011
人混みが流れていくのを眺めながら、俺は右肩が熱くなるのを感じていた。
花城と二人で花壇に座って、沈黙が流れている。だけど不思議と気まずくはなく、むしろこの時間が心地よくさえ感じられていた。そして、たぶん花城も同じだと…不思議と通じ合っているような気がしていた。
今頃、あいつら、俺と花城のこと探してるかな。ふたりで…故意にいなくなったとか思われてるかも。
速水は特に…。だったら、それはちょっと、気分がいいなー、なんて。
「あれっ、御幸…?」
「え。」
呼びなれた調子の声に反射的に身を固めた。直後、目の前の雑踏の中で立ち止まり、こちらを見ている二つの顔に気づいた。よく見慣れた…ノリと白州の顔に。
「……。」
「……あ…」
やべ、というような顔で、ノリが俺と花城の顔を見比べ、白州がノリを小突いた。何も言うな、とでもいうような調子で。
「いや、違うから!」
俺は花城に嫌がられると思って、慌てて立ち上がって否定した。
「いや、でも…デート中?だろ?」
「ごめん邪魔して…」
「違うって!皆とはぐれただけ!」
「わかったわかった…」
「ちょ、やめろってそういうのホント!」
「ほら彼女待ってるよ…戻りなよ」
「彼女とかじゃねーって!ホントに!ありえない!」
――バシッ、と背中に衝撃があって、俺はちょっとよろけて振り返った。
花城が俺をにらんでいて、すぐにその目は逸らされた。
「私先に行きます」
「え?…は!?おい待てよ」
「あーあ…」
「御幸謝ったほうがいいよ…彼女に」
「だから彼女じゃないんだって!」
「早く追いかけろよ」
白州に追い払われる仕草をされ、俺はもやもやしたまま花城を追いかけた。あーもう、やっぱり怒った…!
「花城!おいって!一人で行くなよ」
「……。」
「…コラ!待てって言ってるだろ」
「……。」
「また変な奴に絡まれたらどうするんだよ!」
怒った顔の花城が振り返って、だけど拗ねたようにうつむいたまま言った。
「そんなの大丈夫です」
「何が大丈夫だよ。さっきみたいなのもいるし女一人じゃ危ないだろ」
「…大丈夫です。可愛くないから」
「……はぁ?」
「どうせ私は可愛くないから危なくないです!」
じろじろ、道行く人が花城と俺を見ていく。…お人形さんみたいに愛くるしい美少女が、可愛くないと怒ってる…おそらく彼氏に。第三者から見たらどう考えても痴話げんかのようなこの状況。恥ずかしすぎるんですけど…
「…何拗ねてんの?可愛げがねーっつったから怒ってんの?」
「別に怒ってないです。事実ですから」
「怒ってんじゃん…」
「あーっ!光いた!」
カラコロカラコロ、軽い足音が近づいてきて、花城の後ろから鷹野が現れた。そのまた後ろに、倉持たちもぞろぞろと現れる。どうやら来た道を戻って、俺たちを探してくれていたらしい。
「急にいなくなるからびっくりしたよー!」
「ごめん、ぼーっとしてて」
「あっ!それとも御幸先輩とふたりっきりになりたかったとか〜?だったらゴメン!」
「いや、ありえないから」
「……。」
ありえない、というところを強調して言う花城に苦笑した。まーそうだろうけどさ…ちょっと傷つく。
それまで神妙な顔をしていた速水も、花城の言葉を聞いて安堵したように笑顔になって、なんか悔しい。
「あのね!あっちにお化け屋敷があったの!行ってみない!?」
「お化け屋敷?」
「お祭りの期間中やってるんだって!」
腕を組んで歩いていく華やかな浴衣の少女二人の後を、俺たち男はぞろぞろついて行った。お化け屋敷か…。
鷹野の案内で商店街を進んでいくと、確かに普段貸店舗になっていた場所におどろおどろしい飾りつけがされ、「恐怖の館」という看板が掲げられていた。
「すいませーん!えーっと…7人なんですけどいいですか?」
「7人?」
受付の白装束の女性が豆鉄砲を食らったような顔になり、千成のフランケンシュタインと話し合って笑顔を浮かべた。
「できれば2組に分かれてご入場お願いします。」
「あ、はーい!じゃ、どう分けます―?」
俺たちは顔を見合わせた。…花城と一緒がいい。そう思っていると、ちらりと速水と目が合った。
「適当でいいんじゃねーの?」
「ぐっぱしますか?」
どうでもよさそうに言う倉持に、グーを作って提案する東条。
「じゃーぐっぱしましょ!せーの…」
「「「ぐっとっぱ!」」」
一斉に出される握りこぶしと開かれた手のひら。握りこぶしは自分を入れて三つ。俺の他には速水と…
