003

「…そう、方向が同じ子がいてよかったわね。でも、あまり暗くならないうちに帰るのよ。」
「はい。」
「その後はどう?大丈夫?」
「それが…。」

廊下で高島先生を見かけて、いつも通り挨拶しようとしたけど、知らない女子生徒と話し込んでいることに気づいて思いとどまった時、高島先生がこちらに気づいて顔を上げた。

「あら、御幸君、倉持君。お疲れさま。」
「ッス…。」

ぺこ、としながらちらりと女子生徒を見る。…可愛い…。1年か?こ、こんな可愛い子がいたとは…。

「お〜!玉城ちゃんじゃん!」
「!?」

すると隣の御幸が声を上げて、女子生徒は目を丸くし、びくりと肩を竦めた。

「元気〜?友達できたか〜?」
「コラ、御幸君。後輩をからかうんじゃありません。」
「……。」

玉城ちゃん、と御幸に呼ばれたその子は御幸を見つめてちょっとムッとしたように眉を寄せた。怒っても可愛い。

「…もう帰ります。」
「あ、そうね。気を付けてね。」
「はい。失礼します。」

玉城さんは高島先生にお辞儀をし、御幸を無視して去って行った。…ついでに俺も無視された。

「もしかして俺嫌われてる?」

悪びれずにケロリと笑いながら言う御幸を、高島先生は呆れたように見つめる。

「そうかもしれないわね。」
「え〜!?なんで!?」
「ウゼェからだろ。」
「そんなことないもん。」
「はいもうそれがウザい。」

なんだよそれ〜、と本気だか冗談だかわからない調子で嘆いた御幸は、ふと高島先生に尋ねた。

「礼ちゃんさっきの子なんかあったの?」

何故そんなことを聞くのかと目を丸くする俺を余所に、高島先生はあしらうように微笑んだ。

「アナタには関係ないことよ。」
「でもさ〜さっきの子って入学式の日に泣いてた子でしょ?」
「え?」

入学式の日に泣いてた?つーか、なんでそれを御幸が知ってるんだ?

「アナタは気にしなくていいの。もう行きなさい。」
「え〜気になる〜」
「あんまりしつこいとますます嫌われちゃうわよ。」
「えー!」
「ほら御幸…行くぞ!」

その場は俺が御幸の首根っこを掴んで引っ張っていき、終わってしまった。だけどその時からなんとなく俺の中で、玉城さんのことが引っ掛かり始めた気がした。




***




「沢村、お前、玉城って女子知ってるか?」

夜、雨の中走りに行こうとしていた沢村をとっ捕まえて部屋に引き戻し、ようやく大人しくテレビを見始めた沢村に尋ねると、沢村はきょとんとした顔で振り向いた。

「え?誰ッスか?」
「あー、じゃあいいわ」
「は!?なんだそれ!?」
「テメェ今なんつった?」
「あっ…」

口が滑ったアァ〜〜…と悲鳴を上げる沢村を締め上げ、一息ついて、C組ではないらしいと考える。…つーか一クラスずつ聞くのは骨が折れるな。あんだけ可愛いし、噂とかになってないもんかな…。御幸に聞けば何かわかるかもしれないけど、それは癪だしな…。



***



「はい倉持オッケー。」
「っしゃ!」
「職員室に地毛証明書取りに行けー。」
「ええっ!?」

風紀検査をパスしたと思ったら、クソ面倒くさいことを申し付けられて抗議の声を上げた。しかし風紀の担当教師は意に介さず、ペンで廊下の先をちょっと指しただけだった。

「染めてねーっすよ!」
「だから証明書取りに行けって。」
「…去年も出したのに!」
「去年は去年。今年は今年。」
「……っ」
「今舌打ちしたか?」
「してません!!」

クッソ―、めんどくせえ…。後ろで御幸がニヤニヤ笑ってやがるのもムカつく。

「次御幸。そろそろ髪切れよー。」
「はーい。」
「よし、オッケー。」
「どーもー」
「お前も地毛証明書な。」
「え!?」

コントのようなオチを目の当たりにして、俺は遠慮なく噴出した。

「早く行け。授業に遅れるぞ。」
「…はーい」

とぼとぼと歩いてきた御幸の肩に腕を回してとっ捕まえると、御幸は迷惑そうに眉を寄せた。

「ヒャハハ。仲良くいこーぜぇ御幸ちゃんよぉ」
「あ〜〜〜めんどくさい」
「お前もう坊主にすれば?」
「はっはっはっお前こそ…」
「俺は似合わねーんだよ。」
「いやいや、絶対似合うよお前。」
「じゃーテメェが坊主にしたら考えてやるよ」
「え〜倉持クンそんなに俺とお揃いが良いの?」
「キメェこと言ってんじゃねえ殺すぞ」

