008



「花城光な〜、もうちょい胸がデカけりゃ最強なんだけど…」

それまでやいやい盛り上がっていた食堂が、一瞬静まり返ったのち、野太い怒号が飛び交った。

「何贅沢言ってんだコラ!!」
「あの可愛さだけで奇跡レベルだろ!!!」
「むしろあのサイズだからいいんだろーが!!」
「お前は何もわかってない!!!」

皆から猛反論を食らい、麻生は悪かったよ、と青ざめた。

「それに胸は揉めばデカくなるっていうしナ〜」

のんびりと、中田が言うと、皆はニヤニヤし始める。
何妄想してんだか…

「つーか女の胸揉んだことある奴いる?」
「もう胸の話は良いってw」

麻生が言うと、倉持が噴出した。

「揉んでみてえな〜〜〜…」

麻生は遠い目で呟く。すると何を思ったか、小野が俺を振り向いた。

「…御幸なら、頼めば揉ませてくれる女子いそうだよな」
「は?いや何言ってんだよ(笑)」

「……。」
「……。」
「……。」

小野のふざけた言葉を俺は笑い流したのに、倉持や麻生は恨めし気に睨んできた。

「あ〜〜〜誰か揉ましてくんねーかなあ!!」
「増子先輩に頼めば?」
「バカ」



***



「げ…」

ここは駅のホーム。今日は対戦相手校の偵察のため、監督に許可を取って部活の時間に外出している。
そこでなんと偶然にも花城に出くわしたのだった。めちゃくちゃ嫌そうな顔されたけど。

「なんだよ、げっ、て」
「なんでここにいるの?」
「嫌そうに言うな。今度試合する学校のデータ収集に行くんだよ」
「……。」

花城は、きょとん、と俺を見上げた。

「野球部ってそういうこともするんですか…」
「はっはっは。まあな。感心した?敬語になっちゃって(笑)」
「うざい。」
「はっはっはっは!」

一番線に列車が参ります、と、ホームにアナウンスが流れ始める。

「花城は帰り?」
「いえ。」

花城は小さく首を振り、まだ自分を見つめる俺を、居心地悪そうに見上げた。

「…ちょっと用事があるんです」
「用事?」
「はい」

それ以上は聞くな、と言うかのように、花城は前を向いてしまった。
ま、あまり人に話したくないこともあるよな…。俺も追及はせず、ホームに滑り込んできた電車の方を見た。
花城と電車に乗り込み、ドアの傍に立つ。車内はなかなか混んでいたし、20分もしないうちに目的地に着くからだ。

「花城どこでおりんの?」
「…稲実前」
「えっ、まじ?俺も。」
「え〜」
「なんだよえ〜ってw」

ふん、と、花城は窓の方を向いてしまった。相変わらず愛想がない。
だけどその横顔を、俺はこっそり、遠慮なく眺める。やっぱ美人だなー…、睫長ぇ。
車内の他の乗客も、チラチラ花城のこと見てるし…。

電車が動き出し、花城はドア側の手すりにつかまり、俺はドアの上のつり革につかまった。
花城との距離が近いことに、ちょっとドキドキする。いや、かなりドキドキする。
花城…可愛いなー…。肌真っ白。腕なんてあんな細くて、爪の先まできれいで。そして…控えめな胸のふくらみが逆にエロい。ずっと巨乳派だったけど…花城と出会って、これはこれで…いやむしろ花城はこのくらいのほうが…

「触りますか?」
「えっ!?」

気づけば花城が俺を見上げていて、ぎくりとした。い…今、なんつった!?

