009


『あっ!だめぇ…先輩ッ』
『何言ってんだよ、こんなに濡らして…』
『ああっイッちゃう…!』
『もうイッちゃうの?』
『イッちゃう!イッちゃいますうう!』


「…なあこのAV女優、ちょっとだけ花城さんに似てね?口元のあたり…」
「は?ぜんっぜん似てねぇよ」

麻生をキツく睨んで御幸が言うと、あの関までもが口をつぐんで息をひそめた。

「お前今までそう思ってたワケ?」
「いやこれは初めて見るヤツ…」
「俺の花ちゃんでそーゆー妄想したらマジで許さねえからな」
「わかった、わかったから…」

「おい、いまサラッと言ったけど『俺の花ちゃん』って何だよ」

お前のじゃねーよ、とヤジを飛ばすと、御幸は悪びれずへらへら笑った。

「いつかは俺のになる予定だから♡」
「お前ソレあした本人に言ってみろよ。俺が伝えてやろうか?」
「倉持クン、イジメはよくないよ。」
「テメーが言うな」

俺たちが言い合っているのを、麻生たちは微妙な顔をして眺めていて、しばらくすると遠慮がちに尋ねてきた。

「…つーか御幸、花城さんのこと好きってこと?」
「?そう言ってんじゃん、何度も」
「いやマジで…ガチで言ってる?本気で付き合いたいわけ?」
「この俺が遊びで付き合うとでも?」
「はぐらかさねーで真面目に答えろって!」
「だーから真面目に答えてんじゃん。」
「真面目に聞こえねーんだよ!」

んなこと言われたって…と頭をかき、御幸は立ち上がった。

「俺の初恋は花ちゃんだもーん。」
「嘘つけ…」
「ほんとだもーん。」
「おいどこ行くんだよ。」
「寝る。」

まるで逃げるように部屋を出て行く御幸に、俺たちは顔を見合わせて、なんとなく白けてテレビを消したのだった。



***



「お願い倉持!コレ御幸君に渡して!」
「ハァ!?やだよ」
「お願いだから!」
「いいから渡してよ!」
「ホラ早く!!」
「今日中に渡してよね!!もうすぐ夏休みになっちゃうんだから!」

女子たちに手紙を押し付けられ、なぜか執拗にどつかれて、俺は舌打ちしながら廊下に出た。ムカつくけどアイツはなぜか女にモテる。1年の時から不運にも同じクラスの俺は、しょっちゅう女子からこういうことを頼まれる。クソッ、なんであのクソ眼鏡のラブレターを俺が仲介してやらなきゃならねーんだ!マジでムカつく。
御幸は便所にでも行ってたのか、ちょうど廊下の向こう側から教室に戻ってくるところだった。

「何してんの?」

だるそうに教室を出てきた俺を訝しげにじろじろ見る御幸。

「…これ、お前に」
「え?どした?気持ち悪ぃな〜」
「俺からなわけねーだろ殺すぞ」

御幸は「コエ〜」とおどけながら、人目につかないうちに手紙をすぐに内ポケットにしまった。なんだかんだ自慢したり言いふらしたりはしねーんだよな、コイツ…。いつもはふざけてるくせに。

「お」
「よお」

短く声がかかって、通りかかった麻生たちに気が付いた。昨日アレを鑑賞したメンバーが揃い、話題は自然とソレに移った。

「昨日のヤバかったろ?」
「花ちゃんには似てない。」
「もうそれは分かったっつの。」
「大きさがちょうどいいんだよ」
「コイツ最近後輩系ばっかな!な!」
「ち…ちげぇよ俺は巨乳が好きなだけで!!」
「おいバカ声でけぇよ!」

やべ、と口をつぐむ麻生。お前ら何言ってんだ、と通りすがりのクラスメイトの男が冷やかしていった。

「はっはっは、おこちゃまだな〜お前」
「んだよ、お前も巨乳派だったろ!」
「いや別に?俺は脚フェチ。」
「気取ってんじゃねぇよ、1年の時高島先生くらいがタイプっつってたくせに」
「言えよ御幸!本当はデケェ乳が好きだってよォ」
「そんなことない。」
「良い子ぶってんじゃねーよ」
「巨乳が嫌いな男なんていねーんだよ」
「正直に吐けやコラァ」
「別に巨乳嫌いとも言ってねーけ…ど…」

御幸が固まった。その顔を見て俺たちも咄嗟に何かを察知して、ふざけるのをやめて御幸の視線の先を振り向いた。
……軽蔑のまなざしを向ける花城さんがいた。
一瞬で血の気が引き、俺たちの前を通り過ぎていく花城さんとその友達の背中を見て言葉を失ったまま立ち尽くした。さ…最悪だ…。まだきっと名前も覚えられてねーのに、変態だと思われた…!

