011

待ち合わせ場所として決めた校舎裏で玉城を待っていると、まさか来ないつもりなんじゃ、と疑い始めた頃に、軽い足音を響かせて近づいてくる音がして、にわかに緊張した。
振り向くとそこにはめずらしく髪をひとつに縛り、鼈甲フレームの眼鏡をかけた玉城がいて、俺は目を瞬く。

「あれ…眼鏡?」
「…度は入ってないです。かけてないと人が集まってきちゃうから」

つまり変装用…か。確かに雰囲気がいつもと全然違う。

「ふーん…有名人は大変だな」
「…でも、結構バレちゃうんで…お昼食べたら私、帰りますから」
「え。文化祭見ないの?」
「…皆に迷惑…だし」

…なんか、やっぱり元気ねぇなー。いつもより口数が少ない。

「…そうだ。ちょっと待ってて」
「え?」

俺は走ってすぐそこの寮に行き、自分の部屋からキャップをひとつ取って、走って戻った。

「これ!」

きょとんとしている玉城の頭にキャップをぱすんと被せると、ひゃっ、と悲鳴が聞こえて、玉城の頭がすっぽりと隠れてしまった。

「…っと、ブカブカだな。」
「……。」
「こんくらいか?ほれ」

ベルトでサイズを調整してまた被せてやると、玉城はキャップの後ろの穴からポニーテールを出して被りなおした。

「ちっせえ頭だな〜。」
「……。」
「でも眼鏡に帽子で結構顔隠れるんじゃね?」
「……。」
「ほら、行こうぜ。腹減った〜」

玉城は黙ってついてきた。いつもの、悪戯好きな笑顔を見たい…けど。何かあったんだろうか。

「玉城、何食いたい?」
「……。」
「…玉城?」

中庭に出て賑やかな人混みの中を歩いていくと、玉城がハッと小さく息を飲んで、俺の袖に掴まってきた。急に触れた感触に驚いて、俺はじわりと顔が熱くなる。

「…バレてない!」
「…ん?」
「全然バレてません…ほら!誰も私に気付いてない!」
「お、おう…」

眼鏡に帽子まで被ったのが功を奏したらしい。玉城に注目している人は誰もいなかった。まさかこんなところにいるわけないと思ってることもあるんだろうけど…。
とにかく、なんだか少し元気を取り戻したようで安心した。

「はぁ嬉しい…今度から帽子被ろう…」
「プッ…ククク…よかったじゃん」
「馬鹿にしてます?」
「してねーって!」
「……。」
「じゃあその帽子やるよ。」
「えっ?いやそんな…」
「いいよ他の持ってるから。それあんま使わねーし」
「……。」

玉城は目を瞬いて、掴んでいた手をそっと離した。

「…あ ありがとうございます…」
「……。」

玉城の謙虚なお礼…。レアだ…。

「…その顔何なんですか」
「何でもねーよ。それより何食いたい?」
「うーん…」

玉城は中庭に並ぶ屋台を見渡した。

「…あ からあげ」
「からあげ?」

意外と渋いチョイス。チュロスとかクレープとか言われると思った。

「なんですか。」
「いや意外だったから…いちいち怒るなよ。」
「怒ってない。」
「あ、そー。じゃあ行こうぜ」

なんだかむっつりしている玉城とからあげの屋台の列に並ぶ。だけど俺は胸の奥で何かがもやもやしていた。なんだろう…この店はまずい、って心のどこかで思ってる。誰かが文化祭でから揚げ屋やるっつってたよーな…誰だっけ?
…まあ、忘れるくらいだから大したことじゃないだろう。野球部員多いから、誰にも見つからないのは無理があるし。玉城と一緒に居るとこ見られたら絶対からかわれるけど…。

「…なぁあの子可愛くない?」
「どれ?」
「メガネで帽子かぶってる」

ん?
思わず聞き耳を立ててちらりと周りを見渡すと、からあげを買って列を離れた二人組の他校の男が玉城を見ていた。

「ちょっと玉城光に似てね?」
「本人だったりして」
「え〜?まさか…」

なんとかして玉城の顔を確認しようとじろじろ無遠慮な視線を向けてくる男に少し苛立って、俺は玉城の肩をトントンとたたいた。

「?何…」

振り向いた玉城の頬に、ふにっ、と指先がささる。や、やわらか…

「ちょっと、何!?」
「はっはっはっはっ」
「も〜…!」

ぷんすか怒る玉城の後ろで、男たちは顔を見合わせて、隣彼氏じゃん、と呟き、そそくさと去って行った。つーかやっぱ玉城、モテる…。眼鏡に帽子でかなり顔隠れてるのに、まだナンパ野郎に目をつけられるとは…。

「いらっしゃ…、…えっ…」

やっと俺たちの順番が来て、前に進むと、接客の生徒が言葉を失った。俺は、目を丸くして俺と玉城を見ているノリにやっと気づいて、あ…、と顔をひきつらせた。

「…い いらっしゃいませ」

ノリは気まずそうな顔で言い直した。あーこれ、あとで裏で噂されるやつだ…。いっそ何か突っ込んでくれ…。

「ふ、ふたつ。」
「あ、ハイ…」

気まずいやりとりが行われる中、つんつん、と肩がつつかれて、俺は反射的に振り向いた。直後、頬にぐさりとつきささる玉城のひとさし指。ふふふふ、と笑いだす玉城に脱力する。