「どうしたんですか?」
「え、え…何、さ、さわ…?」
「だから、座りますかって。そこ」

そこ、と花城が見たのは、すぐ隣の空いている座席だった。な…なんだ聞き間違いかよ…びびった〜…。ってあたりまえだけど…

「いや、大丈夫」
「そうですか。」

花城はそう言って、またドアに背を持たれた。

「…そういや…さぁ…」
「?」
「…最近どうなの、速水とは」

俺を見上げた花城の顔が、ほんのりと赤くなった。

「どうって別に…。」

あ〜〜俺、花城のこの反応だけでめちゃくちゃショック受けてる…。

「速水なんだろ?この前…手紙でお前を呼び出してたのって」
「え…そ、そういうことはちょっと…」

気が咎めたのか、花城は答えを濁した。人のいい奴…

「いや平気だって。速水から聞いたんだよ」

しかし俺がそういうと、観念したように黙り込んだ。

「やっぱあの日俺らが一緒にいるとこ見て誤解したっぽくてさ、付き合ってんのかって聞かれたよ」
「えっ」
「…おいそこまで嫌そうな顔すんな!傷つくだろーが」
「ちゃんと違うって言いましたよね?」
「言ったよ。その顔やめろ。どんだけ俺が嫌いなんだよ」
「ならいいですけど」
「……。何、もしかしてお前速水のこと好きなの?」
「別に」
「出たよ、『別に』」
「何なんですか」
「べっつに〜」
「……。」

花城はむっとした顔で俺を睨んだ。

「お〜怖っ。はっはっは」
「そっちこそどうなんですか。この前相田さんと一緒にいましたけど」
「相田さん?」

聞きなれない名前に一瞬きょとんとして、すぐに思い出した。相田って…俺を呼び出した1年の女子のことか。

「あ〜あれは別に…違ぇよ」
「違うって何がですか?」
「そういうんじゃないから」
「何それ。人のことはいろいろ聞いたくせに」
「だって本当に違うし」
「じゃあ何なんですか」
「俺あの子のことよく知らねーし。あれ以来話してもいねーし」

「痴話げんかだ痴話げんか」
「ちょっと、聞こえるよ〜」

ぼそぼそ、と笑う声がして、俺と花城は同時に黙り込んだ。横を見ると、2,3人挟んだ向こう側に立っているカップルが、こっちを見て「可愛い高校生カップル」などと言って笑いあっている。

「……。」
「……。」

俺たちは黙り込んだまま、しばらく電車のガタガタ揺れる音が響いた。
次の駅について、反対側のドアが開く。数人が下りていき、また数人乗り込んできた。その中に少しガラの悪い男グループがいて、そいつらが乗り込んでくると車内は少し騒がしくなった。

「なんだよ座れねーじゃん」
「お前椅子になれよ」
「なんでだよw」
「あーダリー」
「ヒロ来るって?」
「たぶん」

遠慮のないデカい話し声が社内に響き渡る。少しいやそうに眉を顰める人もいた。俺もいい気分ではなかったけど、無関心を決め込んだ。

「おい、アレ…」
「うおっ、マジ…」

すると急に男たちはひそひそ声を潜めて何かささやきあった。まあ静かになるならいいか…と思っていると、後ろの人たちが動くのを感じて、俺は振り返って、ぎょっとした。男たちが人をかき分けてこっちに近づいてきたのだった。

「こんちはー!」

男たちが花城の顔を覗き込んで声をかけた。花城は驚いた顔で男たちを見上げ、硬直した。

「うわめっちゃ可愛いじゃん!」
「もしかしてゲーノー人とかやってる?」
「名前教えてよ名前」

「……。」

花城、完全に硬直してる…。

「すいません」

俺が声をかけると、男たちは威圧的な顔つきで振り向いた。柄は悪いし態度も悪いけど、野球やってたらこの数倍は強面で体格もいい奴は山ほど見る。

「俺の連れなんですよ。」
「お?連れ?」
「なんだ彼氏いんのかよ〜」
「いいねぇ!イケメン君!お似合いだよ君たち」
「はっはっは。ありがとうございます」
「言うね〜!…あれ?お前結構いい体してんじゃん」
「鍛えてんの?なんかやってる?」
「一応野球やってます。」
「へ〜野球!俺も高校までやってたわ」
「そうなんスか。どこです?」
「稲実稲実。」
「強豪じゃないっすか。ポジションは?」
「そーそー。ショートだよ」
「へえ〜」