「…え、御幸先輩と一緒ですか?」
めちゃくちゃ嫌そうに顔をゆがめる花城。
「やだなぁ〜…」
「何それ。傷つくんですけど」
「御幸先輩以外と一緒がいい。」
「泣くぞ?」
「泣けば?」
「ほ…ほらほら喧嘩しないの!もー仲いいんだから」
「仲良くないってば」
め、めちゃくちゃ嫌われてる…。花城、さっきからなーんか機嫌悪いんだよな…。
「じゃ私たち先に行きますねー!光がんばって〜!」
「え、ちょっと司ぁ…!」
「いってきまーす!」
俺たちを残して、鷹野、東条、金丸、倉持がお化け屋敷に入っていった。少し待ってくださいね、と白装束のスタッフに入り口で止められ、俺たちは佇んだ。
「…花城さん、怖いの好き?」
場を持たせようとしたのか、仲良くなろうとしているのか、そのどちらともなのか、速水が花城に話しかけた。
「ふ、普通…です」
花城は俺に対する態度とは打って変わって、しおらしくはにかんだ。
「お化け屋敷とかよく行くの?」
「いえ、初めてです」
「あ、そーなんだ…じゃあ楽しみだね。」
ははは、とさわやかに笑う速水に、ふふ、と小さくほほ笑む花城。なんか面白くない。
「花城、俺と速水とで態度違くない?」
「…はい?」
「速水には優しいのに俺には冷たいよな〜?」
「日頃の行いじゃないですか?」
「俺なんか悪いことしましたか〜?」
「しました。」
「何だよ。」
「自分の胸に聞いてください。」
「は〜?」
「次の方、入っていいですよ〜。」
スタッフに促されて、俺たちは暗闇の中に足を踏み入れた。
「うわ、結構暗いな。花城さん大丈夫?」
「あ、はい…」
「速水、俺の心配は?」
「え?…あ、あはは。御幸も大丈夫?」
「いや、怖いから手つなごう速水。」
「…え?」
「御幸先輩ふざけないでください。」
「コワッ!速水〜花城がコワ〜イ」
「ばかじゃないの。」
「あはは…」
「つめて〜な〜。だから可愛げがないっつってんだよ」
「……。」
あ、まずい。
かえってきた沈黙にひやりと汗をかいた。また余計なことを言ってしまった…。なんで俺はいつも花城に軽口を言ってしまうんだ。
…なんて、後悔してももう遅い。
「そんなことないよ。」
暗闇の中、速水の優しげな声が響いた。
「俺は花城さん、すごい可愛いと…思う…」
そう言った後、速水は恥ずかしさをごまかすように笑った。
「す、進もうか」
「は、はい…」
「……。」
なんだかいい雰囲気になった二人の後をついていきながら、俺は悔しい気分になった。
何で俺は速水みたいに、素直に言えねーんだろ…ガキか、俺は。
自分がこんなにバカだとは思わなかった。
「うわっ!…びっくりした〜」
「ふふ」
「恥ずかし〜。あはは」
楽しそうに進んでいく二人を見て胸を痛めながら、自業自得だろと嘲る。そこでやっと、花城のさっきの言葉がよみがえった。
自分の胸に聞いてください…って。そうだよな。自業自得だ、本当に。からかってくる先輩にムカつかないわけがない。
「花城さん全然ヘーキだな!スゴイな〜、俺なんてすぐビビっちゃって、カッコ悪い…」
「そんなこと…ないですよ」
「あはは…」
「……。」
並んで歩く二人の、手の甲が一瞬触れて、二人は黙り込んだ。
どこかそわそわする速水の手が、一瞬迷うように揺れ、そして、この暗闇に紛れるように、さりげなく…花城の手に伸びた。
「…あ〜暗くてよく見えない!」
「!?」
俺はとっさにその間に割り込んで、速水の肩に腕を置いた。
「速水に掴まろ〜っと」
「御幸…」
苦笑する速水の顔を見て、気付いたかもな、と思った。でもすぐに、それでもいいや、と思った。
幼稚な方法だけど、花城と速水が親しくなっていくのを見るのは…嫌だ。
「あ…、もう出口だな」
速水が言った通り、通路を曲がると突き当りからわずかに外の光が漏れているのが見えた。
通路を進んでいき、最後の暗幕を捲り、眩しさに目を細めると、そこにはすでに外に出ていた倉持たちが待っていた。
「あっ、おかえり〜!どうだった?」
鷹野が花城に駆け寄り、花城も笑顔を浮かべる。
「面白かった。」
「えー!怖くなかった?」
「びっくりはしたけどそんなには…。」
「ええー!?光すごーい!」
「鷹野はギャーギャー叫んでたからな」
「あ〜倉持先輩何で言うんですか!?」
みんなで和気藹々と喋る中、ひとりだけそわそわしていた速水が、思い切ったように口を開いた。
「あ、あのさ…俺かき氷食いたくて」
