004



「御幸。」

俺に声を掛けてきたのは、サッカー部の速水透。同じクラスで席も近い。けど、別に特別仲がいいわけではない。

「悪いんだけどここなんて書いてあった?書く前に消されちゃってさ」
「あー、ほい」
「さんきゅー」

ノートを見せてやると、速水は嬉しそうに書き写した。

「高田、消すの早いよなぁ」

速水は手を動かしながら雑談を始めた。

「早口だしな」
「そーそー。ほぼ何言ってるかわかんねーわ」

ははは、とたわいのない話で笑う。速水は誰にでも気さくなタイプだ。

「できた。さんきゅー」

速水はもう一度礼を言ってノートを閉じた。おう、と頷いて、俺もノートを仕舞った。だけど速水は俺の前の席に座ってこちらに体を向けたまま、退こうとしなかった。

「…そういや御幸ってさ」
「ん?」

速水が何かを言いかけた時。

「よ〜〜〜っすイケメンツートップ!」

倉持が間に割り込んできて、速水は言葉を濁した。

「は?何?」
「女子が見てるぜ〜」

倉持はイライラした様子で廊下を指さす。確かに1年の女子が何人か教室の中を覗いて…俺たちの方を見てキャーキャー言っていた。速水と俺は気まずい苦笑を見合わせた。

「サッカー部の速水か、野球部の御幸か、って言われてるもんなー。」

傍に居た別のクラスメイトが冷やかすように言ってくる。確かに速水がモテることは知ってたし、俺も何度か告られたり、知らない女子にキャーキャー騒がれたりしている自覚があったから、ただ顔を引きつらせることしかできなかった。

「ちょっと倉持邪魔!!」
「んだと!?」
「どいてよ!せっかくイケメンが並んでて眼福なんだから!」
「……。」

倉持は舌打ちをして俺たちから少し離れた。

「…で…何?」
「え?」
「さっき何か言いかけてなかった?」

改めて速水に尋ねると、速水は、ああ、と目を丸くした後で、人懐こい笑顔で笑った。

「いや、やっぱなんでもねーや」
「…?」

速水は席を立ち、じゃ、と短く言って、もうひとつ前の自分の席に戻った。
なんか改まった感じだったと思ったけど…何だったんだ?



***



「嘘つき。」
「……はい?」

廊下で花城に会うなり、花城に嘘つき呼ばわりされた。嘘をついた覚えなど全くない。まあ、いつものように突っかかってきてるだけだとわかってるけど。

「奢るって言ったのに。」
「あ〜、そのことか。じゃいいよ、今奢ってやる」
「……。」

ちょうど自販機に向かおうとしていたところだったから、ポケットから財布を取り出して言うと、花城は動揺した様子で目を丸くした。

「えっ、い、いや別に、いい…」
「ぷっ…何だよ急に、さっきは奢れっつったくせに」
「いいってば。」

自販機の前まで来て、花城は少し離れて立ち止まってしまったので、俺も引き返した。

「じゃどうすりゃいいの?」
「何がですか?」
「お礼。頼みを聞いてもらったわけだし」
「……別に…あんなことくらいで…」
「いやいや、ちょ〜助かったよ。あれから丹波さん、すげー嬉しそうでさ。調子も上がって来たし」
「……。」
「花城のおかげ。ありがとな」

花城は二つの大きな目でぽかんと俺を見上げ、ふわっ、と頬を赤くして、俯いた。

「べ…別に…」

な…なんだ、可愛いな…こいつ。
なんだか照れ臭くなって、俺は踵を返して、花城がいつも買っているアイスティーのペットボトルを買った。

「はい。」
「えっ…」

戸惑ってなかなか受け取らない花城の手に、ペットボトルを握らせる。

「いいからもらっとけって。」
「……。」

花城はやっと受け取って、きまりが悪そうに顔を赤くした。

「…いただきます…」
「おう。有難く飲めよ〜」
「……。」

照れくささからそう言って茶化すと、花城はいつもみたいに俺を睨んで、呆れたように少し口元に笑みを浮かべた。
初めて俺の冗談で笑ってくれた。その微笑みは、いつまでも俺の脳裏に残った。




***



「…御幸。」

放課後、思いつめたような顔で、速水が俺の席にやって来た。

「ちょっと…聞きたいことがあるんだけど…」
「え?」

俺は時計を見上げた。この後は部活。寮へ戻って荷物を置いて、着替えて、準備をして…

「…これから部活だから…」
「あ、わかってる。俺も部活。すぐ済むから」

すぐ済むという割に、ここでは話せないことなのか?けど、まあ…部活までには終わらせてくれるようだし…。
俺は倉持を振り返り、先行ってて、と言って、速水と教室を出た。非常階段の踊り場に行くと、速水は意を決したように俺を振り返った。

