017
終業式が終わり、今日は午前放課。
午後の練習まで少し余裕があるため、今日は倉持とのんびりと寮へ向かう。
夏休みに入ると、学校で花城と会う機会がない。それがちょっと…いや、かなり憂鬱だが、どうせ練習に明け暮れるんだ。新キャプテンになったことだし、課題は山積み。恋愛なんて考える間もなく夏休みは終わるはず…
「…あ」
非常階段を下りてきた速水が、俺を見つけて立ち止まった。そのすぐ後ろから花城が続いて降りてきたものだから、俺は一瞬息が止まった思いがした。
速水と花城は意味ありげに目配せし、気まずそうに微笑みあう。な…なんだ、その思わせぶりな感じ…。
「…あ、ありがとね」
「はい」
「じゃあまた」
「…はい」
速水がこそっと花城に囁いて微笑み、頷く花城を愛おしげに見つめ、気を取り直したように俺たちを見た。
「じゃあな、御幸、倉持。」
「お、おう…」
明るく挨拶をして、速水は颯爽と帰ってしまった。
残った花城は少し気まずそうに俺を見上げ、そそくさと踵を返す。
「…じゃ、失礼します」
「ちょっと待て」
つい呼び止めると、振り向いて俺をにらむ花城のつぶらな瞳。
「何話してたの?」
速水と花城が下りてきた方向は、立ち入り禁止になっている屋上入り口がある、ただの行き止まりの踊り場になっている。そんなところに男女二人で行くなんて…秘密の話をしていたに違いなかった。たとえば…告白、とか。
「御幸先輩に関係ないでしょ。」
案の定、花城はそっけなくそう言ってまた踵を返し、早歩きで行ってしまった。
残された俺と倉持は顔を見合わせ、なんとなく肩を落として昇降口へ向かう階段を降り始めた。
「…告白してたんじゃねえ?」
ぽつりと、倉持が言う。隣に顔を向けて倉持の顔を見ると、複雑そうな変な笑みを浮かべていた。
「さあな」
「だって今日から夏休みだぜ?しばらく会えなくなるし…」
「ここで言ったってわかんねーだろ」
「そーだけど!…なんか変な雰囲気だったし。ありがとうとか言ってたし…ま、まさかオッケーしたんかな?」
「知らねーよ」
「でも振ったならあんな仲良く揃って降りてきて、じゃあまたとか言わねーよな!?」
「知らねーって」
考えたって、わからないものはわからない。どれだけ確信に近くたって、想像でしかないのだから。考えたって仕方のないことだと片付けて、余計なことは考えないようにしているのに、倉持のせいでだんだん頭の中が散らかっていく。
速水の花城を見つめる視線が脳裏にこびりついている。
あんな目で見るなよ…俺の花城を。
「…お前なんか機嫌悪くね?」
「うるせーよ」
***
夏休み5日目。
半日ではあるものの貴重なオフということで、今日は2年のメンバーで駅のほうへ遊びに来ていた。
「あちい…」
しかし毎日一緒に生活している上男ばかりのメンツ。盛り上がるわけもなく、ただうだうだと駅の周りを徘徊しているのだった。
「駅ビル入らねぇ?」
「最初にタワレコ行っていい?」
「それどこ?」
「すぐそこだよ…」
麻生とノリのやりとりを聞きながら最後尾をなんとなくついていく。
「あっ、野良猫ギャングあんじゃん」
不意に倉持が道端に置かれたガチャポンに食いついた。
「倉持それ好きだっけ?」
「いや流行ってるじゃん」
「ほしいの?」
「別に…」
「あっ!ねえ見て、あの人イケメン」
「声かける?」
不意に近くで聞こえた女の子の声に、倉持たちはわかりやすく反応する。
「まじでー?行くー?」
「え〜っ、ユミ行きなよぉ」
「やばい、ほんとカッコよくない?」
「筋肉すごいし〜…」
「……。」
「……。」
「……。」
「おい、まだ?暑いんだけど」
期待する気持ちはわかるがここにいても溶けそうなほど暑くて、ガチャポンの前に座り込む倉持を急かすと、ギロリと鋭く睨まれた。
「…いいから待てって!」
「何急にずっと座り込んで…漏らしそうなの?」
「ぶっ殺されてえかテメエ」
「あの〜、すみませ〜ん」
そうこうしているうちに近くで騒いでいた女の子たちが声をかけてきた。少し派手で大学生くらいに見える2人組の女の子は、俺たちの顔を順番に窺って、最後に俺をまっすぐに見つめて狙いを定めたように近づいてきた。
「高校生ですか〜?」
「これからどこ行くんですか〜?」
「……。」
「……。」
「……。」
ギロリ、と背後から倉持や麻生の殺気を感じた。
「あ〜いやもう帰るトコっす」
