月夜

「審問官、大変申し訳ありませんが、助けていただきたいのです。」
困り果てた顔で私を呼び止めた騎士は、了承した私を厩へ連れて行った。
「こんなことでお手を煩わせるのは本当に申し訳ない」
と、あまりにも自責の念に囚われているので、私も恐縮してしまう。
「あー……何度も言っているが、そんなに気にするな。」
騎士を宥めながら、確かこの男には宿舎で保護した難民たちの監督を任せていたな、と思いだす。カレンが指示していたはずだ。その男が助けを求めるという事は、難民たちの間で何らかのトラブルがあったのだろう。報告では、難民たちは働き者が多く、謙虚で、スカイホールドの住人達ともうまくやっていけている者が多いと聞いていたはずだった。
厩につくと、騎士は扉を開け、私を中に促した。そこには10人ほどの男女の難民がいたが、私はその面々の不満げな顔を見てどこか納得がいった。
「審問官。この者たちは、先日保護された難民の――」
「いい。知っている。それで、問題は?」
私が促すと、騎士は話を仕切り直した。
「助かります。では、本題に入らせていただきます。この者たちには今朝、厩の掃除と馬やドラコニクスへの餌やりを命じておりました。しかし夕刻になってから、酒場で遊んでいる姿が目撃されたのです。仕事も全く手つかずで。指導しようとしましたが、どうにも言葉が通じず……。」
「では、私が通訳をしよう。」
私がそう申し出ると、騎士は安堵した表情になった。
「では、この者たちに、仕事を放棄して支給された金で飲み食いしてばかりでは、保護を打ち切る可能性もある、とお伝えください。」
「わかった。」
私は難民の前に進み出た。皆、私をなめきった顔をしている。まだ立場が分かっていない様子だった。もしや、自分たちの置かれた状況を分かっていないのではと思う。
「仕事を放棄したって?」
そう切り出すと、皆しばらく黙っていたが、やがて一人が口を開いた。
「ここの人たちの言葉がわかるの?」
「ちょっと訛ってるけど、普通の英語だから。あんたたちも覚えないと、ここでは生きていけないよ。」
皆が押し黙った隙に、私は言葉を続ける。
「あんたたちはお情けで保護されてるの。支給されたお金で飲み食いして、仕事の一つも手伝わないってどういうこと?無一文で雪山に放り出されたいの?」
「仕事?そんなのわからない。」
「わかろうとしたの?」
間髪入れずに言い返すと、全員押し黙る。こういう人たちなのだ。この人たちは。
「今は私が教える。でも、明日からはわかろうとする努力をして。私が通訳をするのも今日かぎりにする。お互い、会いたくないでしょう」
私はそう言って、厩での仕事を一通り教えた。皆のうち半数は動き始めたが、まだ数人が突っ立ってたり、不満げな顔でそっぽを向いている。
「子供みたいね。」
私が皮肉たっぷりに言うと、不満げな顔をしていた女が食って掛かってきた。
「お前何様なんだよ!」
私が何か言う前に、踏み出したその女を、2人の騎士が剣を抜いて威嚇した。驚く女に、私は言う。
「私が今ここで『首を切れ』といったら、騎士たちはすぐにそうする。」
皆の顔に緊張が走った。これでいい。これで反発せずに従うようになるなら。和解なんて望んでいない。
「私は審問官。この城と町の全ての最終決定権を持ってるの。あんたたち全員を牢獄に入れることもできる。でも、そうしたら、毎日何もしなくてもご飯が食べられるでしょう?そんな贅沢はさせない。生きたいなら働きなさい。嫌なら、ここから出ていってもいいけど、そうしたら誰もあなたたちを守らないし、この辺りはずっと雪に閉ざされているし、山賊も獣もたくさんいるから……何日生きられるでしょうね。」
私はそう言うと、騎士に向き直った。
「仕事は命じた。これでも怠けるようなら、あとは任せる。」
騎士たちは私に敬礼し、厩を出るのを見送った。

