018
夏休み最終日。
今日は薬師との練習試合がある。俺はいつもよりも気合を入れ、顔を洗って鏡の中の自分の顔を見つめた。
明日になれば学校が始まる。
…花城に会える。
「何自分の顔見てにやけてんだよ、キメェな」
後ろを通った倉持が鏡越しに睨んでいった。
「ニヤけてないですう〜」
「ついてくんな。キモイ」
「仲いいねー相変わらず…」
そばでやり取りを見ていた他の部員に笑われながら、倉持と連れ立って食堂へ向かう。
朝食を詰め込んで、ユニフォームに着替え、グラウンドに向かう途中。
ちょうど薬師のバスが到着し、選手たちがぞろぞろと降りてきた。
「よお、久しぶり!」
活気に満ちた笑顔を浮かべ、真田がフレンドリーに声をかけてくる。
「おう」
「お前主将だって?」
「ああ、まあな」
「やるねえ〜天才イケ捕君」
「その呼び方ヤメロ」
やいやい言いながらグラウンドへ向かう途中にある校門前にさしかかった時。
歩いてくる花城の姿を見つけて俺は息を呑んだ。
「えっ、なんでいんの!?」
思わず駆け寄りそうになって、倉持と真田の視線を感じ、思い止まる。
「…いたら悪い?」
むっと俺を睨む絶世の美少女。こんなに可愛けりゃ、惹かれるのは俺だけではないのは当たり前なわけで…
「こんちは、花城さん!」
「倉持先輩こんにちは。」
浮かれた様子で挨拶をする倉持には、やっぱり愛想よく挨拶を返す花城。面白くない。
「えっ、オイ、もしかしてお前の彼女!?」
すると突然真田が興奮気味に声を上げて、その目に真っ直ぐ見定められた俺は慌てた。
「ちげぇよ、やめろよ」
本当にやめてくれよ、こういうこと言われると花城、本気でキレるんだから…。
肩をすくめて恐る恐る花城の表情を窺うと…案の定、冷たい目で俺を睨んでいた。
「へええぇ〜〜〜っ…」
だが真田は俺のことなんか意にも介さず、じっと花城に釘付けになった。
「すっげえ美人…っすね」
そして花城に少し歩み寄り、じわりとにじむ紅潮した顔で呟く。流石の花城も少し顔を赤くして、え、と真田を見上げた。
「…何言ってんの?お前」
面白くなくて真田をからかうと、真田は大真面目な顔をして俺を見た。
「え?いやめちゃくちゃ可愛いから」
「は…はあ?すげえなお前…」
「え!?めっちゃくちゃ美人だろ!え?お前らそう思わねえの?」
な、なんてド直球。花城も顔を赤くしているし…俺はたじろいで、まともな反応を返せずに慌てた。
「いやいや…はっはっは…」
お…俺のアホ!!可愛い、という一言すら、素直に言えないなんて…!
「ええ!?ゼータクだな〜お前…こんな美女うちの学校にはいねーぞ!」
真田はそう言って、花城に近づいて行った。
「えっと…花城さん?」
「え…?」
「あ!俺は真田俊平っていいます!薬師高校の2年っす!」
「あ、はい…」
「変なこと聞くけど…恋人とかいるんですか?」
「え、あの…」
困ったようにたじろいで、花城が目をさ迷わせる。
「…おーい、ウチの生徒ナンパすんのやめてくれる?」
「え!いやそんなつもりじゃ…」
俺がやっとの思いで揶揄うように横槍を入れても、真田は花城に見惚れて微笑んだ。
「本気で知り合いたいし…」
ま、マジかよこいつ…厄介な奴に花城が見つかった。本当、モテすぎなんだよ花城は…。
「連絡先教えてくれません?」
「え、えぇ…?」
困惑した花城が俺を見る。なんで俺を見るんだ。
その視線を追って、真田も俺を振り返って、そのまま俺の手元を見た。
「えーとなんか書くもん…あ、ペン貸してくんない?」
そう手を差し出す真田の視線の先にある俺の手には、偶然にもボールペン。
「持ってない。」
しかし俺は堂々とそう言ってのけた。
「……。」
真田は苦笑いをして、そうかよ、と自分のポケットを探り、周りを見渡し、あっと声を上げる。
「おーい、お前ペンとか持ってない?」
「え?あ〜、あるけど…」
あとからやってきて通りかかった薬師の選手の一人がうなずいて、ふと視線を巡らせて状況をいぶかしげに見て、それから花城を見つけてにわかに赤面しつつ、ペンを持って近づいてきた。
「ほら…ペン」
「サンキュー。あ、これ水性?消えねーかなあ…ま、いいや。花城さん!メアド書いてください!ここに!」
そういって真田は腕をまくり、花城に向かって掲げた。
「え?ほ、ほんとに?」
「はい!お願いします!」
強引な真田からペンを受け取って、花城は戸惑いつつも、真田の腕に触れた。
その光景だけで俺は胸の奥がモヤモヤして、つい眉根を寄せた。
花城が身をかがめ、真田の腕にペンを走らせる。
「…手の先までキレーっすね…」
ははは、と照れ笑いをしながら軟派なことを言う真田に、花城ははにかむ顔を抑えるように唇を結んで、その表情がまた可愛くて、ものすごく悔しい気持ちになる。
「…はい。」
花城がつぶやいて、真田の腕から離れた。アドレスを書き終えたらしい。真田は満足そうに、そして嬉しそうに顔をほころばせて腕を眺め、花城にデレデレ笑いかけた。
「ありがとうございます!これでもっと試合頑張れます!」
「試合?」
「今から練習試合なんすよ」
こいつらと、と、真田が俺と倉持を振り返って、俺は間抜けにも呆けていた顔をとっさに引き締めた。
へえ、とうなずく花城。
「そうだ、よかったら見てってください!俺ら勝ちますんで」
「…オイ。言うじゃねーか」
舌打ちをした倉持を、真田は悪びれない笑顔で振り返った。
「いや〜やっぱ美女に応援してもらえるとやる気出るじゃん?」
「いや花城はうちの生徒なんだけど」
応援するならどちらかというと青道チームだろう。そう突っ込むと、完全に浮かれ切っている真田はなんにも堪えていない顔で笑った。
「あ…すみません、これから用事があって」
だけど花城は申し訳なさそうに言って、校舎のほうを見た。確かに用事があったから夏休み中に制服姿でここへ来たのだろう。花城の言葉に真田は残念そうに眉を下げた。
「あ、そうなんすね…残念だな〜、俺の活躍を見てほしかったんだけど」
「完全に調子乗ってるよあいつ」
「じゃあ今日メールしますね!絶対!」
「あ…はい、じゃあ…失礼します」
真田は強引に花城の手を握って振り回すと、花城はちょっと苦笑を浮かべて、手が解放されると急ぐような足取りで校舎のほうへ去っていった。
「いや〜、カワイすぎ…」
「……。」
「……。」
真田はその後ろ姿にもずっと釘付けで、俺と倉持は何とも言えない顔を見合わせたのだった。