文化祭当日。
「御幸君似合う〜〜!!」
「カッコいい!!」
「惚れちゃいそ〜〜!」
「ははは……、…はぁ」
朝から女子たちに教室に引っ張り込まれ、これを着ろと執事のようなコスプレ服を渡され、着替えると今度は髪を弄られ、散々携帯で写真を撮られ…すでに体力が尽きそうだ。
「じゃ、御幸君!眼鏡外してくれる?」
「あ…、あぁ、うん」
眼鏡をはずし、顔を上げる。
息を飲んで固まる、女子たちの瞬きもしない視線に射抜かれる。
「…キャ〜〜!!イケメン!!」
「普段もコンタクトにしなよ〜〜!!」
「もう一回写真撮らせて!!」
「ちょ、ちょっと、コンタクト入れてくる」
「これから呼び込みと宣伝行くんだから、はやく戻ってきてね!!」
「は、はい…」
逃げるように教室を出た。…女コエェ〜〜…!!早く帰りたい。
「よぉモテ男。」
「……。」
男子トイレでぼやけた視界に入ってきた男。声だけで誰なのかわかる。
「…助けて倉持」
「何言ってんだよ、お前が抜ける分俺がクラスのシフト入ってんだからな!文化祭回る暇もねぇよ!」
「一緒に回る相手いんの?」
「殺すぞ」
舌打ちを聞きながら右目にコンタクトを入れ、左目のコンタクトも用意する。
「…そーいや聞いた?」
「何?」
「一年の校舎、すげえ騒ぎになってるらしいぞ」
「なんで?」
「文化祭に来た他校の奴らが、玉城さんの噂を聞いて詰めかけたんだと。」
「…え?」
「風紀の後藤とかが行って、一応騒ぎは収まったみたいだけど。ヤバイよな」
「……。」
コンタクトを入れて、にわかに胸がざわついた。玉城と…文化祭を回ること、ほんの少しだけ、想像してみたりもしたけど…きっと断られる、なんてのんきに考えて、何やってんだ俺。玉城、大丈夫なのか…?
「御幸君!まだ!?」
「!!?」
遠慮なく男子トイレの手洗い場の入り口に詰めかけるクラスの女子にぎょっとした。女コエエ!!
「もう他の出場者たち、宣伝始めてるんだよ!!」
「こういうのは目立ってなんぼなんだから!!早く行くよ!!」
「…ここ、男子トイレ…」
「早く!!」
「…早く行けよ、御幸」
***
「2B、不思議の国の喫茶やってま〜〜す!」
「ミスターコン出場してま〜す!投票してね!!」
「ほら御幸君も何か言って!」
「よ…よろしくお願いしま〜す…」
早く終わってくれ、と廊下の時計を睨みながら、女子に連行されるようにして廊下を練り歩く。一通り校舎を回ったらコンテストのステージ発表に出て、そのあとは自由にしていいといわれたから…午前は拘束されるわけか…。
「なぁさっきの子どこ行ったの?」
「もういないのー?」
「芸能人どこ〜?」
1年の校舎に入るとなんだか異様な空気だった。廊下には人が一気に増え、皆何かを探している。それはすぐに察しがついた。…玉城だ。
「なんか人が詰めかけて騒ぎになったから教師が連れてったらしいよ。」
「え〜あの子見に来たのに」
「生の玉城光めっちゃ可愛かった!」
「え!?見た人いるんじゃん、ずるい〜」
「…玉城さん、ミスコン出るんだよね?」
ふいに、クラスメイトの女子がこっそり呟いて、隣の女子が確かそうだよね、と頷いた。
「え…そうなの?」
つい尋ね返すと、二人は顔を見合わせてまた頷く。
「エントリーシートに書いてあったもん。でも玉城さん有名人だから…」
「騒ぎになっちゃったみたいだし、どうなるんだろうね。」
「……。」
玉城がミスコンに出るなんて意外…だけど、俺みたいにクラスの奴に頼まれたのかもしれないな。だけど、確かに…こんな騒ぎになってしまって…心配だ。
***
「…さて!男子エントリーナンバー10!」
ほら行って、と舞台袖で背中を押され、足早にステージへと上がった。一斉に視線を浴びて肩身が狭い。
「それでは10番の方、自己紹介をお願いします!」
隣の出場者からマイクを受け取って、打ち合わせ通り一歩前に出る。なるべく心を無にして、俺は粛々と自己紹介をした。
「2年B組、御幸一也です…えー…野球部です。頑張りまーす…よろしくお願いします。」
「何言ってるかわかんねーぞー!!」
「恥ずかしがってねーで声出せ声ー!!」
「それでも野球部主将かコラァ!!」
野球部の3年達からの野次が飛んできた。ちくしょー、俺が出ると知ってわざわざ来やがって、あの人たちは〜…!!
