少女への贈り物



ラズロたちはひと眠りすると、ルイーズの食事で腹ごしらえをして、ようやくリノに頼まれた仕事を始めることにした。

「じゃあ、まずはその……遺跡に行かなきゃならないのか?」

ラズロの話を聞きながらケネスは言って、食後のコーヒーを口に含んだ。

「その遺跡で、ラズロのその……紋章のことが、何かわかるのかな?」

ジュエルは首をかしげ、レモンシャーベットをスプーンに掬った。その隣でチープーは話を聞いているのかいないのか、夢中でアイスミルクを飲んでいる。
ラズロは自分の左手を気にしながら、それを振り払うようにアイスティーを一気に飲み干した。するとジュエルが思いかねたように言葉を続けた。

「ねえ、でもその前に、キナの様子を見に行こうよ。」
「そうだな。元気になっていたら、ここに呼ぶこともできるだろう。」

ケネスは賛同し、すぐ後に思い出したように、キナが来ると言えばだが、と付け足した。無人島での生活と脱出を共に乗り越えた仲というだけあって、彼らにはすでに、無意識な仲間意識が芽生えているのだった。

「じゃ、何かお見舞い持っていかないとね。何がいいかな?」
「やっぱり、食べ物がいいんじゃないか?」
「じゃあ、俺、チーズ!」
「チープーのお見舞いじゃないんだけど……。」

「……それなら、考えがあるんだ。」

わいわいと話し始める3人に、ラズロがこっそりと申し出ると、3人ともぴたりと話をやめてラズロを見た。ラズロは急に注目を集めたことで居心地悪そうに言葉を続けた。

「キナは、靴が欲しいって言ってたんだ。」

するとジュエルがぽんと手を叩いた。

「そうだね!そういえばキナ、裸足だったよね。船から落ちたって言ってたから、その時脱げちゃったのかなぁ。」
「そうかもしれないな。なら、靴を買って行ってやろう。」
「さんせーい!……でも、チーズは買わない?」
「チーズはいらないだろう。だが、何か食い物は持って行くか。」

話がまとまって、4人はさっそく町の方へ出かけた。にぎやかな街で、住人は皆楽しそうに豊かに笑っている。皆王であるリノを信頼し、尊敬し、慕っているらしい。どう見てもここはとても良い国で、ラズロたちはもう、自分たちもオベル王国を好きになり始めていることに気が付いた。

「あ!ここ、見てみようよ。」

町の露店の前でジュエルが立ち止った。シンプルな革靴から少女が喜びそうな飾りのついた靴まで、さまざまな靴が揃っている。ラズロはその中の一つ、何の変哲もない丈夫そうな革のブーツを手に取った。

「えー、そんな靴じゃつまんないよ。どうせなら…」

ジュエルは顔をしかめてラズロの手元を見てから、白いアンクルリボンのついた革製の可愛らしいサンダルを選び取った。

「こっちの方が断然いいって。ね?どう?」

「女の子の靴は、よくわからないけど……」
「もっと丈夫な靴のほうが良いんじゃないか?」
「おれ、先に食べ物屋さんに行ってもいい?」

首をかしげ、少年2人とネコボルトの前にサンダルを掲げて見せると、その3名の反応は期待外れのものだった。とたんにジュエルは笑みを失せ、肩を竦めてため息を吐いた。

「もー、男ってわかってないなぁ。女の子はこういう方が喜ぶんだから!それにこれ、絶対キナに似合うよ。ね、これにしよ!」

ジュエルがそう言い張るので、一行はそのサンダルを購入し、ついでに果物も買って王宮へと向かった。王宮にはセツがいて、医務室の場所を尋ねると既に事情を知っていたらしく、すぐに案内してくれた。
医務室の前には警備の兵がいたが、警備と言っても名目上のものらしく、ラズロたちがやってくると「ああ、聞いてるよ」と友好的に笑みを浮かべ、あっさりと室内へ通してくれた。
扉を開くと、消毒液のにおいのする室内にベッドが並んでいて、その一番手前のベッドにキナがいた。キナは淡い桃色の患者服に身を包み、クッションを背にあてて上半身を起こしていて、看護士らしき白衣の女性と話をしているところだった。
ラズロたちが部屋に入るとすぐにキナは気が付いて、笑顔で手をあげた。

「キナー、お見舞いに来たよ!体調はどう?」
「だいじょうぶ?」
「もうすっかり元気だよ。……でも…」

ジュエルがつとめて明るい調子で言い、チープーが心配そうに声をかける。それに対し笑顔で言いかけたキナの言葉を、隣に立つ看護士が引き継いだ。

「まだしばらくは安静にしていただかないと困ります。昨日の夜も熱を出したんですから。」
「……というわけで、行くあてがないならまだ退院しちゃだめって言うの。」
「当たり前でしょう。宿無しの患者さんを外に放り出すなんて、人のすることじゃありません。」

