「あ、玉城ちゃ〜ん。今日もカワイーね」
ひらひらと手を振ると、苦笑いを浮かべて通り過ぎていく玉城。
俺はひらめいた。無関係を装うよりもむしろ、今までと同じようにちょっかいをかけていたほうが周りから怪しまれないという事を。
というわけで、学校でも遠慮なく玉城にアプローチを続け、見事にあしらわれる男を装いつつ玉城と人前で堂々と会うことができている。俺って天才。
「お前いいかげんにしろよ。玉城さん困ってんじゃねーか」
ここにもバカがひとり。
「だってカワイイからつい。」
「お前マジでチャラ男な」
「チャラくない!玉城ちゃんにだけだもん♪」
「キメェ」
罵られたのに上機嫌に笑う俺を見て、倉持はまた煩わしそうに舌打ちをした。
だけど上機嫌にもなる。だって今日は…放課後玉城と会う約束をしているから!!
「お前にやけてるぞ」
「え〜?そう?」
「チッ…なんなんだよ」
***
放課後、そわそわしながら裏門で待っていると、とことこと近づいてくる足音があって、俺は顔を上げた。
メガネ姿の玉城は目が合うと頬を綻ばせてちょっと駆け足になり、俺の傍にやって来た。可愛い…俺の彼女…!
「本屋だっけ?」
「うん。欲しい本があるの」
欲しい本ってなんだろう。メールで本屋に付き合ってほしいと言われたときに尋ねてみたけどはぐらかされた。
っていうか、放課後二人で本屋に行くとか…高校生カップルっぽい。ちょっと悩んでたけど、焦る必要なかったのかも。こうして気取らず無理をせず、一緒に過ごせる時に一緒に過ごせれば…、なんて。
……。
…手、繋いでもいいかな〜…。
「先輩、今日帰り何時?」
「ん…?あぁ…夕食が7時からだから、それまでには…」
「あと2時間かぁ」
携帯を見つめて少しさびしそうに呟く玉城。俺は思い切って、無防備な左手を絡め取った。
「……。」
指を絡めて手を繋がれて、玉城は黙ったまま携帯を閉じた。耳が少し赤くなっていて、俺は胸の奥があたたかくなる。玉城…可愛いな〜…手ぇやわらかいし…すべすべだし…
のんびりと歩いて、駅前の本屋に着いた。
「で…欲しい本って?」
「えーっとね…あ、こっちかなぁ…」
そう言って玉城が俺の手を引いてやって来たのは専門書のコーナー。ますます謎が深まる。
「そろそろ何の本探してるのか教えてよ。」
「うーん…」
「探すの手伝うしさ。」
「……。」
玉城はなぜか恥ずかしそうに顔を赤くして、口ごもりながら言った。
「…野球の本」
「え?」
「この間、試合見に行ったとき、ルールとかよくわからなかったから…」
「……。」
え…ちょっと待って…可愛すぎ…
「…それなら俺、持ってる本貸すけど…?」
「え…?」
「野球の専門書ならいくつか持ってるし」
「あ…。」
玉城はますます顔を赤くしてはにかんだ。
「そっか…そうだよね…。」
「……。」
「……。」
「玉城、」
「え?」
「抱きしめていい?」
「え…、やだ…。」
…嫌なのかよ…。
にわかにショックを受けながら、それでも可愛い彼女に俺は頬が緩んでしまうのだった。
「で…時間結構余ったけど、どうする?」
「んー…」
本屋を出たところでベンチに並んで座り、話し合う。このまま帰ってしまうのは惜しい。…少なくとも俺は。
「玉城は門限とかあんの?」
俺はふと文化祭の日の事を思い出して尋ねた。従弟が心配して迎えに来るくらいだし、あまり遅くなると悪い気がした。それに、暗くなってから家に帰すのは純粋に心配だった。
「今日は大丈夫です。」
「…今日は?」
なんだか引っかかる言い方だ。
「…つーか玉城の家ってどこら辺?」
「学校の近くですよ。」
「…どんな感じなの?」
「どんなって言われても…」
うーん、と口を尖らせてしばらく考える玉城。我ながら要領を得ない質問だったと思う。
従弟と一緒に住んでんの?とか、なんとなく聞き辛いし…。
「じゃあ…来ます?」
「え?」
「家に」
「え?…今から?」
「今から。」
玉城は頷いて、無垢な顔で言った。
「ちょうど今日、家の人いないし」
…え!?!?ちょ、ちょっと待って…どういう意味!?
