012

「は〜やっぱ3年は気合入ってんな…」

校舎に入って3年の校舎を歩きながら感嘆の息を漏らした。どこの出し物も本格的で、気合の入りようも1,2年とは比べ物にならない。

「あ、先輩見て見て。お化け屋敷だって」
「へ〜本格的な…」

「よぉ新キャプテン…」
「!?」

ぬらりと前に現れてゆく手を塞いできたのは、頭に斧が突き刺さった純さんだった。

「お前いつから彼女いたの?」
「!!?」

すぐ隣にはおどろおどろしい面をつけた男子生徒。…声からして亮さん。

「彼女同級生?同じクラスの子?」
「すげー可愛い子じゃ…。……。」

玉城の顔をまじまじと見て、亮さんも純さんもハッと硬直した。やばい、気付かれた。

「…えっ!!玉城ひか…」
「シーッ!一応変装してるんですから!」
「……。」

慌てふためく男たちを、当の本人である玉城は唯一冷静に…むしろ冷めた目で見つめていた。

「…えっ…つ、付き合ってんのか?」
「違いますよ!さっき会って、なんとなく一緒に…な?」
「…はい」

「へぇ〜、玉城さんと…ねぇ」
「なんとなく…なぁ」

「……。」
「……。」

…そーだよほんとはめちゃくちゃ勇気出して誘ったよ!!頼むから玉城の前でからかうなって…!
よりによってこの二人に見つかってしまうとは、不運だ。

「まぁとりあえずお化け屋敷入って行くでしょ?」
「え?」
「ちょうど今客いないし大サービスするぜぇ〜」
「え、いや」

でも…、と玉城を見ると、促すように頷いた。俺の先輩という事で気を使ってくれたのだろうか。別にいいのに、というか、玉城が嫌だと言えばここを立ち去れたのに…。

「はいじゃあ2名様ごあんな〜い」
「……。」
「あ、ちょっと待って御幸。」
「はい?」

ちょいちょい、と手招きをするおぞましいお面の亮さん。

「うちのお化け屋敷は手を繋いでもらうルールだから。」
「…は?」
「途中で手を離したらアウトです。」

ぶー、と両腕で大きくばってんを作る亮さん。

「…なんでですか?」
「そういうルールなんだよ。なぁ?」
「そーそー。」

大きく頷く純さんがわざとらしい。絶対嘘だろ…。

「いや嘘ですよね?」
「マジだって。中はまっ暗だし足場も悪いからそうしてもらってるの。」
「……。」
「それとも何?嫌なの?」
「な…」

…その聞き方はずるいだろ…!!この人絶対お面の向こうでニヤニヤしてる…!

「……っ、…じゃ、いい?」
「えー…」

微妙に嫌な顔をする玉城と、その様子を見て噴き出す純さんに傷つきつつ、差し出した手が握られるとさすがに心臓が跳ねた。…つーか手ぇちっさ!やわらか!すげぇすべすべだし…ってやばい、緊張で手汗かいてきた。

「はいじゃあ行ってらっしゃーい」

上機嫌な亮さんに促され、俺たちは暗幕をくぐった。
一気に真っ黒に塗りつぶされる視界。握っている玉城の手の感触が余計に気になってしまう。だけど、こんなに暗ければ手を離してもバレないだろう、と一瞬過ぎった考えに気付かないふりをして、握った手から緊張が伝わらないようにそっと息を吐いた。

「……。」
「……。」

…そういえば玉城、やけに静かだな?

「…玉城?」
「…はい?」
「もしかして…怖いの苦手?」
「別に…普通ですけど」

それが強がっての発言なのか、正真正銘の本音なのか、この暗闇で表情を窺えない今は判別ができなかった。

――ダダダダダダンッ!!

