024

「先輩ごめんなさい!」

翌日の昼休み、玉城は会うなり慌てて謝ってきた。

「せっかく来てもらったのに…」
「いや…それはいいけどさ。あの…光臣の兄貴?あの人に俺たちのことがバレると、なんかまずいの?」
「……。」

玉城は苦々しい顔で口を開く。

「…難しい人で…」

…ちゃんとした答えになっていない。

「玉城に彼氏ができると怒るとか?」
「…いえ…」
「……。」
「……。」
「…玉城。ちゃんと教えてくれない?なんか、色々はぐらかされてる気がするんだけど。」
「……。」

玉城は口ごもって、本当に困り切った顔で呟いた。

「…あとで ちゃんと…時間があるときに話します…」

…そんな重大な感じの話なの?

「…わかった」
「……。」



***



しかしそのまま冬合宿に入り、玉城が仕事で忙しいこともあって、会えないまま年末を迎えようとしていた。

『今何してる?』

そこまで打って、送信ボタンを押せないままホットコーヒーを一口飲む。

「…でさ〜、メールがうざいの。」
「わかる〜。今何してる?とか聞かれても鬱陶しいよね〜。」
「あ〜それよく送られてくるやつ!たいして用もないのに下心丸出しでウザイんだよね〜。」
「そうそう〜」

「……。」

帰宅途中の女子たちの会話が聞こえてきて、そのタイムリー過ぎる内容にコーヒーを噴き出しそうになりながら慌てて飲み込んだ。喉が痛い。
それからメールの文章を消して、また真っ白な入力画面を睨みつけた。
確かに大した用はないけど…最近連絡も取れてないし…一応付き合ってるわけだし…少しくらい話がしたい。けど、これもウザい男なのかな。玉城からメールが来ることはほぼないし…メールとか嫌いなタイプなのかもしれないし…。

…つーかこうしてうじうじ悩んでる自分がすでにウザい!どーすりゃいいんだ。

…玉城…ほんとに俺のこと好きなのかな…。
…とか、女々しいこと考えてる自分も嫌だ…。

その時手の中の携帯の着信が鳴って、俺はビクリと画面を見た。そして息を飲んだ。たった今考えていた子の名前がそこにあったからだ。

「…もしもし。」

緊張しながら電話に出ると、向こう側から、少し懐かしい、澄んだ声が聞こえた。

「もしもし…。」
「…久しぶり。」
「…うん…」
「…どうしたの?」

そう尋ねると、少し沈黙が流れた。

「…今…なにしてる…の?」
「え?」

……。もしかして玉城も…俺と同じように迷ってたのかな…。

「…えーと…コーヒー飲んでた。」
「コーヒー…。」
「うん。もうすぐ風呂の時間。」
「そっか…。」
「玉城は?今…何してた?」

穏やかに時間が流れているように感じた。お互いのことを…どうでもいいようなことを話して、共有して、それだけで嬉しい。

「…本読んでた。」
「本?」
「先輩が貸してくれた…」
「あぁ…あれか」
「だんだんルールわかってきたよ。それから、親戚の子が野球やってるから、最近教えてもらうの。」
「そうなんだ。ポジションは?」
「キャッチャーだって。」
「お、俺と同じじゃん。」

そうだよ、と無邪気に笑う声が聞こえる。胸の奥がくすぐったくなる。

「…先輩、今…実家に帰ってるの?」

唐突にも思えたその質問を少し不思議に思いながら、いや、と口を開く。

「今日まで合宿だったから、明日から実家に帰る。」
「そう…なんだ」
「……。」
「……。」
「…えっと…どうかした?」
「え、…あの…」

ぽそぽそと、それは本当に可愛らしい声で囁かれた。

「会いたいなって…思って…」
「……。」

…え…、これ…本当に玉城?だよな…?夢?現実?

「…や、やっぱり嘘」
「え!?なんだよ嘘って」
「だって先輩何も言ってくれないから」
「いやそれは…ちょっとびっくりしたっていうか」
「もーはずかしい…やっぱり今のなし」
「なしにはできねーなぁ」
「…じゃあ何か言ってよ…」

俺も恥ずかしい。むずがゆい。けど、それよりも嬉しい。

「そうだな…俺も会いたい」
「……。」
「ははっ、おい。そっちこそ何か言えって」
「…はずかしい」
「こっちのセリフなんだけど」

まだお互いの想いをほんの少し伝えることすらぎこちなくて。けど、やっぱり幸せだ。

「…じゃあさ…会う?」
「え…?」
「冬休み、俺4日から寮に戻るんだけど…そっちは都合どう?」
「いつでも…大丈夫」
「じゃあ4日の…夕方会わない?」
「…うん」

小さく返ってきた声にまた胸をくすぐられ、俺は口元が緩んだ。

「…じゃ また…メールする」
「うん…またね」
「…また」

後ろ髪惹かれつつ電話を切って、思い出したように深く息を吐きながら空を見上げた。コーヒーはすっかりぬるくなってしまっていた。



***



こんなにもどかしい年末年始は初めてだった。待ちきれない気持ちで4日寮に戻った俺は、玉城との約束の時間が迫ると飛び出すように寮を出た。

駅が見えてきて、腕時計を見る。約束の時間まであと20分近くある。早く来すぎた…。まあいいや、遅れるより、と思い直して、待ち合わせ場所の傍のベンチに座った。

5分ほど経っただろうか。コツ、コツ、とゆっくり近づいてくる足音がして、俺は顔を上げた。…少し恥ずかしそうにはにかむ玉城がそこにいた。まだ約束の時間じゃないのに…玉城も早く来てしまったんだと思うと胸が熱くなった。

「…あけましておめでとうございます」
「…あけましておめでとう」

畏まった挨拶をすると、玉城は近づいて来て、俺も立ち上がった。

「じゃ…行くか」

こくんと頷いた玉城と並んで歩く。商店街を並んで歩いていると、ポケットに突っこんでいる俺の腕に、そっと玉城が掴まった。俺は思い切って、一度手を出して、その玉城の手を絡め取る。つないだ手をそのまままたポケットに突っこんで、お互いに何も言わず、ただつないだ手からもどかしさが少し薄れるのを感じながら…満足感のようなものを感じながら、俺は隣の玉城をこっそりと盗み見た。
今日、あの話…聞けるだろうか。会えたことは嬉しいけど、あのことはずっと気になっている。光臣もなんだか意味ありげな事を言っていたし。

「先輩…」
「…ん?」
「今日…話したいことが、あって…」

…あの事か?

「じゃあどっか入る?」
「…う うちに…来てくれませんか」
「え?でも…」

もう来るなって光臣には言われたし、光臣の兄貴にばれるとまずいんじゃ?

「家族は皆、今イタリアにいるので…大丈夫です。私だけ、仕事があるって言って、日本に残ったので…」
「へ…へぇ、そう…」

わかった…、と頷いて、俺たちはまた、あの洋館に向かった。

ALICE+