005


「花城光可愛いよなぁー」
「彼氏いるのかな?」

入学式から2か月も経てば、花城さんは学校中で有名になっていた。
そりゃそうだろう…あの驚愕の可愛さ。目を疑うような美貌。俺はしばらく呼吸すんのも忘れて見惚れた。
天使、って呼ばれてんのも頷ける…ありゃ本物の天使だ。

「彼氏っつーか…あの噂あるじゃん」
「何?」
「御幸と付き合ってるって」

…俺もそのうわさは聞いた。聞いたというか、クラスメイトに聞かれた。御幸と花城さんが付き合ってんのかどーかって。確かに御幸は花城さんに付きまとってるけど、花城さんはいつもつれない態度をとっている。あれで付き合っててたまるか。つーか、たったの2か月で、あんなうぜぇナンパみたいな絡み方で、あんなキレーな子を落とされてたまるか。

「あ!御幸」

するとちょうど食堂にやって来た御幸がそいつらに呼び止められた。

「何?」
「御幸さ、1年の花城光と付き合ってるってマジ?」

その質問をされるなり、御幸はまんざらでもなさそうにニヤニヤしはじめた。

「え?そう見える?」
「ニヤニヤしてんじゃねーよ付きまとってるだけだろーが!このストーカー!!」
「いて」

たまらず背中を蹴り飛ばしてやったが、御幸はまだヘラヘラしていた。

「え…じゃあ御幸、花城さんのこと好きなの?」
「え?もちろん。可愛いじゃん」
「いや可愛いけど…」

そうじゃなくて…、とみんな顔を見合わせた。御幸がヘラヘラしているからいまひとつ真意が見えないのだ。

「まぁテメーは嫌われてるけどな?」
「はっはっはうるせえ」




***




あっ、花城さん…

「あ!花ちゃん!」

廊下でその姿を見つけると、御幸はためらいもせず駆け出していく。

「今日もカワイーね♡」
「先輩は今日もうざいですね。」
「はっはっはっは!今日も毒舌!」

なんでそんな迷いなくグイグイいけるんだ、アイツ…。うざがられてもへこたれもせず、むしろそれすらも楽しそうに…。

「なぁ試合、考えてくれた?」

…試合?…あ、もしかしてアイツ…!花城さんに試合見に来てくれって誘ったのか!?い、いつの間に…!!

「試合?…え、本気だったんですか?」

しかし花城さんはきょとんと御幸を見上げて目を瞬いた。

「…え!?冗談なワケないだろ」
「いや冗談というか…。…ふざけてるだけかと思いました」
「はー?なんだよそれー…」

どうやらヘラヘラふざけてるように見えるのは第三者だけではなかったらしい。花城さんもいまひとつ御幸の本心がわからないようだ。

「本気で花城に観に来てほしいのに。」
「……。」

御幸を見上げている花城さんの顔がじんわりと赤く染まり、赤い唇がほんの少しぽかんと開いた。お…おいおい、待て…まさか花城さん、御幸に惚れて…!?

「…そですか…」

花城さんはそっと目を伏せ、呟いた。不機嫌そうに眉を寄せているけど、その顔は赤い。

「…花ちゃん顔赤〜いカワイ〜」
「はぁ!?う…うるさいあっち行って!」
「はっはっはっはっカワイ〜な〜花ちゃん♡」
「うるさいってばぁ…!」

い…イチャつきやがって〜…!!!
花城さんはからかわれるほど顔を赤くして御幸を突き飛ばし、御幸は笑いながらよろけた。なんなんだよいい雰囲気じゃねーか…!!!クソッ…あのクソ眼鏡のどこが…!!…顔以外いいトコねーぞ花城さん!!目を覚ましてくれ…!!

「もーうざい!さよなら!」
「あっ花ちゃん明日来てくれる?」
「い…行きません!」
「えーーー!!なんでだよ〜」
「用事があるんです!」

ふん、と歩き出した花城さんを追いかけるのをあきらめ、御幸はがっかりしたようにつぶやいた。

「チェッざーんねん」
「……。」

その御幸をちらりと振り向き、またフンと歩き出す花城さんがまんざらでもなさそうに見えるのは俺だけだろうか…。
い、いや、認めねー!絶対認めねー!!そう簡単に御幸にあんな可愛い子をゲットされてたまるか!!



***



「あ〜めんどくせぇ…」

授業で発表があるため資料として本を借りなければならず、俺は渋々図書室にやって来た。入学してから2回くらいしか来ていないため、図書カードを探すのに手間取った。御幸のヤローはちゃっかり課題を終わらせていて、それも腹が立つ。アイツ、ああ見えてメンドクセーことはさっさと片付けちまうタイプだからな…裏切者め。

図書室に入ると、中には生徒がほとんどおらず静まり返っていた。まあ、私語厳禁だから人がいても静かなんだろーけど…この静けさも苦手だ。
さっさとテキトーに本借りて、教室に戻って丸写ししよう。そう思って、目当ての本がある本棚を探す。
すると文化・歴史のコーナーにあの子の姿を見つけて、俺は一瞬息が止まった。は…花城さん!

すぐに平静を装って通り過ぎ、向かいの本棚を見るふりをしながら、本の隙間から彼女の背中を覗き見た。花城さん…よく図書室に来んのかな?確かに読書とかしてそーなイメージ…頭よさそうだしな。どんな本読むんだろ…

「花城さん。」

と、そこへ長身の男子生徒がやって来て、小声で花城さんに声をかけた。…って…アレ…楠先輩じゃねーか!え?知り合い?

「あ、…こ、こんにちは」

花城さんはちょっと驚いたような様子で、本を取り落としそうになりながら挨拶した。…御幸の時とずいぶん違うな…。

「はは、大丈夫?」
「は、はい…」

楠先輩から年上の余裕を感じる…。あの花城さんがはにかんでるし…。

「それ、何の本?」
「え?えっと…授業で使う本…」
「あ〜これか!俺もやったやった。日本史、緒方先生?」
「はい。」

…なんか…仲良さげだな…。つーか楠先輩、絶対花城さんに気あるだろ…。

「あの先生、発表させんの好きだよな〜。」
「あは…そうですね。」

……。…何盗み聞きしてんだ俺。くだらねー。またあとで出直そ……

「…花城さんてさ、今…気になってるヤツとかいるの?」

…え!?く、楠先輩、そんな核心に迫る質問を、急に…!好意バレバレだぞ!?スゲーなあの人…

「…え?な、何ですか、それ…」

花城さんは恥ずかしそうに笑いながら言って、ごまかすように髪を耳にかけた。

「…聞いたんだけど、さ。」
「はい…?」
「御幸…2年の御幸一也って知ってるよね?」
「……。」
「あいつ…同じ野球部の後輩なんだけどさ」
「……。」
「あいつと付き合ってるって、ホント?」

俺は知らず知らず息を殺して耳を澄ました。

「…え!?な…ないです、付き合ってなんか…」

動揺したのか、花城さんは慌てた声でそう言った。

「…あ、そうなんだ」

楠先輩は少し笑いながらそう言って、それから、低く短く、さらりとつぶやいた。

「よかった。」

…びっくりした。なんだそれ、ほとんど告白…。
じゃあ、と去っていく楠先輩を、花城さんは頷くような会釈で見送る。どんな顔をしているのかは、ここからでは見えない。見る勇気もない。どうしよう、俺、今スゲー動揺してる…。
御幸だけじゃなく、楠先輩まで…花城さんを狙ってるっていうのかよ…。
俺はまだ…一言も話したことねーのに…。

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