017

「玉城〜…」

とぼとぼとなんとなく人気のない体育館裏まで来て、花壇の縁に座った玉城に何度目になるかわからない情けない声をかけた。

「だから…もういいって言ってるじゃないですか…」
「だって目ぇ合わせてくれないから」
「…だって…いつまでも言うから…」

膝の上でもじもじと手を弄びながら、ぽつぽつと呟く玉城の顔は耳まで赤くて、胸の奥がむずむずしてくる。

「じゃあ許してくれる?」
「……うん」
「ほらその間…だから一回殴ってくれって」
「ほ、ほんとに…もういいから…もうこの話しないで」

玉城は誤魔化すようにミサンガをポケットから出して弄りだした。

「それより…、これ、何ですかね」
「え、ミサンガ知らねーの?」
「ミサンガ?」

目を瞬く玉城に、こっちも目を瞬く。ミサンガを知らないなんて珍しい。ピアノを聞いたときも思ったけど…玉城ってもしかして箱入りのお嬢様?

「腕とか脚に着けるアクセサリーで、願い事をしながら結ぶんだよ。」
「願い事…」
「そう。で、ミサンガが切れた時にその願い事がかなうってやつ」
「……。」

玉城はどこか物憂げな目でミサンガを見つめると、自分の細い手首に巻き始めた。

「縛ってやるよ。貸して」
「……。」

玉城の細腕に青いミサンガを巻き付け、玉城を見上げる。

「願い事した?」
「え?あ…。……。」

玉城は唇を引き結んで、なんだか真剣な顔でしばらく沈黙して、頷いた。

「…はい。」
「じゃ、結ぶぞ。」

何を願ったんだろう…。そう思いながら、俺はそれがしっかりと込められるようにと硬くミサンガを結ぶ。

「はい。早く切れるといいな。」
「……はい。」

玉城は腕に通ったミサンガを見つめた。それから俺を見上げて、まだ顔を少し赤くしながら言った。

「…先輩は着けないの?」
「俺?んー、俺は…」

ふと手首を見て、そこに見慣れない濃紺のヘアゴムを見つけて、あ、と呟く。

「忘れてた。これ、返す。」
「あ…そうだった。」

玉城も思い出して、ネクタイに手を伸ばす。

「…あの、どうやって…」

しかし解き方がわからないらしく、すぐにまた俺を見上げた。

「普通に引っ張っていいよ。首んとこ」
「え?えっと…。」
「……。」
「……あの…、お願いします…」
「あ、あぁ…じゃあ…」

ちょっとごめん、と玉城の胸元に手を伸ばす。さっきのことがあったから、玉城に触れるのはすごく緊張する。そうでなくても緊張するのに。玉城が赤面するからなおさらだ。目を逸らしてじっとしている玉城は、やっぱりすごく、可愛くて…。目が逸らされているから見放題だ、なんて考えてしまうくらい。だけど油断して見つめていたら、不意に玉城が振り向いてきそうで、俺は意気地なくちらちらと見ることしかできなかった。

シュル、とネクタイがほどける音が響く。俺はネクタイをもたもたと解きながら、引き結ばれた玉城の赤い唇を眺めた。唇…エッロいな〜…ぷるぷるしてる。柔らかそう。そんですごく、甘そう…。その唇がちょっとだけ開いて、息を吸い込んでまた引き結ばれた。その動作だけでドキリと跳ねてしまう心臓。どくどく、痛いくらい脈打っている。

「…はい」

ネクタイを解いて、俺は息継ぎをするように立ち上がった。息苦しかった。玉城に近づくと、息ができない。だけどその息苦しさが、もう名残惜しくなっていた。
玉城は目を逸らしたまま、そっと襟元を直して胸元を撫で、しわを直す。…胸元…あの胸を、さっき、触った…。俺の手にすっぽり収まってしまうくらいの、丸くて、柔らかくて…あ、あんま思い出すとヤバい。反応しちまったらそれこそもう取り返しがつかなくなる…!

「…ど、」

俺は誤魔化すようにネクタイを結びながら口を開いた。

「どうする、この後…」
「……。」

玉城は時計を見上げた。

「文化祭…あと1時間ですね」

あと1時間…。ほんと、あっという間に経つんだな、玉城と一緒にいるときの時間って…。

「じゃあ…もうどこも片付けに入ってるか」
「そうですね…」
「……。」
「……。」

そう言えば人混みも昼間に比べたら減ってきているような気がする。校舎の方のにぎやかさが収まってきた。
もう終わりか…玉城と一緒に居られんのも…

「後夜祭は?誰かと約束してんの?」

そう切り出すと、玉城は少しの間沈黙して、首を横に振った。

「後夜祭は…出ないで帰ろうかと…」

思って…、と消え入る声。あまりクラスに馴染めていないのかもしれない。だけどこれは逆に、チャンスでは…。

「じゃあ…一緒に行かねぇ?後夜祭」
「え…?」

顔が熱くなった。後夜祭にまで誘うとか、もう、好意丸出しだし…。けど後悔したくない。なんだか玉城には惹きつけられるんだ。この子は逃しちゃダメだって、本能が叫んでいるような…。一緒にいるのが、当たり前のような…そんな気がする。

「…駄目…でしょ」
「え?」

しかし玉城が呟いた言葉に、俺は顔が引きつった。

「駄目って?」

なんで?先輩と後輩だから?男女だから?目立つから?それとも、俺はお断りってこと?