「あの…それなら…」

一連の会話を聞いていたラズロが口を開いた。

「キナも、僕たちと一緒に来ないか?王様から住む場所と、仕事をもらったんだ。だから、ゆっくり休めるところならあるよ。」

そう言うと、キナは嬉しそうに笑みを浮かべ、看護師を見上げた。看護士は仕方がなさそうに、しかしよかったわねと笑みを浮かべて頷いた。

「…行く!行きたい!ラズロ、ありがとう!」

感激するキナに、看護師はベッドの脇の籠から白い服を取り出して渡した。

「じゃあ、はい。あなたの服、洗濯しておきましたよ。」
「あ…!ありがとうございます。」

キナは嬉しそうにそれを受け取って、看護師の助けを借りてベッドを下りた。するとジュエルがラズロの背中を小突き、小声で促した。

「ほら……ラズロ!あれ、渡して!」

ラズロは頷いて、キナの前に行って箱を差し出した。

「キナ…これ。お見舞い代わりだけど…」
「え?私に?いいの?」
「うん!ね、開けてみて!」

ジュエルに促されて、キナは嬉しそうに箱を開けた。そこには可愛らしいサンダルが納められており、キナはそれを取り出すと、笑顔をいっぱいに浮かべて目を輝かせた。

「可愛いサンダル!すごい、嬉しい!ラズロが選んでくれたの?」
「いや、僕…」

ラズロが言いかけると、突如背中を乱暴に小突かれて言葉が途切れ、それに被さるようにジュエルが声を張り上げた。

「うんそうだよ!ラズロが選んだの!キナのために!ねっ、ケネス!」
「あ、ああ」
「あたしたちからはこれ!帰ったら、皆で食べよ!」
「わあ、美味しそうな果物。皆、ありがとう!」

キナは本当にうれしそうに顔をほころばせ、改めて礼を言うと、少し照れたように服とサンダルを抱えた。

「じゃあ私、着替えてくるね。」
「うん。じゃ、あたしたちは王宮の前で待ってるよ。」

キナを見送って、4人は医務室を出た。するとラズロは煮え切らない様子で言うのだった。

「ジュエル、どうしてあんな嘘を?」
「ええ!?どうしてってそんなの、決まってるじゃん。アピールだよ、アピール!」
「アピールって?」
「ほんと鈍いなあ。ラズロとキナをくっつけてあげようとしてるの!ラズロ、キナのこと好きなんでしょ?」

ラズロはにわかに顔を赤くして前を向いた。

「別に、そういうわけじゃ……」
「もー、そんなんじゃ、キナ、誰かにとられちゃうよ。」
「……。」
「…ラズロってば、もっと自信を持ちなよ。ラズロは結構顔も良いんだし、中身も良いヤツだってことは、あたしたちが保証するからさ。きっとキナも、ラズロのこと気になってると思うよ?ねえ?」
「…俺に同意を求められてもな…」

困ったようにケネスが言うと、ジュエルは不満そうに頬を膨らませた。

「もー、ほんと男って、こういうことはダメだね。」

それから得意げに話を続けた。

「ラズロ、あんた、騎士団にいたときも、ひそかに人気あったんだから。そりゃいつも一緒にいたスノウがあんなイケメンだし、人気者だったけど…あんたのほうが良いって女の子も、結構いたんだからね!ほら、同期のミーナとか…」
「そうなのか?」

ケネスが口を挟むと、ジュエルははっとして口に手を当てた。

「あっ…これ内緒だった。」

ジュエルの言葉にケネスはやれやれと肩を竦めた。

「と…とにかく、ラズロ、ちょっとは好きなことしなよ。大きなお世話かもしれないけど……ラズロがキナのこと好きってこと、バレバレだよ。」
「え………。」

黙り込むラズロににやりと笑みを向けて、ジュエルは先に王宮を出て行った。続いてケネス、チープーも外へ出ていき、ラズロもその後を追う。日差しの下は暖かく、気持ちがよかった。王宮は高台にあるため、涼しい潮風が吹き抜けていく。
間もなくして、王宮から白いワンピースの少女が軽やかな足取りで出てきた。日差しの下に出ると、真っ白なワンピースと細い足首に巻かれたアンクルリボンが陽を受けて、純白の羽のように見えた。
ラズロは思わず息をのみ、喜びと苦しさの混じった鼓動を感じた。しかしジュエルから物言いたげな視線を受けていることに気づき、悟られまいと必死に顔をしかめた。

5人は崖道を戻り、洞窟へ向かった。

「この先なの?」

キナが言うと、ジュエルは頷いた。

「気持ちはわかるけど、大丈夫だからね。ちゃんとした場所だから。…一応。」
「この洞窟の先なんだが……不安はあるだろうが、騙されたと思ってついて来てくれ。」
「ちょっとケネス、騙されたとか言って不安をあおらないでよ。」
「た…ただの例えだよ。」

ジュエルとケネスは念を押してキナの心境を案じた。自分たちが初めてここに連れてこられたときも、不安で仕方がなかったからだ。しかしキナは全く疑いのない信じ切った顔で皆を振り返った。

