005

無事に航海を終え、哨戒船は静かにラズリルの港へと入港した。時刻は昼過ぎだった。
少年少女たちは空腹を喘ぎながら下船し、それぞれの小隊ごとに報告事項をまとめ、反省会をした。

「じゃあ、僕は団長に報告書を届けるから、行くよ。」

スノウが、4人にそう告げて騎士団の館へ入って行くのを見送ると、ジュエルとケネスもラズロとキナに向き直った。

「あたし、お腹すいたから先に帰るねー。」
「俺ももう戻る。またな」

そうして港に残ったラズロとキナは、互いに顔を見合わせた。

「館に案内するよ。ついて来て」

ラズロが言うと、キナは荷物を抱えて頷いた。

館の中庭を通って、右側の棟に入り、厨房の前を通って、階段わきの扉を開けると、小さな部屋が用意されていた。

「ここは、もともと倉庫だったんだ。こんな部屋でごめん、宿舎の空きが無いらしくて。」
「いいえ、ありがとうございます。」

キナは部屋の中へ踏み入り、荷物を壁際に置いた。

「それで……、ええと。今の時間だと、もう館の食事の時間は終わってるから、自分でどこかで食べてこなくちゃならないんだけど、よかったら案内するよ。」
「あ……はい、じゃあ、ぜひ。」

キナがにっこりとほほ笑むと、ラズロは安堵した。

「じゃあ、行こう。」
「はい。」


***


ラズロに案内されて、キナは館を出た。港に溢れる騎士団の少年たちが、ちらちらとキナを振り返る。それを気にした様子もなく、キナはラズロの少し後ろを並んで歩いた。

「おうラズロ、ごくろう…さん……」

門番の青年が、気軽にラズロに挨拶をしたが、驚いたように目を丸くした。

「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」

ラズロと並んで敬礼する、見慣れない美しい少女に、門番は目を奪われた。ふたりはそんな門番の様子には構わず、速やかに踵を返して、並んで市街地の方へ去って行った。

ラズロに案内されてやってきたのは、市街地の大通りだった。キナは賑やかな露店街を見渡して目を輝かせている。

「ここだよ。」

ラズロが立ち止ったのは、「まんじゅう」と書かれたのれんを下げた露店だった。

「カニ入り肉まん。」
「ああ!」

にんまりと笑うラズロに、キナは目を輝かせた。

「すみません、カニ入り肉まんふたつ。」
「はいはい!…あら?ラズロじゃないの!」

露店の恰幅のいい女が、真っ赤な頬を光らせて満面の笑みを浮かべた。

「あっらー!やだぁ!ラズロったら、そんなに可愛い子つれて来て!!もしかして、彼女!?」
「違いますよ。本国の騎士団から、研修で来ている……」
「キナと申します。こちらの海上騎士団で、2年間の研修のためお世話になっています。よろしくお願いします。」
「あらあら!そうだったの!ごめんなさいねえあたしったら!」

女は真っ赤な頬をもっと真っ赤にして、はにかんだ笑顔でおまんじゅうを二つくれた。

「はい、カニ入り肉まんふたっつね!お詫びもかねてキナちゃんの歓迎ってことで、これはあたしからの奢り!はい、熱いから気を付けてね!」

そう言ってぐいぐいとおまんじゅうを差し出され、二人は恐縮しながら受け取った。何度もお礼を言って、大通りを戻って港へ戻ると、二人は波止場に並んで腰かけた。
まんじゅうは大きくて、キナの顔ほどの大きさもあった。
ラズロは大口でまんじゅうにかぶりついた。それを見て、キナも意を決したようにまんじゅうにかぶりついた。口の中にじゅわっと広がる肉汁と、しっかりとしたうまみの奥深さ。なじみのない風味は、柔らかな塩辛さの中にさっぱりとした甘みがあって美味しい。キナは大きな目を輝かせてラズロを見た。

「おいしい!これが、カニなのね」

ラズロは満足げに笑って、もうまんじゅうを半分ほど食べていた。キナがそれに気づいて急いで食べようとすると、ゆっくり食べてくれとラズロは言った。
当然だがラズロの方が先にまんじゅうを食べ終え、静かに波止場に座ってキナがまんじゅうを食べ終わるのを待っていた。ほどなくしてキナも食べ終わり、二人はどちらからともなく立ちあがって、顔を見合わせた。

「じゃあ、剣術の訓練が始まるから、館に戻ろう」
「はい。」

午後いっぱい、訓練生は剣術の訓練がある。キナは、本国での訓練生時代にも、それをしたことがあった。訓練生時代から紋章部隊志望だったが、騎士団に入る以上は、一通りの戦術を学ぶのだ。いつなんどきも、自分の扱える武器が手元にあるという保証はない。だから、紋章部隊を志望した者、または配属された者でも、剣術や体術など、一通りの戦闘術の基礎を学ぶ。それは逆もしかりで、紋章部隊を志していない者も、同様に紋章の訓練を受け、一定の技術は身に着けるべきだとされている。
キナたちが館に戻り、訓練場へ入った時、多くの少年たちが振り返って頬を赤らめた。その中で、スノウが手をあげて二人を呼んだ。

