秋大準決勝、成孔戦。
バスの中で頬杖をついて窓の外を眺める俺を、隣の倉持がじっと睨んでくる。
「…なんだよさっきから」
「なんかお前、今日浮かれてねぇ?」
「別に普通じゃん」
「いやなんかそわそわしてるぞ!気ィ引き締めろよ!足元掬われるぞ」
「大きなお世話。」
「テメェ…」
「おい御幸!倉持!試合前に主将と副主将が喧嘩するんやない!」
「喧嘩じゃねーって!」
騒がしさから逃れるように、俺は玉城の事を考えた。今日は何と言っても、玉城が試合を見に来る…。緊張してきた。準決勝だから、緊張するのは当たり前なんだけど。これがいつもの緊張なのか、玉城が来ることへの緊張なのか、こんがらがってわからない程度には動揺している。いや、どっちもか。
「おい!今日何かあんだろ!」
「しつけぇな〜」
バスを降りてからも鬱陶しい倉持を振り払って、球場に入った。監督のことも…玉城のことでも、この選抜、絶対に勝たなきゃいけない。勝つに決まってるんだ。
***
試合後、脇腹の痛みを感じながら、荷物を拾い上げようとした右手を引っ込めて、左手でバッグを担いだ。その痛みを真剣に確かめて、大したことはないはずと自分に言い聞かせる。大丈夫。大丈夫…
「御幸!」
後ろから駆け寄ってくる倉持の気配を感じて、肩を叩かれる前に急いで振り向いた。
「あ?」
「お前浮かれてた原因アレだろ!このヤロォ」
「え?」
「あそこ!…玉城さん来てんじゃねーか!」
倉持が指す方を見ると、柱の傍に立っている二人の女子が見えて、一人は稲実の、もう一人は青道の制服を着ていた。その青道生は、見覚えのあるキャップを被っていて、それは紛れもなく玉城だった。
「あ…。」
気が付くや否や俺は玉城の元に駆け寄った。一緒にいたショートカットの稲実生は、気を利かせたように少し離れて行った。
「先輩…」
勝ったというのに玉城は晴れない顔で俺を見上げた。正直胸騒ぎがした。
「さっき、大丈夫だったんですか?」
「…何が?」
「…相手の選手がぶつかってきたとき…。」
ぎくりと胸が疼いた。何でそんなことを聞くのか…俺、そんなに顔に出てる?
「痛そうだったから…」
「え?そう?全然平気だけど。」
「……。」
「あんなのよくあることだよ。」
「…そうなんですか?」
野球に疎い玉城が、とりあえずは納得しようとしてくれたことで俺は安堵した。
「……。」
しかしまだ煮え切らない顔で俺を見る玉城に、俺は誤魔化すように左手を伸ばした。
「なんだよ〜そんなに心配してくれてんの?やさし〜」
「は?え、ちょっと…!」
ぐりぐりとキャップ越しに頭を撫でると、玉城は困惑気味によろめいた。
「いや〜そんなに玉城ちゃんから想われてたとは照れちゃうな〜!」
「も…もうまた変な事言う!」
「はっはっはっは!」
「人が真面目に…!」
「オラ御幸ィ!!集合だぞ!!」
「さっさと来んかいキャプテン!!」
副主将共に怒鳴られて、はいはい、と苦笑する。
「じゃあな。」
「……。」
まだ何か言いたげな目で俺を見る玉城に後ろ髪引かれながら、俺は手を振って踵を返した。
***
ついに決勝。朝起きて痛みが嘘のように消えてないかな、なんて都合の良い事を思ったけど、こっそりと腕を回してみた時、わき腹は鋭く刺すように痛んだ。
キツいなぁ…けど、負ける未来は見えない。心のどこかで勝つ確信があった。
.
.
.
試合が終わると、安堵やら疲労やらで俺はボロボロだった。体中が痛いのに、もうどうでもいいくらい清々しい気分で、倉持とゾノに無茶苦茶な事を言って絡んで、わざと困らせた。
ともかく、勝った。勝ったんだ。これでやっと――
倉持達に支えられて球場を後にする。その人混みの中に、こっちを不安げに見つめている少女の姿を見つけた。
「玉城…」
俺が呟いて足を止めると、俺を支えている倉持達も立ち止った。
玉城は友達の稲実生と立っていて、昨日と同じ眼鏡にキャップ姿で、目が合うと眼鏡を外し、目元を拭った。その目尻が少し赤くなり、大きな瞳が潤んでキラキラしているのが見えて、俺は動揺のあまり口元が緩んだ。
「…え、何で泣いてんの?」
「……。」
玉城は堪えるように唇を引き結んで、うるんだ瞳で俺を睨みつける。
ほら、光、と友達が玉城の背中をちょっと押して、玉城は一歩前に出た。
「……。」
俺の前に立って、玉城は引き結んでいた唇を開いた。
「…おめでとうございます」
「お…おう…ありがとう」
「……。」
「……。」
…倉持とゾノの視線がうるさい。
「……。」
玉城は顔を赤くして俯いて、また堪えきれないように目元を抑えて、逃げるように踵を返して友達に駆け寄った。
「それだけでいいの?」
「……。」
「あはは。頑張った頑張った。よかったじゃん会えて」
「い…行こ…」
玉城の背中を友達がポンポンと励ましながら二人は去っていって、その背中を俺たちはしばらくぽかんと見送った。
「…あ〜〜〜、殴りてぇ」
「辛抱せぇ倉持。俺も同意や…」
「怪我さえなけりゃなぁ〜〜」
「せやなぁ」
「…お前ら…」