「うおお…いろんな色がある…」
沢村と降谷を連れて駅前のドラッグストアに来たのは、爪補強のためのマニキュアを買わせるためだった。いつまでも俺のストックを分け与えるのも嫌だし。
「補強されりゃいいんだから透明のにしとけよ。一応学校ではマニキュア禁止なんだから」
「わかってますよ!つーか透明の方がいいし!ピンクとか塗りたくねーし!」
「騒ぐなよ店内で」
「あっ!ちょっと何で自分は黄色買ってんすか!?」
「俺のはサイン見やすくするためだからだよ」
会計を済ませて店を出ると、向かいの商店街の入り口が賑やかなことに気付いた。笹や短冊や提灯が飾られ、出店も並んでいる。なんだあれ、と立ち止った沢村と降谷につられて立ち止り、商店街にずらりと飾られたのぼりを見て、ああ、と呟いた。
「そういや今日七夕だな。」
「お祭りですか!?」
「みたいだな。毎年やってんだろ…っておいおい、ダメダメ。寄らねーぞ」
屋台の匂いにつられて物欲しそうな顔をする二人に苦笑する。気持ちはわかるけど、もうすぐ選抜だし、気を緩めるわけには…。いやでも息抜きも必要か?うーん…
「…しょうがねーな。少しだけだぞ」
「よっしゃ!!行くぞ降谷!射的しよーぜ射的!」
「負けない…」
「コラコラ…はしゃぎ過ぎんなよガキども!」
「誰がガキだ!!」
「ちょっと!さわんないでよ!」
ん?
怒った女の声がして、そっちの方を見ると、浴衣姿の女の子二人がしつこい男たちに付きまとわれてるようだった。あ〜あ…祭りだから変な奴も集まってんのかな。かわいそうだけど、赤の他人の俺が首突っ込むのもなぁ…、と思っていると、ふと振り向いた浴衣姿の女の子二人のうち一人と目が合って、息をのんだ。…玉城!?
あ…、と口をあけて、玉城も驚いた様子で俺を見る。これはもう、ほっとくわけにはいかないな〜…。
「沢村、降谷!」
俺は二人を呼び戻し、玉城たちの方に歩いて行った。
「ねぇ!玉城光ちゃんでしょ?前テレビでてた!」
「マジ本物?うわマジ可愛い」
「高校この辺なの?もしかして青道?」
「しつこい!警察呼びますよ!」
玉城の連れの女子が強気に言い返すも、男たちは全く意に介していない。
「よ〜っす!」
俺が遮るように声を上げて玉城たちに歩み寄ると、男達も玉城の連れも目を丸くして俺を見た。
「…遅いよバカ」
玉城が俺を睨んでぺちんと胸元を叩いた。その睨んでる顔に心細さが滲んでいて、思わずきゅんとする。俺、頼りにされちゃってる…なんて。
「御幸先輩!何なんすか急に…」
不満げな沢村と降谷もやってくると、男たちは急に慌てて目配せを始めた。
「あ…彼氏?」
「す、すいませんっした…」
ぺこぺこしながらそそくさと逃げていく男たちを見て、玉城と連れの女子は安堵したように顔を見合わせた。
「えっと…知り合い?」
玉城の連れが俺と玉城を見比べて尋ね、玉城は口を尖らせて答える。
「ただの先輩。」
「ただのって何だよ。」
「あ、もしかしてミユキ先輩!?この間言ってた…」
「ちょ、司!」
突然顔を赤くして、慌てて友達の声を遮る玉城。
「え〜何?何?玉城ちゃん俺のことなんて言ったの?」
「チャラくてウザい先輩って話してたんです!」
「そのわりに顔が赤いなぁ〜?」
「赤くない!むかつく!」
「はっはっはっはっは!ムキになっちゃってカワイ〜♪」
「ああもうほんとうざい!」
「なんだよ、ナンパ野郎から助けてあげたのに〜」
「自分も前ナンパしてきたくせに。」
「まだ言うのそれ…」
ひととおり言い合ったところでちょっと落ち着いた玉城が、友達のニヤニヤ顔に気づいてまた顔を赤くした。
「ちょっとなんでニヤニヤしてるの!」
「だって光がそんなに取り乱すのって珍しいからさ〜…面白くて」
「取り乱してない!」
ケラケラ笑いだす友達にまた顔を赤くする玉城。
それにしても…。白地に藍色の花柄の浴衣。似合ってる。かわいい。色っぽい…なんて言ったらまた叩かれそうだけど。つーか恥ずかしくて言えるわけないけど。
「……。」
気付けば見惚れていて、振り向いた玉城と不意に目が合った。