しかし俺はこういう女は苦手だ。できるだけ愛想のない態度を貫き、一緒に遊びに行こうと誘うこの女たちをあしらって、彼女たちがあきらめて立ち去ると、やれやれとため息をついて倉持たちを振り返る。
「…なんだよ」
案の定恨みがましい顔で俺を睨んでいる倉持達。
「テメーはもう帰れ」
「そうだもう帰るとこなんだろ?帰れや」
「何なんだよ…」
ひととおりいじられてようやくノリの目的地である店に向かおうと気を取り直したとき。
道の向こうから歩いてくる人物を見て、俺は目を疑った。
「どうした御幸…、」
異変を感じて俺の視線の先を見た倉持も固まった。
向こうから歩いてくる、初々しい爽やかな美男美女カップル…に見える、速水と花城。
涼しげなノースリーブのワンピースを着た花城は、まるで天使のようなかわいさで。
ほんの少し距離を開けて並んで歩く姿はまだ付き合いたての距離感そのもので、恥ずかしそうに少しうつむきがちに歩く花城を、しきりに速水が見つめて嬉しそうにはにかんでいる。
信じたくない気持ちと確かめたい気持ちがせめぎあって目を離せずにいると、近づいてくる彼らは見れば見るほど本人にしか見えなくて、そのうち花城がこっちに視線を向け、俺に気が付いた様子で一瞬固まった。
そんな花城にどうしたのかと振り返り、前を見た速水と…目が合った。
「あ…。」
照れくささの混じった気まずい笑顔を浮かべる速水。その後ろで観念したように口を引き結んで俺を睨むように見上げる花城。
「……。」
「……。」
「……。」
麻生やノリ、白州が固唾をのんでやじうまする中、俺と倉持、速水と花城は向き合って立った。
「おー…、びっくりした」
まんざらでもない様子で恥ずかしそうに笑う速水。びっくりはこっちのセリフだっつうの…。
「え、なに、デート?」
この状況で俺は強がってふたりをからかうことしかできなかった。が、その言葉を口にした瞬間、ものすごく気分が悪くなった。デート、だなんて、冗談でも言いたくなかった。
「いやぁ…」
速水が顔を赤くして花城を見て、花城が速水を見上げ、否定の言葉を濁し、一瞬安心しかけた直後。
「…そう、いう、こと…なのかな」
続いた言葉が耳から脳に到達し、俺はとんでもないダメージを受けた。
「まあ、俺が誘っただけなんだけど」
そしてそんな俺に対して速水はすぐに爽やかにスマートにそう言って、恥ずかしそうにする花城のフォローまで完璧にやり遂げた。
「あ…。じゃあな。」
何かこの後予定でもあるのだろうか、速水は腕時計をちょっと確認すると、先を急ぐように足を踏み出した。そのときにちょっと花城を振り向き、花城も速水を見上げてうなずいて、俺をちらっと見て、再び視線を速水に戻す。
「…おう」
行こ、と呼びかける速水にうなずき、俺たちに小さく会釈をして後に続く花城を見送りながら、俺はそうつぶやくことしかできずに立ち尽くした。
二人は並んで駅の大きなビルのほうへ向かって歩いていった。
「…えええぇ、マジで…?」
倉持が気力を失ったようにそこに座り込んで頭を抱えた。
「え…速水と花城さんって付き合ってんの?」
麻生がにわかに動揺して二人が去ったほうを見て俺に聞く。
「知らねえよ」
反射的に口にした言葉は、自分でも驚くほど苛立ちが混じっていた。
その色を感じ取ったのか、麻生やノリたちが一瞬息をのみ、顔を見合わせた。
「あ〜もう、サイアクだ…」
嘆く倉持の声を聴きながら、見上げた空は気持ち悪いほどの快晴で、俺の沈む気持ちと裏腹なその景色を、むかつくほど皮肉に感じた。
***
数日が経っても、頭の中は散らかったままだった。
モヤモヤする。
まさか本当に、花城と速水が…。
『速水と付き合ってんの?』
打ち込んだ文字を連打で消去する。こんなことをメールで聞くなんてダサい。ダサすぎる。
「おい!御幸!!」
部屋に駆け込んできた倉持の声で、俺はとっさに携帯を閉じて机の上に伏せた。
「何だよ騒々しいな」
「花城さん!速水と付き合ってないらしい!」
「は?」
倉持は興奮気味に携帯の画面を見せてきた。
『付き合ってないです』
画面にはそう簡潔な言葉が表示されていた。
「速水と付き合ってるのかメールで聞いてみたんだよ!そしたらこの返事が来て…」
…それでも、デートしてたことには変わりないけど…。
少し安心はしたものの、まだ完全には晴れない気持ちで、俺はやっと少し冷静になった。
「まーとりあえずよかったね倉持」
「あ!?テメーも気にしてたくせによ」