にわかに会話を弾ませる俺たちを、花城はぽかんと見上げていた。
やがて次の駅に着くと、そこが目的地だったらしく、男たちはどこか上機嫌で電車を降りて行った。

「……。何仲良くなってるんですか」
「いや〜めっちゃ怖かった!はっはっは」
「……。」

花城は呆れたのか怒ったのかよくわからない顔で俺を見上げ、ふいに不機嫌そうにそっぽを向いた。

「ていうか…彼氏じゃないし…」
「え、そこ?ありがとうとかない感じ?」
「…ありがとうございます!」
「怒るなよ。」

ドアが閉まり、花城がまたドアに寄り掛かった。

「美女は大変だな〜。変なのに絡まれて」
「うるさいし。」
「だからなんで怒ってんだよw」

電車が動き出し、俺は吊革に掴まり直した。車内は相変わらず混んでいて、何人かがひそひそとおしゃべりする声が響いている。

「花城って電車通?」
「いえ。徒歩です」
「え、じゃあ近いんだ?」
「はい」
「ふーん…」

なんていうか花城って…本当に聞かれたことの最低限しか答えないんだよなぁ…。

「じゃあ暇なとき野球部の練習見に来ない?」
「なんでですか?」
「うわ興味なさそー(笑)」
「ルールとかよくわかんないし」
「見てりゃわかるって。こないだから丹波さんがはりきってさー。また声かけてやってよ」
「丹波さん?」

きょとん、と花城は目を瞬いた。あれもしかして…丹波さんのこと覚えてない?

「うっそだろお前」
「あ、エースの人でしたっけ。」
「あーあ…丹波さん泣くぞ〜」
「知らないし」
「うわっ!ヒデェ!純情な球児を弄びやがって」
「意味わかんないし」
「いやいや丹波さんはお前に気があるんだって!」
「うるさいな。先輩に関係ないじゃん」
「丹波さんが調子落とすと俺も困るんだよな〜…」
「どうしろって言うんですか?」
「そりゃー…そうだな…」
「……。」
「カワイ〜笑顔で、先輩カッコイイ♡ってお前が言えば、男は皆舞い上がるだろ。」
「バカじゃないの?」
「はっはっはっは!」
「……。」

花城は顔をゆがめて俺を睨んだ後、笑った俺をもの言いたげにじっと見つめてきた。

「…え、何…」

ちょっと動揺した矢先、その花城が、ニコッ、と笑顔を作って小首をかしげた。

「先輩カッコいい。」
「……。」

…か〜〜、と喉の奥から顔が熱くなって、急に心臓がうるさくなった。だって花城の笑顔、可愛すぎ…!からかわれて、動揺した姿を見せたくないのに、どうしても熱がひいてくれなくて、俺の赤面に気付いた花城もつられたように少し赤くなって、眉をひそめた。

「…何本気で照れてるんですか。」
「う…うるせえな、反則だろお前」
「バカじゃないの…」
「だっていまのはしょうがねえだろ…びっくりしたんだよ!」

俺たちは電車に揺られながら、2,3駅の間気まずく顔を赤くしていた。
年下の花城にからかわれて、まんまと顔を真っ赤にしたりなんかして…く、悔しい。

『次は稲白実業高校前――稲白実業高校前――』

機械音声が流れ、俺と花城は一瞬顔を見合わせた。だけど言葉を交わさないまま、電車は速度を緩める。

『稲白実業高校前ーー稲白実業高校前です。お出口は右側です』

花城の後ろのドアが開き、俺たちは一緒に電車を降りた。

「…どっち方面?」

改札に向かいながら花城の隣に並び、尋ねると、花城は切符を取り出しながら言った。

「南口です」
「一緒だ」
「……。」

花城は無言で前を向く。こ…これはもしかして嫌なのか?いや、でも、どうせ同じ改札口だし…。
…って、俺、花城の反応気にしすぎだよな…。普段こんなことないのに。俺らしくない。俺らしいってのもよくわかんねーけど…
切符を通し、改札を通り、南口へと向かった。駅の中も混んでいて、早く外に出たい気持ちもあって、俺と花城の歩く速度は少し早まっていた。

「…花城、お前さあ…」

俺を見上げる花城の青い目にドキリとしながら、何も考えなしに花城に話しかけたのは、花城を引き留めたいって、もう少し一緒にいたいって、自分が心のどこかで思ってるからなのかも…と思った。

