007
お、花城…。
前を歩く花城の姿を見つけ、声をかけようか迷っていると、視界の横から飛び込んできた男が花城の肩を叩いた。
「花城さん!おはよう!」
は、速水…。おいおい…ちょっと待てよ…
「あ…おはようございます」
「今日暑いなー。」
「暑いですね。」
「でもなんか、花城さんは爽やかで涼しそうだけど。」
「え…?あは…」
ははは、と照れたように頭を掻く速水と、口元に手をやって上品に笑う花城。
「…なぁ、あのさ」
「はい…?」
「今度…一緒に帰らない?帰り」
え…。
「あ…帰りは、約束してる友達がいて…」
「あ…そっか。…わかった!じゃあ、また」
速水は爽やかに笑って、手を振って、2年の校舎の方に走っていった。
……ほっとしちゃってるし、俺…。
タッタッタ、と足早に花城の背中に駆け寄って、一思いに右肩を小突いた。
「?」
花城が振り返ったのとは反対方向に回り込む。
「こっちだよ、バカ」
「!」
俺に気づいた花城は、ムッとした顔で俺を睨んだ。
「変ないたずらしないでください。」
「ごめリンコ♡」
「ムカつくなぁ…」
「はっはっは!お嬢様がムカつくって…」
「お嬢様って言うのやめて!」
そうやってムキになって怒っても、花城って全然怖くなくて…
「だってお嬢様じゃん、どう見ても」
「どこが?」
「おじょーひんで、おしとやか〜で」
「バカにしてます?」
「いつもお紅茶飲んでるしな〜お嬢様」
「関係ないでしょ!……ひゃっ!!」
フン、とそっぽを向いて足を速めた花城は、急にビクッと飛び上がって俺の腕に掴まってきた。突然の密着に一瞬頭が真っ白になって、すぐに花城の柔らかい感触とか、体温とか、甘い香りを感じて、変な気分になるのを必死に振り払って、平静を装うためひたすら笑った。
「ぶっ…!何だよ急に!」
「だ、だってアレ…!」
花城は俺に掴まったまますぐ先の地面を指さした。そこには黒い毛虫がもぞもぞと地面を這っていた。
「うわ〜気持ちワリ〜」
「ちょっと何でそっちに避けるんですか。」
「何が?」
「こっちからがいいです。」
「何で?」
「先輩が毛虫側歩いてください。」
「嫌だ。」
「……。」
「睨んでも無理なモンは無理。」
「全然頼りにならない。」
「花城が助けてくれよ。」
「もういい!御幸先輩なんかを頼りにした私がばかだった。」
「なんかとはなんだ、なんかとは。」
結局お互いに毛虫を左右から取り囲むように遠回りをして避けて通った。毛虫を通り過ぎると、花城はほっと胸をなでおろした。
「俺の上靴に虫を仕掛けるんじゃなかったのか?」
「どうでもいいです。」
「お前が言ったんじゃん…」
分かれ道の手前、花城は俺を振り向き、べ、と赤い舌を出して歩いて行った。
…あ〜、何で俺、花城のことからかっちゃうんだろうなぁ…。
***
「なぁ速水!お前朝花城さんと話してなかった!?」
「え、ああ…」
「付き合ってんの!?」
「ははは!いやいや、違う違う!」
花城は可愛いから学校中で…特に男子の中では有名で、花城と話したりするとすぐ噂が立つ。だけど、少し前までは一番怪しいとか言われてたのは俺で、俺はその噂に悪い気もしなかった。…だけど、今のこの状況…
……面白くねええ〜〜…!!
…けど…花城は速水のことどう思ってんだ…?