何よりクリス先輩にこんな姿を見られたのが恥ずかしい…!!!
「それではいよいよお待ちかね!ミスコン出場者たちの登場です!まずはエントリーナンバー1の方、どうぞ!」
野太い歓声と冷やかしの口笛が鳴る中、舞台袖から白いワンピース姿の女子が現れる。
真っすぐに背筋を伸ばし、颯爽と、上品に、ワンピースの裾と金色の髪を柔らかくなびかせて……歩いてきた玉城がステージに立った。響いていた下品な野次はいつの間にか止み、会場に静寂が降りる。
き…綺麗すぎる。同じ人間とは思えない。この場で、このステージ上で、玉城だけが別世界にいるように輝いて見えた。
「…あ…、えっと…、じ、自己紹介をお願いします。」
「…?」
玉城は司会を振り返り、軽く拳を握ってジェスチャ―をした。マイクがないのだ。
「え?」
まだ事態を飲み込めないでいる司会の前を横切って、俺は歩いて行って、持っていたマイクを玉城に手渡した。玉城は少し驚いた顔で、だけどすぐに視線を逸らし、小さくお辞儀をしてマイクを受け取った。
「……。…1年A組、玉城光です。」
会場がざわつき始めた。シャッター音も鳴り響く。
「…1Aの皆のために…頑張ります。」
ぺこり、とお辞儀をして、列に戻る玉城。随分短い挨拶だ。俺が言えたことじゃないけど。でも、注目が集まっていた分、会場に少し拍子抜けしたような空気が流れたように感じた。
その後女子の紹介がすべて終わり、それぞれのステージ発表が始まった。これが終われば、明日の結果発表まで俺は自由だ。
「それでは続いてエントリーナンバー10!御幸一也君、お願いしまーす!」
「え〜…校歌歌いま〜す」
「やる気あんのかコラァ!!」
「校歌なんて面白味ねーよ!!」
「真面目ぶってんじゃねー!!」
「テメーのヒッティングマーチ歌うくらいの気概見せろオラァ!!」
「えぇ〜〜…」
またしても野球部の野次に集中放火される。無茶ぶりしやがって。俺のヒッティングマーチってねらいうちなんだけど…。
「いや伴奏ないし無理…」
言いかけたところで、聞きなれたメロディーが会場に響き始めた。驚くと同時に、まさか仕組まれてたのかよ、と脱力する。多分倉持だな…首謀者か協力者かはわからないけど。
客席の野球部が扇動し、大きな手拍子が響き渡り始めた。こうなりゃヤケだ。俺はマイクを握る力を強めた。
「ウララ ウララ ウラウラで〜…」
「もっと声出せ〜!!」
純さん…もしかして俺でストレス発散してる?