みんなに言っているような口ぶりなのに、速水の目は花城を見ていた。
「花城さん、一緒に…買いに行かない?」
その誘いが、もはや捨て身の、羞恥心をかなぐり捨てた賭けだと、誰もがわかった。
「…あ〜私もお好み焼き食べたいな〜!光は速水先輩とかき氷買ってきなよ〜!」
「え、司…」
すぐに鷹野が協力を決めたらしく、白々しいほどわざとらしく声を上げた。
「あー…じゃ、俺もお好み焼き行くわ」
「あ…じゃあ、俺も…」
「……。」
空気を読んだ倉持、東条、金丸も鷹野の側についた。
いや、わかってる。ここは速水の邪魔をせずに協力しろって言うんだろ?流石の俺にもそのくらいの空気は読める。だけど……
「俺もかき氷食いたい」
はっきり言い放つと、倉持が呆れたような目で俺を見た。
「……あのな御幸」
「行こう速水!花城!」
「……。」
「あ、いや、いいよ俺は、御幸も一緒で…。」
人のいい速水がそう言ったから、俺を咎めようとした倉持も口をつぐんだ。
結局また二手に分かれ、俺たちはかき氷の屋台を探し始めた。
「花城さん、かき氷好き?」
速水は早速花城の隣に並ぶ。
「あ、はい…」
「ごめんね、強引に誘っちゃって。他の食べ物の方がよかったかな」
「いえ、かき氷で…」
「はは、ありがとう。…何味にする?」
「えっと…いちご…かな」
「花城さん、いちご好きなんだ?」
「…はい」
さっきもいちごの飴を買ったからだろう、速水が嬉しそうに気付いて言うと、花城は照れ臭そうに微笑んだ。
「可愛いな、なんか、女の子って感じ」
……もう見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、速水が捨て身のアピールを始めた。
恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く花城と、その様子をうずうず見つめる速水を見て、俺は胸が痛くなって、つい口を開いた。
「女の子〜?こいつが?」
大袈裟に花城を指差して言うと、花城がムッとして俺を見上げた。
「お化け屋敷で1ミリも怖がらねー鋼のメンタルのこいつが〜?」
「……。」
「鷹野の方がよっぽど女の子だろ。お化け屋敷できゃーきゃー言う女の子のほうが可愛げあるに決まってんだろ〜」
「……。」
「なっ花城?」
俺を睨む花城を揶揄うように見ると、花城はぷいっとそっぽを向いた。
「うるさいな。」
「お、出た出た、いつもの…」
「…大っ嫌い」
少し震える声で、花城が呟いて、足を速めて俺たちを起き抜いていった。
いつもみたいに、バカじゃないのとか言って、乗ってくると思っていた俺は拍子抜けで、同時に一瞬で血の気が引いた。何してんだろ俺……ホントバカだろ……
「御幸…俺、行くな。」
速水は俺にそう断って、花城の後を追いかけていった。
あ〜〜〜〜〜……俺……ダッセェ……
速水が花城に追いついて、2人が並んで歩き始める背中を見て、俺は情けなくも泣きそうになった。
好きな女の子に可愛いと優しく言うことすら照れ臭くてできないガキなのかよ、俺は……。
2人が先にかき氷の屋台につき、花城はいちごの、速水がレモンのかき氷を注文した。遅れて追いついた俺はブルーハワイを注文し、2人が花壇に並んで座ってかき氷を食べながら話すのを、俺は速水の隣に座っておとなしくしながら聞いていた。
「それでさ、気づいたら俺だけ取り残されててさ」
「あはは」
「誰も教えてくれなかったんだぜー。酷いよね?」
「ふふふ」
花城は、俺と話す時なんか比べ物にならないくらい、可愛い笑顔で笑っていて……
ああ、もう、この場にいるのが辛い。
「……あ、食べ終わった?俺ゴミ捨ててくるよ」
花城のかき氷の紙カップがカラになったのを見た速水が立ち上がって言った。
「え、いえ、私も…」
「いいからいいから。ちょっとゴミ箱探してくる。」
速水はそう言って花城の手からカップを取り、俺を振り返った。
「あ、御幸もカラ?一緒に捨ててくるよ」
「え……」
そうなると、ここには俺と花城が2人きり……になってしまうんだけど。
「ほら。」
「あ……あぁ、悪い……」
速水は爽やかに微笑み、颯爽と人混みの中に消えていった。
「……。」
「……。」
微妙な距離を空けて座っている俺と花城の間に、気まずい沈黙が流れた。さっきの沈黙は、全然気まずくないどころか、心地よくさえあったのに……。
でも……謝るなら今しかない……よな。
「…はなし……」
−−パシャ!
