「よお沢村、ちょっとこっち来い」
「……!?!?」
「お前は野良猫か!警戒しなくていいから来いって」
早くいきなよ、と小湊に背中を押されて、沢村はやって来た。
「…なんすか!!」
「なんでちょっとキレ気味だよ。いいから来い。」
沢村の肩を抱き、こっそりと耳打ちする。倉持にでも嗅ぎつけられたら面倒だからだ。
「お前さあ、彼女いるじゃん、地元に」
「は?」
「若菜って子。」
「だーかーらー!若菜は彼女じゃねーって!!」
「バッカ声デケーよ。そういうのいいから、お前普段若菜と何してんの?」
「はあ!?何の話だよ!」
「だから〜…休みの日とか、会ったときに。若菜と何してる?」
「何って別に…メールしたり…会ったときは仲間と遊んでるだけっすけど」
「メールってどんな?」
「なんなんだよ根掘り葉掘り!…試合のこととかだよ!」
「もっと具体的に。」
「知らねぇよ別に決まってねーし!大体あっちからくるし…」
「へ〜…」
「もういいっすか?俺忙しいんですよね!!けが人のアンタと違って!!今日もやること山積みなんで!アンタは腹いっぱい飯食って安静にしてやがれ!」
「優しいなオイ」
沢村を解放し、一人部屋に戻って、つい長いため息を吐く。
そーか…沢村と若菜の場合、若菜の方が積極的なのか…。…玉城の方からメールが来たことなんて一度もないぞ、俺は…。
俺から送るメールも大体用件があるときだけだし…。試合の日程とか、待ち合わせとか…。毎日メールしてるカップルもいるけど、何をそんなに話すことがあんの?直接会ったときだって、何を話せばいいかわからないのに。俺はただ一緒に、会話がなくても傍に居てくれるだけで嬉しいけど…そんな熟年夫婦みたいな奴いねえだろ。玉城、俺といて退屈じゃねーのかな。オッケーしたこと後悔してたりして…。あ、まさかそれでメールもろくに来ない…?フェードアウトしようとしてる!?
そもそも付き合ってることを隠さなきゃならないから、人前で堂々と会うこともできないし。週に何度か、こっそり校舎裏で会うだけ…。これならいっそ、付き合う前の方が堂々と会いに行けた。かわいい子にちょっかいをかけてあしらわれる男、という構図で。
「あ〜〜…」
「どうかしたんですか?」
「あ、いや…。なんでもない。」
同部屋の木村が不思議そうに俺を振り向いて、俺は苦笑いではぐらかした。
***
玉城主演の映画が公開されると、それはたちまち大ヒットし、連日話題になった。
俺は見に行けていないけど、ニュースで宣伝されている情報によると、それはストーカー男への恋に落ちていく少女の話。サイコホラーばりのストーリーだけでなく、玉城の演技も評判がいいらしい。演技未経験者とは思えない、見ていると震えてくる、と、映画界の偉いおっさんが熱弁していた。
21: とにかく玉城光が美しい映画
28: 下手なホラー映画より怖い
32: 出ている俳優陣の演技がいい。ストーリーも練られてる。最近の邦画の中で一番いい
33: 玉城光の美しさだけでも見る価値あり
映画の評価サイトの口コミも上々。実際、学校でも話題になっている。本人は忙しくなって、最近はほとんど学校に来れていないらしいけど…。
『玉城光主演 籠の鳥 「まるで彼女の為の映画」評論家絶賛』
『ル・コール 新イメージガールに玉城光(16)抜擢 歴代最年少』
『ライムウォーター新CM 玉城光がチアリーダー姿披露』
『今年注目 新時代を築く若手美人女優ランキング 第1位は“リアル天使”玉城光』
『「好きなタイプは玉城光」あのイケメン俳優がガチ告白』
玉城光、と検索すると、今やこれだけずらずらと話題で溢れかえっている。ほんの数か月前までは、一応、一般人だったのに。…目立ってはいたけど。そう考えると、なるべくして芸能人になったのだろうけど、まさかこんなにあっというまに大物になるとは。今の10代20代で玉城を知らない奴はまずいないと言ってもいい。
「あ!玉城さんがテレビに出てる」
誰かの声で顔を上げると、食堂のテレビにはバラエティ番組が流れていて、そこには白いワンピース姿で微笑んでいる玉城の姿があった。映画の番宣もかねて、最近はニュースやバラエティ、CM、トーク番組など、よくテレビに出演する。
「光ちゃん今高校生でしょ?何年生?」
「1年生です。」
「1年!大人っぽいよなぁ〜。」
「めちゃくちゃモテるでしょ?」
「全然そんなことないです。」
「ウッソだ〜!絶対モテるわ!」
そりゃモテますなんて本人が言うわけねーだろ…。
「ところで今日は、玉城さんに質問があるんですよね?三谷さん。」
「あ、はい!」
司会者に話を振られたのは、若手俳優で今回玉城と映画を共演している男、三谷十弥。さわやかなイケメンだ。
「ずっと聞きたかったことがあるんですよ。」
「な、なんですか…?」
「光ちゃんのデビュー前の、あのインタビュー、実は僕見てたんですけど。」
「あ…。」
「あ、これですこれ!」
右下に小さく当時のインタビュー映像が流れ始めた。母親のことを聞かれて突然涙をにじませるシーンだ。もともとの打ち合わせがあったのかもしれないが、わざわざテレビでこの話を掘り返すこの男に、俺は苛立った。
「いやー可愛い子だなーって見てたんですけど。この時泣いた理由が気になって気になって。」
「確かにこの時凄く話題になりましたよね。」
「そうなんです、ネットとかでもすごく…」
「……。」
玉城は困ったように苦笑いをして頷いた。…大丈夫なのか?
