輝く水平線を見つめて



ケネスがロープを両腕に抱えて岩場に戻ってきたとき、そこにはまだ誰も戻ってきていなかった。しかし岩場の影には、既に小枝も削がれた湾曲の少ない手ごろな木の枝が積み重ねられており、明らかに、ラズロたちは一度、この岩場に戻ったことを物語っていた。

「ケネス。」

背中から呼ばれて振り返ると、そこにはヤシの実を抱えたジュエルが立っていた。ジュエルはヤシの実を岩場の影に置きながら言った。

「あれ?ラズロたちは?」
「見ていない。木の枝は置いてあるから、戻っていると思ったんだが…」

そう呟きながら、ケネスもロープをまとめて木の枝の傍に置いた。ジュエルは、ふーん、とため息交じりの声をこぼし、ゆっくりと伸びをしている。それから思い出したように辺りを見渡して、こっそりとケネスの傍へやってきた。

「ねえ、キナのこと…どう思う?」

その問いはケネスにとって意外でもなんでもなかった。自分たちがこの島に無事打ち上げられたことも奇跡に近いことなのに、同じ時期、まったく別の船に乗っていたキナが同じようにこの島に漂着したことは、少し奇妙に感じずにはいられなかった。

「そうだな。悪い奴ではなさそうだが……それに、今の状況で敵だの味方だのと言っている場合ではないしな……」

ケネスは言い淀んだ。一見そう見えなくても、敵である可能性はある。まさに自分たちは、そんなトロイから逃げてきたのだった。

「何の話?」

突然声がかかってケネスとジュエルは跳び上がるほど驚いた。しかし振り返ると、そこにいたのは目をまん丸くしたネコボルトで、ケネスもジュエルも安堵の溜息を長く吐き出したのだった。

「なんだ、チープ―か……」
「びっくりしたあ……」
「え?なに?なに??」
「だからあ、もしキナが、この間のトロイって人みたいに、あたしたちの敵だったら……」

「ただいま。」
「!!!!!」

ジュエルは今度こそ身を竦めて青ざめた。振り返るとやはり、そこにはラズロとキナが立っているのだった。

「……お、おかえり……」

ひきつった笑顔でそう言うジュエルに、ラズロは真っ直ぐな目で言った。

「キナはクールークの人間じゃないよ。」

それからキナを振り返って、曇りのない微笑を浮かべた。

「さっき、全部話したんだ。騎士団の事や、流刑のことをね。」

ラズロがそう言うと、ジュエルもケネスも驚いた顔でラズロを見た。

「キナは、僕の無実を信じると言ってくれた。クールークの人間だったら、そんなこと関係ないはずだろ。だから、キナは僕たちの敵じゃない。」

落ち着いた声でそう言い切ると、ラズロは空を見上げた。

「そろそろ日が暮れるな。火をおこそうか。」




また夜が更けて、朝になった。5人は火の始末をして、顔を洗い、浜辺に集まった。

「オレ、食べ物集める係ね。」
「ああ、わかってるよ。それじゃあラズロ、俺たちは何をしようか?」

早速食べ物集めに走っていくチープ―を見送って、4人は顔を見合わせた。

「ケネスは木の枝を集めてくれ。ジュエルはロープ。僕はヤシの実を集める。」
「わかった。」
「はーい。ね、じゃあ、キナ。あたしと一緒に行こう!いいでしょ?」

ジュエルがラズロに確認するように振り返ると、ラズロは構わないけど、と言いながらキナに視線を送った。キナも笑顔でうなずいて、ジュエルを手伝うことにした。

浜辺に打ち上げられたロープを探し、2人で歩く。キナはロープがこんなに重たいものだと初めて知った。硬く、ざらざらしたロープは、丸く束ねて腕に通して持つとずっしりとしていて、その表面のささくれがちくちくと腕に食い込む。2束持っただけでキナは足元がふらつき、さらに砂浜に足を取られてふうふう言いながら歩いた。こんな島にいるから気にならなかったが、裸足であるために時々貝や小石を踏んづけるとちくりと痛み、どうしても歩みは遅くなった。
ジュエルはさすが騎士の訓練を受けていただけあって、3つもロープの束を持っているのに、軽い足取りで息も乱れていない。それどころかロープを軽々肩にかけ、ふうっと一息つくと、明るい笑顔でキナを振り返った。