「何?」

しばらく俺が何を言うか迷ったから、花城は眉をひそめた。

「速水の前でその顔すんのやめたほうがいいぞ。」
「は?」
「は?とかいうのもやめたほうがいいぞ〜。お前、おしとやかなイメージだし」
「意味わからないんですけど。」
「速水もお前のこと、おとなし〜いお嬢様だと思ってるだろーしな。はっはっは」
「むかつくなぁ…」

ムッとする花城を見て胸がくすぐったくなるなんて我ながら性格が悪い。花城がこんな風にふるまうのは俺の前だけなんじゃないかと思うと、どうしても嬉しくて。少し優越感なんかもあって。

「別に私そんなんじゃないし。」
「はっはっはっは!知ってる!」
「うざいんですけど。」
「はっはっはっはっは!」

もう南口が見えてきた。人ごみの向こうから、外の光がまぶしく見える。

「先輩こそ相田さんの前で喋らないほうがいいですよ。性格悪いのがバレますよ。」
「はっはっは!よく言われる!」

「一也!?!?」

ちょうど南口を出たところで、俺の名前が盛大に響き渡った。

「一也じゃん!ここで何して…」

人ごみをかき分けてやってきたのは成宮。その後ろからカルロスや白河もついてきている。
俺のそばまでやってきた成宮は、花城を見つけてはっと硬直した。

「は!?えっ、この子誰!?まさか彼女!?」
「はっはっは。さあな〜…」

ぺしん、と花城が俺の背中をたたいた。ちっとも痛くない。

「ふざけないでください。」
「本気で怒るなよ!冗談じゃん。」
「……。」
「わかったわかった!ごめんって」

花城ににらまれながら、俺はぽかんとする成宮達に紹介した。

「ただの後輩の花城。」

ぺこ、と会釈をした花城を見て、カルロスや白河はほう…と息をのむ。
そして成宮は…

「はじめまして花城さん!」

がしっ、と花城の両手を握った。

「俺は稲実2年の成宮鳴です!下の名前なんて言うの!?」
「え…、ひ、光…」
「光ちゃん!」

じっ、と成宮の目が、花城の顔、手、体…全てをじろじろと観察した。

「すげー美女…」
「え?」

花城は顔を赤くした。

「手もすげえすべっすべ…」
「コラ成宮。うちの後輩にセクハラしないでくれる?」
「光ちゃんって彼氏いるの!?」
「おい聞けコラ」

俺を無視して花城の顔を覗き込む成宮。花城は、ふるふる、と小さく首を横に振った。

「マジ!?よっしゃ!!じゃあ俺立候補!!」
「おい成宮!いい加減離せって」
「何?一也邪魔しないでくれる?立候補は早い者勝ちなんだからね!」
「いやそれはどうでもいいけど」

どうでもいい、と言った途端、なぜか花城ににらまれた…気がした。

「どうでもいいならいいじゃん!ほっといてよ!ねー光ちゃん♪」
「はあ…。」

花城は苦笑を浮かべ、曖昧に笑った。
その時、駅のロータリーに静かに滑り込んできた黒い高級車に気を取られた。ぴかぴかで重厚感があり、周りの車より明らかに目立っている。

「すげー車」

カルロスがつぶやき、成宮も白河も振り返って車を見た。

「…じゃあ私行くので」

花城が急に言って、成宮から離れた。

「ええもう行っちゃうの光ちゃん!!」
「迎えが来たので…」

花城は申し訳なさそうにそう言い、あの黒い高級車を見た。

「え?あれお前んちの車?」
「そうですけど」

あっさりと、きょとんとした顔でうなずいて、さよなら、と花城は車に近づいて行った。すると運転席からスーツ姿の男が下りて、後部座席のドアを開け、花城が乗るとドアを閉め、運転席に戻って車を発進させた。

「…え!?光ちゃんってお嬢様なの!?」
「し、知らねえけど…」

公道を走り去っていく高級車を見送って、俺たちはしばらくぽかんと立ち尽くした。
…花城って何者!?

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