「どこ?どこ?」
「どの子?」
「見えねーよー」
今日突然、教室の入り口に人が詰めかけて、A組の前には人だかりができるほどだった。
「…何?」
訝しんだ玉城さんが騒がしい方を振り向いた、その時。
「あっ、あの子じゃね!?」
「うわっめっちゃ可愛い!」
「マジで可愛いじゃん」
「おい前の奴どけよ、見えねーよ!」
びっくりして目を瞬いた玉城さんが俺を見る。その騒ぎにちょっと怯えたように身が竦んでいて、俺は咄嗟にヘラリと笑って首を傾げた。
「あーあっち向いちゃった」
「あの金髪の子?」
「こっち向いて〜!」
「玉城光ちゃん!」
「え…?」
怯えた玉城さんが反射的に振り返る。直後に2,3度響くシャッター音。無数の携帯電話が彼女に向けられている。
「な、何…?」
玉城さんは立ち上がって、立ち尽くす。教室の二つの入り口は野次馬たちによって塞がれている。
「…た、玉城さん。こっちに…俺の後ろに、ほら」
ただ事ではない状況をじわじわと理解し、俺はとにかく彼女の袖を引いて自分の影に促した。彼女は俺の背でしゃがみ、怯えている。
「あー隠れちゃった」
「玉城光ちゃ〜ん!」
「顔見せろよ美少女〜!!」
「せーの…玉城さーーん!!」
詰めかけているのは1年だけじゃなく、2年も3年もいる。1Aの生徒たちは玉城さんを案じながらも、先輩たちを相手に注意できる人はいなかった。…俺も含めて。情けない…、…いや、やっぱりここは俺が…。…この間の、倉持先輩のように…。
「ちょっと!!何してるんですか!?」
と、そのとき、その人混みをかき分けて教室に入ってきた鷹野が野次馬に向き直り、怒りをあらわにした。
「勝手に写真撮らないでください!嫌がってるでしょ!!」
なんだよ、とか、誰だよ、とか、鷹野に文句を言う声がちらほらと上がったが、正論を前に堂々と反論する者はいなかった。
「教室に詰めかけないでください!先生呼びますよ!」
結局はその一言で、野次馬たちは興ざめしたように散らばって行った。
「光、大丈夫!?」
「う、うん…ありがとう…司」
いつの間にか名前を呼び捨てにしている二人に、おっ、と思った。女の子は仲良くなるのが早い。
それはそうと、鷹野さんはすごいな…。彼女が来なかったら、俺はあんな風に毅然と大声を上げることができただろうか。玉城さんがあんなにおびえていたのに…。
「東条君も…ありがとう」
「え!?いや、俺、何もできなくて…ごめん。怖かったよな、いきなりあんな…。」
「……。」
玉城さんの顔には拭いきれない不安が滲んでいる。その隣で、鷹野さんはまだ怒りを滲ませている。
「なんなのあいつら!?人のことなんだと思ってんの。次また来たらぶん殴ってやるから!」
「司…。」
た、鷹野さん…逞しい。
「……。…でも…どうして…。」
玉城さんは泣きそうな顔で呟く。それはもちろん、可愛いから…、なんだけど。あんな風に騒がれるのは、さすがに可愛そうだな…。多分入学式から日が経ち、1Aに可愛い子がいるとかなんとか、噂が広まり始めたのだろう。…御幸先輩のせいでもあるのかなぁ…。
「光かわいいからね〜。」
「……。」
肩を抱き込んでそう言った鷹野さんを、玉城さんは疑わしげに目を細めて見て、それから考え込むように口を噤んで、ぽつりとつぶやいた。
「…あの人のせいかも」
「あの人って?」
「野球部の眼鏡の人。」
あ…御幸先輩。
「東条君は知ってるよね?」
「う、うん…御幸先輩ね」
「あの眼鏡の人が変な噂流したんだ。きっと」
「みゆき先輩?女の人?」
「いや、男、男。御幸一也先輩」
「あの眼鏡の人、性格悪そうだもん」
な、名前も呼びたくないのか…。頑なに眼鏡の人呼ばわり…。
「そうなの?悪い人なの?」
「いや、そんなことないよ……多分」
「多分悪い人だよ。」
「い、いやいや…」
「光、知り合いなの?」
「何でか知らないけど、付きまとってくる。うざい」
「……。」
あーあ…御幸先輩、ひどい嫌われよう…。あの人なにしたんだ?
「よく一緒にいるもうひとりの先輩は、優しいけど…。」
「え?誰誰?」
お?それってもしかして…。
「倉持先輩のこと?」
「あ、そうそう、倉持先輩。」
あの人優しいよね、と玉城さんは笑顔を浮かべ、鷹野さんはきっと優しそうな先輩像を思い浮かべて、へぇーと相槌を打った。…多分想像と実物はかけ離れていると思う…。
けれど、玉城さん、もしかして倉持先輩のこと…。いや、うん、まぁ、昨日野次馬を怒鳴りつけていた倉持先輩はきっと、玉城さんの目にはかっこよく映ったことだろう。…ちょっと悔しい。
「かっこいいの?」
女子と言えばそこは気になるところなのだろう。鷹野さんがズバリ聞くと……玉城さんはちょっと頬を染めて、はにかんで、小首をかしげた。
「…どうかな。」
***
「東条〜〜」
肩にバットをかけて頭にタオルを巻いたヤンキースタイルで現れた倉持先輩。隣の御幸先輩も似たような格好をしているけど、何となく様になっている…御幸先輩ってイケメンだよな…。
女の子ってやっぱりイケメンの方が好きなんじゃないかと思ってたけど、玉城さんは…御幸先輩より倉持先輩の方が好き…なのかなぁ…。
「は、はい!何ですか…」
「玉城さんって彼氏いんの?」
「えっ」
こ、こっちはこっちでめちゃくちゃ狙ってるし…!
