「あーーーっ!!一也が女連れてる!!!」
「げっ…。」
やっと沢村から逃れたというのに、中庭に出たらまた聞き覚えのある声が響いた。全く次から次へと…。
「まさか彼女!?」
ずかずか近づいてくる成宮と、その後ろをぞろぞろとついて来て興味津々に俺と玉城を見るカルロスと白河。
「なんでお前らがここに…」
「半日オフの日に青道の文化祭があるなんて行くしかないじゃん!っていうかその子は!?一也の彼女??」
甲子園の決勝の事を引きずっているかと思えば、もう開き直っているのかから元気なのか…。
「彼女と文化祭とか一也の癖に生意気!!」
「先越されちゃったな、鳴。」
「はあ!?俺はあえて彼女作ってないだけだから!!」
「秋大も控えてるのに女とイチャつくなんて余裕じゃん」
う…うるせぇ〜…
「ねぇ名前は!?何年生!?一也といつから付き合ってるの…」
「あ、おい!」
玉城の顔を覗き込んだ成宮が、はっと息をのんで、ぱちくりと目を瞬いた。
「…えっ…!!た、玉城光ちゃん!!?」
「え?」
「…!?」
成宮の叫びにカルロスと白河も目を見開く。あちゃー、また騒ぎそうな奴にバレた…。
「えっ…えっ!?嘘!?なんで一也が…えぇ!?」
「ちょ…、いいからちょっと静かにしろ…周りにバレちまうだろーが!」
「っていうか青道生なの!?」
「黙れって!!」
鳴をひっぱって全員で中庭の隅っこに移動し、とりあえず人目を避けた。
「一也!!どういうことだよ!!」
「なんでキレてんだよ…」
「鳴は玉城光のファンだからなぁ。」
「え?」
「光ちゃん!!」
カルロスの言葉に目を瞬いている隙に、成宮は玉城の両手を取って真剣に見つめた。
「テレビで見て一目惚れしました!一也なんて捨てて俺と付き合ってよ!」
「えっ…」
「あ!俺成宮鳴!稲実の2年!甲子園準優勝投手だよ!来年は優勝するから!一也なんて甲子園行ったことすらないんだから!」
「おいこら…」
「それに俺は関東ナンバーワン投手!将来はプロ入り間違いなし!将来有望だよ!どう?」
「や…あの…」
「ほら困ってるぞ。離せよ」
「……。」
「おい、成宮?」
成宮は急に口をつぐみ、掴んでいる玉城の両手をまじまじと見つめた。
「…すげぇスベスベ!!」
「離せセクハラ野郎」
急に玉城の手を撫でまわし始めたから、俺は成宮の手を振り払った。
「なんだよ一也邪魔すんなよ!光ちゃん、こいつはやめといたほうがいいよ!裏切り者だから!」
「俺がいつ裏切ったんだよ」
「俺の誘いを断って青道に来たじゃん!」
「へぇ〜そんなに俺が欲しかったんだ?(笑)」
「ホラ!こーゆートコ!最低でしょ光ちゃん!!」
「あの…誘い…って?」
目を瞬く玉城に、あぁそっか、と成宮が呟く。
「中学のとき、俺が目星をつけたシニアの選手を一緒に稲実に誘ったんだよ。で、一也だけがその誘いを断りやがったってわけ。」
「先輩…稲実に行ってたかもしれないってこと?」
「いや、でもその前に青道から声かけられてたし」
「この前稲実の話したとき、何も言ってなかったのに」
「言うほどのことでもないと思って」
「なんだよそれ!俺の誘いはどーでもいいってわけ!?」
鬱陶しい成宮にうるせーよ、と言った後。
玉城は少しさびしそうに俯いて、ぽつりとつぶやいた。
「…言ってくれたっていいじゃん…」
え…!?なんで拗ねてんの?しかもそんな、寂しそうに…可愛い。
「ご…ごめん…?」
「……。」
「…おい!俺の前でいちゃつくなよ!」
「いちゃついてねーだろ…」
ちょっといい雰囲気になったと思ったのに、成宮たちがいるから台無しだ。
「つーかなんでマジでいつから付き合ってんだよ〜!!」
「付き合ってねーよ」
「…え?」
「…付き合ってねーっつってんだよ」
「え!?そうなの?」
振り向きざま質問されて、玉城もこくりと頷く。その瞬間、成宮の表情が一気に晴れた。
「マジで!?なーんだ!!あーよかった!!じゃあ俺もまだ可能性あるってことだね!!」
「すげぇポジティブ」
「光ちゃんケー番教えて!あとアドレスも!」
「え…」
「嫌そうだぞ」
「一也は黙ってて!!」
ねっ、お願い!と玉城に食い下がる成宮。困ったように、だけどちょっと顔を赤くして笑う玉城。正直面白くない。
「ほらほら!こっちで番号打つから!」
「は、はい」
