009



「おはようございますお嬢様。」
「は?」

朝、廊下で花城を見かけてからかうと、花城は眉をひそめて俺を睨んだ。

「こわっ!もうちょっと見た目通り愛想よくしろよ!」
「え〜御幸先輩に?」
「どういう意味だコラ(笑)」

スタスタスタ、花城はさっさと廊下を歩いていく。

「どこ行くんスかお嬢様?」
「お嬢様っていうのやめてください。」
「だってお嬢様じゃん。あんなイカツい車乗ってさ〜」
「関係ないし。」

今日も相変わらずツンツンツン。取り付く島もない。

「もーついてこないで!」

ぐい、と俺を押し返して、花城はぱたぱた階段を下りて行った。

「はっはっは」
「…何ニヤニヤしてんだよ気持ちわりぃ」

ずっと隣で静かにしていた倉持が俺を睨んだ。

「いや〜なんか花城ってからかうと面白くて」
「うわ花城さんかわいそう」
「え?なんで?」
「いやどう見てもお前嫌われてんじゃん」
「はっはっはっは!」

確かに花城は俺につれない態度をとるけど、不思議と本気で嫌われているとは思わなかった。だから笑い飛ばした俺を、倉持は引き気味ににらんだ。

「しつこく絡むのやめろよ。」
「え〜だってアイツ面白いんだモン」
「うわ最低だなお前」



***



「御幸って花城さんのこと好きなの?」

夜、不意に隣に座った亮さんが何食わぬ顔で…いや、ちょっとおもしろがっている顔で尋ねてきた。

「はっはっはっは。何すかそれ」
「いやよく絡んでるからさぁ」
「アイツからかうと面白いんスよ(笑)」
「ふーん?」

ニヤニヤ、亮さんは俺の顔を凝視してくる。…ここで動揺したら負けだ。落ち着け俺。

「でも光ちゃんってかわいいよね。」

飄々と言ってのけた亮さんに、俺も笑顔を返した。
変に否定すると逆に怪しいし、ここはあっさり同意して笑って流して…

「あぁ、まぁ可愛いッスね〜」
「……。」
「……。」
「……ぶふっ」

ダメだ…!!
だんだん顔が熱くなってきて、亮さんが噴出した瞬間、俺は耐え切れず机に突っ伏した。

「顔真っ赤wwwww」
「無理すんな御幸www」
「ああ〜〜〜もお〜〜〜〜やめてくださいよ!!」
「ヒャハハハハハハ!!wwwww」

この人たち、俺が花城に気があることわかってて…わかってて…!!クソ!!

「あの子は競争率高ぇぞ〜〜」
「……。」
「そもそも御幸は嫌われてるんスよ!今日も絡んでって無視されてて」
「倉持やめて!!」



***



「あはは!花城さん面白いな」
「ふふふ」

廊下で速水と花城が楽しそうに喋っていた。倉持がにや〜〜っとして、しつこく俺の顔を覗き込んできた。

「もうすぐ夏休みだけど、花城さんどっか行く予定ある?」
「全然ないです。」
「俺も俺も!毎日部活だしなー。」
「忙しいんですね。」
「まー、うん…。忙しい…けど…一応休みもあって…」
「? そうなんですか。」
「…あっ、そういえばさ、七夕の日に駅前の商店街でお祭りあるの知ってる?」
「あ、毎年やってますよね。」
「そ、そうそう。そうなんだけど…」
「……?」
「……もし、よかったら…なんだけど…」

「…花城!」

自分で呼んだくせに、くるっ、とこっちを振り返った花城の目が俺をとらえると、ドキッと心臓が跳ねた。

「……何?」

いぶかしげに俺を見る花城と、もの言いたげに俺を見る速水。

「…背中に虫ついてる。」
「えっ!うそ!やだ!」
「嘘。」
「……。」

花城はゆっくりと俺を見上げて睨んだ。

「も〜〜…御幸先輩ほんと嫌!」
「はっはっは…」

いや…今のは苦しすぎる。咄嗟につい…。
速水と倉持の視線が痛い。今…速水の邪魔したの、バレバレだよなぁ…。

「…っていうか…」

速水がにわかにはにかんで口を開いた。

「本当だったとしても、俺とってあげるよ。」
「……。」
「む 虫くらい…。なぁ?」

言った後で恥ずかしくなったのか、速水は顔を赤くして俺たちに同意を求めた。

「御幸先輩は無理ですよね。虫怖いんですもんね。」
「……。」

そして花城が、冷めた目で俺を睨んでとどめを刺した。

「え、そうなの?御幸」
「あ〜、そういやお前虫ダメだよな。この前寮でGが出た時も…」
「……。」
「へー。意外だな」
「こいつ変なとこ繊細なんだよ。寝るときとか絶対アイマスクつけるし、枕変わると寝れねぇし」
「……。」
「へー!御幸ってそうなんだ」
「あと飯にも変なこだわりあって、トンカツの衣剥がしたり…」
「倉持〜〜〜!もういいじゃんそういうのは〜〜〜!!」
「うぜぇ」