「よし。全員そろったな。それじゃあ、始めようか。」

スノウはそう言って、5人を見渡した。

「4人組の小隊同士で5戦手合せをするから、僕たちのチームは順番で一人抜けよう。まずは、僕が抜けて見ているよ。」
「わかった。」

スノウが提案すると、ケネスが頷いた。

戦闘では、その個人の特色がある。キナは詠唱をしながら、一歩引いてそれぞれ皆の戦い方に目を配った。
まず、ジュエルはとても自由で、自分の思うままに、一瞬の躊躇いもなく相手の懐に突っ込んでいく。しかしそこに無謀さはなく、きちんと自らの力量を理解し、それを限界まで惜しみなく発揮した戦い方だ。彼女らしい、見ていて気持ちのいい戦い方だった。
次にケネスは、やはり彼らしく、戦闘が始まっても冷静さを保ち、相手の隙を的確に攻める。それに加えて、ジュエルの隙が生まれがちな背中を、さりげなくフォローしている。彼がチームにいるだけで、安心感が生まれるだろう。
そしてスノウは、どこか危なっかしい印象を受けた。自分の力量以上に力を発揮しようとして、空回りしている。一生懸命ではあるのだが、隙が多い。そのフォローを、ケネスやラズロがあくまでさりげなくしている。ただ、相手もスノウには遠慮があるのか、あまりその隙があだとなることはない。訓練中はいいだろうが、実戦となると彼は危ないだろう。
最後にラズロは、なんだか不思議だった。剣の振るい方にどこか余裕がある。きっと、もうひとつ剣を与えても、使いこなせるんじゃないだろうか。常に周りに気を配り、自分の対峙する相手にも決して気を抜かない。なんだか、戦場を広い範囲で把握できているように見えた。離れた敵や味方の動きにも敏感で、彼の行動は常に誰かのフォローにつながる。彼がチームにいるだけで、全体の戦闘力が底上げされている。
キナはあくまで紋章で彼らを支援しながら、最低限自分の身を守るやり方で、手合せをこなした。

時間はあっという間に過ぎ、空が赤く染まると、今日の訓練がすべて終わった。各々、風呂へ行ったり食事へ行ったりして、訓練場には人がいなくなった。
スノウは大通りの先にあるお屋敷に帰り、ケネスは調べ物をしたいからと館の書庫へ、ジュエルはシャワーを浴びたいと宿舎へ戻って行った。
ラズロが館の食堂へ案内してくれるというので、キナがそれに甘えようとしたところ、カタリナがやってきてキナを呼び止めた。

「食事が終わったら、団長のお部屋へ来てください。ラズロ、悪いけど案内してあげてちょうだい。」
「はい。」

2人が了解したのを確認すると、カタリナは館へ戻って行った。
2人はカタリナが入って行った扉とは別の棟にある大きな扉に入り、にぎやかな廊下を進んで大きな食堂へ入った。

「日替わりの定食が出るんだよ」

と、ラズロが教えてくれた通り、今日の定食は白身魚とカニのフライ、と入り口の木の板に書いてあった。
ラズロに教わりながら、カウンターの行列に並び、トレーを受け取ると、とても美味しそうにふっくらと揚がったフライと、彩り鮮やかなサラダ、それに添えたマッシュポテト、そしてパンとミルクが並べられていた。

「わあ、美味しそう!」
「すごく美味しいよ。騎士団の料理人のフンギの料理は、結構有名なんだ。」

ラズロの言葉にキナは感心したような歓声をもらし、二人は大テーブルの端に向かい合って座った。

「これがカニなのね」

キナは、エビフライのようにカニの足を揚げたものをつまみあげてしげしげと眺めた。ラズロは、美味しいよと言わんばかりに自分のカニフライを頬張った。それを見て、キナも意を決してかぶりついた。

「! おいしい!」

目を丸くしてキラキラさせるキナに、ラズロは自然と笑みを向けた。

「驚いた、カニって甘いのね……それに、すごく柔らかい。」
「カニの身は柔らかいんだよ。エビと同じだ。」
「あ……なるほど、エビは知ってるわ。そっか、硬いのは殻だったのね」

ごく当たり前のことを大真面目に呟くキナがおかしくて、ラズロは微笑ましい気持ちになった。
キナはもくもくと食事を進め、ほとんど空になったお皿を眺めて呟いた。

「ふう…こんなにおさかなを食べたのは初めてだわ。お肉よりさっぱりしていて食べやすくて、私、大好きになっちゃった」

にっこりと、そう言ったキナの言葉が、ラズロの耳の奥にいつまでも強く残った。

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