「学校の近くだし…どうします?」
「え…、い、いいの?マジで?」
「え?うん…」
玉城はそんな大したことじゃない風に頷いた。い…いいのか!?
「…じゃあ…お邪魔します…?」
「はい。」
玉城は頷いて、立ち上がった。
「じゃあ行きましょうか。」
…いいのか…!?
***
学校の方向に向かって玉城と歩きはじめて10分程度。そろそろ学校が見えてくる。
「この辺りなの?本当に近いんだな、学校と」
これなら普段も放課後会いやすいかも…、なんて邪な事を考える俺の手を玉城が軽く引く。
「ここです。」
「え?」
ここ、と玉城が指したのは、さっきから延々と続いている煉瓦の壁。「どんな金持ちが住んでるんだ」と学校でも時々話題に上がる、謎の洋館だ。
「はっはっは!玉城もそんな冗談言うんだ。」
「え?」
きょとんとした顔で俺を振り向きながら、玉城は青銅の門の横にある小さな扉を開けた。…え?もしかしてマジ?
「どうぞ。」
「…あ、お邪魔します」
先導する玉城に続き、巨大な煉瓦の壁の内側に足を踏み入れた。そこはまるで未知の世界。薔薇が咲き誇る庭に、良く手入れされた木々が並ぶ並木道。冗談じゃなく玉城って…とんでもないお嬢様…?
「あ、お嬢様、おかえりなさいませ。」
「ただいま。」
「!?」
その庭にいつからいたのか初老の男が現れて声をかけてきた。家の人いないって言ってたのに…使用人か!?使用人はノーカンなのか!?つーかお嬢様とか言ってんの初めて見たぜ…。
「ごゆっくり。」
「…お、お邪魔します」
朗らかな笑みで見送られ、俺は恥ずかしくなってぎこちない会釈を返した。軽い気持ちで行くとか言うんじゃなかった…。
庭を抜けた先にある洋館は、それはもう立派だった。ちょっとしたお城だ。あの従弟もここに住んでんのかな…?使用人何人くらいいるんだろう…。俺なんてつまみ出されるんじゃないだろうか。
「私の部屋はこっちです。」
「あ、はい…」
玄関を入って立ち尽くす間もなく玉城の案内で絨毯の敷かれた階段をのぼり、右手の部屋に入った。そこがまた広くて、どこぞの貴族の部屋のようで…っていうか、実際貴族の部屋か。玉城の家って何者?
薄いブルーを基調とした高価そうな家具が揃った女の子らしい部屋。この部屋だけで俺の実家くらいの広さがある…。
コンコン、とドアがノックされ、俺は肩を竦めた。玉城は素早く扉に歩み寄った。扉を開けると使用人らしき女性がいて、お茶をお持ちいたしました、と言った。
「ありがとう。」
玉城はそう答えてトレーを受け取り、下がってて、と言う。女性は恭しくお辞儀をして去って行った。
「す…すごいな…」
お茶とお茶菓子が載ったトレーをテーブルに置く玉城に言うと、玉城はただ微笑んだだけだった。わかってるのかなぁ…どんだけ常人離れしてんのか…。
「玉城ってすげえお嬢様なんだな」
「…関係ないですよ。」
関係ないって…何が?その答えの意味がよくわからなくて、だけど深い意味を孕んでいそうで、俺は無神経につつかない方が良いような気がした。
「大丈夫?俺つまみ出されない?」
「大丈夫ですよ。お茶どうぞ。」
「…いただきます。家の人いないって言ってたけど…仕事?」
「はい。というか、父はここにはほとんど帰ってこないので」
自分の父親のことなのに、随分と他人行儀な言い方だと思った。母親の一周忌で泣いてしまうくらいだから、母親との関係は良かったのだと勝手に思っていたけど…父親とは違うのだろうか。
「じゃあ玉城、普段家で一人なの?一人って言うか…お手伝いさんはいるみたいだけど」
「家族は、従弟の兄弟と叔父がここに住んでます。従弟の弟の方…あの、文化祭の時に来た光臣は、学校の寮に入ってるので、あまり帰ってこないですけど」