結局押し切られるようにして、玉城は成宮に連絡先を教えた。目の前で連絡先を交換し、嬉しそうにはにかむ成宮が、戸惑う玉城の肩を抱いて――その光景を見て、俺は胸の奥が暗くなった。
「ベタベタしすぎ。」
「あっ、ちょっと!なんだよ。」
成宮を引っぺがし、玉城の腕を握った。何やってるんだろ、俺。こんな恥ずかしいことして。
「行こ。」
玉城の手を引くと、玉城は意外にも大人しく手を引かれて着いてきた。成宮の文句に背を向けて、俺たちは校舎に駆け込んだ。
***
「先輩」
大人しく連れられてきた玉城が、不意に口を開いた。
「どこ行くの?」
「……。」
「何も考えてないんでしょ。」
「……。」
その通りだ。とりあえず成宮から離したくて連れてきたものの…そのことだってまだ自分自身何やってんだ俺と思っているのに。
「…ねえ」
するり、と手の中の細い腕がすりぬけていって、代わりに自分の腕を掴まれた。
「お腹すいた。」
「…え?」
そして玉城から告げられた言葉は拍子抜けするほど間の抜けた我儘で。
「何か食べたい。」
「…何を?」
「んー…」
玉城は近くの出店を見渡して、目を留める。
「クレープ食べたい。」
クレープか〜…俺甘いもんは苦手なんだけど…
じゃあ行くか、と頷いて、玉城はチョコとクリームとバナナのクレープを、俺はなるべく胸焼けしなさそうな、シンプルなシュガーバタークレープを選んだ。
「…あれ、玉城?」
そこに座って食べるかという時、玉城とすれ違った男子生徒がふと足を止めた。
「東条。」
それは東条と、一緒に文化祭を回っていたのであろうクラスメイトらしき男子たちだった。
「あ、やっぱり玉城か。一瞬わかんなかったよ。」
玉城と仲良さ気に笑い合って、東条はふと俺を見る。
「あ…!え、一緒に回ってる…んですか?」
「そうだけど?」
堂々と頷くと、東条も男子たちも、玉城までもが驚いて俺を見た。
「そういうわけだから邪魔しないでくれる?」
「え…!?あ…!す、すいません」
「ちょっと!」
ぺちん、と俺の胸を玉城が叩いた。
「わざと誤解させるような言い方するのやめてよ。」
「いやんエッチ{emj_ip_0173}」
「どっちが!」
胸をおさえてふざけて、玉城がまたムキになるのをからかって、おいてきぼりに俺たちを見つめる東条達を見て優越感を感じてる…なんて、器の小ささは自覚している。
「じゃ…、じゃあ、俺たちはこれで…。」
目配せをしながらそそくさと去っていく東条達を見て、勝った、なんて思ってしまう。
「……。」
「いつまで睨んでんだよ。クレープ零す前に座って食え。」
「なんかバカにしてる」
「してないしてない」
ベンチに座って黙々とクレープを食べた。結局いろんな奴に目撃されちまったなぁ。文化祭が終わったら噂になってるだろうな〜…。俺は良いけど…。むしろ都合がいい…なーんて…
「なぁ、玉城光いなくね?」
「でも見た奴いるらしいよ。」
ギクッ。すぐそばの屋台の列に並んでいる男子高校生たちの会話が聞こえてきてにわかに緊張した。玉城を見て、もう少しでクレープが食べ終わるところだったから、俺は最後の一口を放り込んで、玉城が食べ終わるのを待ってここを離れることにした。玉城も少し緊張した顔で俺を見て、急いでクレープを食べ始める。
「ほんとに青道生なの?」
「だから〜見た奴がいるんだって。」
「いるとしたら1年だよな?もっかい1年の校舎行ってみる?」
「もう帰ったんじゃねえの〜?誰も騒いでねーし…」
「いいじゃん行くだけ行ってみようぜ!」
「つーか誰か青道生に聞いてみようよ。ほんとにいるのか」
どんだけ必死だよ…。まさかここに本人がいるとは思ってないんだろうな。
「あ〜生の玉城光に会いてぇ〜!」
「お前いつもそれだなw」
「だってめっちゃ可愛いじゃん!マガジンのグラビア見た?」
「お前に見せられたよ。」
「あんな子に先輩{emj_ip_0173}って呼ばれてみてえ〜」
「はいはい。」
「なんで男子校選んじまったんだ俺は〜…青道に来ればよかったあぁ」
「今更だなw」
「しかもさ、顔だけじゃなくてスタイルもいいんだぜ?めちゃ細くてさ、脚も長くて!あ〜あんな彼女欲しい」
「贅沢者w」
「水着のグラビアとか出ねぇかな〜」
お…おいおい、ここに本人いるんだぞ…変な事言うなよ…!!
