005



―――――――――
to:光
風邪大丈夫?
プリント預かったから机に入れとくね!
ゆっくり休んで!明日は来られそう?
―――――――――


「う〜〜〜ん…」
「鷹野、どうしたの?」

携帯とにらめっこしていたら、後ろの席の東条君が前に回り込んできてくれた。東条君は誰にでも気さくで明るい男の子だ。

「光がさあ、今日休みじゃん?でメールしてみたんだけど、まだ返事来ないんだよね」

朝のホームルームで、花城さんは風邪でお休みです、と担任から聞いて、次の休み時間にメールした。そして今はお昼休みだ。

「そうなんだ…」

東条君は親身に頷いた。

「あ〜〜〜光がいないとつまんな〜い」
「あはは。鷹野さん達仲良いもんな」
「あっ!」

メール受信中、という画面で私は飛び起きた。どした?と目を丸くする東条君に、メール!と叫ぶ。

「花城さん?なんだって?」
「えーとね…」

―――――――――
from:光
大丈夫。ありがとう。

今日相談したいことがあるんだけど、夜電話してもいい?
―――――――――


「もちろん!!なんなら放課後プリント持って光んち行くよ!!」
「ははは…鷹野さん、声に出てる」

光から相談だなんて珍しい!電話したいっていうのも珍しい。
いつもメールだって私から送らないと返事来ないのに。
相談かぁ…なんだろう?でも、私を頼ってくれてるんだと思うとすっごく嬉しい。

「あ〜〜早く放課後にならないかなぁ!!」
「鷹野さん…花城さんのこと好きだな〜」
「うん!!大好き!!!」



***



放課後、部活が終わってマッハで走り、光の家の前についた。上がったことはないけど、家の前までは来たことがある。遠回りをして帰った時に、光の家の前を通ったのだ。その時の記憶を頼りにたどり着いた立派な洋風のおうちを見上げ、私はインターフォンを押した。

『――はい。あ、司。』

光の声がした。カメラで見えるらしい。

『開いてるから、入って…』
「え!?なんて不用心な!ダメだよ光、ちゃんと鍵閉めとかなきゃ!!危ないよ!光可愛いんだから!!」
『……司が来ると思って空けといただけだから』
「あ、なんだ、そう…いやそれでもダメ!ちゃんと締めといて!」
『わかったから…入って』

少々呆れられつつ、私は光のおうちにお邪魔した。

「おじゃましまーす…」

家の中は暗い。ちょうど階段を降りてきた光が、玄関の電気をつけてくれた。

「ごめん、ありがとう。」

光は見たところ元気そうで安心した。

「いいえーはいこれプリント!風邪大丈夫?」
「……うん」

妙な間にハテナを浮かべつつ、まあいいかと流す。細かいことを気にしないのが私の長所だ。

「それで相談って?」
「あ…上がって。」
「あ、お邪魔します」
「親いないから…私の部屋、こっち」

確かに人気のないおうちだ。もう遅いけど…ご両親は遅くまで仕事なんだろうか。光のご両親ってどんなお仕事してるんだろう?おうちはすごく大きくて綺麗だから…きっとお金持ちに違いない。光ってお嬢様っぽいし。

「…どうぞ」
「わ〜!綺麗な部屋〜!」

光の部屋は綺麗に整頓された女の子らしい部屋だった。机やいすやベッドはお洒落でお姫様みたいだし、小学生から学習机を使い古している私の狭い部屋とは比べ物にならない。いや、まあ、学習机にはほとんど座ってないんだけど。
光はローテーブルにクッションを用意してくれて、テーブルにはすでにお茶が用意してあって、私達は向かい合って座った。

「それで、相談って?」
「……。」

改めて尋ねると、光は顔を赤くした。…どうしたんだろう?

「…どうしたの?」

細かいことを気にしないさすがの私でも気になって、もしかして結構深刻な話?と光の顔を覗き込む。

「……あの…」
「ん?」
「…へ、へんなこと…聞くんだけど…」
「うん?」
「…司って…、…生理、きた?」

ぱちくり、と、私は目を瞬いた。

「へっ??…いや、まだだけど」
「あ、そ、そっか…。」
「え?何で?」
「いや…。…あの…。」

光は口ごもって、それから、意を決したように話し始めた。

「…私…。今朝…きちゃって…」
「う、うん」
「ど、どうしたらいいか、わからなくて…」
「……。」
「……。」
「…えっ、じゃあ今ナプキンは?」
「も、持ってなくて。とりあえず…紙で」
「えー!!私買ってくるよ!!」
「えっ…」
「待ってて!すぐ行ってくる!!」

光のピンチだ!!そう思った私はすぐに立ち上がり、光の家を飛び出して、近くのコンビニまで走った。息を切らして、少々不審そうな目でおじさん店員に見られつつ、袋を引っ掴んでまた光の家に駆け戻った。

