昨日入学式があったばかりの学校は、今日もまだ皆どこかそわそわしていて落ち着かなかった。
俺もそうだったけど、野球部の寮に入ったため一足早く何人かと見知っているぶん安心してもいた。ただ、俺の前の席…玉城光という女子生徒が昨日の入学式を欠席したことが少し気になっていた。
入学式を休むなんて、きっとよほどの理由だし…。運悪く風邪でも引いたんだろうか。よりによって初日に来られないなんて、可哀そうに。担任の先生は、「体調が優れないため」とか言ってたっけ。
どんな子なんだろう…。
頬杖をついてぼーっと前の席を眺めていると、不意に、トスン、と机にスクールバッグが置かれた。頬杖から顔を上げて見上げると、バッグを置いたのは長い髪の女子生徒――その横顔に、俺はしばらく見惚れた。
…すごいキレーな子…。
…あっ、この子が玉城光さん!?
玉城さんは机の中からプリントの束を取出し、ちょっと困惑気味に目を通し始めた。
「あ、それ、来週提出だって。」
思い切って立ち上がり、声をかけると、彼女は目を丸くして俺を振り向いた。俺は努めて自然になるように微笑みを浮かべた。
「そのプリントは確認用。で、それは来週の英語の授業で提出する宿題な。早いよなぁ、もう宿題出されるなんてさ。」
「……。」
玉城さんはちょっとはにかんで頷いた。か、可愛い。前の席がこんな子だなんて…しかも早速話せるなんて、すごくラッキーだ。
「俺、東条秀明。後ろの席だからさ、何でも聞いてよ。よろしくな。」
「…私…玉城光。よろしく…」
ぎこちなく少しだけ笑みを浮かべる玉城さん。まだ緊張しているのが見て取れる。無理もない、入学式を休んだのだから。今日だってすごく来辛かったはずだ。
「昨日どうして休んだの?」
「……。」
何気なく聞いたつもりだったけど、玉城さんは少し表情を曇らせて言葉に迷うように俯いた。
「…風邪でも引いた?」
「ん…うん、そんな感じ」
…そっか、と頷く。きっと言い辛い事情なんだ。気安く聞いたりして、なんか、悪かったな…。
ちょっと自己嫌悪に陥りつつ、玉城さんが机に荷物を仕舞って席に着く様子を眺めた。そしてふと、教室が異様に静まり返っていることに気が付いた。
「……。」
「……。」
「……。」
…み…皆、玉城さんのことスゴイ見てる…!!美人だもんなぁー…。特に男子はそわそわして、誰が声をかけるかひそひそ小突き合っている。
「た…玉城さん。」
そんな静寂の中、玉城さんに声をかけにやって来たのは、背の高いショートカットの女子だった。ボーイッシュで気が強そうな彼女は、確か…鷹野司。昨日の入学式でも目立っていて、すでにクラスの女子たちとも打ち解け、早くもリーダー的存在になりつつある女子だった。
「私、鷹野司。よろしくね。」
「…よろしく…。」
「……。」
「……。」
玉城さんが早くも女子と打ち解けられそうで安堵したのもつかの間、鷹野さんは玉城さんを見つめたまま黙り込んでしまい、玉城さんも気まずそうに口を噤んでしまった。ど、どうしたんだろう?鷹野さんって、昨日から結構誰にでも気さくに話しかけていたはずだけど…。
「…ちょっと待って」
「え…?」
鷹野さんは急にそう言って、玉城さんの前で机に手をついて突っ伏してしまった。玉城さんの戸惑いが背中から伝わってくる。
「ど…どうしたの、鷹野さん…?」
玉城さんがそう声をかけると、鷹野さんの絞り出すような声がした。
「可愛すぎて胸が苦しい……。」
「……え?」
玉城さんの困惑した声がした後、静寂が流れ、二人の様子を見守っていた教室中のクラスメイト達がどっと笑い出した。
「何言ってんだ鷹野〜!」
「鷹野さんの気持ちはわかるけどさ〜(笑)」