「胸も意外とありそうだしw」
「そうか〜?細いしあんまなくね?」
「いやグラビア見た感じだとCは絶対あるね。」
「お前巨乳派じゃなかった?」
「いーんだよデカさより感度。俺が揉んでデカくしてやるw」
「キメぇw」
うわ、サイアク…。何言ってんだあいつら、こんな人混みの中で…!
「……。」
俯き黙り込んでもぐもぐ口を動かしている玉城の、横髪からちらりと見える頬が赤い。そうだよな、さすがに聞こえてるよな…あぁもうマジ最悪。
俺はまだクレープを持っている玉城の細い腕を掴んだ。
「…えっ?」
そのまま細い腕を引いて立たせ、足早に歩いてその場を離れる。
男達の声が遠ざかって聞こえなくなっても、無言で歩き続けた。あんな話、玉城に聞かせたくない。
「先輩…、平気ですよ、別に…」
するりと手の中から抜けてしまいそうになった細い腕を少し強くつかんで引き留めた。
「…俺が嫌なんだよ。」
「……。」
人の少ない体育館傍の花壇に座りなおして、腕時計を見た。文化祭1日目もあと1時間ほどで終わりだ。
玉城はようやくクレープを平らげ、包み紙を手持無沙汰に折り始めた。
「玉城さー…」
「?」
「実際…するの?」
「何を?」
「…水着撮影…とか」
「……。…18歳以下はそういうの禁止なので、ないです」
「え…マジ?」
思わず拍子抜けして、俺は深く息を吐いた。
「よかったぁ〜〜〜……」
「……。」
…って、つい声に出してしまった。恥ずかしい。身を起こして咳払いを一つして誤魔化し、ふう、と自分を落ち着かせるために一息つく。つーかもうバレてるだろうな…今日一日で、俺の下心なんて…。
「何…よかったって」
「いや〜だってさ…さっきみたいなやつらが見ると思うと…嫌じゃん」
「…なにそれ。何で先輩が嫌なの?」
「そりゃ…」
…心のどこかで、一人占めしたいと思ってるから。
「…嫌なもんは嫌なんだよ。」
「意味わかんない」
玉城はそっぽを向いていて、だけど少し見えた耳は赤かった。きっとバレてる。でも、それでもいいやと思った。
玉城が近くのゴミ箱に向かって丸めた包み紙をぽんと投げた。紙はゴミ箱のふちにはじかれて地面に落ちた。
「へたくそ。」
「……。」
立ち上がってそれを拾い上げる俺をちょっと睨む玉城。
「じゃあ先輩入れてみてよ。」
「お、いいのか〜?野球部主将にそんなこと言って」
「…あそこからね」
あそこ、と玉城が指したのは校舎の角。ゴミ箱から10メートルほどの距離。
「遠くね?」
「野球部主将でしょ。」
「…言うねぇ」
のそのそと指された場所へ向かって行き、目視で距離と方向を推し量って、振りかぶる。
「じゃー入ったらさ」
「?」
「明日も一緒に回って。」
玉城は目を瞬いて、ちょっと悩む素振りをして、小さく頷いた。
「…いいよ」
そして俺は、紙屑を放り投げた。