「おまたせ!!」
「あっ…。う、うん…」
「とりあえずおかーさんから教えてもらったやつ買ってきた。私使ったことないけど、お母さん敏感肌で、これだとかぶれないんだって。」
「…そうなんだ…」
「ほら!とりあえずこれしてきなよ!やり方わかる?」
「う、うん…」

光はナプキンをもってトイレへ行き、数分して戻ってきた。

「大丈夫?」

こくん、と光は赤い顔で頷いた。

「よかった〜。」
「あの、お金…いくらだった?」

光はお財布を持ってきて、ほんとにごめん、ありがとう、と繰り返した。

「じゃあ今日風邪じゃなかったんだ?」
「…うん。」
「なんだ〜。まあそれならよかった!」
「…ごめん」
「謝んないでよ〜!…あ、それより!ショーツはあるの?」
「え?」

目を丸くした光の反応を見て、私は察した。細かいことは気にしないけど、勘はいいのだ。

「ショーツは生理用の下着。ナプキンをつける時用のパンツだよ。」
「え?…そんなのあるの?」
「あるよー!それじゃないとナプキンずれて血が漏れちゃうんだって!」
「え…。ど、どこに売ってるの?」
「普通に下着屋さんで売ってるよ!私は中学生の時、お母さんがいつなってもいいようにって下着屋さんに連れてってくれて、一緒に選んで買ってくれたの。ナプキンもその時に教わってさー。まあ、未だに必要ないんだけどね!あはは!」
「……。」
「光もお母さんに聞いてみたら?」

何気ない話のつもりで言っただけだった。光も微笑んでいた。だけど、次の光の言葉を聞いて、私は能天気な自分の言葉を酷く後悔した。

「…私…お母さんいないから…」
「…え…!」

さーっと血の気が引いた。わ、私、なんて馬鹿なこと言っちゃったの!

「ご、ごめん!」
「えっ、ううん、大丈夫…。…お父さんしかいないから、言い辛くて。」
「う、うん、そりゃそうだよね…」
「……。」
「…あ!じゃあ、明日の帰りに一緒に買いに行く?」
「え…。」

ふわっ、と光の頬が赤くなった。

「いいの…?」
「当たり前じゃん!私も行ってみたいし。可愛い下着屋さん!」
「……。」
「駅前にあるよね?あそこ気になってたんだー。でも家族と出かけた時は兄貴と弟もいて寄れないし、一人で行くのも勇気がなくてさー。」
「……。」
「ね!だから一緒に行こ!」

光はバラ色の頬を綻ばせて、天使みたいに笑った。

「うん…。」



***



「へー。光ちゃんそうだったの。」

家に帰って、夕食を作っているお母さんの隣にくっついて今日あった出来事を話す。私にとっては日常だけど、光にはお母さんがいない…。初めて知ったな…。お母さんがいないって、どんな感じなんだろう…。光のお父さんはどんな人なんだろう…。

「まぁ光ちゃん大人っぽいものね〜。キレイだし」
「私は子供っぽくて綺麗じゃないってことー?」
「そんなこといってないでしょ〜。」

「光ちゃん?」

冷蔵庫をあさりに来た高3の兄貴が聞きつけて、私たちの話に興味を示した。兄貴は偶然私と一緒に帰っていた光を目撃してから光の話題に敏感だ。

「そーよ〜。」

だけど光が生理になったことなんて兄貴に言うわけもなくお母さんがはぐらかすと、兄貴は煮え切らない様子でいつまでもそわそわとキッチンに留まった。

「ちょっとー兄貴はやくどっか行ってよ。今お母さんと話してるんだからー」
「うるせえな、今ジュース探してんだよ!」
「そんなこと言って光の話聞こうとしてるんでしょ!」

「光先輩の話?」

夕食のにおいに誘われて自室からやって来た弟も光の名前に反応してキッチンにやって来た。弟も光を偶然見かけた時から光の話題には敏感なのだ。

「もー兄貴も尊もあっちいってよ!話聞かないで!」
「聞いてねーよ別に!ジュース探してるっつってんだろ」
「俺もお菓子取りに来ただけだし」
「あんたたち喧嘩しないの。」