「玉城さん困ってるよ!(笑)」
「だってしょうがないじゃん!私の人生史上最高の美少女だよ!?ヤバいよ〜直視できないぃ〜〜!!」
「……。」
鷹野さんの叫びを聞いた玉城さんの耳が赤くなり、肩を竦めて俯いた。注目を浴びるのは苦手らしい。
「モデルか何かしてるの!?」
「し、してない…。」
「ウッソ!?そんなに可愛いのに!?細いし小顔だしさぁ〜!ね、ちょっと立ってみて!ほらぁ足も長い〜!!モデルやりなよ絶対なれるよ!!」
「え……。」
「ね、絶対モテるでしょ!?彼氏いる!?」
「な…ない、いない」
「ええっマジで!?女子校出身とか?あっ!てか今の聞いた男子〜玉城さんの事狙わないでよね!?あんたらじゃ釣り合わないからね!!」
うるせーよ鷹野、と男子からヤジが飛んだ。図星を突かれたように赤くなっている男子もいる。
「大丈夫、悪い虫がつかないように私が守るからね!」
「……。」
「鷹野〜玉城さんに迷惑かけんなよ」
「め、迷惑!?」
苦笑いをする玉城さんに、すっかり執心気味の鷹野さん。
それを見守るクラスメイト達…、という構図があっという間に出来上がっていて、まだ日は浅いけどいい雰囲気のクラスだな、と俺は安堵した。
***
「玉城さーん、一緒に帰ろうよ!家どこ?」
「土手の方の…。」
「あ〜そっち!じゃ橋まで一緒だね〜私駅だから!」
終業後、鷹野さんに誘われて帰って行く玉城さんを、クラスの男子たちはちょっと惜しいような目で追っていた。結局話せなかった…、そう落胆する声が聞こえてきそうなほどで、俺は焦りに似たもどかしさを感じながら、誰もいなくなった前の席を名残惜しく見つめ、部活に向かった。
俺も、もうちょっと話したかった…なんて。玉城さんに興味がある。もっと知りたい。些細なことでも…。
「…玉城光です。中学までは…イギリスにいました。…よろしくお願いします。」
昨日欠席だったからと、今朝のHRで自己紹介をさせられた玉城さんはそう言っていた。それだけか〜、と担任が促したけど、恥ずかしそうに俯いて席に着いてしまい、まばらな拍手で締められた。玉城さんに興味津々なクラスメイト達は皆物足りない気持ちで、いつまでもそわそわと彼女の顔色を窺っていたけど、注目されて肩身が狭いらしく、玉城さんはじっと肩を竦めていた。
階段で偶然信二と合流して、二人で昇降口に降りたところで、靴箱の傍に玉城さんが一人で立っているのを見つけた。おかしいな、鷹野さんと一緒に帰って行ったはずなのに…鷹野さんは一緒にいないようだ。
これはチャンスかもしれないと思った時、俺はすぐにそちらに足を向けていた。
「玉城さん!」
ぱっ、と彼女の目が俺を振り向く。
「何してるの?」
言外に、鷹野さんは?と尋ねられているのがわかったらしく、玉城さんは階段の方にちょっと視線をやって苦笑した。
「鷹野さんが、呼ばれてて…。」
「あー。」
確かに階段の脇で、先輩に呼び止められたように話込んでいる鷹野さんの姿があった。知り合いなのだろうか。鷹野さんはクラス内だけでなく、学年問わず顔が広いらしい。
「また明日!」
「うん、またね。」
手を振ると、ちょっと胸元で小さく手を振り返してくれる玉城さんが可愛い。声をかけてよかった。
「…おい、東条!今の誰!?」
…と浮かれた直後、信二から羽交い絞めを食らった。
「おなじクラスの玉城さんだよ。」
「お前女子と仲良いのかよ…しかもあんな可愛い子…。」
「今日初めて話したんだけど。」
「なんだそれ自慢か!?」
「え〜…。」
俺にも紹介しろよ、と信二から詰め寄られつつ、無意識のうちにまあまあとはぐらかしている自分はずるいのかもしれない、と胸の中でぼんやりと思った。