「あのさ…!」
「お、おう…?」

なんだ、この鬼気迫った感じは。こんな速水は見たことがない。

「…あの…」

速水は顔を赤くして、かなり言い辛そうに口ごもった。俺はちょっと廊下を振り返る。時間が心配だ。その様子に気付いて、速水はすまなそうに話を切り出した。

「…えっと…。…は、花城さん…って知ってる?」
「え…」
「…よな?よく、廊下で話してるもんな」

速水はそう言って少し苦笑いを浮かべた。…もしかして…こいつ…

「…花城が何?」
「……いや……付き合ってんの?」

速水の目は真剣で、こっちの顔まで熱くなった。

「いや…その噂、デマだから」
「…あ、そーなんだ…」

速水は拍子抜けしたような、安どのため息をついた。

「……。」
「……。」

なんだか気まずい沈黙が流れた。

「…え、速水って花城のこと好きなの?」
「え…!」

…この間も同じ質問を丹波さんにしたばかり…。花城モテるな〜…。

「…なんていうか…俺、」
「…?」
「前…花城さんのこと、呼び出したんだよね」
「…え?」
「校舎裏に…」

速水は真っ直ぐに俺を見た。その目は挑戦的にすら思えた。

「…告白しようと思って」
「……。」

お前にも身に覚えがあるだろ、と言わんばかりの速水の視線。確かに俺には、もしかしてという考えがあった。

「そしたら…。御幸と一緒にいるのを見た…んだよね」
「……。」

やっぱり…。ってことは、あの日花城を呼び出していたのは、速水だったのか…。
けど、こうして俺に噂の真偽を聞きに来たってことは、噂を流したのは速水ではない…。

「……。俺があそこにいたのは偶然だよ。」
「…そっか。」

本当に納得したかはわからないが、速水は微笑んで頷いた。



***



「は〜なちゃん♡」
「……。」

俺を振り向いて目を細める花城。このつれない態度も癖になってきた。

「何買うの?今日も紅茶?」
「……。」

アイスティーのボタンに向かっていた花城の人差し指が止まり、ポカリのボタンを押した。

「今わざと変えたろ(笑)」
「違いますー」

こんなくだらないやり取りが楽しい。花城とふざけ合っている間は、まるで見えない壁が俺たちを囲んでいるような心地いい気分になった。周りの奴らが振り向いて見てくるのも気持ちがいい。今日花城さんと話してただろ、って皆に羨まれるのも、何を話してるのか聞かれるのも…そして何より、花城が俺に微笑むことが嬉しい。特別な気分になる。

「先輩何買うの?」
「タメ口」
「何買うの?」
「たーめーぐーち。」
「これにして。」
「ふるふるゼリー?絶対嫌だ」

飲み物じゃねーじゃんか、というと、ふふふ、と花城が笑った。
ここには俺と花城、ふたりだけ。誰も入ってこられない世界。俺は見せつけるような気持ちで、大袈裟に笑った。花城の前だと振る舞いが大きくなる。無意識のうちに、花城にアピールしたい気持ちが先走ってるんだ。そのことに気付いて俺は今更恥ずかしくなって、こっそり苦笑した。

「…よぉ御幸!」

いきなり、俺の肩に腕を載せて割り込んできた奴がいた。驚いて固まって、目の前の速水の人懐こい笑顔に一瞬反応できなかった。

「どうも。」

速水はちゃっかり、花城にニコニコ挨拶をした。花城は不思議そうに速水を見て、ぺこりと会釈を返した。

「…速水、です。」

速水はちょっとぎこちない笑顔で、花城を見つめて言った。花城は小さな唇を少し開き、はっとした目で速水を見て、小さく頷いた。そして花城は名乗らなかった。速水…あの手紙の主だと気づいたからだ。と思う。
すると速水と花城の間に介入しがたい何とも言えない空気が流れて、俺は速水に微笑を向けられた。
な…なんだよ、その、俺が邪魔者みたいな…第三者、みたいな。だってさっきまで、俺と花城はいつものように楽しくふざけ合っていて…
花城とよく話している男は俺で、どうして仲が良いのか、いつも何を話してるのか、聞かれるのは…特別だと思われてるのは、俺で…

「…あー、じゃ…俺行くわ」

想いとは裏腹に、俺はぎこちない笑みを浮かべてそう言って、踵を返した。悪いな、と苦笑いの速水の口が動いた気がした。
速水と花城は向かい合って、何かを話していて――俺の視界の端で、花城が速水に微笑んだ。

違う…。
周りからどう見られてようと、そんなことは関係ないんだ。
花城が…花城の気持ちが、俺に向いてないなら…周りにどんなに羨まれようが…無意味なんだ。

俺以外の男に、花城が微笑んでいるのを見るのが、こんなに胸が痛くなることだと…初めて知った。
俺は戸惑った。だって、よく知りもしない花城のことが、否定のしようがないほど、好きだと気づいたから。
どうして、いつ、好きになったのか…その答えは浮かばない。だけど、誰にも奪われたくないだろという自問には、絶対に嫌だ、と即答した。

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