010
「あっ、御幸…」
土曜日商店街の前に着いたとき、そこにはすでに速水が待っていた。
こっちは俺と倉持と、鷹野に誘われたという東条と金丸の4人。出かけるとき、変なメンツだなと亮さんたちにいじられた。
「こんにちは!東条です」
「金丸です…」
「あ、速水です。よろしく」
サッカー部のさわやかなイケメンエースに負けず劣らずさわやかな会釈を返す東条と、なんとなくこの状況を察した顔で居心地悪そうに会釈をする金丸。速水は噂の東条を品定めするようにしばし眺め、人当たりのいい笑顔を浮かべた。
「…ちなみに、今日来る子の誰かと付き合ってるとかは…?」
「え!?ないです!」
「ないですないです。」
「あ、そーなんだ…」
速水が苦笑し、東条と金丸も笑った。
状況を整理すると、俺と速水と東条が花城目当てで…倉持と金丸は不明。だが、あの花城にあわよくば、と考えない男なんていないだろう。
手持ち無沙汰に腕時計を見た。今は15時50分…約束の時間まであと10分。くそ、なんか緊張してきた…
「あ!もう来てるし!」
カラカラカラ、と軽い足音が近づいてきて、俺たちは顔を上げて…息をのんだ。
「先輩たちはやーい!絶対うちらのほうが早いと思ったのに!ね〜光」
ケラケラ笑いながら言う鷹野と、ほほ笑む花城。二人は浴衣姿で、花城は…信じられないくらい綺麗で…。
よく少女漫画で浴衣姿のヒロインにドキッとする男、みたいな描写があるけど、ベタだけど…本当に花城が浴衣を着てるだけで、すげえドキドキして…。
なんか…浴衣って…こんなに色っぽかったっけ…。
「みんな光に見惚れてるし(笑)」
ニヤニヤ鷹野が言って、俺たちは皆ぎくりと顔を固くした。
「いやいや、二人ともだよ二人とも!浴衣着てて普段と印象違うからさ」
「え〜東条君やさし〜!」
「ふたりとも似合ってるよ。色もなんか、イメージに合ってるし。綺麗!」
「あはは、ありがと〜!」
「ありがとう。」
嬉しそうに笑う鷹野と、ちょっと恥ずかしそうにはにかむ花城。まさか東条がこんなセリフをさらりと言える度量を持つ男だったとは…。年上だというのに気の利いた誉め言葉一つ言えずに黙っていた俺と速水はなんとなく肩身を狭くした。
「ほ、ほんと。…似合ってる」
と、思ったら、速水がじっと花城を見つめて言葉を絞り出し、直後に赤面した。
「…あ ありがとうございます…。」
「…いや…うん…。」
「……。」
「……。」
「……。」
…何ふたりきりの世界みたいになってんだよ!!なんか俺だけ何も言えなくて、ガキみたいじゃねーか…!
「あ、そーだ。ユキとナツミ…今日来るはずだった友達二人が用事でこれなくなっちゃって〜。私たちだけなんで、もうお祭り行きましょ?」
「あ…、うん、じゃあ」
「行くか」
ぞろぞろ歩き出し、さりげなく花城の隣を狙うも…花城は鷹野の隣から動かない。その後ろには東条と金丸が並び、さらにその後ろを俺たち2年3人組がついていく格好になった。
「どこ見る?」
「あ!私りんごあめ食べたい!」
「じゃあ私も…。」
女子二人の意見に従い、綿あめの屋台に並んだ。
「りんごだけじゃなくて色々あるんだね〜!私何にしようかな〜。」
「うん…」
「りんごもいいけど…ぶどうも気になる〜…。うーん…ぶどうにしよ!」
無邪気な鷹野を見てほほ笑む花城。その隣に、速水がさりげなく並んだ。
「花城さんは何にするの?」
「え…、えっと…。まだ…」
「鷹野さんはぶどうだっけ?」
「ぶどうでーす!」
「じゃあ俺、二人におごるよ。花城さん決まったら教えて。」
「え〜いいんですか!?」
「え…、わ、悪いですそんな…」
「いいからいいから!俺も食おうかな。」
…出遅れた。速水の奴積極的だな…東条と金丸も速水が花城狙いであることに気づいたらしく、顔を見合わせて目くばせしている。あの先輩、花城さんのこと好きだよな…と金丸の目が訴え、東条がぎこちなく笑っている。
「花城さん決まった?」
「…じゃあ…いちごで…」
「いちごね!おっけー!」
速水がいちご、ぶどう、りんごを一つずつ買い、ぶどうを鷹野に、いちごを花城に手渡した。
「きゃーありがとうございます!いただきまーす!」
