003

「御幸先輩…?」

白いカーテンの向こうから声がする。俺が歩いて行って、そのカーテンを少し退けると、そこにいた玉城が微笑んだ。

「先輩…、」

呼びかけるように呟くと、玉城は俺を見つめたまま、しゅるりと胸元のリボンを解いた。そしてあっという間にブラウスが足元に落ちるのを、俺は呆然と眺めていた。

「……。」

玉城はからかうような笑みを浮かべ、スカートの裾を少しずつ捲り上げる。白い太腿が少しずつ晒され、下着が見えそうになったときーー

「……っ!!」

纏わりつくような熱気の中、暑苦しさで目が覚めた。汗ではりつくアイマスクを外し、布団を押しのけ、シャツを仰いで生ぬるい空気で汗を乾かす。

…まじか…。
こんな夢…見てしまうとは。

玉城の事をそんな目で見ていたという事なんだろうか。そりゃ、俺だって男だから、可愛い子のことは気になるけど。手足も腰も細ぇなとか、脚綺麗だなとか、胸はデカくはないけどそこそこあるなとか…思ってたけど…。
…十分邪だ。

改めて今見た夢の映像を思い出そうとしても、微笑んでいた口元以外、おぼろげに白くかすんで思い出せなかった。そりゃそうだ。玉城の裸なんて、見たことないし。リアルな女子の裸なんて、想像つかないし…。
だけど、グラビアアイドルの雑誌やそういう動画を見たときとは全然違う、生々しい色気に侵食されそうな感覚。その浮ついた感覚だけが、恐ろしいほど胸の奥に残っていた。

…とりあえず…便所行ってくるか。

俺はこっそりと、二人ぶんの寝息が響く部屋を出るのだった。



***



「お…?」

校舎裏の非常階段。その人気のない場所で、俺は意外な人物の姿を見つけた。
階段の2段目に座って、膝の上に突っ伏している女子生徒の姿。玉城だ。
ふいに今朝の夢が蘇り、俺は邪な熱をかき消すように咳ばらいをした。

「たーましーろちゃん♪」

半分スキップで駆け寄って、俺もどさりと隣に腰かけた。

「何でこんなとこで寝てんだよ(笑)」
「……。」

すると突っ伏していた玉城は、ゆっくりと顔を上げ――

「…どこにでもいますね…」

赤い目尻に涙をにじませた顔で俺を睨んで、泣き出しそうな声で悪態吐いた。

「…え…、な、なんで泣いてんの?」
「…てないです」

半ばやけくそになって口を尖らせ、ぷいとそっぽを向く玉城。

「いや、泣いてんじゃん」
「…うるさい」

声を震わせ、また突っ伏してしまった。

「ほんと…デリカシーない」
「……。」

…そりゃすまん。
どうしたもんかと頭を掻く。泣き顔を見てしまった以上、置いていくのもなぁ…。本人は放っておいてほしいかもしれないけど。

「…なんかあったの?」
「…別に」
「……。」

ま…俺には言いたくないかもしれないけどさ。

「…そのうち…わかりますよ」
「え?」

ぽつり、と呟くと、玉城は突っ伏している頭をぐりぐりと振った。

「あ〜〜もう…消えたい」
「どうしたんだよ。消えんな(笑)」
「……。」

笑いながら言うと、玉城はしばらく静かになって、ちらりと頭を動かし、腕の隙間から俺を見た。

「…っていうか御幸先輩、なんでここにいるんですか。」
「ん…、ん〜〜…。はっはっは…」
「…何?何か隠してます?」
「別に〜〜?」

俺はポケットに突っこんだままの手の中で湿ってくしゃくしゃになった紙を撫でた。俺がこの人気のない校舎裏に来たのは…何を隠そう、このラブレターで呼び出されたからだ。相手は同級生。あんま話したことはない。クラスも同じになったことはない。顔だけはおぼろげに知っている。そんな同級生。知っているのはたしか…チア部ということだけ。

