014
「ヒャハハ。悪く思うなよ御幸」
寮の前で御幸にそう耳打ちすると、御幸は心ここに在らずといった様子で目を瞬き、ああ、とつぶやいた。完全に放心してやがる。まあ、俺も花城さんが俺を選ぶとは想定外だったし…。
「じゃあ行くか。どっちだ?」
「あっちでーす」
御幸たちと別れ、俺は鷹野の案内で女子2人と並んで歩く。こんなふうに女の子と歩くなんて人生初めてのことで緊張する。周りにまばらにいる青道野球部の奴らの注目を浴びて、悪い気はしない。それどころか、花城さんと連れ立って歩いている。こんなに優越感のあることはない。
「結構暗くなってきましたねえ」
「ああ、まあ安心しろよ、俺がついてるからよ」
「確かに倉持先輩を見たら大抵の不審者は逃げていきそうですね〜」
「オイコラどういう意味だ鷹野」
「ふふふ」
柔らかく笑う花城さんの笑顔を見て、目つきが悪いのも悪くないなんて思ってしまう。可愛すぎるぜ…。
10分ほど歩いて、鷹野は少し駆け足になり、少し先の家の前で立ち止まった。
「私の家ここでーす」
子綺麗で一般的な庭付き二階建ての家。鷹野らしい、明るい生活感のある雰囲気の家だ。
「おー、お疲れ」
「ありがとうございましたあ」
そういってお辞儀をする鷹野のとなりで、花城さんが俺を見上げた。
「あ、私ももう近くなのでここで…」
え。いや待てよ、そんな…。
「えーっ!ダメだよ!危ないからちゃんと家の前まで送ってもらいな!光は可愛いんだから!!」
「いや悪いし…」
「倉持先輩!ちゃんと光のこと送ってってくださいね!光がちゃんとドア閉めるまで見ててあげてくださいね!!」
「お、おう」
そりゃもう、言われなくても喜んでするんだけど…。花城さんは申し訳なさそうに俺を見上げる。
「俺は全然平気だから、ちゃんと…」
送ってくよ、と言いかけた時。
鷹野の家のドアが開いた。
「司帰ったのか?もしアレなら光ちゃん送ってく…」
けど…と言いかけて、ドアの隙間から顔を出した長身の男が俺を見て固まった。
「あ。兄貴でーす」
鷹野がいつもの調子で言い、兄貴を振り返る。
「お呼びじゃないから中入ってていいよ。」
「……。」
兄貴は呆然と立ち尽くした。俺すげー見られてる…。
「じゃ、倉持先輩お願いしますね!」
「お、おう。じゃ…行くか」
「す、すみません」
鷹野に手を振られながら、俺は花城さんと2人で歩き出した。もしかしなくても、鷹野の兄貴も花城さんに気があるっぽいな…。
ほんと、役得だぜ…。
「あの…本当にすみません。送ってもらっちゃって…」
少し歩いて、花城さんが口を開いた。俺に話しかけてくれたの…何気に初めてじゃね?
「いやいや、全然!夜道は危ないっすから。花城さん、キレーだし…」
「え…。」
思い切ってカッコつけたことを言うと、花城さんは少し照れたようにはにかんだ。か、可愛すぎる。
「にしても…結構暗くなりましたね。親とか、心配してないっすか?」
「あ…親は今日いないので…」
「え?あ、そうなんすね…」
いちいちドキッとすんな俺…!
「お…お仕事っすか?それとも夫婦で旅行とか?なーんて…」
「父は仕事でいつもいないんです。母は…昔亡くなって」
「え…」
少し寂しそうに微笑む花城さん。
お…俺の馬鹿!余計なことを…!
「あ、ごめんなさい。こんな話して」
「い、いや俺が聞いたんだし…!それに俺も…父親いないんすよ」
「え…そうなんですか」
はい、と俺が頷くと、花城さんはじっと俺の顔を見つめ、こころなしか、今までで一番心を開いたような笑顔を浮かべた。
「そうなんですね…。」
こ、これは。もしかして花城さん、俺に親近感を感じてくれてる!?こ、こんな美女が!!
「ま、まあ、たいしたことじゃないっすけどね」
「…はい。」
花城さんは頷いて、また笑顔を向けてくれる。なんか、いい感じじゃねーか…!?
「じゃああの…戸締りとか気をつけてくださいね」
「…はい。」
有頂天でしどろもどろになる俺にまた頷いて、花城さんは小さく吹き出した。
「な…なんすか?」
「だって…なんでさっきから、敬語なんですか?私後輩なのに」
「あ…」
た…確かに。花城さんてなんか、年下って感じあんましないんだよな…。大人しくて大人っぽいし、すげー美人だし…。
「な、なんでだろ…。」
「あはは。」
やばい。俺、幸せすぎて今日死ぬかも。
「あ…あそこです。私の家」
花城さんが前方を指差す。そこには大きな塀に囲まれた立派な家があった。
「で…でかい家っすね…」
「そうですか?」
花城さんは少し足を速め、家の前に行って門扉に手をかけた。
「送ってくれてありがとうございました。」
俺を振り返ってそう言い、一瞬考えて頷いた俺に微笑み、花城さんは門扉を開く。
「あ…あのさ!」
その背中を、俺は思い切って、呼び止めた。
***
「あっ!帰ってきたぞ!!」
寮に帰ると大騒ぎする部員たちが俺を一気に取り囲んだ。まあ、花城さんたちと一緒に歩いてるところを何人かの部員には見られていたし…と考えながら視線を巡らせると、少し離れたところで御幸と東条、金丸が見ていた。あいつら言いやがったな。別にいいけど。
「花城さんを家まで送ってったってマジかよ!?」
「あ?ああ、まあな…」
「…なんか倉持浮かれてない?」
俺を見ていた亮さんがポツリと言って、俺は耐えきれずに顔がニヤけた。
「本当だ、ニヤついてる」
「なんかフワフワしてんな」
「見てると腹立つね」
「……んっふふふ」
やばい、もう耐えられない。
「実は…花城さんのメアド、ゲットしたぜー!」
「…えええええ!?」
そうなのだ。帰り際、勇気を出してメアドを聞いたら、花城さんはあの可愛すぎるはにかんだ笑顔で頷いてくれたのだ。
騒がれそうだから秘密にしようと思ってたけど、こんな幸せ隠し切れるわけがない。
「なんで!?どーやって!?」
「送ってった帰りに普通に聞いたけど?」
「マジかよ本物!?」
「本人に聞いたんだから本物に決まってんだろ」
部員たちに揶揄われながら、俺の視界の端に御幸が映った。呆然と、言葉を失っている御幸が。
悪いけど、お前に協力した覚えはない。速水のことだってどうでもいい。
俺は俺でやらせてもらうぜ。
久々にいい気分だ。