ジーンの家に身を寄せて数日が経った。
私はジーンのお店を手伝ったり、家事炊事などをしながら彼女に紋章術とこの国の言語を習って過ごした。そして夜は島の温泉に入ったり、満天の星空を眺めて過ごした。
元の世界のことが気がかりではあったけど、基本能天気な私は、こちらの世界でもゆったりと時間の流れる生活が肌に合っていて、それなりに幸せに過ごしていた。
「ジーンさん!ヒカリちゃん!こんにちは!」
「うふふ…。いらっしゃい…」
「こんにちは。」
島の男が物資を届けに店にやってきて、私のあいさつに「おっ」と目を丸くした。
「ヒカリちゃん、仕事が板についてきたじゃないか。」
こちらの言葉はまだ何となくしかわからないため、私は褒められているらしいことだけを察し、にこりと微笑んだ。
ジーンに教わったり、子供向けの本などで勉強して、簡単な挨拶や構文はいくつか覚えたけれど…。この世界では本自体が貴重品で、識字率もさほど高くないらしい。ジーンのように紋章学を極めている人はやはり貴重な存在なのだなぁと思い知った。
「おもて、そうじいきます」
「ええ、ありがとう。」
私は箒を手に外へ出て、店の前の掃き掃除を始めた。
今日もいい天気で、うみねこの鳴き声が響き、さわやかな潮風に髪を揺さぶられる。
私は髪を耳にかけ、青空を見上げた。きれいな深い青…。吸い込まれてしまいそう。前の世界にいた頃は、こんな風に空を見上げたことはなかったな。もっとも、電線も看板も建物も、視界を阻むものがこんなに何もない広い空は、私が暮らしていたところにはなかったけれど…。
「あ〜〜〜。天使がいる!」
聞きなれた明るい声がして、私は振り返った。体よりも大きな券を背中に背負った少女が、その重さを感じさせないほど軽い足取りで丘を登ってきていた。
「ミツバ!」
「おっはよぉ〜ヒカリ!通りかかったらいたから、来ちゃった!」
彼女はこの島で数少ない、年の近い女の子だ。それに、まだ言葉のおぼつかない私にも、彼女はコミュニケーションの困難を感じさせないほどに明るく接してくれる。
「ラインホルトさん?」
「あぁ、今日はまだ会ってないよ!っていうか、別にいつも一緒なわけじゃないから!」
ミツバはケラケラ笑って手を振ると、不意に後ろを振り返った。
「?」
「ちょっと〜、何してんの?早くこっち来なよ!」
ミツバがそう大きな声を上げると、店の陰から、革鎧を着た美形の青年が現れた。
「何隠れてんの?」
「う、うるさいぞ!隠れてたわけじゃない!ちょっと腹が痛くて…」
「ウッソ〜〜〜!怖気づいてたんじゃないの〜?」
「バ、バ、バカを言うな!!」
彼は…ジェレミーだ。そうか、もうこの島にいるのか…。
ゲームの登場キャラクターとしての彼を思い出しながら、確かに美青年だなぁ、と彼の顔を見つめていると、それに気づいた彼ははっと言葉に詰まってみるみる顔を赤くした。
「うわ〜!いい年して純情〜!」
「な!?ち、ちがう!!」
「聞いてよヒカリ!こいつってばあんたに気があるんだよ〜!こないだ突然、『なぁミツバ、紋章屋で働いている雪の精のような少女を知ってるか?』ってクサイ台詞を…」
「うわ〜〜〜!!やめろバカ野郎〜〜〜!!!」
「ゆ…き?の、せい?」
矢継ぎ早に喋るミツバの言葉を何とか理解しようとたどたどしく繰り返すと、ジェレミーが驚いたように私を見た。
「あ、そうそうヒカリは遠い国から来たんだって。だから、こっちの言葉は今勉強中なの。」
「な、なんだ、そうなのか…。」
「だからゆっくり話さなきゃ!あのねヒカリ、ジェレミーがあんたのこと、すうっごくキレイだって…」
「おいやめろ!!!」
ミツバはまたケラケラ笑い出し、ジェレミーは何か抗議している。彼らのことだから、きっとミツバがジェレミーをからかって、ジェレミーがそれに怒ったんだろう。
「っていうか、あんたも読み書き怪しいんだから、勉強したら?」
「うるせえ!」
無意識ににこにこしながら彼らのやり取りを見ていたら、ふと落ち着きを取り戻した二人は、私に向き直った。
「そーいうわけだから、ヒカリ。こいつと仲良くしてやってよ。ジェレミーっていうの。悪い奴じゃないからさ。ま、剣の腕はいまいちだけど。」
「お前は一言多いんだよ!」
「うふふ。」
***
その夜、私は夢を見た。
私は果てのない星空の中を漂っていて、周りには星の光がキラキラ輝いていた。
その光は手を伸ばせば届きそうなほどまぶしいけれど、途方もなく遠い場所で光っているだけだ。
ともかく、その美しい景色を私はしばらく楽しんだ。
しかしやがて、その星たちはただの光ではないことに気が付いた。
星たち一つ一つの行く末が、私にはぼんやりと浮かんで見えた。
それはまるで星々の運命だった。
そこに輝く星が、巡り巡ってほかの星と出会ったり、そしてやがては消えてしまうのが見えた。
不思議な夢だと思った。
そして…
いつの間にか朝になっていた。
「あら…おはよう。」
「おはようございます。」
ジーンがダイニングテーブルで優雅にお茶を飲んでいた。
私も自分のお茶を入れ、窯からパンを取り出し、ジーンの向かい側に座った。
そして気づいた。ジーンを見ると、ぼんやりと星の輝きのようなものが頭に浮かんだ。
その星の先には永遠に続きそうな道があり、その道はたくさんの星々の道と交錯していた。
「……。」
私はあっけにとられて、昨晩の夢のことを思い出しながら、ジーンの顔をじっと見つめていた。
「うふふ…なあに?」
ジーンは可笑しそうに目を細めて私を見つめ返し、私ははっと我に返った。
「い、いえ。すみません」
「どうかしたのかしら…何か、面白いものでも見える?」
ニコニコ、ジーンは微笑みながら首を傾げた。
この人…やっぱり、私の頭の中を見通してるんじゃないだろうか。
「あの…」
ジーンはきっと何か知っているに違いない。
ゲームの中でも彼女は意味深なキャラクターだ。
私はそう考え、意を決してジーンに打ち明けることにした。
「星…星が、見えます。」
「星…?」
「ジーンさん、顔…見ると、あの…星、想像します。道が見えて…たくさん、星。出会う…それで…」
…だめだ。こちらの言葉ではうまく説明できない…!
もどかしくなってうんうんうなっていると、ジーンはそれさえも見通したように嫋やかにほほ笑んだ。
「星見の力ね…。」
「ほしみの…力?」
上手く伝えられなかったのに、ジーンは私が伝えたい事象をすっかり理解している様子でつづけた。
「あなたには、『星見の力』が備わっているのよ…。星たちの運命を見通し…導く力。あなたがこちら側に呼ばれたのも…きっと…。」
「星…?うんめい?何…ですか?」
「……。いいえ。いいのよ…。そのうちに、教えてあげるわ…。うふふ。」
やっぱりまだ、この世界の言葉は理解が難しい。せっかくジーンが何か教えてくれたのに、私が理解できないばかりに、また今度と言われてしまった。
だけどこの星が見える感覚、一体何なのだろう…。