「なんだよ。」
「さっきのおかえし。」
「じゃ俺もおかえし。」
「うわ、」

キャップのつばを下に引っ張ってやると、玉城は笑いながら被りなおした。そしてハッと我に返る。ノリを見ると、何ともいえない複雑な表情の顔を少し赤くしていて、からあげをふたりぶん袋に入れたものと電卓を差し出した。

「400円です…」
「…はい」
「あ、ちょっと、何で私の分まで」
「いいから…行くぞ」

よくない、と抵抗する玉城の肩を押して、からあげを受け取ってそそくさと列を抜けた。

「ちょっと…何?急に」
「…今の店の奴…知り合いなんだよ」
「え?」
「野球部の…」
「……。」

玉城は理解してくれた様子で口を噤むと、握っていた200円を差し出した。

「まあいいけど…じゃあ、はい。」
「いやいいよ、そのくらい」
「よくない」
「いいって」

ここまで来て受け取るのは何かかっこ悪い、と思ってつっぱねると、玉城は少し考えこんで、しかしやっぱり200円を俺の手に握らせた。

「…じゃあこれで飲み物買ってきて。」
「まさかのパシリ?」
「さっきのおかえしです。」
「…なんか違う。いいけどさ…何飲むの?」
「お水。」
「はいはい。じゃ、そこで座って待ってて。」

花壇の傍のベンチに玉城がすとんと座ったのを見届けて、俺は近くの自販機を目指した。ミネラルウォーターを二本買い、引き返して玉城がいるベンチへと歩いていると…

「御幸君!」
「今ひとり!?」

わっと駆け寄ってきた女子生徒たちにあっという間に囲まれた。

「え?いや…」

一瞬戸惑った。玉城と一緒に居る、と言ってもいいものなんだろうか…一応あっちは有名人だし、きっと大騒ぎになる。

「ほらエリナ!」
「い、いいってば〜…」

友達に背中を押されて出てきた女子生徒は同じクラスの子で、こっちが気まずくなるくらい顔を赤くしている。

「御幸君エリナと周ってあげてよ!」
「ミスターコン終わったし暇でしょ?」
「いや俺…」

ちらり、とベンチの方を見ると、玉城がうかがうようにこっちを見ていて、目が合うと俯いた。なんだか胸騒ぎがして、俺は女子たちに向き直る。

「ゴメン俺、用事が…」

そう言いかけた時、ベンチから立ち上がる玉城の姿に気づいた。玉城は逃げるように俯いたまま、人目を避けるように足早に人混みの中へ消えていって、うっかりしていたら見逃しそうなほどあっという間の出来事で、俺は咄嗟に声を上げた。

「ちょっ…玉城 待って!」

えっ?と顔を見合わせる女子たちなんてもうどうでもよくて、俺は玉城の後を追った。見慣れた自分の帽子を追って人混みを抜けて、少しひとけがまばらになってきた渡り廊下の傍で、俺はやっと玉城の腕を掴んだ。

「待てって言ってるだろ!玉城…、」
「……。」
「何でどっか行くんだよ。」

掴んだ腕の細さや肌の滑らかさをじわじわと実感しながら、玉城が振り向くのを俺は見つめた。

「さっきの人たちと周ればいいじゃん…」
「は?なんで?」
「…私といるとこ、見られたくないんでしょ…皆に」

…そーいうことか〜…!!ふとした時の玉城の物言いたげに黙り込む表情の謎があっさりと解けて、俺は思わずため息を吐きそうになった。多分ノリのこともそういう解釈したんだな…玉城。

「そ…、違うって。」
「……。…もういいです。無理に誘ってくれなくても」
「…だから違うんだって〜〜」

むしろもともと一緒に回りたかったくらいで…、なんて、そんなこと言えない。もうため息交じりに嘆きながら腕を引っ張ると、駄々をこねるように引き留める俺に玉城は少し面食らったような表情になった。

「…じゃあいいんだな?」
「え?」
「俺と一緒に居るとこ、皆に見られたら散々弄られると思うけど。いいんだな?」
「……。」
「俺と付き合ってるとか思われてもいいんだな?」
「……そ、そっちこそ…」
「俺は全然いいけど?」
「え…」

玉城の顔が真っ赤に染まった。多分俺も赤い。

「で…玉城は?いいの?」

こんなズルい聞き方しかできないなんて、ダサい…。
玉城は視線を下げて、ぼそりと呟いた。

「…だめなら一緒に来てない…。」
「……。」

…え…?!そ、それどういう意味…!!?
やばい、急に恥ずかしくなってきた。そんな思わせぶりなこと言われたら期待しちまうだろうが…!

「…じゃあ…」
「……。」
「手とか繋いじゃう?なんちゃって(笑)」
「調子に乗らないでください。」

恥ずかしさのあまり茶化したのだけど、剛速球で拒否されて思いの外凹んだ。もうちょっとこう、照れるようなそぶりとかさぁ…。

「離して。」
「は、はい…」

あれ〜…ちょっと脈ありかも、なんて思ったのに…。やっぱ俺の勘違いかな…。

「お腹すいた。」
「はいはい…じゃあそこ座って食おうぜ。ほら水」

渡り廊下の傍の花壇の淵に座って、俺たちはやっとからあげを食べ始めた。

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