「どうして?この洞窟の中なんでしょ?楽しそう!早く行こう!」
「あ、キナ、暗いから危ないよ。」

そう言って軽い足取りで洞窟の中へ突き進んで行くキナをラズロは慌てて追いかけて行った。残されたジュエルとケネス、そしてチープーは思わず顔を見合わせるのだった。

「怖がるかと思ってたけど……キナって意外と強いね……。」
「まあ……良かったとは思うが……。」
「キナ〜、ラズロ〜!待ってよ〜〜!!」

3人もすぐに、2人の後を追って洞窟に入って行くのだった。



キナは物おじせず迷いのない足取りで洞窟を進み、すぐに灯りを見つけた。ラズロが扉を開いて中へ招き入れると、わあ、と声をもらして頬にえくぼを浮かべた。

「すごい、広いね!洞窟の中にこんな場所があるなんて、なんか変な感じ。楽しい!」

はしゃぐキナを見てラズロは頬をわずかに緩めた。そしてすぐに、後からやってきたジュエルたちも到着した。

「あら?」

ふと声がして、キナが振り返ると、部屋の奥にあるバーカウンターから女性が出てきて、キナの傍へ寄ってきた。

「新しいコね?あたしはルイーズよ。ここで休む時は、あたしに声をかけてね。」
「あ…はい!キナと申します。よろしくお願いします。」
「ふふ……可愛いわね。ねぇリーダーさん?」
「え……」

突然話を振られて、ラズロは戸惑った。それからキナを躊躇いがちに一瞥し、顔を赤く染めた。

「そ…そうですね」

ラズロが頷くと、キナは楽しげに笑ってルイーズと顔を見合わせた。

「ふふ、ありがとね、ラズロ。照れちゃうなー。」

ラズロはからかわれているような気分になって恥ずかしくなり、黙り込んだ。そこへ様子を窺いながらデスモンドがやってきて、「少々よろしいですか」と遠慮がちに口を挟んだ。

「キナさんの寝室の場所ですが、ジュエルさんと同部屋でお願いします。今後、人が増えていくでしょうからね。4人から5人ほどで、相部屋をお願いすることになります、はい。」
「わかりました。」

キナは頷いて、嬉しそうにジュエルを振り返った。ジュエルも笑顔を浮かべていて、2人は目配せをした。

「あ!じゃあ、部屋に案内するよ。」
「うん!」

ジュエルとキナは連れ立ってサロンを出て行った。取り残されたラズロたちは手持無沙汰に顔を見合わせたが、ケネスがあっと声を上げた。

「せっかくだから、これ食っちまおう。」

ケネスは果物を詰めた籠を持ち上げて言い、その提案にラズロもチープーも賛成した。ルイーズに頼んで用意をしてもらい、3人はサロンの椅子に深く腰掛けて、話をするでもなくジュエルとキナが戻るのを待つことにした。




「わあ、広ーい!」

扉を開いて部屋に入ると、キナは嬉しそうに声を上げた。ジュエルも後から入ってきて、自分のベッドに腰掛ける。

「まだあたしたち2人だけだからね〜。」

ジュエルの言う通り、ベッドは4つあり、そのうち3つは人が使った気配がない。キナはジュエルの隣の真新しいベッドに腰掛け、嬉しそうに部屋の中を見渡した。

「すごいね、チェストにクローゼットに…サイドテーブルまである。」
「まだ何も入ってないけどね。特に服は早く買わなきゃなぁ…。」
「そうだね、あとで一緒にお買い物行こうよ!」

キナが提案すると、ジュエルは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて大きく頷き、嬉しさを噛み締めるようにはにかんで俯いた。そのあまりの喜びようにキナは目を丸くした。

「…どうしたの?」
「ごめん、嬉しいだけ。騎士団にいた頃は、こうやって女の子同士で、女の子らしいことってできなかったから。」
「…そうなの?」
「うん。基本的に皆、おしゃれは必要ない、って感じだったなぁ。入団した時点で、騎士団の為に命をささげる決意をしたってことだからね。見習いのうちは、長髪は禁止だったし…厳しい規則もたくさんあったけど…でも、騎士団のことは好きだったから、我慢できたかな。」

そう言って大人びた微笑を浮かべるジュエルを見て、キナは突然自分がどうしようもなく子供のように思えた。この世界の人たちは自分が思っているよりもずっと真面目に、厳しい環境で生きているんだ。そう思い直した時、いや、当たり前じゃないかと、改めて恥ずかしくなった。
それでもジュエルの様子を見ていると、本当の彼女はおしゃれや楽しいことが大好きな、普通の女の子だとわかる。すると綺麗な銀髪をベリーショートにし、服装も動きやすいものを身に着けている彼女を、なんとかして喜ばせたいと感じるのだった。

「じゃあ…これからは一緒に、色々しようよ!ショッピングしたり、おしゃれしたり…ね!」

そう笑顔を向けると、ジュエルもはにかんだ笑顔を浮かべて頷くのだった。



 



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