「ひゃっ!?」

突然左右から激しく叩きつけるような音が響き、びくっ、と握っている手が引っ張られ、ぎゅっと強く握られた。左右の段ボールで作られた壁を、壁の向こう側にいる脅かし役の生徒たちが一斉に叩いたのだろう。俺もびっくりしたけど平静を装った。

「はははは。大丈夫かぁ〜?」
「び、びっくりしただけ!」

めっちゃ手ぇ握られてる…!亮さんと純さんにこっそり感謝だ。

「先輩こそビクッてしてたくせに。」
「……。」

バレてたか…。

しかし脅かし要素はほとんどそれきりで、あとはただ暗く狭い道を進み、ドアがギィギィ軋むような不気味な効果音や、壁の向こうから「たすけて…」と誰かが囁く声がするくらいだった。あのホラー映画好きな亮さんのクラスにしては全然怖くない。まぁ、亮さんも部活でほとんど関わってないのかもしれないけど。

「…あんまり怖くないですね」

玉城が拍子抜けしたように呟いた。

「そうだな〜…」

もっと怖ければ、ベタだけど、抱き着かれたり…とか。そんな都合の良い事あるわけないけど、ちょっと期待してたのに。所詮は文化祭の、高校生の手作りアトラクション…。

そのとき、するり、と俺の腰を何かが撫でた。

「……?」

暗闇の中玉城がいる方を見る。…玉城が?…いやいやんなわけないって。たぶん勘違い…
――するっ、とまたなにかが俺の腰を撫でる感触。勘違いじゃ…ない。俺の腰を撫でる手は、そのままスルスルと下へ下がっていく。ちょ…、玉城、いくらなんでも積極的過ぎ…。

「…先輩どうしたの?」

玉城が尋ねてきて、からかっているのかと思った。俺にセクハラ紛いなボディタッチをして、その反応を楽しんでいるのかと。この間の水着事件もあったし…こういうことは男にするなって言ったのに!

「…そっちこそ、何?」
「え?」

繋いでいた手の指を絡ませ、ぎゅっと握って――あれ、と思った。玉城の手…俺が握ってんじゃん。もう片方の手じゃ、俺の腰には届かないし……。…あれ?

「ぶっ…くくく」
「!?」

背後で噴き出す声がして、直後、おぞましいお面が懐中電灯で下から照らし出された。

「りょ…亮さん!?」

亮さんはひぃひぃ言いながら腹を抱えて笑っている。

「…亮さんだったんすか?さっきの…」
「誰だと思ったの?」
「……。」

言えるわけない…。

「さっきのって…?」

玉城がきょとんとした顔で尋ねてきて、ぎくりとする俺を見て、亮さんはまた噴き出した。

「おや〜?何だと思ったのかな〜キャプテン?」
「い、いや、おかしいと思ってましたよさすがに!」
「?」
「ほら玉城さん困ってるよ。説明してあげなよ御幸。」

できるか!!

「もう先行くんで…」

行こうぜ、と玉城の手を引っ張って、怒られる前にとさっさと繋ぎ直した。やべー、恋人つなぎなんてしちゃったよ…、ここから出たらまた怒られるか、チャラいってなじられるか…ナンパの事を掘り返されるか…。

「あ…、出口…」

しばらく進んで暗幕を捲るとようやく廊下に出て、俺も玉城も眩しさに目を細めた。

「おっ、おかえり〜」

純さんに声をかけられ、咄嗟に手を離す俺たち。

「ちゃんと手ぇ繋いでただろうな〜?」
「し、しましたよ」
「ほんとかぁ?」
「はい…」

途中、恋人つなぎまで…

「おい亮介!言質とれたぞ!御幸が女子と手ぇ繋いでお化け屋敷…」
「ちょっ!!やめてください大声で!!」

やっぱりそういう狙いかよ!!手繋ぐルールなんて絶対嘘だろうと思ってたけど…!

「皆に報告しなくちゃね。」

暗幕をくぐって、お面を外してニコニコ顔の亮さんが出てきた。うわ〜、今日から弄り倒されんのか…

「報告って…」
「そりゃーキャプテンの彼女の有無は大事なことだよ。ねぇ純。」
「そーだそーだ!モチベーションに関わる!」
「だから彼女じゃ…!」

「……。」

居心地悪そうに黙り込んでいる玉城に気づいてはっとした。やばい嫌われる!

