004


「あ〜!!花ちゃんのポニテ!!」
「……。」

これから体育なのだろう、渡り廊下でジャージ姿の花城とばったり出くわして、その新鮮で爽やかな髪型に俺の胸はうたれた。普段の降ろしてる髪型も可愛いけど、ポニテも超可愛い。花城は無言で俺を睨み、そのまま歩いていこうとした。

「カワイ〜。俺の好きな髪型♡」
「聞いてないんですけど。」

その後を付き纏いながら言うと、花城はうっとおしそうに呟いた。倉持はおい御幸、と面倒くさそうに、しかしちょっと期待を込めた目で花城を見ながら後をついてくる。

「光!」

その時突然誰かがそう叫んで、花城が後ろから抱きしめられた。花城はつんのめって、その人物の腕の中に収まった。その人物…後ろから倉持を追い越し駆けて来て花城を抱きしめた青いジャージの男は、まるで堪能するように花城を抱きしめる腕の力を強めた。

「んん〜〜〜…柔らか〜い!いいにお〜い!」
「やめてよ…変態みたい」

ぺちん、と花城に腕を叩かれて、男はへらへらしながら花城を解放した。な…何だコイツ!?すらりとした細身で中性的な顔立ちの、なかなかイケメン…。ま、まさか、花城の彼氏…!?俺も倉持もショックのあまりしばらく硬直した。

「あ…ジャージあったの?」
「うん!女子だとサイズ合う人いないから男子に借りたぁ。」
「へー、間に合ってよかった。」

じゃあ行こう、とソイツに言って歩き出す花城…。…いや待て、今の話…。

「…えっ!?女!?」
「うわ〜失礼〜!!」

きゃははは、と笑い出すソイツは、確かによく見ると女子…っぽくも見える。しかし倉持よりも高い身長に、整った涼しげな目元の顔立ち、さっぱりとしたショートカット、そして青いジャージを着ていれば、男子と見間違うのも無理はなかった。

「いや〜花ちゃんの彼氏かと思って焦ったぜ〜!」
「え?無関係なのに?」
「はっはっはっは!辛辣!!」
「きゃはは彼氏じゃないですよ〜!彼女でーす!」
「はっはっはっおもしれー」
「うふふ」

にっこり、花城が笑った。…花城が笑った!!笑顔が可愛すぎてびっくりした。一瞬息するの忘れた。
しかし我に返って、じわじわと不安が襲ってきた。

「え…なにその笑い…」
「ふふ」
「えへへ」

ニコニコ微笑みあう二人。友達が差し出した手に花城が手を重ね、二人は手を繋いで歩き出した。

「じょ、冗談だろ!?冗談だよね!?」
「うるさい。」
「邪魔しないでくださ〜い」
「おいって!!」
「…落ち着けよお前」




***




「あ!おつかれさまです!」
「……おう」

部活の途中水道で軽く汗を流していると明るい声がかかって、袴姿の男…ではなく、花城の友達が立っていた。

「あ、私剣道部なんです!」
「へえ」
「1Aの鷹野司っていいまーす!」
「そお」
「あははどうでもよさそ〜!」

何がそんなに面白いんだ。けど…ふざけてなければこの顔、このスタイル、…女から人気ありそう。

「よく黙ってるとイケメンって言われない?」
「あははははは!!」
「そういうとこだぞ。」

鷹野はひいひい笑いをおさめ、水道でタオルを濡らし始めた。

「先輩ってぇ」
「ん?」
「光のこと好きなんですかー?」
「はっはっは…はっきり聞くねぇ」
「隠そうともしてませんよね?」
「まーね」
「本気なんですか?」

案外真面目な調子で訊くものだから、なんだかからかいたくなってきた。

「なんだよ急に真面目になって(笑)」
「ふざけてるようにも見えるから、どうなのかなぁと思って。」
「ふざけてるとしたらどーすんの?」
「ふざけてるとしたら…」

ぎゅ、とタオルを絞り、顔を拭って、ふう、と息を吐く鷹野の横顔は、ただのカッコいい男みたいだった。

「絶対許さないです。」
「え…」

にっこり。形のいい薄い唇を曲げてほほ笑むと、鷹野は体育館に戻って行った。
何だ今の…。俺脅されたのか?
アイツは一体何なんだ…。



***



「花城さーん、また御幸先輩来てるよー」

ついに「また」とか言われるようになってしまった。クラスメイトに呼ばれた手前、しぶしぶながらも廊下に出てきた花城は、鬱陶しそうに俺を睨んだ。

「何ですか?」
「今度の土曜日暇?」
「え…?」

「ねぇデートの誘いじゃない!?」
「やっぱ付き合ってんのかな!?」

教室内の女子たちがヒソヒソキャーキャー盛り上がる声が漏れ聞こえて、花城の顔が少し赤くなった。

「…なんでですか?」

お…?そんなつもりじゃなかったけど、もしかして花城、意外とまんざらでもない…!?
どうせ「暇じゃない」とか「関係ない」とか言われて終わるだろうと思ってたから緊張してきた。

「…あのさ、試合…見に来ねぇ?」
「試合?」

花城は拍子抜けしたようにつぶやいた。

「うん、地方予選1回戦。」
「……。」

だ…だめか?

「……気が向いたら」
「おい!それ来ないやつじゃんか」
「ふふっ」

花城が小さく噴き出して、笑い始めた。花が咲いたみたいにふんわりした笑顔で…はあ〜可愛い…。

「…ポジションどこなんですか?」
「え?…キャッチャーだけど」
「……。…ふうん…」

花城は興味があるんだかないんだか、腕を組んで静かに相槌を打った。女の子でポジション聞いてくるなんて珍しい。

「え何何?野球好きなの?」
「別に…」
「嘘だ〜女子でポジション聞いてくる奴なんてなかなかいねーぞ」
「別にそれは…親戚の子が野球やってるから、なんとなく聞いただけです」
「へぇ…親戚の子って?」
「……。最近会ってないから、よく知らないですけど」

あ、はぐらかしてきた。花城にかまうようになって、気づいたことがある。花城は自分のことをあまり話さない。家族のことも。話の流れで少し踏み込んでしまうと、急にそっけなくなってはぐらかされてしまう。
でも、そうか…親戚の子が野球やってんのか。だから昔…あの時も、あそこでシニアの野球を見てたのかな?江戸川シニアか、対戦相手のチームにソイツがいたのかも。でも…うーん、花城…なんて名前の奴はいなかったよな、多分。まぁ苗字は違う可能性もあるけど…

「…なぁ、昔さ…」
「え?」

覚えてないかもしれないけど、聞いてみてもいいかもしれない。
あの時のこと…

――キーンコーンカーンコーン

しかしタイミング悪く予鈴が鳴って、花城は廊下の時計を見上げた。

「遅刻しますよ。」

そうからかうように言う花城に笑って手を振って、俺は踵を返した。

「じゃーまた来るね花ちゃん♡」
「来なくていいです」

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