「…あたしどっか行ってようか?一緒にお祭り周ってきたら?」
「えっ…!ちょ…!な、何でそんなこと言うの!やめてよ!」
「え〜でもぉ…」
玉城の友達の発言で、自分たちが周りの目にどう映っているのかを自覚して急に恥ずかしくなった。けど、正直まんざらでもない。玉城とお祭りか…つっても玉城がこの様子じゃ無理だな。あーあ、どうして俺っていつも玉城のことからかっちゃうんだろ。
「いや…俺らあんま時間ないから、そろそろ帰らないといけねーし」
「えっ!もう帰るんすか!?」
「そりゃ門限あるから。さっさと遊んで来いよ」
「なんなんだよ自分で呼びつけといて!行こうぜ降谷!」
「うん…」
「あんま遠くまで行くなよ!あと30分で門限なんだから」
「言われなくてもわかってますよ!!母親か!!」
「うるさい…」
それまで大人しかった沢村たちが騒ぎだし、俺は手で追い払う仕草をした。商店街に入って行く沢村たちを見送って、玉城に視線を戻す。
「もう帰るんですか?」
「……。」
…なんでちょっと寂しそうなんだよ…!!ほんっと、人の心を掻き乱しやがって…。可愛い…。
「まあ…7時からミーティングあるし」
「ふうん…」
…だからつまんなそうにされるとなんか照れるからやめろって…!
「…ふたりとも遊びに来たんだろ?行かなくていいの?」
「言われなくてももう行きます」
「あ…そう」
気を使ってそう言ったのに、玉城は急にいつもみたいに素っ気なくなって踵を返した。
「……。」
玉城は俺を睨みながら友達と商店街に向かって行って、べ、と小さな赤い舌を出した。なんなんだ。
「おねーさんたち!こんにちは〜!」
「高校生?」
「…おいおいおい」
ちょっと離れたすきに早速男に絡まれる玉城たちにずかずか歩み寄っていって、そそくさと逃げていく男たちに呆れながら玉城を振り返ると、ムッとした顔で俺を睨んでいた。
「何で睨むんだよ。」
「別にぃ…」
「つーかナンパされすぎ。」
「私たちのせいじゃないもん。」
ねぇ?と友達に首を傾げ、友達は呑気にアハハと笑う。
「もうすぐ暗くなるし危ないから帰れよ。」
「え〜まだ何も食べてないのに…」
「何言ってんだよ。今は俺がいるからいいけど、女だけじゃ危ないだろ。」
「……。」
玉城がちょっと目を丸くして俺を見上げた。あ…なんか急に恥ずかしい。
「ひゃ〜、紳士〜」
「騙されちゃダメ。チャラいだけだから」
「まだそれを言うか…」
と思ったけど、いつも通りの流れだった。ちょっとは見直してくれたかと思ったのに、残念。
「じゃー目的の物だけ買ったら帰ろうよ。ね?光。」
「目的の物?」
「りんご飴食べたかったんだよねー?」
「……。」
ちょっと恥ずかしそうにむっとして視線を逸らす玉城。俺はつい小さく噴き出した。
「プクク…なんだそれ、玉城ちゃんカワイ〜」
「うるさいな!ほっといてください!バカ!」
「はっはっはっは!」
むきになる玉城が可愛くておかしくて、腹を抱えて笑ってから、俺は商店街の方を指した。
「じゃあ行こうぜ。」
「え?」
「りんご飴買うんだろ?」
「……。」
玉城は少々不服そうにしながらも、友達に背を押されて歩きだした。
商店街を半分ほど進んだところで、あっ、と玉城の友達が声を上げる。
「あったよー、りんご飴の屋台!」
ほらあそこ!と指差す先には、3組ほどの客が並んだ屋台が。その列に並んだところで、玉城の友達は急に踵を返した。
「ごめん光、あたしわたあめ買ってくる!」
「えっ?」
「すぐそこだから!ちょっと行ってくるね!」
「司!」
玉城の制止も聞かず、友達は斜め向かいの綿菓子の出店に向かって行った。気を使われたのか…急に二人きりになって、気恥ずかしい。なんだか玉城も、静かだし…。
「…同じクラスの友達?」
「え?」
動揺してどうでもいい質問しちゃうし。そんなん聞いてどうすんだ。
「いえ…学校も違うので」
「…え、そーなんだ。どこ?」
「稲実です」
「え」
「え?」
「いや…あー、そうなんだ」
「……。」
一瞬成宮たちのことが過ぎって、少し驚いてしまった。入学前は稲実に誘われてた…とかは、別に言わなくていいか。