こわーい、と御幸がおどけた時、職員室の前に着いた。思った通り長蛇の列ができている。うんざりしながらその列の最後尾に並び、まぁ授業をサボる正当な理由ができたな、と楽観的に考えながら壁にもたれかかった。

「1限なんだっけ?」
「数学」
「やった〜ラッキー」
「だな。」

御幸とにんまり笑みを浮かべ合う。こいつと意見が合うなんて珍しいことだけど、授業をサボれることを嘆く高校生の方が珍しいだろう。

「うわー、すごい列」

後ろから声がして、また新たに証明書を貰いに生徒が来たのかと振り向くと、見覚えのある奴だった。なんだっけ、えーと…あ、そうだ、松方シニアの東条…。

「授業遅れちゃうなー。1限なんだったっけ?」
「えっと…英語。」
「あ、そっか。じゃあちょっとラッキー…なんちゃって」
「ふふ」

その東条の隣を少し遅れてついてきた女子生徒を見つけて、俺はぎょっとした。
な…なんで東条があの子と…玉城さんと仲良く歩いてくるんだよ!?

「あれー!?玉城ちゃん!」

俺が驚いた隙に、御幸が隣で声を上げて、玉城さんも東条も目を丸くして俺たちを見た。

「あ…御幸先輩、倉持先輩!」

おはようございます、と慌てて挨拶をする東条の隣で、玉城さんは厄介な奴に見つかったとばかりに苦い顔をして口を噤んでしまった。さっきまで東条に天使のような笑顔で微笑みかけていたのに…天と地の差だ。

「ふたり同じクラスなの?」
「え?あ、は、はい…」
「え〜いいな〜東条〜〜」
「いいな〜じゃねぇよ、オラ、前進んでんぞ!詰めろ!」

少し列が進んだところで、壁を背に御幸、俺、東条、玉城さんの順に並んだものの、御幸はソワソワと身を乗り出して玉城さんの様子を窺う。玉城さんは迷惑そうに腕を組んで顔を背けている。
…いや〜…改めて見てもマジで美人…。

「先輩たちも地毛証明書ですか?」

東条は気を遣ったのかそんな風に俺たちに声をかけてきた。こいつは気さくで友達が多いタイプだ。

「ここに並んでんだからそうに決まってるじゃん。」
「あ…そ、そうですよね」

対してそんな身も蓋もない返答をするのが御幸だ。友達がいない証拠だ。

「地毛証明書なんて必要なんだな。中学じゃそんなのなかったから、知らなかったよ。」
「うん…。」

俺たちの次に玉城さんにも気を遣ったのか、東条は玉城さんにそう話しかけた。玉城さんは友好的に微笑んで頷く。御幸と違って東条には気を許しているらしい。

「でも、いいな玉城さん。地毛でその色?」
「うちは皆こんな感じ…っていうか、東条君も似たような色じゃん」
「え?俺?全然違うよ!俺のは日に焼けて傷んだ色だし…玉城さんの髪はキレーだけど」
「……。そうかな…。」

玉城さんはちょっときょとんとして、にわかに顔を赤くして、俯いた。
…何ナチュラルに口説いてんだ、東条の野郎…。
玉城さんの反応を見て今更自分の発言の恥ずかしさに気付いたのか、はっと顔を赤くした東条をどうからかってやろうかと考えていると、隣の御幸が身を乗り出してきた。

「おいちょっと東条。俺の玉城ちゃんナンパしないでくれる?」
「え…!?や、ナンパじゃ…」
「おい待て。俺の、ってなんだよ。お前のじゃねーよ。なぁ玉城さん?」
「……。」

