監査する機関が独立して設けられています。」
「審理監査する機関とはどういうものなんだ?」
「簡単に言えば、裁判所です。本国の首都に、最終審判所という機関があり、そこでされた決定が最終的な決定事項となります。その下に、それぞれの市に、第1審判所、第2審判所があります。」
「なるほど…、第2審判までは、異議を唱えることができるわけだ。」
「そうなります。」

「あ〜〜〜〜っ!!!」

ジュエルがケネスとキナの間に割って入り、うんざりした声を上げた。

「そんなよくわかんないことはどーーーでもいいの!ね、キナ、本国の騎士団ってどんな感じ?イケメンはいる?」
「ここの海上騎士団と比べるならば、本国の騎士団は保守的で閉鎖的と言えます。個人的主観からの意見は置いておきますが、一応、騎士団員の中には市民がファンクラブを作って応援している団員もいます。」
「ファンクラブ!?すごい!きっとすごいイケメンなのね!ねえ、ねえ!その人、どんな人?仲良いの?」
「私の兄です。仲は良いと思います。」

「え!?」

ジュエルは目を丸くして、ぽかんと立ち尽くした。と思ったら、勢いをつけて再び身を乗り出してきた。

「お兄さんイケメンなのね!!齢は!?彼女はいる!?紹介して!!」
「おい、ジュエル……」
「齢は20歳、婚約者がいます。」
「ええ〜〜〜っ!!婚約者!?なーんだ……」
「ジュエル……」

ケネスが呆れたように溜息を吐いた。

「兄弟はお兄さんひとり?」
「いえ、弟もひとりいます。」
「え!齢は?彼女は?」
「まったく、君は……」

今度はスノウが呆れて苦笑を浮かべた。

「まだ8つですが、婚約者がいます。」
「何だ、まだ子供……って、ええっ!?」

興味がなさそうに踵を返したジュエルが、目を丸くして振り返った。

「なんでそんな小さいうちから婚約者がいるの!?」
「弟は将来、叔父の仕事を継ぐことになっていますから、従妹と婚約することになっているんです。」
「なによそれ!?じゃあ、お兄さんは?」
「兄は、父の仕事を継ぐのだと思います。婚約者は、父の上司の娘です。」
「ええ!?そんなの、本人はどうなのよ!?いいの、それで!?」
「兄も、弟も、婚約者の方とは、幼い頃から親しくしていますし…お互いに、受け入れています。」
「ええ〜…??」

ジュエルは納得がいかないといった様子で苦い顔をした。

「じゃあもしかして、キナも婚約者がいるの?」
「はい。」

キナがあっさり頷くと、今度はジュエルだけでなく、他の面々も顔をこわばらせた。

「それってどんな人?」
「あまり会ったことがないので、わかりません。」
「会ったことがない!?なんで?いいの?それで?」
「……。」

キナが黙り込んで俯いたので、ジュエルがはっとして口を継ぐんだ。その背中を、諫めるようにケネスが小突いた。

「……さあ、ほら、仕事に取り掛かろう。」

スノウがそう声をかけて、5人はやっと、魔物の警戒に取り掛かった。

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