「なんなの…。絶対隠してますよね。」
「え〜そんなに俺のこと気になる?」
「ふざけないでください。」
「ごめリンコ♪」
「……。」
「怒んなって!泣いたり怒ったり忙しいなお前(笑)」
「だから泣いてない!」

ぺしん、とか弱い力が俺の腕を打った。ちょっとからかい過ぎたか。

「わかったわかった…俺は、えーと、散歩だよ散歩。」
「嘘だ。」
「…まー嘘だけど、関係ねーよ。もう行くのやめたから」
「え?…なんでですか?」
「玉城ちゃんがめそめそしてるから…」
「してないってば!」

ぺしん、と二度目の平手打ち。くすぐったい。

「わーったって。ごめんごめん。」
「…どこに行くところだったんですか。」
「ナイショ。」
「…職員室?」
「なんでだよ。遠回りにもほどがあるだろ」
「何かやらかして呼び出されたのかなって」
「玉城ちゃんの中の俺のイメージどんだけ悪いんだよ(笑)」
「またナンパでもしたんですか?」
「…だからそれは誤解だって」

玉城は疑わし気に目を細めて俺を睨んできて、俺は苦笑した。

「あのさ、それマジで弁解させてほしいんだけど…。本当にナンパしてたわけじゃないから。」
「クラスとか名前聞いてきたくせに?」
「そ…れは、だから…、玉城には…ナンパだったかもしれないけど」
「ナンパですよね。」
「……。…だけど!もう一人の方は違うから!そもそも罰ゲームで…」
「…ぷふふ」
「…おい?」

玉城は小さく噴出して、にやにやと俺を見つめた。

「この話するときの先輩、必死で面白い。」
「…あのなぁ…」

からかわれてたのかよ。俺としたことが…。

「っていうか、やっぱりナンパだったんだ。」
「……。」
「私のことナンパしたんだ?」
「……。」

じわじわ赤くなる顔。なんだこれ…俺の方が年上なのに。弄ばれてる。

「…小悪魔だな〜〜お前」
「小悪魔?」
「そーやって先輩をからかうところ」
「御幸先輩をからかうのって面白いんですもん」
「いい性格してるよ…俺に似て」
「先輩は関係ない。」

涙が渇いた玉城の顔を見て、ふと口元を緩め、こつん、と額を小突いた。

「敬語。俺先輩。」
「……敬いたくない」
「おい!なんだそれ。ま…でもいいよ玉城ちゃんなら♪なんなら一也って呼んでも…」
「……。」
「はっはっはっは!めちゃくちゃ嫌そーな顔(笑)」

笑い飛ばす俺をじとりと睨んで、玉城はぽつりとつぶやいた。

「ほんっと…チャラいですね」
「……。」

しまった…。
玉城のことはどうしてもからかいたくなってしまって…って、ガキか俺は。好きな子を虐める小学生と変わらないじゃんか。

「あっ…」

小さな声がして、俺も玉城も振り向いた。校舎の角からこっちに道を折れてきた女子生徒が、俺と玉城を動揺で泳ぐ目で見つめて、そのまま道を引き返して行った。

「…知ってる人ですか?」

そう尋ねる玉城の隣で、俺は冷や汗をかいていた。今のって…俺を呼び出した、隣のクラスの女子…。
時間になっても俺が来ないから探しに来たのか、諦めて教室に戻ろうとしたのか、声が聞こえて覗きに来たのか…わからないけど、ちょっとまずい状況かも…。