ソルが付き従うのを部屋の前で断って、自室に戻って休むよう言いつけた。ソルは自室というものになれない様子だったが、困ったような顔を見て、やはり彼は人間らしい感情を持ちつつあると実感する。
自室の方へ帰って行くソルの背中を見送って、私は自分の自室へと入った。
風呂が用意されていたので、遠慮なくいただくことにした。
服を脱ぎ、白磁の大きな浴器に身を沈める。湯には白い花びらが散らしてあり、甘い香りがした。熱が身に染みて吐息が漏れる。手で肌を撫でてすすぎながら、開いた窓から見える真っ白な月を見上げた。
その時、階段を上ってくる足音がした。
「審問官……、いるか?……あ……!」
階段から現れたカレンは、私が浴器に浸かっているのを見ると、あわてて顔を背けた。耳が真っ赤に染まっている。私は立ち上がり、浴器から出てカレンに歩み寄った。その足音を聞いて、カレンの身が硬くなるのがわかった。
「ちょっと、待ってくれ、すまない……、まさか、湯につかっているとは、私は……」
取り乱すカレンの肩にそっと手をかけると、カレンは肩を竦めた。何度か肌を合わせたこともあるのに、彼はいつもこうやって照れる。
「カレン、私が部屋の鍵を渡したのは、こういうことも想定した上だとは思わないの?」
そう言うと、カレンは何度か迷ったのち、ゆっくりとこちらを向いた。悩ましげな顔が私の胸をくすぐる。
「ほら、こんな堅苦しい鎧は脱いで。一緒に入らない?」
「いや……、だが、私は……」
強引に浴器に彼を誘い、私たちは一緒に湯に身を沈めた。
カレンは観念したのか、彼の広い胸に背中を預けた私を、後ろから抱きかかえるように腕を回した。
「あなたがこんなに……その、積極的、だとは意外だった。その、もっと……高潔な、人だと」
「はしたない私は嫌いか?」
「まさか、はしたないなんて。何をしても、あなたは……美しい。嬉しいんだ。その、こういう姿を、私だけに見せてくれているのなら……」
「どういう意味?」
私は煮え切らないカレンの言葉に駆られ、後ろを振り向いた。
「その、誤解しないでほしい。あなたを疑っているわけではないんだ。ただ、あなたはとても、注目を集めているだろう。好意を持つ人間も、多い。だから、噂も……」
「噂?どんな?」
不愉快が顔に出てしまったのか、カレンがしまったという顔をした。しかし問い詰めると、やがて彼は口にした。
「……あなたと、その、従者の噂だ」
「ああ」
私はため息とともに顔を手で覆った。予想はしていたがやはりか、という感じだ。
「もちろん、あなたがそんないい加減な人間ではないことは、私も知っている。だが、彼とはその……、長く、一緒に過ごしてきたのだろう?もし、少しでも彼への気持ちがあるなら……ああ、いや、私は何を言ってるんだ」
カレンは口にした途端、困惑と不安を露わにした。私は強く彼に抱きしめられる。
「すまない。情けないが、彼を選んでも構わないとは言えない」
私はカレンを抱きしめ返した。濡れた肌が密着し、いつもより彼を感じる。
「確かにソルは、いい仲間よ。それは確かだわ。でも、それ以上ではない。私をこんなに愛しい気持ちにさせるのはあなただけよ、カレン。それに……」
私はカレンの目をまっすぐに見つめた。
「本当のことを言うわ。私が知っている男性はあなただけなの、カレン」
「まさか、……本当に?だが、そんなことは一度も……」
「あなたも、初めてだったでしょう。不安そうだったから、私……」
言えなかったの、という前に、カレンがまた私を強く抱きしめる。
「ああ、あなたは本当に……どこまで愛おしくさせるんだ」
何度かキスを交わし、深いキスに変わる。唇を離して、私は目に焼き付けるように彼の姿を見た。
「あまり見ないでくれ」
カレンが居心地悪そうに言う。
「嫌。見たいの。誰も見たことの無いあなたを、全部」
そう言ってカレンの唇を自分から塞いで、ふと思い出した。
「でもそういえば……この体は皆に晒してしまったんだったわね」
からかうように言うと、カレンは赤面する。
「頼む、それはもう忘れてくれ」
「嫌よ、全部覚えてる。あなたのことは、全部……んっ」
カレンの指が体を這う。
「なら、私にもすべて見せてくれ、審問官」
「じゃあまず、名前で呼んで。今は審問官じゃない……あなたの恋人よ」
カレンは私の首筋に舌を這わせ、耳元でささやいた。
「ニケ……愛してる。」

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