「ちょ…ちょっとストップ!花ちゃん!」

御幸が飛び出して行って、花城さんを追いかけた。

「やだ、何…?」

花城さんは汚いものでも見るように御幸を一瞥し、逃げるように足を速めた。

「ちょっと待ってって、花ちゃん!」

御幸が花城さんの腕を捕まえて、二人は立ち止まった。花城さんの友達は面白そうに少し離れて野次馬している。

「マジで違うから!今のは違う!」
「何が?」

呆れた声で花城さんに言われ、御幸も動揺していて自分が何を否定しているのかわからなくなっていることをなんとか理解した様子で、また慌て始めた。あんな風に取り乱すアイツはレアだし面白くて、俺たちは部外者を装って御幸の醜態を見物することにした。
すると御幸は名案でも思いついたように、はっ、と口を開けた。

「俺大きさとか気にしないから!」
「…なんでそれを私に言うんですか。」

じろり、と花城さんに睨まれ、御幸は、あっ…、と呟いた。アイツ馬鹿だ。
ついでに言うと花城さんはスレンダーな体形で、胸の膨らみもそこそこだ。

「…大丈夫だって花ちゃん!」
「だから、何が?」
「まだまだ成長期なんだから…いてっ」
「バッカじゃないの!変態!」

花城さんが顔を赤くして御幸の胸元をベシンと叩いた。ついにキレた…当たり前だけど。

「ついでに言うと御幸先輩の好みとか全く興味無いので!」
「花ちゃんゴメンって!」
「二度と話しかけないで!」
「え〜…」

花城さんは怒って友達と去って行ったが、御幸は花城さんに罵倒され慣れているからか、しょんぼりしているもののそこまで落ち込んだ様子もなく戻ってきた。

「花ちゃんに嫌われちゃったじゃねぇか〜」
「知るかよ。」
「元々だろ。」

そして俺らにすらそうあしらわれ、ちぇっ、と口を尖らせるのだった。



***



そんな御幸が本気で慌てだしたのは翌日からだった。

「お、花ちゃ〜んおはよ…」

いつものように廊下で花城さんを見かけ、御幸がニヤニヤ声をかけると、花城さんは御幸を見もせずに風のように去って行った。

「え…」

これには御幸も焦りを滲ませ、戸惑いつつ花城さんの後を追った。

「あの…花ちゃん?」
「……。」
「おーい。もしもーし?」
「……。」
「…花城さ〜ん」
「……。」

か…完全無視…!花城さんは御幸には目もくれずまっすぐ前だけ見てスタスタ歩いていく。するとそこに東条と金丸がいて、御幸と花城さん、そして俺に気付いて挨拶してきた。

「あ…お疲れさまです!」
「お、お疲れっス」
「あ…。おー…」
「お疲れ。」

「花城、おはよう。」
「…おはよう。」

東条が花城さんに声をかけ、花城さんはやっと立ち止まった。

「どうしたんですか?」

東条は俺と御幸と花城さんを見回して尋ねた。

「あ…いや〜…」

昨日のことが説明しづらかったのか、御幸が頭を掻くと、花城さんは東条の腕に手を伸ばした。

「…別に!行こう東条」
「え…!?は、花城…」

腕を組まれるような形で引っ張られながら、東条は顔を赤くして花城さんに連れて行かれ、金丸は迷いながらソレについて行った。置いて行かれた御幸の背中が哀れだ。

「あいつら仲良いな…」

チッ、と舌打ちし、御幸の様子を窺うと……真っ白になって固まっていた。

「おい?」
「……。」
「おい御幸!しっかりしろ。」

蹴飛ばしてやると、御幸はやっと俺を振り向いた。

「どうしよう…花城に嫌われた…」
「……はぁ?」

何言ってんだこいつ?

「元々だろーが。何今さら…」
「だって完全無視だぜ…」
「いつもそんなもんだろ?」
「全然ちげぇよ!!」

突然怒鳴られてビビる俺。なんなんだ、どうしたんだこいつ。

「いつもの無視には愛を感じる。でも今は本当に、完全に冷たい無視だった…」
「……あー、そお。」
「なんで?俺が巨乳嫌いじゃないとか言ったから?」
「知るかよ…」

多分どっちかっつうと、大きさは気にしないとか、成長期がどうのというくだりのほうが失礼だったと思うけど。でも多分それより、いい加減御幸が鬱陶しかっただけなんじゃねーのか?…ま、俺にはどうでもいいけど。

「もうサイアクなんもやる気出ない…」
「勝手にしろよ」

prev next
Back to main nobel
ALICE+