翌日、朝早く起きて朝食をとり身支度をして、私はジーンと広場へ出かけて行った。
「うわあ…!」
広場はたくさんのテントが張られていて、声を張り上げて客引きをする行商人たちや買い物に来た島民たちで大変にぎわっていた。
テントに並べられているのは色鮮やかな布や服、きらびやかな宝石とそれを使ったアクセサリー、珍しい香辛料と穀物と酒、外国の本や地図、ほかにもたくさんの雑貨類。私はジーンと一緒にテントを回り、気に入ったローブと髪留めを買った。ジーンはアクセサリーをいくつかと、乾燥させたハーブの瓶詰をいくつか買っていた。
「ジーンさん、あれは、何ですか?」
ふと、小さなテントにたくさんの人が集まっているのが見えて、私は尋ねた。
そのテントで売られているのは服でも宝石でも食べ物でもなく、細かな文章が書かれた羊皮紙の束。本というには簡素で、しかしたくさんの人がその紙の束を購入して興味深そうに読みふけっている。
「あれは…新聞よ。」
「しんぶん?」
「この島の外で起こった出来事が…書いてあるのよ。」
なるほど、船でしかほかの島へ行く手段がなく、電話やメールなどもないこの世界では、海の向こうの出来事を知る機会なんてほとんどないのかも。だからあんなに人が…。
「私、買います。」
私はジーンに声をかけ、新聞を一部購入した。全て読めるか自信はなかったが、練習にもいいと思った。
ジーンのもとへ戻り、買ってきた新聞を開くと、大きな見出しの単語がさっそく読めなかった。
「あの…。」
「あら…これ?これは、『ガイエン海上騎士団』と読むのよ。」
「ガイエン…」
ガイエン海上騎士団?…って、あの?
これはラズリルで起きたことが書かれているというの?
「うふふ…まずは私が読むわね。」
「あ…ごめんなさい。」
ジーンは私が興味を持っていることに気づいた様子で、新聞をゆっくり読み上げてくれた。
「ガイエン海上騎士団…新人騎士、悪名高い海賊ブランドを打ち破る」
「!!」
海賊ブランド…間違いない、これはゲーム冒頭のあの事件の出来事だ!
新人騎士というのは、主人公のこと…!
「あら…どうかしたのかしら…?」
「い、いえ。」
ジーンに…話すべきだろうか?私はこの世界を知っていて、これから起きることも知っていると…。
でも、うまく説明できるかわからない。それに、それをジーンに伝えたところで、私には何もできない。戦争を止めることだって…。この世界の運命を変えてしまっていいのかどうかもわからない。変えてしまったところで、もっとひどい事態になることだってあるかもしれない。
「…疲れたわね。そろそろ、帰りましょうか?」
「あ…はい。」
気遣ってくれたのか、ジーンがそう言って、私たちは店へ帰った。
***
「……。」
静かな夕食後。
私が食後のお茶を入れてテーブルにセットすると、ジーンは礼を言ってカップを取り、私が席に着くのを待って口を開いた。
「ヒカリ…提案があるのだけど。」
「はい…?」
提案?目を瞬く私に、ジーンは微笑んだ。
「あなたは…ずいぶんお話もできるようになったし…紋章も使えるようになったでしょう?」
「そう…ですか?」
「私は、もう何の心配もない…と思っているのよ。」
少し心臓が早まった。
もう…そろそろ独り立ちしろ、ということだろうか?
「はい…」
「それでね…修行に出てみるのはどうか、と思ったの。」
「……しゅ、しゅぎょう?」
しかしジーンに言われたのは予想外の言葉だった。
「ええ…。まずは一人で、ラズリルという島へ行ってみるのよ。」
「え?どうして、ですか?」
「あなたが…知っている場所だからよ。」
ジーンは…何を知っているんだろうか?
「でも…修行って、どうすれば…。」
「そうね…。それは、行くべきところへ行けば…わかるでしょう。」
「……。」
…本当に…何を知ってるの!?
「ちょうど明日、ミドルポート行きの連絡船が出るわ…。そこで船を乗り換えれば、ラズリルへ行けるわ。」
「は、はい。」
しかし私は居候の身。さらに、ジーンは私の紋章の師匠に当たる。
逆らえるわけがない。
「荷造り…します。」
「うふふ…頑張ってね。」
***
「ヒカリ〜!!修行の旅って、そんな…突然すぎるよー!!」
翌日、早朝だと言うのに、ミツバとラインホルト、そしてジェレミーが港まで見送りに来てくれた。
「ごめん。」
「も〜!クールなんだから〜!また会えるよね!?」
「うん!」
自信満々にうなずいた私に、ミツバは目を丸くして瞬いた。だって、私は主人公を探して協力するつもりだし、旅の途中でミツバも必ず主人公と出会う。その時、私も彼女と再会できるだろう。
「ラインホルトさんも。ジェレミーさんも。また、会えます!」
「それはよかった。また、会える日を楽しみにしておりますぞ。」
「……。」
ラインホルトは親しげな笑みを返してくれたが、ジェレミーは腑に落ちない悲しげな顔で私をじっと見つめていた。まるで何か言いたげな目で、私はしばらく彼の言葉を待ったが、彼が何も言わないうちに、出航を知らせる汽笛が鳴った。
「あ!それじゃあ、そろそろ行きます。」
「気を付けてね〜っ!!」
「お達者でー!!」
「……っ」
船に盛り込み、甲板へ急いで行って、大きく手を振るミツバとラインホルト、そして静かにほほ笑むジーンに手を振り返した。その横で、ずっと黙っていたジェレミーが、意を決したように私を見上げて口を開いた。
「ひ…ヒカリ!!」
あまりの必死な声に、私は一瞬どきりとした。そういえば…名前呼ばれたの、初めてかも?
しかし次の瞬間、彼が発した言葉で、私は頭が真っ白になるのだった。
「すっ…好きだー!!」
「…へ!?」
「俺は!!諦めないからなー!!」
船が出航し、港が遠ざかっていく。
満身創痍のジェレミーを、ミツバがからかうように小突くのが見えた。
「……えぇ?」
ジェレミーに思いを寄せられていたなんて。
全然…気づかなかった。
「すげー愛の告白だったな〜。」
「ヒカリちゃんは島のアイドルだろ。アイツ以外にもあこがれてる奴は山ほどいるさ。」
船員たちが笑いながら私に目配せをしてきた。
私は厚くなる顔で苦笑し、逃げるように船室へ入った。