006

「…付き合ってください」

ぺこり、と小さく下げられた頭を、俺は罪悪感に似たうしろめたさを感じながら見つめた。一瞬のうちに色んな思いが頭の中を駆け巡る。けどその考えのどれもが、元をたどれば、断る言葉を探していることも自覚している。それに…それに混じる玉城の影。俺は玉城のことが好きなのかもしれない。あっちからの好意は、期待なんて持てないのに。

俺を呼び出したこの子は隣のクラスの女子で、1年の時は同じクラスだった。吹奏楽部で、去年はヒッティングマーチの話を少しした。ねらいうちは俺にぴったりだよねと笑っていた彼女は、大人しそうな見た目に反し意外と話しやすくて、ふんわりとした可愛らしさがあった。
彼女の好意にもなんとなく気づいていた。俺と話すときの何となくそわそわした感じ。遠くから感じる視線。俺を意識しながら友達と小声で盛り上がっている様子とか、噂とかで。
嫌いなわけじゃない。だけど…試しだとしても彼女と付き合うという選択肢は自分の中のどこを探してもなかった。

「ごめん。」

短く答えると、彼女は半分解ってたように頷いた。でもそれじゃあなんで告白なんてしたのか…わからなかった。恥ずかしいだろうし、フラれるとわかっていて、どうして?

「…わかった。」

彼女はそう呟いて、踵を返して俯いたまま歩いて行った。告白されること自体は初めてではない。だけど、やっぱり…今日は練習に集中しきれなさそうだ、とため息を吐いた。



***



「みーゆきちゃん。」
「……。」

1階ロビーの自動販売機前で、ぴょこんと隣に並んで俺を覗き込んできた玉城に目を白黒させて、俺は言葉を失った。随分上機嫌な…玉城の方からこんなふうに悪戯を仕掛けてくるなんて。

「あれ?…生きてます?」

俺の反応が無かったからかそんな風に冗談を言う玉城に、俺は噴出した。

「プクク…なんだそれ。」
「反応ないから。」
「いや 玉城のテンションが高くてびっくりして」
「別に高くないし。普通だし」
「はは…」
「……。」

小さく笑った俺をまじまじと見上げて、玉城はなんだか不満そうに自販機に百円玉を入れた。

「やっぱり元気ない。つまんない」
「心配してくれてんのかと思ったらつまんないって何だよ(笑)」
「むかつくくらいうざいのが御幸先輩の取り柄なのに」
「どーゆー意味だそれは…」

ピッ、ガコン、と音がして、玉城がミネラルウォーターを購入した。ペットボトルを拾い上げた玉城と入れ替わり、俺は麦茶を買った。その、ペットボトルを拾い上げた俺の腕に、急に玉城が触れてきた。

「え…なに?」

驚く俺を余所に、玉城は俺の手首に着けられた腕時計のベルトを外しはじめる。

「え、ちょ、なに?なんなの?」
「とれない。とって」
「なんでだよ…」

全く意図がわからないまま、でもまんざらでもない自分がいて、俺はのこのこと腕時計を外してしまう。言いなりだ。

「…ほら」

玉城は腕時計を受け取ると、それを自分の左腕に着け始めた。彼女の細く白い手首に巻かれた黒い自分の腕時計はすごくゴツく見えた。そして慣れない手つきでベルトを締める彼女の手に触れることもいとわず、俺は手を出して、そのベルトを締めた。

「…ほっそ」

つい言葉が漏れた。一番奥の穴に金具を通しても、俺の指が2,3本入るほどブカブカで、玉城は腕を上に振って、腕時計は肘より先の3分の2ほどの場所までするりと滑った。

「先輩デブ?」
「なんでだよ。お前が細ぇんだよ。それに当たり前だろ、男もんなんだから…」

そこまで言って、急に恥ずかしくなった。突然、俺が男で、玉城が女だと強く自覚してしまった。いや、前から女子として可愛いと思ってたし、気になってたけど、なんか、とにかく、それを口に出してしまうと顔が熱くなった。

「…ほら、もう返せ。予鈴鳴るから」
「これ、次の授業貸してください。お昼休みに返すから」
「いやなんで…」
「いたずらしたいから。」
「は?」
「だめ?」
「…別にいいけど」

ほらやっぱり言いなり…。情けない。
玉城は嬉しそうに笑って、ばいばい、と階段を駆け上がって行った。



***



…もしかして玉城も、俺のことまんざらでもないのかも…。

…なんて調子の良い事を妄想しながら、4限の授業にはまったく集中できなかった。やっぱだめだ、俺。今は相手がだれであれ彼女とか作れないな。浮かれちゃって、日常に支障をきたす。いや日常ならまだいい。野球の調子に悪い方に影響したらと思うと…無理だ。

