002

男に連れられてきたのは、広場からほど近い小丘にポツンと建っている家だった。男はノックもせずに中に入ると、ずかずかと進み入って行った。知り合いの家なのだろうか?それとも仲間?私を引き渡すとか?
部屋の中は薄暗く、怪しげな光を放つ水晶玉がいくつも並んでいる。

「おい!誰かいねぇのか!?」

男が部屋の奥に向かって怒鳴ると、ややあって、部屋を仕切るように引かれていた長いカーテンが揺れた。そこから出てきたのは、何とも際どい布を纏った妖艶な女。必要最低限の場所しか隠せていない白い布から今にも零れ落ちそうな豊満な躰と、彫刻か絵画に描かれた美女のように整った容姿を前に、私の腕を掴んでいる男が一瞬怯んだのがわかったが、私はそれ以上に驚いていた。だって、彼女はどう見ても…私が知っているゲームの登場人物にそっくりだったから。

「あらあら…お待たせして、ごめんなさい。御用は何かしら…?」

女が笑みを深めると、男は気を取り直したように言った。

「あ…あぁ。こいつのこの…額の紋章を外してくれ。」
「あら…可愛い子。」

女は私を見て微笑んで、テーブルの向こうからこちらに出てくると、私の前に立って手を伸ばした。前髪を払われるのをされるがままにしていると、女はそっと私の額に手を翳す。そして目を閉じて、じっと念じるように黙り込んだ。

「…ダメね。」

女は静かに目を開けて、呟いた。

「だめって…どういうことだよ!?」
「この子の紋章は、ちょっと特別なのよ…。無理に外そうとすれば、この子の命が危ないわ…。」
「お前!紋章師のくせに…紋章ひとつはずせねぇのかよ!?」

男が怒りだして剣を引き抜いた。驚いて退く私とは反対に、全く動じずに男を見つめる女。

「どうしてもできねぇってんなら…お前にも一緒に来てもらうしかねぇな!」
「ふぅ…。…困ったわね……。お店を放って出て行くわけにはいかないもの…。」
「そんなこと知るか!へへ…お前みたいな上玉の女、どんな高値がつくか楽しみだぜ…」
「お願い、やめてくださらない…?こんなところで剣を振り回すなんて…危ないわ。」
「こっちもできればその綺麗な肌に傷はつけたくねぇ…値が下がるからな。だが抵抗するなら話は別だ。怪我したくなきゃ大人しくついてきな!」

男が剣を突きつけているのに、女は全く怖気づかず、むしろ私を庇うように前に立ちはだかった。

「なんだ、てめぇ!やろうってのか!?」
「うふふ…せっかちね…。」
「てめぇ…舐めやがって!」

「きゃああ!!」

男が剣を振り下ろして、私は溜まらず叫び声をあげて顔を背けた。しかし次の瞬間響いたのは女ではなく――男の叫び声だった。

「ぎゃっ…!!」

バチンと大きな爆発音が響き、男は一瞬で黒こげになってくずおれた。見ると、女はその身体にパチパチとはじける光を纏っている。…魔法?だとしたら、彼女は本当に…。

「…だから危ないって言ったのに…。」

女は呟くと、私を振り返って微笑んだ。

「うふふ…怖かったでしょう。でも安心して、もう大丈夫よ…。」

女が私の頬を撫でてそう言ったとき、部屋の中に人が駆け込んできた。

「ジーンさん!」

それは先ほど私に声をかけた島の男だった。男は部屋の中の状況を見てハッと気づいたように息をのんだ。

「こいつ…!やっぱり怪しい奴だったんだな!?ジーンさん、大丈夫でしたか!?お怪我は?」
「うふふ…大丈夫よ。ありがとう。」
「それはよかった!おい、お嬢ちゃん。君も大丈夫だったか?」

男に顔を覗きこまれ、呆然と黒こげになった男を見下ろしていた私ははっと思い出す。私は助かったけど…あの少女たちは…。

『まだ船に人が…!』

口を開いて、言葉が詰まる。そうだ、彼らに言葉は通じない。聞き慣れない言葉を耳にしたからか、男と女は顔を見合わせる。どうしよう…どうしたら伝わる?きっとあの少女たちが私に託したのは、誰かに助けを求めるものだったはず。きっとそうだ。彼女たちは今も、私が助けを連れて戻ってくるのを待っている…。

