008


花城はモテる。

「ねぇ3年の楠先輩って、光のこと好きらしいよ!」

今日教室で女子たちがそんなうわさ話をしていた。楠先輩って…。一人思い当たるんだけど、まさかな…。

「誰、それ?」
「背が高いイケメンの!」
「いつも結構目立ってる人!」
「友達多くて1年にも結構知り合いがいてさ」

いやまさか…。結構当てはまってるけど、あの楠先輩なワケ…。

「そんで野球部の人!」

…あの楠先輩だ〜〜…!!
え…でもなんで?どこで知り合ったんだろ…。あ、でも花城美人だし、楠先輩の一目ぼれってこともありうる…?

「あ〜あの人か!」
「結構カッコいいよね〜」
「それに優しいし!」
「エミカとかのぞみもかっこいいって言ってたよね」
「で、光その人に告られたの?」

今教室に花城はいない。だから女子たちは好き放題噂していて、周りのクラスメイト達はこっそり聞き耳を立てていた。

「告られてはないと思う」
「え〜なんだぁ〜」
「てかあの人はどうなったの?」
「誰?」
「ほら、御幸先輩だよ」
「あ〜」

御幸先輩はもううちのクラスでは有名だ。花城にちょっかいをかけることで…。

「光モテモテじゃ〜ん」
「あーあんだけ可愛けりゃね」
「あたしも男だったら光と付き合いたいもーん」
「てか光は?」
「さあ、どっか行ったよね」
「…あ!」

女子たちが周りを見渡した時、ちょうど花城が教室に戻ってきて、一斉に浴びた視線に気づいて目を丸くした。

「…何?」
「光〜。楠先輩と御幸先輩、どっちが好きなの?」
「は?」

花城は眉を寄せてやめてくれというようにかぶりを振った。

「何それ?」
「だってどっちも光のこと好きじゃん?」
「…知らないけど、別にそういうのじゃないから」
「え〜あの二人絶対光のこと好きだよ!ねぇ?」

うんうん、と頷く女子たちに首を振りながら目を逸らし、花城は自分の席に着いた。

「花ちゃん元気〜?」

そこへ響いてきた声に、花城は眉をひそめた。女子たちは待ってましたとばかりに目を輝かせて顔を見合わせた。御幸先輩は脇目も振らず満面の笑みで花城の席に近づいてきた。

「一瞬前まで元気でした。」
「はっはっはっ!やっぱ花ちゃんおもしれー!」
「あー本当うざい…」

花城はうんざりした顔で首を振り、キラキラした目で野次馬している女子たちを振り返った。

「…言っとくけど御幸先輩だけは絶対にありえないから!」
「えっ、何が?」
「何でもありません。」

きょとんと目を剥いた御幸先輩にそっけなく言う花城。

「え〜何だよ、もしかして俺たちのこと噂になっちゃってんの?(笑)」
「俺『たち』とか言うのやめてくれませんか。一緒にしないで。」
「はっはっはっはっはっは!」
「何が面白いんですか!」

「また始まったよ痴話げんか」
「ちがう!」

女子たちの言葉にムキになって怒る花城と、まんざらでもなさそうに笑い飛ばす御幸先輩。一見花城は御幸先輩を迷惑がっているように思えるけど、いつも澄ましている物静かな花城がこんなふうにムキになるのは御幸先輩のことくらいだし、憎まれ口の応酬をするのも御幸先輩相手のときくらいだ。本気で嫌がっているというよりは、ふたりは仲良く見えることもあった。