「え…、ていうか、なんで稲実の奴と仲良いの?同じ中学だったとか?」
「事務所が同じなんです。」
「事務所?…って、あ、そーか…じゃ あの子もゲーノー人?」
「…はい」
芸能人、という響きにまだ慣れないのか、玉城はぎこちなく頷いた。
「へ〜…」
相槌を打って、沈黙が降りる。な…なんか気まずい。普段学校で会う時は普通に話せるのに…。
っていうか、今のこの状況、周りから見たらカップル…とか思われてんのかな…。そーだよな、多分…。
「はいいらっしゃい!」
出店の男の威勢のいい声で我に返った。いつの間にか順番が来ていたのだ。
「ひとつください。」
「はいよ!好きなのとっていいよ。」
頬を綻ばせ、嬉しそうにりんご飴を選び始める玉城の横顔をこっそり見つめる。可愛い…。ほんとに彼女だったらな〜…なんて…。選抜前に何考えてんだ俺。
「じゃあ…これ。」
「はいよ。」
嬉しそうにりんご飴を一つ取る玉城を、店の男も浮かれた笑顔で見ていて、手元の飴を一つ取って玉城に差し出した。
「お姉さん可愛いから、一個おまけね。」
「え?」
玉城は目を丸くして、いいんですか?と嬉しそうにりんご飴を受け取った。お礼を言ってご機嫌な玉城と店を離れ、ほくほくした顔で二つのりんご飴を見つめる玉城を見て、つい口元が緩んでしまう。こんな素直に嬉しそうにしてるの、珍しいな。
「美女は得だな〜。」
「うるさい。」
「褒めたのに何で怒るんだよ。」
「お兄さ〜ん!」
ふと、前方のたこ焼き屋の女の人が俺に大きく手を振ってきた。
「たこ焼きいかが〜?イケメンにはオマケするよ!」
「あ、いや…」
いいっす、とそそくさ店の前を通り過ぎて、じとりと俺を睨む玉城を見る。
「なんだよ。」
「べつにぃ…。」
「すげえ不機嫌じゃん。」
「そんなことないです。ひとつ食べます?」
「いや俺はいい」
「……。」
「だから何で睨むんだよ。」
ふん、とそっぽを向いて、玉城はりんご飴を一つ舐めはじめた。
「つまんないの。」
「……。」
何で文句言われてんだ、俺。
まあどうでもいいけど…りんご飴を舐める玉城は、ちょっと色っぽい。赤い柔らかそうな唇が開いて、赤い飴を舐める小さな赤い舌が…なんだか艶めかしくて…。
「あ…司、まだ並んでる」
「…そこで待つか」
わたあめの屋台の近くの、道の端のベンチに座り、玉城の友達が戻るのを待つことにした。
「御幸先輩、まだそれつけてるんだ。」
「え?」
「そのシール。」
そういえば、腕時計に悪戯で貼られた猫のシール、そのままだった。
「ああ…忘れてた」
「忘れてたぁ?」
「なんで怒るんだよ(笑)」
「もっと目立つのにすればよかった。」
「玉城は俺をどうしたいの?」
「困らせたい。」
「おい…」
あははは、と無邪気に笑う玉城。最近はよく絡んでくるなぁ。結構懐かれてんのかな。嬉しい…
「みっ…御幸!!?」
するとそこへ空気をぶち壊す男の声。俺はギクリとして引きつった顔を上げた。
息抜きにでも来ていたのだろう、祭りを楽しんでいた様子のゾノやノリや白州、小野や木島たちが、ぞろぞろと前を通りかかって俺と玉城を見つけた様子だった。倉持がいないのは幸いだけど、どーせすぐ伝わるんだろう…
「あ…。お前ら来てたんだ〜…」
「なっ、なん…お前…!」
「…デート?」
「ちげーよ俺は沢村たちと買い出しに来て…」
詰め寄られる俺を余所に、あ、と玉城が立ち上がる。気付けば玉城の友達が目当てのわたあめを買って、そこまでやってきていたのだった。
「みゆきちゃん、ばいばーい」
「バイバイひかりちゃ〜ん」
「あはは。きもーい」
悪戯っぽい笑顔で俺に手を振って、友達と帰って行く玉城。可愛い。さらっときもいとか言われたけど。きゃっきゃと楽しそうに去っていく二人の女子の姿を、男共がしばし無言で見送ったかと思うと…
「…コラ御幸どーゆー事や!!」
「何で玉城さんと!!」
「純さん達に報告だな」
「だから俺は沢村と降谷と…」
「どこにいるっちゅうんや!!」
二人が見えなくなった途端、俺はものすごい剣幕で詰め寄られたのだった。