***



「光〜!おはよ〜!」

翌朝、朝練を終えて教室に行くと光が席についていた。

「おはよう。」
「放課後部活終わったらいつものとこね!」
「うん。」

「どっか行くの?」

東条君が気さくに声を掛けてきた。

「まあね〜。」
「仲良いな〜。」

東条君は爽やかに笑って、光を見た。

「花城さん、風邪もう大丈夫?」
「あ…うん。」
「昨日、鷹野さんがすげー心配してたよ。」

東条君の言葉に光ははにかんで、東条君も爽やかに微笑んだ。
いや〜、うちの兄貴と弟とは違うなぁ。光にはこういう爽やかで優しい男の子がお似合い…

「司?何?」
「え?ううん〜なんでもない!」
「?」




***



「あ、ここだよここ!」

部活が終わり、光と校門で待ち合わせて、駅ビルに入っている下着屋さんにやって来た。幸いお店はまだ開いていて、私たちは少し緊張しながらお店に入った。

「いらっしゃいませー。」

店員のお姉さんが微笑ましそうに目を細めて言った。

「あった。光、ほらこれ。」

光を手招きして、サニタリーショーツ、とかかれた棚の前に光を呼び寄せた。

「ほら、ここが空いてるでしょ。」
「うん。」
「ここに羽を折り返して着けるんだよ。」
「あ…なるほど…」

一枚手に取る光。

「何枚か買っておいた方がいいよ!」

私がそう言うと、光は下着を選び始めた。
私はお店の中をぶらついて、可愛い下着を眺めた。寄せて上げるタイプ、逆に小さく見せるタイプ…色んな下着がある。
しばらくお店の中を回っていると、光がブラジャーをつけているマネキンを眺めていた。

「それ買うの?」
「えっ?う、ううん。」

光は顔を赤くしてマネキンから離れた。
けど、光ってお父さんしかいないって言ってたし…生理のことを相談する人も私しかいなくて、下着とかどうしてるんだろう?

「光って普段どんなブラジャー着けてるの?」
「え!?」

光は心底びっくりしてまた赤くなった。

「ど、どんなって…」
「ん?」
「普通の…」
「最後にブラジャー買ったのいつ?」
「え…。…ち、中学生…のとき」
「自分で買いに行ったの?」
「…うん。」

詳しく聞いてみると、ある日突然、お父さんからお小遣いを渡され、着るものは自分で買いなさい、と言われたそうだ。それが下着のことだと気づいた光は、下着屋さんでスポーツブラを買ったとのこと…。

「スポブラ!?ちょっと光〜!うちらもう高校生だよ!」
「え、だって…そんな…大きくないし…」
「ええ〜〜!?」

光ほどの超絶美少女がスポブラとは…!体育で着替えるときはキャミソール着てるから気付かなかった。光、確かに華奢だけどさ…

「ちゃんとしたの着けたほうがいいよ!」
「え…。」
「そのうち彼氏できたらどーすんの!?可愛い下着付けてないと!」
「か、彼氏?」
「そーだよ!想像してみ?」
「?」
「スポブラなんてしてたら御幸先輩がっかりしちゃうよ!」
「…はぁ!?な、なんで御幸先輩…!!」
「すいませーん!」

光の手を引っ張って、さっきからこっちを気にしていた店員のお姉さんを呼んだ。

「ブラジャー初めてなんで、サイズ測ってほしいんですけど〜」
「かしこまりました。こちらへどうぞー。」

お姉さんはにこにこ微笑んで、光を試着室へ連れて行った。しばらくして、少し恥ずかしそうな光と、笑顔のお姉さんが戻ってきた。

「Cの65ですね。」
「C!?私よりおっきいじゃん光!」
「……。」
「そうですね、スポーツブラはちょっと…。サイズの合ったものをつけないと形も崩れてしまうので」

お姉さんは次から次へとブラジャーを持ってくる。

「こちらなんかはホックが3段なので安定感がありますよ。こちらはお胸を下から支えて谷間を作れるタイプです。それからこちらは今一番人気のタイプで…」
「え〜可愛い!私も欲しい〜。Bもありますか?」
「ございますよ。」

すぐお持ちいたします、と店員さんは別の棚へ行った。

「光どれにする?」
「……。」
「着替えも考えて何枚か買っておいた方がいいんじゃない?あ、でもお金…」

そう、女の子の下着って結構高い。とくにここは、きちんとした下着屋さんだし…。
私は事情をお母さんに話して、いくらかお小遣いをもらっていたけど、光はお父さんに話しづらいだろうし…

「お金は…大丈夫。」

だけど光はそう言って、ブラジャーとセットのショーツも何着か選んだ。
私も2着選んで買って、私たちはお店を後にした。

「可愛い下着買うとさー、なんか気分上がるよねぇ。」
「…うん。」

帰り道、私がそう言うと、光ははにかんだ。

「別に誰かに見せるわけじゃないけどさー。可愛い下着付けるのってなんか…女の子って気分になるよね〜。」
「ふふ。」
「今日買った奴、早速明日着ようっと。」
「じゃあ、私も。」

光と色違いで買った下着。私は黄色で、光は水色。私たちは笑い合って、家に帰った。



***



「光〜!おはよ〜!」
「おはよう。」

朝練の後教室で光に会って、私は抱き着いた。

「今日あれ着けてきた?」
「え?あ、うん…」

「相変わらず仲良いな〜。」

東条君が振り向いて笑った。私はふふんと胸を張った。

「まあね〜!今日は光とお揃いだし!」
「え?お揃い?どこが?」

制服?と、東条君は私と光を見比べた。光ははっと私を見上げて顔を赤くした。

「色違いのブラ…」
「ちょっと司!!」

光の手のひらが私の肩口を叩いた。

「……あ…、…はは…」

東条君は少し考えて、気が付いた様子で顔を赤くして、ひきつった顔で笑った。

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