「ありがとうございます…」
女子二人が飴を食べ始め、金丸と東条はしょっぱいものが欲しいと隣のたこ焼きを買いに行き、倉持もそれについて行って、俺は手持ち無沙汰に飴を舐める花城を眺めた。赤い飴でコーティングされたいちごを、小さな舌で舐める花城…なんか…エロい……。
「御幸は何か食べないの?」
「!」
つい花城に見惚れていた俺は、速水の声でぎくりとした。
「え…あー、うん」
「そう?倉持たちはたこ焼き買いに行ったけど」
「たこ焼きは…いいや」
炭水化物多すぎるし。
「そっか?」
せっかくの祭りで何も買っていない俺を気遣ったのか、速水は釈然としない顔のままりんご飴を食べ始めた。
「ヒャハハ!やりい!」
「すっげ、倉持先輩上手いッスね」
「だろ〜?地元じゃ射撃の洋ちゃんなんて呼ばれてたっけな〜」
「倉持先輩、ゲームでも射撃上手いですよね!」
「何か盛り上がってる!なになに〜?」
たこ焼きを買いに行った倉持たちが射撃で遊び始めたらしく、鷹野が興味を惹かれて近づいていき、花城に続いて俺と速水もその後を追った。
「…ま!こんなもんかな!そろそろ勘弁してやるか」
「すげー、大量っすね」
「おう、お前らで山分けしろよ」
「いいんですか?」
「もってけもってけ」
もともと面倒見のいいところがあるから、倉持は気持ちいい笑顔でゲットしたお菓子を後輩たちに配った。
「ほら鷹野も。…は 花城さんも」
「わーいありがとうございます!」
「ありがとうございます。」
…花城のことだけさん付けしてるとこを見ると、倉持も花城のこと意識してんのバレバレなんだよなぁ…。
「あーたこ焼きおいしそう〜。私も食べようかなぁ…ちょっと買ってくる!」
鷹野がそう言って、すぐ隣のたこ焼き屋台に向かった。あいつほんと忙しないよな、と金丸がいい、東条が笑った。
「光も一緒に食べよ〜」
鷹野はすぐに戻ってきて、二つもらってきた割り箸を一つ花城に差し出した。女子二人が一緒にたこ焼きを食べ始める。小さな口で上品に食べる花城に対し、はふはふいいながら大口を開けて気持ち良いくらいパクパクたこ焼きを平らげる鷹野。
「鷹野お前豪快な食いっぷりだな〜!せっかく可愛いカッコしてんだからもうちょっとおしとやかに食えよ」
「え〜私可愛いですかぁ!?」
「都合いいとこだけ聞くなw」
鷹野はノリが良くて話しやすい。金丸や東条も笑っているところを見ると、鷹野は男女問わず打ち解けるタイプらしい。高嶺の花タイプの花城とは正反対だ。だからこそ仲がいいのかもしれない。
皆たこ焼きを食べ終えて、また移動を開始した。鷹野は次に何を食べようか楽しそうに屋台を見渡し、倉持たちは次は投げ輪に興味を示し、速水もそれについていこうとしている。
俺はそんなにぎやかな奴らから花城が少しずつ離れているのに気づいて、花城を目で追った。
花城はちょっと疲れたような顔をして小さな歩幅で歩き、気を取られたようにヨーヨー掬いの屋台を見て立ち止まった。俺も立ち止まり、人ごみに紛れていく倉持たちを気にしつつも、しばらく花城の様子を見ていた。
だけど花城はどこかぼーっとして、ゆらゆらゆれるプールの中のヨーヨーを見つめていた。
「おい」
「!」
声をかけると、花城ははじかれたように顔を上げた。
「置いてかれてるぜ」
「え…!」
俺が指した先の人ごみを見て、花城は青ざめた。
「…見てたならもっと早く言ってくださいよ!」
「待っててやったのにその言い草?」
「早く追いかけないと!」
「一本道だしすぐどっかで会えるだろ」
やった、花城とふたりきり…。正直ラッキー。
「……。」
「何怒ってんだよ。お前がぼーっとしてたくせに」
「別に怒ってないです」
カラ、コロ、カラ、コロ、花城は小さな歩幅で歩いた。俺は少し前で調子を合わせて歩いていたけど、花城の歩く速度があまりにも遅いから、立ち止まって振り向いた。
「どうかした?」
「……。」
花城はばつがわるそうにうつむいた。その視線の先に、花城の小さなつま先が見えた。鼻緒に触れる部分の肌が赤くなり、指先が縮こまっている。俺はピンときて、尋ねた。
「足痛いの?」
「…大丈夫です」