「…やめてくださいよ!」

咄嗟にそういうと、亮さんも純さんもびっくりした顔で俺を見た。

「俺のことはいいですけど…玉城はバレたら大騒ぎになるんで!人が集まって騒ぎになるからって、皆に迷惑になるからって、帰ろうとしてるとこを引き留めて…せっかく文化祭楽しんでるんで…。だから…えっと……」
「……。」
「……。」
「あの…勘弁してください」
「途中までカッコいい事言ってたのに締まらないなぁ…」
「カッコつけんなら最後まで貫けよ御幸。」
「……。」

だってこの二人に反論すると後がこえぇんだよ…。

「でも、しょうがないからそろそろ解放してやるよ。」
「え?」
「しょーがねぇな!青春満喫しやがれバカヤロー!」
「純、嫉妬?」
「うるせえ!!」

じゃあね、とあっけなく手を振って暗幕の中に戻っていく亮さん。さっさと行け!と純さんに追い払われて、俺と玉城はやっとお化け屋敷の前を離れた。

「いや〜…」
「……。」
「ごめんな、なんか…」
「…いえ」
「……。」
「……。」

…なんか気まずくなっちまったし…。

「…先輩って、意外と」
「ん?」
「顔、広いですよね。」
「…そーか?あー、でも、まぁ…野球部多いからな」
「ふうん…野球部って何人くらいいるんですか?」
「100人近くいるよ。」
「えっ、そんなに…。」
「うちは一応、強豪校だし…野球部に力入れてる学校だから。県外からのスカウトも多いし」
「へ〜…」
「俺もスカウトで来たんだぜ?」
「えっ?そうなの?」
「おう。中1の頃に礼ちゃんから目ぇつけられて…」
「礼ちゃん?」
「あっ」

しまった…。

「…って誰?」
「…英語の…高島先生」
「高島先生のこと、礼ちゃんって呼んでるんだ…」

ふうん…、と低い声で呟く玉城。しまった〜…またチャラいと思われる…。

「先輩って女の子のこと、いつもちゃん付けで呼ぶの?」
「呼ばない呼ばない!誤解!」
「何で焦ってるの?」
「だってまたチャラいとか思われるだろ〜…」
「……。」
「ホラその沈黙!違うからなほんとに!」

どうすればそんないい加減な奴じゃないって信じてもらえるのか…。玉城の前ではいつもから回っている気がする。俺はもどかしくなってため息を吐いた。

「もうほんと…玉城にだけはそう思われたくねーのに…」
「……。」

俺を見上げた玉城が不思議そうな目をしていて、だんだんと顔を赤くして俯いた。よくよく思い返せば、今のセリフ、けっこー恥ずかしいような…。

「あ〜〜〜〜!!」

そのとき突如、うんざりするほど聞き覚えのある大声が響いた。

「御幸先輩が彼女っ…」
「沢村黙れ!!」

すぐさま金丸にハリセンで殴られて黙らされる沢村。微妙に間に合ってないけどよくやった、金丸。

「すいません御幸先輩!こいつバカで…!」
「あぁ…知ってる。」
「だって見ろよ金丸!!御幸先輩やっぱり女たらしじゃん!!玉城も御幸先輩はナンパ野郎だって言ってたし!!お嬢さんこの男はやめといたほうが良いっすよ、いいとこなんて顔だけ…」
「さ、沢村君…私だけど…」
「!!!」

玉城に気づいていなかったらしい沢村が目を丸くして言葉を数秒間失ったのち、ええ!?と大きな悲鳴を上げた。

「玉城!?なんでそんな眼鏡に帽子まで…」
「目立っちゃうから…」
「目立てばいーじゃん!もったいねーよ玉城すげえ美人さんなのに!」
「え…」

顔を赤くする玉城…おいおい、どっちが女たらしだよ…

「…そーゆーわけにはいかねーんだよ。大騒ぎになって取り囲まれたら文化祭楽しめないだろ。お前も玉城玉城デケェ声で連呼すんな。」
「そ…!!…ッ!!…ごめん玉城…」
「え…、ううん…」

納得はしたものの俺に言いくるめられるのが不服なようで、沢村は悔しげに玉城に謝った。

「すいやせんでした…っ!!どうぞ文化祭をお楽しみくだせえ!!」
「沢村お前何キャラだよ…」
「ちょっともうお前黙ってろ」
「……。」

今度は鬱陶しいくらい恭しい沢村と呆れ顔の金丸に見送られ、俺と玉城はまた歩き出した。


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