003

見張りや、魔物の警戒、伝令等の当番がない時間には、キナは倉庫で物資の確認の手伝いをしたり、甲板で海を眺めたり、船室で航海日誌や哨戒に関する資料の説明を受け、目を通したりしていた。
椅子に腰かけてじっと分厚い航海日誌に目を落としているキナは、もはや人形のように見えた。細く白い手足、顎ほどの長さの暗い茶髪、その毛先の下から覗く白い首、小さな顎。そして、赤い小さな唇、つんと尖った小さな鼻、伏し目がちでどこか眠たげな、けれども大きな丸い瞳。本国の紋章部隊の制服だという白とインディゴブルーのローブと、細く白い足首に巻かれた、インディゴブルーのパンプスの大ぶりなアンクルリボンも、繊細に美しく作られた人形を着飾って見る者を魅了するための飾りのように思える。
そんなキナが、年ごろの少年少女ばかりの小さな哨戒船中の噂になるには、そう時間はかからなかった。

「おい……おい、ラズロ!」

見張りの当番に向かう途中、ラズロは物陰から同期の少年たちに小声で呼び止められた。周りの目を気にしながらも必死の形相でラズロを手招く彼らに、何かあったのかとラズロは駆け寄った。

「どうしたの?」
「ラズロ、あのさ、あの子…研修生のキナちゃんて、お前の小隊に入ったんだろ?」
「そうだよ。」
「それって、団長がそうしろって言ったのか?」
「いや、僕とスノウが副団長に任されたから、とりあえず同じ小隊にと…」
「それならさ!俺たちの小隊に移してくれよ!な!恩に着るからさ!」
「そうそう!ラズリルに戻ったら、飯奢るから!」
「……。」

両手を顔の前で合わせ、必死に懇願する少年たちに、ラズロはすぐには二の句が継げなかった。

「でも……今からまた変更となると、皆も何て言うか」

これは本心だった。こうしてキナと同じ小隊にしてくれと頼まれたのは、これが初めてではなかったのだ。

「じゃ、明日からでいいよ!それなら不自然じゃないだろ?」
「な、頼むよラズロ。お前からスノウに提案すれば、できるだろ?それとも、お前もキナちゃんと同じ小隊が良いからだめだっていうのか?」
「そういうわけじゃ……」

今度ばかりはしつこい。だが、彼らの個人的な感情に沿って無責任にキナの担当を変えることは好ましくない。だいいち、それを独断で行える立場でもないのだ。

「僕が決めることじゃないから、できないよ。」

困ったように、しかしきっぱりとそう告げると、少年たちは目に見えて落胆した。

「それじゃあ、悪いけど、見張り当番があるから。」

ラズロはそう言い残して、彼らをおいてその場を立ち去った。


「ラズロさん。」

階段を上りきったところで、また呼び止められ、振り向くとそれがキナだったので、ラズロは驚いて返事も忘れて佇んだ。

「ラズロさん?」

キナの表情に怪訝な色が浮かんだ。ラズロは我に返って、キナに向き直った。

「ラズロでいいよ。どうしたの?」
「恐れ入ります。先ほど、何人かの方に小隊を移るように言われたのですが、どの小隊に移ればよいのでしょうか?それと、どなたかに小隊の変更を報告するべきでしょうか?」

ラズロは驚いて目を丸くした。

「誰に言われた?」
「えっと……」

キナは困ったように視線を斜め上に彷徨わせた。

「…すみません、5名ほどいたのですが、名前を失念してしまいました。」

ラズロはその5名に呆れてため息をこぼしそうになった。

「ごめん、いいんだ、気にしないで。小隊の変更はされてない。もし今後、誰かに言われたとしても、従わなくていい。変更されるとしたら、団長か副団長かスノウか…それか僕から伝えることになると思う。」
「……はい、わかりました。」

いまひとつ腑に落ちない様子ながら、キナは了解した。

「当番ですか?」
「ああ……うん、見張りだよ。」
「よろしければ、ご一緒しても?」
「いいけど……」

ラズロは頷いて、キナを見た。キナは人形のように美しい顔に、かすかな微笑を浮かべた。

「本国の部隊では、見張りというものをしなかったので、自信がないのです。教えていただけますか?」

この言葉に納得して、ラズロは頷いた。

「もちろん、いいよ。」

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