「先輩…好きな人がいるんでしょ」
「へ?」
「…だから…私といたら、誤解されちゃうし…」
「……。」

それって、つまり…

「…えぇ…マジ?」
「え?」
「あ〜〜…そっか…そういう解釈したんだ、玉城…」
「…何がですか?」

マジかよ…鈍感すぎる…。あの流れで行ったら好きな人って…お前に決まってるだろーが…!返事がどうでもよさそうだった理由がやっとわかったわ!マジで興味ねーってことか…俺に…。

「あ〜〜…うーん…」
「……?」

どうしたもんかと頭を掻いた。それはお前のことだと言ってやりたい気もしたけど、こんなことを言われるんじゃ、今はまだ脈無しっぽいし…。

「…ま、いいや。」
「何が?」
「いいよ。とりあえず後夜祭、一緒に行こうぜ。」
「え?でも…」
「帰るなんてもったいねーよ。後悔するぞ。」
「……。」
「あとさ…」

俺は玉城の前に立って、表情を引きしめた。

「今度の選抜…」
「選抜?」
「…秋の選抜があるんだけど。それに優勝したら、春の甲子園に出るんだけど…」
「甲子園って春もあるんですか。」
「あー、うん。それでさ、センバツで優勝したら…」
「……?」
「…玉城に言いたいことが…あるんだけど…」

…もうほとんど告白。さすがにこれは伝わるだろーなー…。けど、これで意識してもらえるだろ。そんで選抜でいいとこ見せて、優勝して告白…。もうこれしかない。

「言いたいこと…?私に?」
「うん。」

きょとんとする玉城に一抹の不安がよぎる。…まさか全く伝わってない?

「……。」

玉城はちょっと考え込んで、また俺を見上げた。

「選抜と私と何か関係あるんですか?」
「……。」

マジか。

「…もういいわ。とりあえずそれだけ覚えといて。」
「あ、なんですかもういいって。ちゃんと言ってください」
「その時な。」
「それじゃ優勝できなかったら聞けないじゃないですか。」
「優勝できなかったらとか言うな!縁起悪い!」



***



「うわっ、来た!」
「御幸マジじゃん…」
「テメェ何女子と来てんだよ!自慢か!」

後夜祭。大体育館に入ると、先に集まっていた倉持達が俺を見つけて大げさに罵った。

「自慢で〜す。いいだろ〜?はっはっはっは!」
「うぜえ!!」
「死ね!!」
「テメー後で覚えてろよ!!」
「ちょっと、玉城の前であんま汚い言葉使わないでくんない?」
「お前マジ…」

わなわなと震える倉持達を余所に玉城を振り返る。

「座れば?」
「…うん」

体調もあまりよくないし。玉城は大人しくパイプ椅子に座ると、俺を見上げた。

「先輩座らないの?」
「え…、あ、じゃあ…。」

へへへ…、と変な照れ笑いをしながら隣に座る俺を、倉持達がしらけた目で睨んできた。

「何照れてんだよキメーな」
「いつもと違い過ぎる」
「猫被ってんだよあいつ」

「外野うるせーなー…」

「誰が外野だ!!」
「調子に乗りやがって!」

軽音楽部のライブが始まって、体育館内は盛り上がり始める。いつもなら自主トレか、ビデオを見ながら試合の反省をしている頃。あまりルーティンをさぼりたくないけど、今日くらいは…。

俺はそんな風に思いながら、不思議そうな澄んだ瞳でバンド演奏を見つめる玉城の横顔を見つめた。



後夜祭が終わって体育館を出ると、外は既に真っ暗になっていて、しまった、と思う。

「玉城、家近いの?」
「え…?まあ…」
「もう暗いからさ。徒歩?」
「はい。…あの、大丈夫です。」

俺が校門の方までついてくるからだろう、玉城は遠慮するように手を翳した。

「いや、行けるとこまで送るよ。」
「いいです、大丈夫です」

玉城はそういうけど、目を離すとすぐ男に声をかけられる奴だし…心配でほっとけねーよ。

「先輩寮でしょ。時間大丈夫なんですか?門限とか…」
「バレなきゃ平気」
「それは平気じゃない…」

「光。」

校門まで来たとき、低い声が玉城の名前を呼んだ。校門の前に白い詰襟制服の男が立っていて、静かに玉城を見ていた。金髪に碧眼、どことなく玉城と似た雰囲気を持った男。通りすがっていく帰宅途中の女子生徒たちが、かっこよくない?とひそひそ耳打ちしている。
しかもこの制服、ふたつ隣の駅の、有名な難関進学校の制服だ。

「光臣…。」

みつおみ?親しげに男の名前を呟いた玉城に俺は焦る。

「誰?」

そう尋ねた俺に、玉城は静かに答えた。

「…従弟です」

従弟…。少し安堵したような、まだ複雑なような。玉城は男を振り返った。

「どうしてここに?」
「帰り遅いから迎えに来た。」
「…ごめん」
「文化祭だったんだろ…わかってるよ。」
「…うん」
「兄貴はまだ帰って来てないから」
「……。」

ふたりの会話は何か含みがあって、俺は疎外感を感じた。それに、帰りが遅いから迎えに来た、って…一緒に住んでんのか?

「帰ろう。」
「うん…。」

玉城は男に頷いて、俺を振り返った。

「…さよなら。」
「あぁ…気を付けて。」

俺は一抹の寂しさを覚えながら手を振った。
光臣という男は、去り際に一瞬、何か言いたげな目で俺を睨んでいた。

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