「というわけで、この時泣いちゃった理由を知りたいんです!」
「玉城さん、教えていただけますか?」
「……。」
苦笑いをしていた玉城は、頷いて口を開いた。
「…この少し前に、ちょうど…母の1周忌があって」
「……。」
あ…、とバツが悪そうに口を開けたまま固まる男。バカ野郎だ。
「それで…少し落ち込んでたので、突然母のことを聞かれたときに、泣いてしまって」
「……。」
「あの…お騒がせしてすみませんでした。」
「…そうだった…んですね…。」
男は呆然と呟き、苦笑している玉城に向き直って深々と頭を下げた。
「すいません僕こんなこと聞いて…!」
「いえいえ…」
「三谷お前デリカシーなさすぎ!」
「いやほんとすいません!自覚してます!光ちゃんごめん!辛いこと思い出させて」
「だ、大丈夫です…」
「へー、そうだったんだ…」
「……。」
テレビを見ていた何人かが神妙な顔で呟いた。あのときのことは、今はもうほとんど誰も口にしなくなっていたけど、内心気になっていた奴もいたからだ。俺もそうだ。だけど、こんな形で知るのはなんだか、すっきりしない。俺でさえ…彼女の恋人である俺でさえ、聞くタイミングを窺っていたことだったのに、この男はこんな人前でそれをしてしまうなんて。少し腹立たしい。
「つーかさ、そんなことテレビで訊くなよ。なぁ?」
「この男、天然とかで最近有名な奴じゃん。バラエティにもよく出てる」
「女から人気あるよな。けどこんなの、天然って言うよりただの無神経じゃん」
食堂でも批判が噴出した。それまで静かにテレビを見ていた倉持が俺を振り返る。
「お前は知ってた?これ」
俺は味噌汁を置き、首を振った。
「いや?知らない」
「興味なさそうだな。」
「別に…騒ぐような話じゃないだろ。」
つーかそれどころじゃない。こんなデリケートな話を、こんな形で知ってしまったことで、今後どういう風にこの話をすればいいのかわからないのだから。玉城が話したくないと思っているのだったら、無理に話す事でもないと思うけど、全くのスルーというのも変な気が…。
「三谷さん、もう一つ玉城さんにお聞きしたいことがあるとか?」
「あ、そうなんですよ!」
「お前またいらんこと聞くなよ?」
「大丈夫です!今度は大丈夫です!」
「今度はってなんやw」
「では質問の方をどうぞ、三谷さん。」
「はい!えーと…今お付き合いしてる方とかっているんですか?」
「お前それガチなやつじゃねーか」
番組は盛り上がり始める。玉城はそつなく笑っているだけだけど、俺はもやもやした。
「いません。」
そう答えるのはわかっていたのに。います、なんていったら大事になる。
「…じゃあちなみに好きなタイプとかって」
「三谷いいかげんにしろ!」
「すいませんあとこれだけ訊かせてもらっていいですか!最後の質問にするんで」
「そう…ですね…落ち着いた大人の方とか…」
「落ち着いた大人の方ww」
「三谷お前フラれてんぞww」
「え?俺落ち着いてませんか?一応光ちゃんより年上だし…」
「ほど遠いわwww」
「落ち着いた大人だとよ。御幸残念だったな。」
「……。」
ニヤニヤとからかってくる倉持。何も知らずに…
「お前こそ。」
「あ!?俺は別に…!」
しかしただ黙っているのは我慢ならなくて、ちくりと言い返すと、倉持は思いのほかダメージを食らった様子でムキになった。