頼む。頼むから、花城の前でくらいはカッコつけさせてくれ。
…ってからかってる時点でそりゃ無理か…。

花城を誘いそこなった速水はそわそわとタイミングを伺っている。しかしその時、ぱたぱた走ってくる足音が近づいてきた。

「光〜!いたいた!」

花城に駆け寄ってきたのは鷹野で、俺たちを見渡して、すみませ〜んと言いながら花城にくっついた。

「ねー今ユキたちと話してたんだけど、みんなで七夕まつり行かない!?」
「七夕まつり?」

あっ、と速水の顔が焦った。

「いいよ。」
「やった〜!じゃあ決まりね!」

しかしあっさりと、花城はうなずいた。速水は苦笑を口元に浮かべて天井を仰ぎ、両手をポケットにしまうフリをして、こっそり溜息交じりの深呼吸をした。俺はというと、よかった〜…、という言葉が頭の中に響き渡って、つい口元が緩んで、身が軽くなった。

「……。」

倉持がニヤニヤじろじろ俺を見てきたから、俺はとっさに口を引き結んでそっぽを向いた。うぜぇ…

「じゃあユキと〜ナツミと〜私と光と…他に誰か誘う?」
「……。」

速水がソワソワしてる…。でもさすがに後輩女子のグループに加われるほど積極的にはなれないらしい。

「んー、誰でも…任せるよ」
「あっ男子誘ってみる!?東条君とか!」
「!?」

俺はぎょっとして息をのんだ。と…東条!?東条ってあの!?1年の…松方シニアの元エース!?あいつ花城と仲いいのか…?

「東条君…?迷惑じゃない?」
「え〜そんなことないでしょ〜!だって光がいるんだよ!?」
「何それ?っていうか、女子に誘われても困るんじゃない?」

「……。」
「……。」
「……。」

俺たち男は皆黙っていたが、なんとなく東条と花城の関係が理解できた。おそらく東条は花城に気がある…で、鷹野はそれに気づいている…。でも花城は気づいてない。多分誘われたら有頂天だろ、東条。

「じゃあ私が誘ってみてもいい?」
「…司が誘いたいなら…いいんじゃない?」
「…なあ、東条って東条秀明?」

つい口を挟むと、花城たちが俺を見上げた。

「あ、そうですよ。」

鷹野が頷いた。

「あ〜アイツか!野球部の!」
「あ!そっか御幸先輩と同じ部活ですよね!」
「そーそーアイツな〜。アイツが行くなら俺らもついてっちゃおっかな〜。ね?倉持クン♡」
「…ハァ?」
「ね!倉持クン!!」

話しを合わせろ、と凄んで倉持の肩を抱き寄せると、チッ、と舌打ちをぶつけられた。

「俺を巻き込むな。行きてーなら行きてーって言えよ」
「御幸先輩、一緒に行きたいんですかぁ!?」
「え、いや…行きたいっつーか…暇だしさぁ…」
「素直になれよ、花城さんがいるから行きてーんだろ?」
「ちょっ…バッ…違うって!」
「…御幸行くなら、俺も行きたいなー…なんて…」

ははは、とさわやかにはにかんで言う速水に、俺は息が止まった。そ、そうきたか…。

「いいですよ〜!先輩たちも一緒に行きましょ!!」
「マジ?いいの?」
「大歓迎ですー!ねー光!」
「え…。……。」

花城は複雑な顔を少し赤らめて、相槌のようにうなずいた。ど、どう思ってんだ…これは…。

「じゃー土曜日の夕方4時、商店街の前で集合でいいですかぁ?」
「わかった。」

速水が頷いて、土曜日の予定が決定してしまった。土曜は午前練習試合で…午後はオフだから大丈夫…か。
…速水のことは気になるけど、花城と七夕まつり…。正直胸が躍る。

「……。」

ちらりと花城を見ると。ん?と睨まれたけど。

「睨むなよ。」
「睨んでません。」
「も〜仲いいなあ光たち」
「仲良くない!!」
「はっはっはっは」

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