「知ってるっつーか…隣のクラスの人」
「ふーん…」

俺の悪口ならまだしも、玉城と一緒に居たことでなんか変な噂になったら嫌だな〜…。玉城に嫌われちゃう。

「はーぁ〜〜……」
「だからどーしたんだよ。」

思い出したようにため息を吐いて突っ伏す玉城を笑いながら小突いた。玉城は顔を上げ、俺を睨んで、ぼそりと呟いた。

「…今日テレビ見ないでください」
「え、なんで?」
「…なんでも」
「逆に気になるんだけど。もしかして玉城ちゃんテレビに出んの?」
「うるさい」
「えぇ〜」

随分やけくそだな。相当嫌なことがあったのか…なんなのか…俺にはわからないけど。

「でもそーかそーか、玉城ちゃんが出るなら絶対見ないとな〜」
「…さいてー」
「で、何の番組?」
「ふん」



***



「なぁ!今玉城光がテレビに出てるって!」

夕食時、俺がリモコンを持つまでもなく、クラスメイトからメールで情報を得たらしい1年が携帯電話を片手に食堂に飛び込んでくると、亮さんがすぐにリモコンを手にした。

「おっ、これだ!」

番組を変えていくと、今まさにインタビューを受けている玉城の笑顔が映った。場所は商店街で、見覚えのある景色。学校の最寄駅の近くにある商店街で、俺も何度か行ったことのある場所だった。
右上のテロップには、『街角美少女発見・東京編』と書かれていて、ワイプの芸人たちが可愛い可愛いと騒いでいる。

『今高校生?』
『はい。』
『学校帰りですか?』
『はい。』

戸惑いつつも笑顔で頷く玉城。

『すごく可愛いですね。』
『え?いえ…』
『学校とかで言われませんか?』
『…いえ』

不躾な質問に苦笑しながら首を傾げる玉城。そりゃそうですなんて言う奴いねぇだろ…。

『ちなみに彼氏はいるんですか?』
『いません』
『おっ、じゃあ、好きな異性のタイプは?』
『え?えっと…や、優しい人…?』
『あ〜なるほど。ちなみに僕なんてどうですか?アリですか?』
『え…。えへへ…』
『あ〜〜〜ナシですね、はい。』

スタジオで、どっ、と笑いが起こった。食堂内でも笑いが起きる。

『ちなみにあの〜…芸能界の方じゃ…ない、です、よね?』

インタビュアーが自信なさ気に確認し、違います、と玉城が首を横に振ると、芸人たちの驚いたリアクションが映った。確かに、モデルか女優かアイドルかっつーくらい美人だもんなー…。

『もしかしてハーフですか?』
『いいえ…』
『お父様似?お母様似?』
『よく…言われるのは、母に似てるって…』
『なるほど〜。お母様もお美しいんでしょうね!』
『……。』

微笑んでいた玉城が、ふと表情をこわばらせた…ような気がした。

『今お母様の写真とかありませんか?』
『…ないです。』
『そうですかぁ、残念。お母様とは仲よろしいんですか?』
『……。』

玉城の表情が一瞬緩んで、咄嗟に唇を噛んだ。それから目を逸らして、無理やり作ったような笑顔を口元に浮かべて、それでも――堪えきれない様子で、ガラスの粒みたいな涙がひとつ、白い頬の上を転がり落ちて行った。

『えっ、だ、大丈夫ですか?』
『…すみません、大丈夫です』

玉城は誤魔化すようにはにかみながらさっと涙の痕を拭って、笑顔を作った。

『お母様のことで何か…?』
『…いえ』

インタビュアーは不躾にもそう質問をしたけど、玉城は頑として首を横に振ってはぐらかした。
その後は当たり障りのない会話をして、次のインタビューに移った。



「あれ放送事故だろ」

その後玉城の話題でもちきりになった食堂で、そう言っている声が聞こえた。

「母親、なんかあったんじゃねーの。」
「泣いてるのにしつこくカメラ寄せんなって話だよな。」
「あんなの放送されてかわいそうだよ。」
「…でもあんなに動揺して、よっぽどのことだよな?」

「…母親、死んだとか?」

チッ、と舌打ちが聞こえて顔を上げると、倉持が胸糞の悪そうな顔で白米を掻きこんでいた。多分、俺も似たような顔をしてる。

あんなに落ち込んでたのは…そういうことか。そう納得すると同時に、イラついた。玉城のことで勝手に下種な勘繰りをする奴にも、玉城を励ます言葉のひとつも思いつかない自分にも。
…そもそも、泣いた理由だってわからないのに。

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