「御幸〜。」
「?」
悶々とする俺のもとに、クラスメイトがニヤニヤしながらやって来た。
「1年の女子が呼んでるぞ〜。」
「え…」
1年の女子…って…。
ばっ、と廊下を見ると、…見知らぬ女子がちらちらこっちを見ていた。
な、なんだ…一瞬花城かと…。…だったらもっと大騒ぎになるか。
モテるな〜、などとからかわれながら廊下に出ると、その女子はぺこりと小さな頭を下げた。
「あ、あの…。すみません。」
そうしてもじもじしている様子は大人しそうな子だけど、耳のすぐ下でツインテールにされた長い髪や長い爪、膝上まで短くされたスカート、そして大きな黒いカラーコンタクトで作られた黒目がちな目を見ると、なかなか派手そうなイメージだ。
「相田真莉愛…です。」
「あ…。」
この子が…前、俺を呼び出した1年の…。
「あ、あの…お話してもいいですか…。」
「…いいけど」
「あ…ありがとうございます。じゃあ、中庭とかで…。」
「…うん」
はにかんで上目遣いで俺を見上げる相田と連れ立って廊下を歩く。なんか、周りの視線を感じる…。なんとなく居心地が悪い。
「すいません、急に、呼び出して…。」
「いや、別に…」
言いかけて、はっとした。
…花城とすれ違った。けど、一瞬目が合いかけた花城は、すぐに視線を逸らして、友達と話しながら通り過ぎて行った。
…俺が女子と歩いていても、花城は興味もないんだな…。俺は…花城と速水が話しているのを見ると、どうしようもなくもどかしい気持ちになって…すごく焦るのに…
中庭に着くころには俺の頭の中は花城でいっぱいで、俺を見上げた相田がどんな顔をしているのかも、あまり興味がわかなかった。
「あの、この前、私、先輩にお手紙…渡したじゃないですか。」
「ああ…うん」
相田は顔を赤くして、はにかみながら、話をつづけた。
「…あの日…行かなくてごめんなさい…。」
「…あー…いや」
「御幸先輩が、花城さんと…いるのを見て…。」
「……。」
「…付き合ってるのかなって…思っちゃって…。」
…やっぱり、噂…というか、そういうつもりはなかっただろうけど、噂の出どころはこの子なのかもしれない。悪気なく友達に話したことが広がってしまったんだろう。
「でも…違うって聞いて…それで…」
「……。」
「……あの…どっちなんですか…?」
付き合ってないよ、誤解だよ、という言葉をこの子は期待しているし、半分確信もしている。そしてそれは…真実だ。
「…うん、付き合ってない」
「あ…。」
相田の顔に喜びが浮かんだ。
「でも、気になってる」
「……。」
浮かんだ喜びが一瞬で固まり、相田はぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。
「手紙の返事だけど…」
「……。」
「ごめん。花城のことが気になってるから」
しばらく沈黙が流れ、俺はしばらく間の返事を待ったけど、相田はうつむいてしまって何も言えそうになかったから、もう一度、ゴメン、と呟いて、踵を返した。
「じゃ…。」
「……。」
これでまた、噂になってしまうかもしれない。でも、心のどこかで、それを望んでいる狡い自分がいた。
***
あ、あれは……。
花城…、と、速水…。
中庭で話す二人の姿を窓の外に見つけて、俺は立ち尽くした。
同じように窓の外を見ている女子グループが二人を見て騒いでいる。
「ねー見てあれ!速水君が女の子と話してる」
「あれ1年の花城光さんじゃない?」
「え〜初めて見た!スゴい可愛い」
「美人だよね〜!モデルみたい。速水君とお似合い」
「なんか眼福〜」
「何見てんだよ?」
のし、と背中に倉持がのってきた。言いながら、俺の視線の先を見て、あの二人に気が付いたらしかった。
「えっ」
倉持は短く声を上げ、憐れむような目で俺とあの二人とを何度も見比べるそぶりをした。
「…なんだよ」
「いや、速水と花城さんが話してんのを悲しそ〜〜〜に眺めてるから…」
「は!?別に違うし」
つい大声を出してしまい、反射的に顔が熱くなった。倉持はますます面白そうに目を細めてニヤニヤした。…屈辱…。
「も〜〜〜うざい、お前」
「ヒャハハハwお前結構分かりやすいのなww」
「違うっつってんじゃん」
「何が?wwなぁ何が??www」
「うるっせえよ」
「倉持と御幸また喧嘩してる」
「仲良いなー」