003



「おい!お前今日も花城さんと話してたろ」

ここのところよく、倉持や麻生がそう言って絡んでくる。
今日も夕食後、倉持がバットを片手に俺の後をつけてきた。頭にタオルを巻き、バットを肩にかけて人気のない路地について来て、仁王立ちで声を掛けてきた倉持を、自販機のボタンを押しながら振り返って見て、俺は素直な感想を抱いた。

「ヤンキー怖い」
「あ?ぶっ殺すぞテメェ」
「花城と話してたっつーか、怒られてたんだよ今日は」

ジュースを取り出しながら話を変えた俺に、倉持は興味を示した。

「怒られた?何を?」
「付き合ってるって噂になってる事」
「それに関しては俺もお前に言いて―ことがある」
「…何?」
「死ね」
「…あのな、付き合ってねーから」
「それでも死ね」

んな無茶な。呆れてジュースを飲みながらベンチに座ると、倉持も隣に座ってきた。

「つーかマジでなんで花城さんと仲良くなったんだよ。」
「別に仲良いとかじゃないけど」
「…じゃいつどうやって知り合ったんだよ!」
「…この間、俺校舎裏に呼び出されただろ」

はっ…と倉持の目が丸くなった。

「ま…まさかそれが花城さん!?」
「バカ、ちげぇよ。けど校舎裏で待ってたら花城が来てさ。手紙くれたの、知らない1年だったから、最初花城がそうだと思って」
「……。」
「…で違って、花城も誰かに呼び出されてきてたらしくて。結局どっちの相手も来なかったけど」
「…ほ〜」

倉持はイライラした顔で俺を睨みながら相槌を打った。

「つーことは、御幸を呼び出した女子か花城さんを呼び出した男のどっちか…もしくは両方が噂の出どころかもしれねぇってことか」
「え…」

俺は目を点にして倉持を見た。

「…あ、そうか。」
「…お前時々すげーバカだな」



***



青い宝石がキラッと光って俺の目を捉えた。そして見る見るうちにそれは鋭く細まって、じーーーっ、と俺を睨みつける。

「そんなに見つめられると照れるな〜!」
「ハァ!?違う!睨んでるの!!」

ちょっとからかうと花城はすぐムキになった。ホントからかいがいがあって面白い。

「なんで睨むんだよ。」
「変な噂が嫌だからです。」
「俺のせいじゃないじゃん。」
「あと虫とってくれなかった。」
「しょーがないじゃん。」

嫌がりながらも廊下で会うと突っかかってくる花城。周りにはからかわれるけど、俺も俺で悪い気はしないのだからしょうがない。花城は美人で可愛いし、突っかかられんのも楽しいし、このまま仲良くなっていい雰囲気になったりもするかも?なんて思ったりもする。花城がどう思ってるかはわからないけど、突っかかって来るってことは、本気で俺のことを嫌ってるわけじゃないんじゃなかろうか。多分。

「なんでついてくるんですか。」
「俺もこっちに用があんの。」

花城に睨まれながら廊下を歩き、俺たちは自動販売機の前で立ち止まった。

「お先にどうぞ?」
「……。」

負けず嫌いの眼差しで俺を見た花城に丁重に先を譲ると、花城は鼻白んだ様子でアイスティーを買った。

「またお紅茶ですかお嬢様」
「何か文句あります?」
「ねーよ。何怒ってんだよ」

本当、すぐムキになって面白い奴。花城に睨まれながら俺はポカリを買って、花城を振り返った。
…やっぱ、こうして睨んでても、たたずまいが上品っつーか…美人なだけじゃなくて、物腰も綺麗っつーか…。本当にお嬢様なのかもしれない。ま、少なくとも俺よりは金持ちのお嬢様に違いねえな。

「そういや思ったんだけどさ」
「…?」
「例の噂を広めたのって、俺らを呼び出した奴らかもしれねぇよな」
「……。」
「あの日結局どっちも来なかったし。俺らを見て誤解して、誰かに話したのが広がったんじゃねえの?」

花城は顔を青くしたり赤くしたりして頷いた。

「まー聞かれたら否定することしかできねぇなぁ」
「最悪」
「…そんなに言われると傷つくなぁ〜」
「ふん」
「そんなに嫌なら、こうやって一緒に歩いたりすんのもまずいんじゃない?」

花城が俺を見上げて、睨んで、フンとそっぽを向いた。何だその可愛いの。

「いつか上靴に虫仕掛けてやる。」
「何だその陰湿な嫌がらせ」

べ、と赤い舌を出して、花城は階段を降りて行った。

「ゴルアァ御幸!!!」
「!!?」

ドドドドド、と音がしそうなほどの勢いで、前方から純さんが飛んできて俺の胸ぐらをつかんだ。後ろからは亮さんと丹波さんもやって来る。…丹波さんの目死んでないか?