キーンコーンカーンコーン、と鐘が鳴って、俺ははっと我に返った。いつの間にか授業が終わった。
そわそわとした気持ちで教室の時計を見上げる。玉城、昼休みに返すって言ってたけど…まさか教室に来んのかな。大騒ぎになりそう…主に倉持が。でも、玉城から呼び出されるなんてちょっと、いやかなり優越感…

「御幸、後輩が呼んでる!」

教室の入り口でクラスメイトが俺を呼び、ドキリとした。やべ〜、超期待しちゃってんじゃん、俺。
あぁ、と気のないふりをして立ちあがり、倉持の視線を感じながら教室を出ると、そこで俺を待っていたのは…

「あ、御幸先輩!」

こんにちは、と頭を下げる東条、と、隣に立つ付添いの金丸。…がっかりなんてしてないぞ、俺は。

「お〜…どしたの?」
「沢村からこれを預かったんですけど…」

そう言って東条は本を取り出した。先週、俺が沢村に貸したものだ。

「何で東条が?」
「よくわからないんですけど、どうしてもって頼まれて…」
「さてはどっか破いたなあいつ…」
「でも、珍しく集中して読んでたみたいですよ。」

な?と尋ねる東条に、まぁな…、とおざなりに頷く金丸。

「ふうん…まぁいいや、わざわざありがとな。」
「いえ。それじゃ、失礼します!」
「え?」
「え?」

さっさと立ち去ろうとする東条に動揺すると、東条もきょとんと俺を見た。

「あれ…これだけ?」
「え?何かありましたっけ。」

…てっきり玉城が、東条におつかいさせたのかと思ったんだけど。思い違いだったみたいだな…

「…いや、ごめんなんでもない。」
「…?は、はい。」

訝しみながら東条達が行こうとした時、パタパタと駆け寄ってくる軽い足音が聞こえて、俺たちは振り向いた。

「あれ?東条。」
「え、玉城?」

なんだか楽しそうな笑顔を浮かべてやってきた玉城に、東条達は驚く。

「ちょうどよかった。」

玉城はそんな東条達を余所に、はい、と腕時計を俺に差し出してきた。

「返してあげる。」
「随分上から目線だな。」

苦笑を装うも口元が緩むのが止まらない。だって、玉城がこんなふうに悪戯するのは、きっと俺だけ。
返された腕時計を腕に嵌め、ふと気づいた。文字盤の端に貼られた小さな猫のシール。

「うわっ、えっ、何?このシール」

玉城を見ると、玉城はその反応を待っていたかのように楽しそうに笑い出した。

「可愛いでしょ?」
「なんで俺の時計を可愛くした?」
「いいじゃん。」
「玉城、今日やけに強引だな…」

ふと気づくと、東条と金丸が硬直したまま俺たちのやり取りを窺っていた。そして俺と目が合うと、ぎこちない笑みを浮かべ、しどろもどろに東条が言った。

「な、仲良いですね…」
「そ〜なんだよ、玉城ちゃんに懐かれちゃってさぁ…」
「はぁ?ちょっとなにそれ!」

ぺちん、とか弱い力が俺の背中を打つ。くすぐったい。

「もう知らない。」
「おっ、拗ねた。ごめんねハニー(笑)」
「ふん。ばかじゃないの。」

ご丁寧にそっぽを向く動作をしてから俺にべーと赤い小さな舌を出し、ぱたぱたと軽い駆け足で行ってしまう玉城。もうちょっとからかいたかったなー…なんて。

「あの…もしかして…」
「…付き合ってるんですか?」

意を決したように顔を見合わせてからそう尋ねてきた東条と金丸に、ちょっと冗談を言ってから買ってやりたいという考えが過ぎったものの、俺は呆気なく首を横に振った。

「んなわけねーだろ(笑)じゃ、ありがとな。」

教室に戻ると、倉持が財布を持って近づいてくる。

「東条、何の用だったんだ?」

玉城には気づいてなかったらしい。俺は本を見せてこれを返しに来ただけだよと答え、自分の席に財布を取りに行った。

「ん…あれ?」

倉持がふと俺の腕を掴む。

「何このシール?」
「可愛いだろ?(笑)」
「んだそれ?キメーな」
「はっはっはっは!」

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