003


「光って東条君と仲いいよねぇ」

お昼休みの雑談で、私はかねてから不思議に思っていたことを言った。
光はあまり自分から男子に声を掛けに行くタイプじゃないから、東条君とよく話しているのが不思議だったのだ。

「小学校が途中まで同じだったから。」
「へぇそうなんだ!途中までって?」
「私3年生の冬に引っ越したから、転校したの」
「あ〜そうなんだ」

さらりとその疑問は解けた。けど、やっぱりそれにしても仲がいいような。

「東条君カッコいいよね。」
「あ、小学生の頃も女の子に人気あったよ。」
「へ〜!」
「東条優しいからねぇ」
「え〜じゃあ光は?どう思ってんの〜?」
「あはは。やめてよ。」

光はなんてことないように笑って手を振った。うーむ、これは…脈なしか?

「司気になってるの?」
「へ!?いやいや違うよ!」
「そう?」

中学生の頃からお姫様みたいでモテモテだった光。でも、これといって男の子と噂になることはなかった。
だから光のそういう話にはすごく興味があるんだけど…うーん…本人は興味なし、なのかなぁ…。



***



「春乃〜。」

廊下で春乃を見かけ、声を掛けた。春乃も中学が一緒で、クラスは一緒になったことはないけど、私と光ともそこそこ仲が良かった子だ。

「あ〜司ちゃん、光ちゃん!」
「どうー?そっちのクラスは」
「う、うん。慣れてきたよ。」

春乃はそう笑ったけど、その顔にはどことなく元気がなかった。

「なんかあったの?」
「あ…ううん、そうじゃないんだけど…。」
「…どうしたの?」

光も心配そうに尋ねると、春乃は落ち込んだ様子で言った。

「うん…実は…。私野球部のマネージャーになったでしょ?でも、最近向いてないのかなって思って…」
「どうして?」
「失敗ばかりだし…あまりなじめなくて…。先輩のマネージャーさんたちの足を引っ張ってばかりだし、野球部の男の子たちはちょっと怖いし…」

私と光は顔を見合わせた。

「まー確かに春乃は天然なとこあるけどさぁ」
「えっ」

思ったことを言ってしまった私の言葉に春乃はショックを受けた。しまった。光が呆れたように目を細めて私を見た。

「ま…まぁ大丈夫だって!!すぐ慣れるよ!」
「う、うん」

「あ、マネージャー!」

びくっ、と春乃が肩を震わせた。

「…だよね?」
「えっ!は、はい!」

声を掛けてきたのは2年生の男子で、眼鏡のかっこいい先輩だった。隣の先輩は目つきが悪くてちょっと怖いけど。

「ちょうどよかった。練習ノート持ってない?」
「え!…あ!私まだ持ってます!すみません〜!」
「いや、あるならいいんだけど。今日使うから持ってきてくれる?」
「は、はい!!すみません!!」

春乃は慌てた様子でペコペコ頭を下げた。確かに大変そうだ。
がんばれ春乃、と心の中で応援したとき、ふと、その先輩が光に視線を移した。

「姫だ。」
「……?」

にやり、と笑って言ったその先輩に、光はきょとんと眼を瞬き、…私を見た。

「いやいや光のことでしょ」
「え?何?…?」
「はっはっはっは!」
「何笑ってんだよクソ眼鏡」

光の他人事な反応にその先輩はおなかを抱えて笑い、目つきの悪い先輩にチョップされた。

「姫って呼ばれてるじゃん、君。」
「姫?…え、誰にですか?」
「マジ?はっはっはっは!」
「何なんですか?」

呼ばれてる。確かに姫って呼ばれてる。けどそれは、本人がいないところで、暗喩みたいなもので…!
光本人は「姫」と呼ばれてることを知らないのだ。

「みんなそう呼んでるらしいぜ?」
「…知りませんけど」
「何で嫌そうなんだよ?いいじゃん姫。褒めてるじゃん」
「嫌です」
「なんで?姫」
「やめてください。」

光は迷惑そうに眼鏡のイケメンの先輩をあしらった。

「後輩に迷惑かけてんじゃねぇ!!」
「いって」

その時、目つきの悪い先輩が、眼鏡のイケメンの先輩のお尻に蹴りを入れた。

「花城さんすいませんね、このバカがバカなこと言って迷惑かけて」
「はあ…」
「あ!俺は2年の倉持っていいます。花城さんのことは東条から聞いてます!」
「え…?」
「倉持〜。お尻割れちゃったんだけど」
「アホかテメェ黙ってろやコラ。…あ、こいつはほんと気にしないでください。後で絞めとくんで」
「絞める〜?お前がぁ?」
「あ?今からやってやろうか?コラ」
「はっはっは!元ヤンこわ〜(笑)」
「アァ!?ぶっ殺すぞクソ眼鏡!!」
「はっはっはっは!」
「待てやコラ!!俺から逃げられると思ってんのか!?あん!?」

ばたばたばた、二人の先輩は走って階段を駆け上がっていってしまった。…嵐のようだった。
ぽかん、と立ち尽くしたあと、光はぽつりとつぶやいた。

「誰?今の…」
「あっ。野球部の2年生の…えっと…御幸先輩と倉持先輩!」

春乃が一生懸命思い出したように言った。

「あのふたりはレギュラー?だから、なんとか覚えたの!」
「へー…」
「特に御幸先輩はすごい人らしくて…いつも取材とか、女の子とか、見に来てるんだよ!雑誌とかにも載ってるんだって!」
「え〜あのイケメンの人有名なんだ!すごーい」
「……。」

イケメンの人、というところで、光はもの言いたげに私を見た。

「あの人光に気がありそうだったよね〜?」
「やめてよ。」
「うわ嫌そう…」

あたりまえじゃん、と光は腕を組んで眉を寄せた。もともと男の子の話題にあまり興味のなさそうなところはあるけど、こんな風に嫌な顔をするのも珍しい。

「なんでー?イケメンじゃん」
「イケメンじゃないもん。なんかむかつく。からかってくるし」
「面白い人じゃん」
「面白くない。」

光は断言し、口を尖らせた。

「私あの人嫌い。」
「あーらら」
「い、いいひとだよ!たぶん…」
「たぶんかーい」

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