「お、おいおい、どうした?」

男の腕を引っ張ると、男は戸惑いながら歩き出した。女も不思議そうについてくる。

「お嬢ちゃん、どこへ行くんだ?」

男の引っ張って港の方まで戻ると、そこは私が降りたときより人々が集まり、大騒ぎになっていた。取り囲まれているのは私が乗っていた船。甲板には、あの下品な大男の姿もある。
ぽかんと立ち尽くす私に、男は腑に落ちたような笑顔を浮かべた。

「なんだそうか、他に捕まってた子たちの心配をしていたんだな。」

男は私が離した手で私の肩を優しく叩いた。

「心配しなくても、ちゃんとお嬢ちゃんが俺に渡してくれたメモを見て、島の男たちを呼んで船長たちをとっちめてるよ。皆無事だ。」
「……。」

心配するな、とでも言っているのだろうか。男の手は優しくて、あたたかかった。けれどまだ不安で船を眺めていると、島の男たちに連れられて、数人の少女たちが船を下りてくるのが見えた。その中の一人、赤髪の少女が私を見つけて、あっと声を上げて駆け出した。立ち尽くしている私に、彼女はあっという間に近づいて、思い切り抱き着いてきた。

「ありがとう!!あのメモ、渡してくれたんだね…。あなたのおかげで助かったわ。本当にありがとう…。」

肩口で涙を流す少女に驚いていると、他の少女たちも駆け寄ってきて、皆でうれし涙を流して抱擁し合った。私もその光景を見て、じんと目の奥が熱くなる。

「おおい!お前たち!とりあえず島長の所へ来てくれないか。」

少女たちを追いかけてきた男が手を振りながら何やら呼びかけると、少女たちは安堵を浮かべた顔で抱擁し合うのをやめ、男の方へ歩いて行った。

「…私も一緒に行くわ。」

私を助けてくれた女が私に微笑みかけて、私の背をそっと押し、彼女たちについていくよう促す。
一行は島の男に案内され、広場を抜けたところにある、一番大きな家の前にやって来た。家の前には男たちが数名と、それを従えるように仁王立ちする大男がいて、大男は集まってきた少女たちに気付くと、意外にも優しげに目を細めた。

「皆、無事か?怪我をしている者は?」

大男が少女たちを見渡して言うと、少女たちは顔を見合わせて、何人かは小さく首を横に振った。

「そうか、間に合ってよかった。」

男は頷き、組んでいた腕を解く。

「俺はナ・ナルの島長をやっている者だ。お前たちを捕えていた奴らは、この近海でも有名な悪党でな…俺たちの手で然るべき処分を受けさせ、決して二度と野放しにしないことを約束する。それから、お前たちが故郷に帰るために、できるかぎりの協力をしよう。」

少女たちの顔に安堵と喜びが広がった。涙を流して頬をほころばせる少女たちに、島の男たちが何やら声をかけて質問し、紙にメモを取っていく。

「島の者に帰る場所を伝えてくれ。近い者が優先になるが、帰るための船は明日から順次用意する。」

大男が言ったとき、私の前にも島の男がメモを片手にやって来た。

「君はどこへ帰るんだ?」

私の顔を覗き込んで何かを尋ねる男。私は口ごもり、困り果てた。すると、少女たちの中から赤髪の少女が駆け出してきて、私の隣に並んだ。

「おじさん、この子は遠くから連れてこられたみたいで…言葉が通じないのよ。」
「なんだって?そりゃ、参ったな…」

頭を掻く男に、私の後ろに佇んでいた女が妖艶な笑みを浮かべて進み出た。

「よかったら…この子はしばらく、私にあずからせていただけないかしら…?」
「え?ジーンさんが?」
「ええ…この子の紋章に、ちょっと興味があるのよ…。故郷のことも、きっとそのうち、解ると思うわ…。」
「そうですか?まぁ、ジーンさんがそう言うなら…」

女は私の両肩に手を置いて微笑み、何かを言った。男が頷くと、女は私の前にやってきて、私に微笑みかける。

「うふふ…よろしくね。私はジーンよ…。」

その豊満な胸に手を置き、ジーン、と繰り返して言う女に目を瞬く。
ジーン、という名前だと言っているのか?…それなら、まさか…本当に…彼女は本物?だとしたら、この場所は…この世界は…まさか…。

「あなたのお名前は?」

ジーンが私に手を差し出して何かを問い、小首をかしげる。私の名前を聞いているんだろうとわかり、私は口を開いた。

「…ヒカリ。」



<< top >>

index
ALICE+