「ふーん…」
なんだか複雑な家族だ。この家もそうだけど、ただ者じゃない一族なんだろうな。
それにしても…あの従弟も一応ここに住んでるのか…。齢も近いし、イケメンだし、仲良さそうだし…ちょっと心配…。
そんな心配をよそに、お茶を飲みながら玉城とお喋りをして、あっという間に1時間ほどが過ぎていた。時々沈黙を挟むたびに、何か行動を起こそうとするけれど、なかなか…。つーかこの部屋じゃ色々と緊張する。
「そしたら倉持がさ…」
「あはは。」
トン、トン、トン――
階段を上がってくる足音が響いて来て、俺たちの会話は途切れた。玉城が立ち上がって扉を開ける。俺も部屋の外を覗くと、階段を上がってきたのはあの従弟…光臣だった。
「あれ…光臣。おかえり」
「…ただいま。」
「どうしたの?」
「兄貴が今日は帰って来いって」
ため息交じりに無愛想な声で答えながら階段を上がってきた光臣が、部屋の中にいる俺に気づき、ちらりと睨んでそのまま部屋の前を通り過ぎていく。
「あ…光臣。」
「何?」
「あの人…早く帰ってくるの?今日…」
「…そうなんじゃない?」
バタン、と扉が閉まる音がした。なんだか不穏な雰囲気だ。
「…俺帰った方が良い?」
おそるおそる尋ねる俺に渋い顔をする玉城。つーかあの人って誰だ…?
「…すみません、今日は…」
「うん…帰るよ。」
言い辛そうに言う玉城に頷いて、俺は立ち上がった。すみません、と繰り返す玉城に、訳を聞きたかったけど、今はとにかく帰ろう。
部屋を出て階段を下りていると、ちょうど玄関のドアが開いてスーツ姿の男が入ってきた。前を歩いていた玉城がびくりと立ち止る。あれが「あの人」…?誰なんだ?
こちらを見上げた顔は、光臣をさらにキツイ印象にしたような、涼しげな目元の二枚目。むしろ冷たい印象すら受ける。
「……。」
玉城は立ち止ったまま動かない。声をかけようとして、ただならぬ緊張感の中で俺も動けずにいた。
その時、後ろからすたすたと近づいてくる足音があって、俺は振り向いた。光臣だった。
「お帰り、兄貴。」
緊張した沈黙を打ち破ったのは光臣の低い声だった。
「誰だ?」
兄貴、と呼ばれたその男は俺を見つめていた。
「あ、俺…」
「俺の友達だよ。」
俺の声を遮って光臣が言って、え?と漏れそうになった声を飲みこみ、振り向く。
「行こうぜ。」
「え?あぁ…」
有無を言わせぬ光臣の鋭い眼光と、振り向いて俺を見る光の少し青ざめた表情とを見比べて、俺はぎこちなく頷いた。…玉城の連れだとバレたらまずいってことか?
「……。」
申し訳なさそうな玉城の視線に見送られ、俺は光臣と一緒に玄関を出た。しばらく無言のまま庭を進んで行って、門の前まで戻ってきたとき、光臣は俺を振り返った。
「お前、光と付き合ってるのか?」
「え…。」
本当の事を言ってもいいんだろうか。でも、こいつには多分、今、助けられたんだろうし…
「…そうだけど」
「ふうん…」
光臣は品定めるような目で俺を上から下まで無遠慮に眺めた。
「もうここには来るなよ。」
「…なんで?」
「なんでもだ。」
どこまでも無愛想な光臣。けど多分、嘘はついていないんだと思う。
「付き合ってると何かまずいわけ?」
「光から何も聞いていないんだろ。」
「…何を?」
「何もわかってないらしいな。それじゃ俺の口から言うことは何もない。」
なんなんだコイツ。
「とにかく今日は帰れ。」
光臣は門の扉を開けて言った。
それ以上は何も教えてくれそうになかったから、後で玉城に色々聞かなければと思いつつ、少し悔しい気持ちで俺はその洋館をあとにした。