玉城の自室に入り、ソファに並んで座った。何度来ても緊張する。
「それで、話って…この間のこと、だよな?」
玉城は小さく頷いた。ずいぶん深刻な顔をしていた。
「…あの…」
「?」
「光臣に、何か…言われました…よね?」
「え、あー…言われたって言うか…よくわからないけど…」
「……。」
「…もうここには来るなって」
「…それだけ?」
「え?」
なんだか少し拍子抜けしたように言う玉城に目を瞬く。
「そうだけど…」
「……。」
「玉城から何も聞いてないなら、自分から言う事はないとかなんとか…」
「…そうなんですか…」
玉城は膝の上で自分の手をもじもじ弄って、ようやく決意したように話を続けた。
「…あの、」
「…うん?」
「……。」
「…何?」
「…ほんとは、私、誰かと付き合ったら、いけないんです…」
玉城の声は今にも消え入りそうで、その絞り出した声はかすかに震えていた。
「…どういうこと?」
「……。」
玉城は思いつめた顔で、一言一言決意するように、慎重に話した。
「わ…私…」
「……。」
「…結婚するように…言われてるんです」
「…え?…だ、誰と?」
「光臣の…兄の…。」
…あの男と?
「…え、だって、あの人…」
「……。」
若く見えたけど、しっかりした社会人という感じで、多く見積もって30歳くらいに見えたけど…。
「…私が…一人娘だから、その、家業を継ぐ関係で…」
「……。」
何て重い話…。俺はどういう反応をすればいいんだ?ショックといえばショックだけど、現実味が無さ過ぎて…。
「でも…、私はそれが嫌で…」
「……。」
「好きな…人と、普通に…付き合いたいって、思ってしまって…」
まるで悪い事をしたようにそう言う玉城を前に、俺は何と言ったらいいかわからなかった。
「それって…じゃあ」
「……。」
「俺と別れる、ってこと?」
「……。」
言ってて眩暈がした。やっと玉城と付き合えたと思った矢先に、こんな…
「…先輩…怒ってないの?」
「俺がどうとかより、玉城がどうしたいのか知りたい。」
「……。」
「悪いけど…俺が何とかできる問題じゃない。」
「……。」
玉城の目に涙が滲むのを、こんなこと前にもあったな、と思いながら眺めた。胸が痛かった。そうだ、ナベと話した時に似ている。
「…でも、何とかしたいとは思う。」
「え…?」
「…玉城のこと好きだし、別れたくないよ、俺は。」
「……。」
「玉城が何とかしようとしてて、俺にできることがあるなら…協力するから」
「……。」
「だから、玉城の気持ちが知りたい。」
玉城は涙を一粒零して、堪えるように目元を拭って、俯いた。
「…別れたくない」
「…うん」
「あの人と結婚したくない…」
「…そっか」
白い小さな膝の上で握りしめられた手に、俺は自分の手を重ねた。
「わかった。」
「……。」
玉城がこんな大きな悩みを抱えているなんて、思いもよらなかった。当たり前みたいに玉城に惹かれて、ハジメは苦労したけど、まあまあ順調に付き合い始めて…有名人同士、苦労はあってもこのまま付き合い続けていけると思っていた。だけど…。
「じゃあ、もっと教えてくれるか?家のこととか…結婚のこと」
「……。」
堪えきれず涙をぽたぽたこぼして頷く玉城の肩を抱いて、俺は彼女の話に耳を傾けた。
***
…結婚の話は、玉城が10歳の頃突然持ち上がったらしい。玉城の母親が病気を患って倒れたためだろうと玉城は言った。
ようするに跡継ぎの男が生まれるあてがなくなって、玉城家次男家族の長男である光臣の兄に白羽の矢がたったというわけだ。昨年玉城の母が病気のため亡くなると、その話は現実味を帯びてきたという。結婚の話を出した玉城家当主である玉城の祖父は、それは厳しい人で、玉城家の誰も逆らえないのだという。せめて光臣の兄…結婚相手となる男が難色を示してくれればいいものを、なんと乗り気だと言う。聞けば齢は今年で30歳。玉城の倍だ。そんなの、玉城は嫌に決まってる。それなのにもう婚姻届を書かされ、玉城が高校を卒業したら提出されるのだという。
「は〜…」
「どうした御幸?」
思わずため息を吐くと、傍でテレビを見ていた倉持が振り返った。
「…結婚って何だろうな」
「は?」
倉持はきょとんとして、それから気味が悪そうに俺を睨んだ。
「何寝言言ってんだ。せめて彼女できてから言え、ナンパ野郎」
「は〜い」
「…んだテメェ気味悪ぃんだよ!!」
「なにキレてんの?」
「何かしらねぇけどムカつくんだよ!」
「御幸ってわかりづらい八つ当たりするよね。」
「わかる…しかもいつも倉持に」
***
「婚姻…不受理届?」
目を瞬く玉城に、うん、と頷く。携帯で区役所のホームページを見せながら、俺は話した。
「そういうのがあるんだって。本人が行って、顔写真付きの身分証明書があれば出せる。」
「どこで…?」
「区役所だな。婚姻届と違って証人も必要ないみたいだし…こういう様式らしい」
「…パスポートと…判子があればいいんですね…」
「そうだな。」
「……。」
「本気で結婚させられるのが嫌なら、出しとくに越したことはないと思うけど…相手の指定もできるみたいだし。」
「そうですね…。」
玉城は神妙な顔で頷いた。
「出すなら…俺も一緒に行くよ。」
「え…?」
それが今の俺にできる精一杯…だと思う。
「…うん…。」
玉城は赤い頬に涙を一筋零して、頷いた。