「何1年とイチャついてやがるテメェ!!」
「え?イチャ?」
「やっぱ花城光と付き合ってんのか!?」
「え!?違いますよ!やめてください純さん声デカいんすから…」
「じゃあ今のは何だったんだよ!」

今の?
改めて思い返してみる。
花城と一緒に歩いていて、花城が俺を睨んで、俺は笑って、花城がべーと舌を出して、階段を降りて行って…。
…あ、なんか端から見たらイチャついてるようにも見える…かも。少なくとも普通よりは仲良く…見えるかも。

「いや…なんつーか…何か会うと睨んでくるんですよ。」
「……。」
「それだけです」

シーン、と静まり返り、純さんと亮さんと丹波さんは俺の顔をまじまじと見た。

「……なぁにがそれだけですだ!!」
「俺は興味ないけど向こうが絡んでくるって言いたいわけだ?学校一の可愛い子が自分に気があるって言いたいわけだ?」
「…えっ!?いやなんでそうなるんですか!違いますよ」
「テメェが言ってんのはそういうことだろーが!アァ!?」
「光一郎を見てみなよ。この失意に満ちた目を」
「え?」
「もう御幸とバッテリー組みたくないってさ」
「……。」
「え!?ちょ、丹波さん?」

確かに元気のない…というか、生気のない丹波さんにさすがの俺も少し心配になる。

「え…つーか、丹波さん花城のこと好きなんですか?」
「…!!」

丹波さんの顔は一瞬で真っ赤になった。

「そ…!!ち、違…!!」
「あーあ、御幸なんてこと言うんだよ」
「デリカシーねーなァコラ!?」
「…純さん達が言うんですか?」

呆れつつ、だけどちょっと焦る。丹波さん、メンタルがもろにピッチングに影響するタイプだから…ただでさえ俺は嫌われているのに。

「お…俺は!」

急に、丹波さんが珍しく声を上げた。

「はな…しろ、さん、の、こと…が…す、す、すすすすき…とかじゃ…な、ない…!!」

「……。」
「……。」
「……。」

真っ赤な顔で何を言うかと思えば…それは無理がある……。

「光一郎はさ、花城さんとどの程度知り合いなの?」
「えっ…」
「そういや話したりしてんの見たことねぇな」
「……。」

尋ねた亮さん達の視線に耐えきれぬ様子でどんどん小さくなっていく丹波さん…。

「え…まさか、話したことすらない…?」
「……っ」

も、もうやめてくれ…見ていられない…。

「…花城に紹介しましょうか?」
「な…っ!!」
「いや〜御幸、それは残酷」



***



「あ〜御幸先輩だ!」

部活の休憩中、フェンスに寄りかかって麦茶を飲んでいると背中からそんな声がかかった。振り向くと、帰宅途中の花城と鷹野がフェンスの向こう側を歩いていた。さっきの声は鷹野らしい。

「お〜帰り?」
「そうでーす!」
「おつかれ〜」
「おつかれさまでーす!ほらっ、光!」

鷹野に小突かれた花城は、ふん、とそっぽを向いた。

「も〜素直じゃないな〜。御幸せんぱーい、すみませ〜ん、光ってツンデレで…」
「はっはっは、知ってる」
「違うから!!」

いや〜やっぱすぐムキになって面白い。
俺はグラウンドに目を移し、ふと思いついた。

「あ、そうだ、花城、ちょっと来い」
「……。」
「怪しむな!いいから来いって。」

結局鷹野に押されてフェンス越しに近づいてきた花城は、警戒する野良猫のように俺を睨んだ。

「お前に頼みがあるんだよ」
「頼みぃ?」
「おう。今から呼ぶ人のこと、褒めてやってほしいんだよ」
「はぁ?」
「そんなんじゃダメ!もっと笑顔で。すご〜い!カッコいい〜!って言ってくれるだけでいいから」
「…意味わからないんですけど。なんでそんなことしなきゃいけないんですか。」
「やってくれたらジュースおごってやる。」
「いりません。」
「お前ノリ悪いな〜!あっわかったじゃあ紅茶!アイスティー奢ってやる」
「そういう問題じゃない!」
「頼んだぞ花城!お前だけが頼りだ!」
「は、はあ?」
「おーい丹波さーん!」

俺はグラウンドを振り返って、ベンチに座っていた丹波さんを呼び寄せた。丹波さんは訝しげに俺を見たが、花城の姿に気付いたのかぎくしゃくしながらこちらにやって来た。…もう顔が赤い。

「な…なんだよ、御幸」
「いやーすいません、ちょっと紹介したくて。」

俺は振り返り、花城たちを手で指した。

「1年の花城と鷹野です。」

俺をちらりと見る花城、愛想よくこんにちはーと頭を下げる鷹野。

「んで…この人はうちのエースの丹波さん。」
「エース?えー!すごーい!!カッコいい〜!!」

俺のお願いを完璧に聞いてくれたのは鷹野だった。だけど違う、そうじゃない。丹波さんが好きなのは花城なんだ。まあ、鷹野のことも丹波さんはまんざらでもなさそうだけど…。

「ホラッ!花城!エースだぞ〜。すごいだろ?」
「……。」

む…無反応…。おいおい、頼むぜ…これで無視とかされたら、丹波さんのメンタルが心配どころじゃねーぞ…。
いよいよ胃が痛くなってきたとき、花城は丹波さんを見上げた。

「…頑張ってください。」

ぽつり、と呟く。それだけで、丹波さんの顔は耳までバラ色に染まった。

「えっ…!は、はい!あ…ありがとう…」
「…司、帰ろー」
「あ…うん!じゃあさようならー!」

それだけ言って花城は素っ気なく帰ってしまったけど。まあ…丹波さんは飛んで行ってしまいそうなほどぽやぽやしてるし…これでいいか。

「よかったっすね…丹波さん」
「えっ…い、いや…別に…!」

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