「見ててごらんこの私 今にのるわ玉の輿」
「ヘイヘイ!!」
「磨き上げたこの身体 そうなる値打ちがあるはずよ」
「ハイハイ!!」
「弓をきりきり 心臓目掛け 逃がさないパッと」
「「「ねらいうち〜〜!!」」」
「髪がくれたこの美貌」
「ハイ!!」
「無駄にしては罪になる」
「ハイ!!」
「世界一の男だけ」
「ハイ!!」
「この手に触れてもかまわない」
「フゥ〜〜!!!」
なんだかんだ大盛り上がりで一番を歌い上げ、羞恥で熱くなる顔を仰ぎながら、もう勘弁してくれと司会にマイクを返した。
「よくやった御幸ィ〜〜!!!」
「見直したぞー!!」
「それでこそキャプテンだ〜〜!!」
「ハイありがとうございました〜!!大盛り上がりでしたね!!それではいよいよ、ミスコンの特技発表のコーナーに移りたいと思います!!」
俺たち男子の出場者は舞台袖に下がらせられ、代わりに玉城を先頭に女子がステージに並んだ。
「それではエントリーナンバー1、玉城光さんからお願いします!」
…玉城、特技って何するんだろ。
玉城はマイクを受け取ると、会場を見渡して、ぽつり、と言った。
「私は…特技と言えるほどではないんですけど、一応、ピアノを習っているので…」
へー、ピアノ…。お嬢様っぽい。玉城のイメージぴったりだな。
「一番好きな曲を弾きたいと思います。」
玉城はお辞儀をすると司会にマイクを渡し、ステージ端のグランドピアノの椅子に座った。鍵盤の蓋を開け、足をペダルに乗せ、右手、そして左手をうやうやしく鍵盤の上に乗せる。
静まり返った会場に、静かなメロディーが流れ始め――
「…え…」
「…やばくない?」
ひそひそ、囁く声がしはじめて、しかしそれらはすぐに、しっ、と阻止された。初めは静かで物悲しいメロディーが、やがて大きな波のように打ち寄せ、会場中を包み込んだ。知らないクラシックの曲だったが、まったく楽器に造詣のない俺でもわかる。ちょっとやそっと練習したくらいじゃ弾けっこない、超難しい曲だってこと…。
玉城は真剣なまなざしで鍵盤を見つめ、細く白い手を軽やかに動かしている。あの華奢な手の、あんな優雅な動きから、こんな力強い曲が生み出されているなど、にわかには信じられない光景だった。
――演奏が終わった。玉城が立ち上がり、客席に向かってお辞儀をすると、一斉に拍手が沸き起こる。次に発表を控えているミスコン出場者たちは苦笑を浮かべて顔を見合わせている。この後じゃ発表やりづれぇだろうな…さすがに同情する。
だけどその拍手喝さいの中、玉城はどこか浮かない顔で遠くを見つめていた。
***
「玉城さん、すごかったよ!!」
「優勝間違いないよ!!本当にありがとう!!」
クラスメイト達の前でぎこちない笑みを浮かべる玉城。クラスメイト達の方も、なんだかそわそわと顔を見合わせている。
「優勝…できるかわからないけど…」
「そんなことないって!絶対優勝だよ!…ねっ!?」
「う、うん!玉城さんが一番目立ってたし!有名だしさ!」
「……。」
そのぎこちないやりとりを見ていられなくて、つい目を細める。
「…玉城、玉城!」
小声で呼びかけると、玉城と、玉城のクラスメートたちが俺を見た。
「あっ…!御幸先輩呼んでるよ!」
「行っていいよ!教室戻るとまた騒ぎになっちゃうでしょ?」
「今日はもう玉城さんは遊びに行ってていいから!」
気を遣ったつもりなのだろうが、クラスメイト達がそう口々に言って駆け足で去っていくと、玉城は悲しそうな顔をした。それから俺を振り向き、表情を変えず佇む。来てくれないようだから、俺は諦めて自分から近づいて行った。
「たーましろ。呼んでるじゃん」
「…なんですか?」
なんだか元気がない。
「玉城ちゃんクラスの子と仲悪いの?」
「……。」
「冗談だよ!睨むなって。」
だけど随分よそよそしい態度だった。玉城は目立つから、周りが敬遠してしまうのだろうか。
「つーかさ、腹減らねぇ?何か食いに行かない?」
…なんて、誘いの口実としてはわざとらしすぎたかな。
「……。」
「何その目。俺とは嫌ってか?」
「……。…先輩、約束してる人いないの?」
「約束?別にいないけど。」
「ふうん…」
「…で、行くの?行かねーの?」
玉城は少し迷って、ぼそりと呟いた。
「…いいですけど」
何か嫌そうだな…。…ま、いいか。一応了承してくれたんだから。
「よし。じゃあ…」
俺は周りを見渡して、集まる視線に気が付いた。…そう言えば、俺は執事のカッコ…玉城はお嬢様みたいなワンピース姿。めちゃくちゃ目立っている。
「…とりあえず、着替えてこようぜ。」
「……。」