「花ちゃん俺ら順調に勝ち進んでるぜぇ〜」
「そうなんですか。」
「いつ応援来てくれる?」

御幸先輩、好意丸出し…。だけど、あそこまで堂々とアプローチされちゃ、もうからかうような人もいない。

「学校あるんで。」
「じゃー夏休み?」
「忙しいんで。」
「…頼むから、1回くらい来てくれない?」
「……。」

ひゃあ…、と息をのむ女子たち。固唾をのんで見守る男子たち。顔を赤くして黙り込む花城。御幸先輩の気持ちには絶対、気づいてるはずだけど…どう思ってるんだろう。

「花城光さん。」

その静まり返った教室に、突然低い静かな声が響いた。

「いますか?」

教室の入り口に立っていたその男は、知的で端正な顔立ちに、銀縁の眼鏡をかけていた。周防君だ、と女子の誰かがささやいた。

「…はい」

花城が不思議そうな顔をして、席を立って周防に近づいて行った。

「…これ。井田先生から。」

花城が周防から一枚の紙を受け取ると、周防は「じゃあ」と言って教室に戻っていった。

「光、何それ?」

女子たちが集まってきて皆で紙を覗き込む。

「夏休みの補習の日程だって。」
「へえ〜大変だねぇ…」

「補習?」

それに目を丸くしたのは御幸先輩だ。

「意外だな〜花ちゃん」
「何がですか?」
「テストの点悪かったのか〜?(笑)」

教えてやろーか、とからかうように笑う御幸先輩に、花城は冷たい目で言い放った。

「成績上位者の補習ですけど。」
「え…そ…そうですか」

御幸先輩は顔をひきつらせて笑った。

「というわけなんで、無理ですね。」
「え?」
「夏休み、補習があるので。試合行けないです。」
「……!!」

ガーン、という音がぴったりなほどに、御幸先輩は一気に青ざめてショックを受けた。

「そんなぁ花ちゃん!!!」
「私に言われても。」



***



「もー来ないでって言っといて。」

休み時間、花城がうんざりしたように俺に言った。俺も御幸先輩も野球部で寮生。だから、俺に御幸先輩を止めろというのだ。花城とは少し話せるようになって、最近は友達と言えるくらいには仲良くなれてうれしいけど、こればかりは複雑だ。

「うーん…ははは」
「はははじゃなくて!ほんとに迷惑。うざい。しつこい。」
「いや〜俺が言っても多分聞かないと思うし…」
「あーもう!本当に嫌。」

花城は机に突っ伏して嘆くと、またゆっくりと顔を上げた。不機嫌そうに頬が膨らんでいる。きゅん、と胸の奥が苦しくなる。花城、どんな表情も可愛くて…

「東条は試合出るの?」
「へっ?…あ、いや!俺は出ないよ。レギュラーじゃないし…」

まだ1軍ですらないし…。
というか、花城も俺のことを東条と呼ぶようになって、まだ慣れない。まあ、俺がそう呼んでって言ったんだけど…。

「ふーん。じゃあやっぱり別に見なくてもいいや。」
「え?」

そ、それって…。俺が出てるなら見に来るってこと…!?

「他に知ってる人いないし。」
「……。」

そ、そういうことか。なんだ…。いや俺が期待しすぎだよ。うん…。

「1年で出るのは、降谷くらいかな…。まだレギュラー発表されてないからわからないけど…現時点で可能性があるのは。」
「降谷…君?」
「うん。B組の降谷暁。すごい球投げるんだよ。」
「ふーん…」

興味があるのかないのか、花城は静かに頷いた。あんまり興味はないのかもしれない。まあ、女子はそうだよな…。

「東条は?」
「ん?」
「ポジションどこなの?」

ポジションを聞かれるとは意外で、俺は驚くとともにちょっと嬉しくなった。もしかして花城、ちょっとは野球知ってるのかな?

「一応投手…やってたよ、中学までは。」
「へー。」

今も投手希望…だけど、すでに紅白戦と降谷のインパクトで心が折れそうになってるとは、カッコ悪くて言えない…。

「じゃあ、試合出ることになったら教えてよ。」
「え?」
「東条が出るなら、見たい。」

からかわれているのか…ただの冗談か…それか、もしかしたら、なんて、ほんの少し期待を抱いてしまう天使のような微笑みを浮かべる花城に、俺の頬は勝手に緩んだ。

「う…うん!」

頑張ろう。俺…試合に出たい。それで…花城に観に来てよって言うんだ。そしてどうせなら…ピッチャーとして出場する試合を…
…なんだか急にやる気がわいてきて、今すぐにボールを投げたくてうずうずしてきた。俺ってこんなに単純だったかな。

「ふふふ。」

花城は笑って、チャイムが鳴り始めて、授業の準備を始めた。俺、弄ばれてるのかな。でも、なんか…もう、それでもいいや…。

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