俺の質問を受けて、こくん、と大きく頷く玉城さん。お、反応してくれた…。御幸をダシにしたのはちょっとズルかったかもだけど、何か嬉しい。

「玉城ちゃんつれねぇ〜〜…」
「つれてたまるか。オラ進め!ちゃんと前見ろ!」

じわじわと列は進むが、俺たちの順番はまだまだ先だ。

「……。」

ふと、玉城さんは誰もいない自分の後ろを振り返って見て、隣の東条を見上げた。

「東条君。」
「ん?」

くい、と東条の袖を引く玉城さん。

「待っててくれる?」

最後、ひとりで教室に戻るのが心細いのか、そう尋ねる玉城さんに首を横に振れる男などいるだろうか。

「うん、一緒に戻ろう。」

東条が頷くと、玉城さんは安堵したように微笑んだ。…なんか東条にクソ腹立つ…けど…。…あ〜〜〜、いいなぁ〜〜…。

「玉城ちゃん、俺も待っててあげる♪」
「テメーが待ってたってしょうがねぇだろーが」

同じ教室に戻るわけでもあるまいし。べしんと遠慮なく御幸の頭を叩くと、御幸は不服そうに頭を掻いて俺を見た。

「ってーな〜…遠慮なく殴るな!待っててやんねーぞ」
「別にいいよ。」

「…ぷふ…」

小さく噴出す声がした。振り向くと、玉城さんが口元を押さえてこらえきれず笑っていたのだった。え…今、俺と御幸のやり取りを見て笑った?…なんか嬉しい…。

「あっ、玉城光…」

ふと、通りかかった男子生徒二人組が立ち止まり、そう呟いたと思ったら、次の瞬間携帯のカメラを向け、シャッターを切った。驚いて固まる玉城さんをよそに、まるで偶然見つけた虹が上手く撮れた時のように盛り上がりながら踵を返すそいつらに、にわかに腹が立った。

「おい!待てよ」

気付けば怒鳴り声をあげていて、男たちがぎょっとして振り向いた。

「テメーら何勝手に撮ってんだよ。消せ!」
「え…、」
「いや…、」

誤魔化す方法を考えて目をさ迷わせ、俺の様子を窺う男たち。そんなことをしても、今目の前で写真を撮られたことは俺たち全員が目撃しているから無駄だ。

「早く消せっつってんだよ!」
「は、はい」

慌てて携帯を操作しながら逃げようとする男たち。

「何逃げようとしてんだ!謝れよ!」

あっ、と青ざめて、そいつらはやっと玉城さんを見た。すいませんでした…、と消沈しながらそいつらが頭を下げた時、騒ぎを聞きつけた教師が職員室から飛び出してきた。

「おい、何騒いでるんだ?」
「せんせー、そいつら校内でケータイ使ってますよ。」

すかさず御幸が告げ口をすると、教師はそいつらが手に携帯を持っているのを見つけてすぐに歩み寄り、その手から携帯を奪った。

「ハイ没収!放課後取りに来い。」
「はい…」
「……。」

そいつらはもう何も言い返せずに、がっくりと肩を落として教室に戻って行った。

「あ あの…。」

東条の影から、玉城さんが俺を覗き込む。

「ありがとうございました…。」
「え?あ、いや、別にたいしたことじゃ…。」

た…玉城さんにお礼を言われた!!
やべー、すげー嬉しい…、……ん?

「…テメェ何ニヤニヤしてんだよ」
「別に?」

御幸の視線で顔が熱くなっていることに気付いた。だってしょうがねーじゃん、こんなかわいい子にお礼言われたら…!!

「…なんで撮られたんだろ…。」

ぽつり、と玉城さんが落ち込んだ様子で呟いた。

「私どこか変だった?」
「え?いや、そんなことないけど…。」

尋ねられた東条はしどろもどろになって首を振る。可愛いからだろ…、という一言は恥ずかしくて言えないらしい。

「なんで私のこと知ってたのかな…。」

ちょっと怖がるようにそう呟いた玉城さんに、御幸が身を乗り出していった。

「そんなの決まってるじゃん。カワイーからでしょ。」
「……。」

御幸を睨む玉城さん。ぜ…全然信じてない。

「何だよその目。実際野球部内じゃ玉城ちゃん有名になり始めてるからな?」
「え…な、なんで?」
「俺が広めた!」
「……。…サイテー」

冷めきった目で呟いた玉城さんに、えっ、と目を丸くした御幸。

「いや、それはマジでないわお前」
「え?なんで?」
「勝手に人の噂流すなよ」
「噂じゃない!」
「じゃーなんだよ」
「野球部の1年に玉城ちゃんのこと聞きまくってたら広まっちゃった(笑)」
「サイテー」
「だってクラスもわかんなかったからさ〜…」

玉城さんがもう一度言うと、御幸はちょっと慌てた。

「なんでそんなこと…。」
「玉城ちゃんに会いたくて!」
「うざい。」
「うざ…、え?」

青ざめて硬直する御幸。普段女子からキャーキャー言われることはあっても、こんなふうに邪険にされるなんて激レアだから、本人も動揺してる。
玉城さんはツンとそっぽを向いてしまい、御幸の取りつく島はなくなってしまった。それから御幸がどんなに呼びかけても、顔の前で手を振ってみても、玉城さんは頑として御幸を無視し続けるのだった。

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