「結構集めたね。こんなもんかな。一度、岩場に置いてこようか?」
「うん。」

2人は岩場へ戻り、ロープを置いて他の3人を探した。しかしまだ誰も戻ってきていないことを見ると、ジュエルは心なしか嬉しそうにキナに言うのだった。

「せっかくだから、ちょっと散歩して来ようよ。」

キナは了承して、2人は連れ立って浜辺へと向かった。
しばらく歩いていると、突然ジュエルが振り返って、キナに頭を下げた。

「昨日はごめん!」

キナは驚いて目を瞬いた。

「あたし、無神経だったよね。キナは、ひとりでこんな島に来て、あたしたちよりもずっと心細かったと思う。あたし…自分のことしか考えてなかったよ。だから、ごめん!」
「そんな……無神経なんかじゃないよ。私、気にしてないよ。」

ジュエルはもう一度、ごめん、と言ってから頭を上げた。

「ラズロから聞いたの。ジュエルたちは、ラズロの無実を信じてここまでついてきたんでしょ?それって本当に、すごいことだと思う……。だから、自分のことしか考えてないなんて、そんなこと絶対にないよ。こんな状況だし……疑って当然だよ。だからもう気にしないで。」

キナがそう言うと、ジュエルは少し安堵したようにはにかみ、キナも微笑を返した。
2人はしばらく浜辺を歩き、手ごろな岩に並んで腰かけた。

「……でも、どうしてキナはラズロを信じようと思ったの?」

先程までよりも明るい調子でジュエルが尋ねた。それは単純で素朴な疑問だった。

「それは、だって、命の恩人だから……そんな酷いことをするような人だとは、思えなかったし。」

キナが当たり前のように呟くと、ジュエルは納得した様子で相槌を打った。
太陽はまだ高く、海は白い小さな光がいくつもキラキラと散っている。カラッと晴れた暑い日で、日本とは違って湿気が少ないからか、じめじめとした鬱陶しさはない。むしろこの暑さは心地良く、気分まで晴れた。
2人が腰かけた岩は木陰にあり、砂浜と海が一望できた。背中には雑木林が潮風に揺れてざわざわと涼しい音を鳴らし、時々ひんやりとした風を感じる。この島でずっと過ごすのも悪くない……そう思ってしまうほど、ここは平和で穏やかだった。

「あ、見て。」

ふと、ジュエルが上を指さした。キナが見上げると、青い綺麗な鳥が飛んで行った。見たこともない鳥だった。

「なんていう鳥だろう。綺麗…」

キナはそう呟き、自然と笑みを浮かべた。ジュエルはその横顔をじっと見つめた。

「キナって、美人だよねぇ。」
「え?何、急に……」

キナが目を丸くしてジュエルの方を向くと、ジュエルはさらにまじまじとキナを見つめるのだった。

「その服も綺麗だし、もしかして、どこかのお嬢様?」
「ち、違うよ、全然。」
「ほんと〜〜〜?」

戸惑うキナを面白がるように、ジュエルはにんまりと笑った。

「ね、キナって、恋人とかいるの?」

キナは首を横に振る。

「いないよ。」
「そうなの?ねえ、じゃあ、あの2人なんてどう?仲間の贔屓目もあるかもだけど、結構悪くないと思うんだけどなー?」

ジュエルはキナの方に腕を回し、耳元でこっそりと笑った。あの2人、というのがラズロとケネスのことであることはすぐにわかって、キナは困ったように笑った。

「そういうジュエルはどうなの?」
「あたし?残念ながらあたしは、年上のイケメンが好みなのよねー。」

2人の少女はすっかり打ち解けて、楽しげな笑い声をあげた。砂浜には少女たちの談笑の声が、いくつも小さく咲く花のように舞い散るのだった。


「女ってのは仲良くなるのが早いな。」

木材を運んできたケネスと、ヤシの実を運んできたラズロが岩場で鉢合わせ、ケネスはそんなことを呟いた。浜辺を見ると、木陰で楽しそうに笑顔でお喋りをしている少女たちが見えた。まるでその少女たちの周りだけ花が咲いたように明るく、和やかな雰囲気だ。
ラズロはその光景を見て少し安堵した。その感情の変化が、わずかな微笑となって表情に出ていたのだろう。ケネスを見ると、ケネスも同意するように微笑んでいるのだった。

「さて、じゃあ、作業を始めるかな。」
「そうだね。」

ケネスとラズロは木材やロープ、集めた資材を持てるだけ持って浜辺へと向かった。

「おーーい、ジュエル、キナ。始めるぞーー!」
「あっ!はーーーーい!」

ケネスが大声で呼びかけると、少女たちは立ち上がってこちらに駆けてくるのだった。



 



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