「いや強がんなってそんなことで。どっか座る?」
「……。」
花城はいよいよ足の痛みが辛かったのか、迷った末に小さくうなずいた。
「どっか座るとこあるかなー」
「……。」
花城は少し足を引きずって辛そうに俺の後をついてくる。休む場所を探すためとはいえ、もう少しでも歩くのは辛いんだろう。なんとかしてやりたいけど…靴貸してやる?いや、断られるだろうし引かれそう。俺は裸足になるし。…おんぶしてやる?でも花城浴衣だし、そうじゃなくても嫌がられそう。お姫様抱っこ…は論外。うーん…
「…掴まる?」
「……。」
意を決して手を差し出すと、花城は迷うように俺を見上げて、そっと俺の腕に掴まった。
ドキドキしながら歩きだす。花城の歩幅に合わせてゆっくりと。花城と腕を組んで歩いているみたいで、足元がふわふわする。
「あ…」
少し歩くと花壇の淵に座れる場所を見つけ、花城は俺から手を離してそこへ座った。…ちょっと残念。まあ、座れる場所あってよかったけど。
でも…これからどうするかな。
「…少し休んだら大丈夫です。」
花城はそう言って、下駄をほんの少しだけ脱いだ。柔らかそうな白い足のつま先が赤く腫れて、側面に少し皮がむけてしまっているところがあった。完全に靴擦れだ。
「ちょっと待ってて。」
「え?」
「すぐ戻るから。動くなよ」
俺は言い残して、近くのコンビニまで走って絆創膏を買った。1,2分程度だったと思う。すぐにまた元の場所に戻ると、そこにいる花城が、ガラの悪そうな男二人組に囲まれていた。
「どうしたのー?ひとり?」
「可愛いね〜!一緒にどっか行こーよ」
ま、またナンパされてやがる…!花城目立つからなぁ…
これ…俺が助ける…しかないよな…。
「ねぇ行こうよ〜!俺ら君と一緒に遊びた〜い」
「行こ行こ!ほら!」
「や、あの…」
「すいませ〜ん、俺の彼女になんか用ッスか?」
は?と振り向く二人分の視線。いや、花城も目を丸くして俺を見上げた。
「え?彼氏?」
「そうですけど?」
「え…。あ、ああ…そう…」
「サーセン…」
男たちは意気消沈して去っていった。花城はうつむいて、その耳は赤かった。
「よくナンパされるよな〜お前…」
「…うるさいな。彼女じゃないし。勝手なこと言わないでよ」
「は〜?素直にありがとうって言えねーの?可愛げねえなあ」
「……!…うるさいな…っ」
花城の声が少し震えて、俺はにわかにぎくりとした。え、まさか泣いてねーよな?
「どうせ…可愛くないもん…!」
「…え、何、な、泣いてんの?」
「泣いてない!!」
「……。…とりあえず…下駄脱いで」
買ってきた絆創膏を見せると、見上げた花城の目は少し赤かった。
「……。」
「貼るぞ?」
擦り剥けた場所に絆創膏を貼り、他に怪我がないことを確認して、俺は花城を見上げた。
「ほら、これでもう痛くないはず…」
「……っ」
見上げた花城の目が、うるうる涙をためていて、それが一粒、宝石が描けて零れ落ちたみたいにこぼれてきたから、俺は驚いて一瞬言葉を失った。
「ちょ、ど、どうしたんだよ」
「……。」
「泣くなよ…俺なんかした?」
「……。」
「おい…おいってば〜…」
勘弁してくれ…泣いてる女の慰め方なんて知らねーぞ俺は…
そもそもなんで花城が泣いたのかわからねえぇ…
「……。」
「花城?なぁ」
「……。」
「ご、ごめん…なさい」
「……。」
「なあ…おいってば…、ほんとごめん、よくわかんねーけど……」
「……。」
「……。」
「……。」
「…えっと…。」
「……ふ……ふふ」
「…おい。今度は何で笑ってんだよ」
涙をぬぐっていた花城が、急に口元を緩めて笑い出した。
「先輩が慌てててバカみたいだから」
「心配してる人間に向かってお前さぁ…」
「ふふふ」
「いい性格してるよホント」
俺はひとまず安堵して、花城の隣に座った。
「…皆のところに行かなくちゃ」
花城がそうつぶやいた声が、どこか残念そうに聞こえて。都合のいい、勝手な解釈かもしれないけど。
「…一本道だし、そのうち会えるだろ…ここにいれば」
俺はまだここに、花城と二人でいたくて、そう呟いた。
花城は小さく、独り言のようにつぶやいた。
「…そうですね」