その場にシャッター音が響き、俺も花城も反射的に顔を上げた。
「撮れた?」
「撮れた撮れた!…あーちょっとブレてる」
「もう一回…」
「いや、もうこっち気づいたって……」
ヒソヒソ話しながら花城を見ている男子高校生のグループ。どうやら可愛い子を見かけて、勝手に写真を撮ったらしい。花城も写真を撮られたことに気づいて、膝の上に置いていた手にぎゅっと力が入った。
「……おい!」
俺は気づいたら立ち上がって、そいつらに近づいていった。
「今撮ったの消せよ」
「……え?」
「……何も撮ってないですよ」
「嘘つくな。こっちにカメラ向けてただろ」
「…あー、いや、あなたのことは撮ってないですよ」
「はぁ?」
「あそこの子……可愛いから撮っただけで」
俺と花城が離れて座っていたから知り合いだと思わなかったらしく、男子高校生は声を潜めてそう言った。
「…だから消せっつってんだよ!」
「えっ」
「…し、知り合い…ですか?」
花城は不安の滲む顔で俺を見ている。
「彼女だよ。」
俺がそう言った途端、男子高校生たちは青ざめた。
「人の彼女勝手に撮ってんじゃねぇよ。」
男子高校生たちは慌ててスマホの画面を操作し、削除した画面を見せてきた。
「け、消しました」
「すいません…でした」
そうしてそそくさと彼らが去っていき、俺は踵を返して花城のそばへ戻った。
「…消させたから」
「……。」
彼女じゃないし。
勝手なこと言わないでください。
……なんていう軽口さえ、返ってこない。
「ごめん……」
だけど俺がその言葉を絞り出すと、花城はキョトンとした目で俺を見上げた。その顔は、もう怒ってはいなかった。
「また勝手に彼女って言って」
「……。」
花城は頷くように俯いた。
「あと……くだらねーガキみたいなことしか言えなくてごめん」
「……?」
不思議そうにまた俺を見上げた花城の目に見つめられながら、俺は花城の隣に座った。
「ホントは…すごい…その……」
「……。」
「……か かわいい……と思った……けど」
「……。」
「俺ホント……ガキだった」
「……。」
「…………。」
「……。」
「……なんか言ってくれって」
小っ恥ずかしくなって、バカじゃないの、といつものように言って欲しくて花城を見ると、花城は……顔を赤くして俯いていた。
「……。」
だから俺も急にまた恥ずかしくなって、言葉が出てこなくなってしまった。
「……司」
「え?」
ぽつり、と花城が話し始めた。
「司……のことは、可愛いって言うのに?」
「…そ、それはさぁ…、アレじゃん…あいつはなんか…違うじゃん」
「何がですか?」
「鷹野はノリ的に言いやすいっつーか、なんて言えばいーのかな…えーと…そう!なんとも思ってないからこそ言え…」
「……。」
「る……。」
……。……俺はバカか!?これじゃ花城のことが好きって言ってんのと変わらねーじゃねーか!
「ま、まあ別にお前のこともなんとも思ってねーけど!はっはっは」
「……。」
「は……。」
……だからなんで俺は余計なことを言ってしまうんだよ……!!
「……そうですか。」
「…いや…」
「……。」
「…うん…」
「……。」
「……。」
再び沈黙が流れて、少しして速水が戻ってきた。
「ごめん!ゴミ箱が結構遠くてさー。」
頭をかいて爽やかに笑う速水に、花城は微笑んだ。
「速水先輩。」
「え?」
花城に名前を呼ばれた速水は、それだけで嬉しそうに口元を緩めた。
「やっぱり速水先輩って、優しいしカッコいいし大人ですよね。
「…え?えっと…な、なんの話?」
「誰かさんと違って。」
「……。」
苦笑して黙り込む俺を見て、速水はなんとなく花城の言葉の意味を察したらしく、爽やかに笑った。