「や…、いないって言ってましたけど…」
「マジ!?…ってか何でお前それ知ってんだよ!?」
えぇ!?知ってたら知ってたで怒られた…!!
「じょ、女子が聞いてたんで…」
「へー。まあいいや。ふーん…」
倉持先輩は玉城さんがフリーだという喜びをかみしめるようににやけて鼻歌を歌いだした。御幸先輩はその様子を面白がるようにニヤニヤしている。
「…玉城さん…倉持先輩のこと、優しいって言ってましたよ。」
「えっ!?」
自分でもよくわからない親切心のようなものが湧きあがり、そう教えると、倉持先輩は飛び上がりそうなほどうれしそうに声を上げた。
「マジ!?俺の事言ってたの!?」
「こいつが優しい〜〜〜?」
「うるせえテメーは黙ってろクソメガネ!!なぁ東条他は!?他は何て!?」
「え、えーと…」
俺の脳裏には、かっこいいか、と尋ねられて、はにかみながら小首をかしげる玉城さんの表情が蘇る。
「そ……それだけです…」
「え〜〜!じゃあ聞いてみてくれよ!!俺の事どー思ってるのか!」
「えっ…お 俺がですか!?」
「他に誰がいんだよ!」
「ちょっと待てよ。」
身を乗り出した倉持先輩の肩を御幸先輩が掴んだ。
「言っとくけど最初に目ぇつけたのは俺だから。」
「だからなんだよ?」
「東条、俺の事も聞いてこい!」
「テメェはもう嫌われてんだよ、諦めろやデブ!」
「なんだよ倉持はまともに話したことすらないじゃん」
「テメーとそんな大差ねぇよ」
「はぁ?」
「あ?んだコラやんのか?」
「ちょ…ちょっと、先輩……。」
え〜〜…玉城さんの事で御幸先輩と倉持先輩が争ってる…!ま、漫画みたいだな…。
「ちゃんと聞いてこいよ東条!」
「いいな!?」
「は、はい…!」
た…大変なことになった…!!
***
「おはよう。」
「お、おはよ…。」
翌朝教室に行くと、前の席の玉城さんが振り向いて挨拶をしてくれる。もうすっかり普通に仲のいいクラスメイトだ。まだ、喋るときちょっと、緊張するけど…。
…っていうか…先輩たちのこと、どうやって切り出そう。あの二人のことどう思ってるの?なんて聞くの、恥ずかしいって……。
「東条君、自販機行く?」
「ん?うーん、行こうかな…?」
スポーツドリンクは朝練で飲み干してしまったし、と考えながら頷くと、玉城さんはぱぁっと笑顔になった。か、可愛い…。
「じゃあ一緒に行っていい?」
その申出に一瞬ドキドキして、しかしすぐに、あ、そうか、と思い出した。
あの野次馬騒動があってから、玉城さんは一人で廊下に出るのを控えているようだ。まぁ、そりゃ怖いよな…あんなふうにいきなり取り囲まれて、写真撮られて…。
「うん、行こう行こう。」
俺が頷くと無邪気に笑う玉城さんを見て嬉しくなる。少しでも俺を頼りにしてくれてるんだな…と。
それに、先輩たちのこと…教室じゃ聞き辛いし、ちょうどよかった。
校舎を出て、校舎裏の自販機に行くことにした。一番人気が少ないからだ。思った通り校舎裏には誰も居なくて、玉城さんはミネラルウォーターを買うと、傍のベンチに腰を下ろした。
「あのさ…玉城さんに聞きたいことがあったんだけど…」
「え?何?」
回りくどいやり方が思いつかず、俺は正直に尋ねることにした。そもそも、どう思ってるかなんて聞く時点で、あの二人が玉城さんに好意を持ってる事は隠しようがないわけだし…。
「…倉持先輩のこと、どう思ってる?」
じわ、と玉城さんの頬が赤くなった。
「な…なんで?」
「…えーと…先輩に、聞いて来いって言われて」
へへへ…、と苦笑いする俺を見て、玉城さんは倉持先輩の気持ちに気づいたことだろう。
「……。」
玉城さんはちょっと俯いて、唇を舐めて、誤魔化すようにペットボトルを弄った。
「……優しい、と思う」
この間と同じだ。
「…好きとか…気になってる、とかは?」
「え…、え〜…、わかんないよ…そんなの…。」
足をプラプラさせて、玉城さんは首を振った。て…照れてる。少なくとも嫌いじゃない…、というか、絶対好意を抱いてる…!!
…そうか〜…、玉城さんが、倉持先輩に…。…なんか、ちょっと、変な感じ…。
「そ、そっか。…じゃあ、御幸先輩は?」
「え?」
玉城さんの声色が冷たくなった。こ、こわい。
「…うざい。」
「な、なんで?」
「しつこいし、軽いし、チャラそう。いいかげんだし、無神経だし、調子に乗ってる。」
「…き、嫌いなの?」
「……好きか嫌いかって訊かれたら…」
玉城さんは足元を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「…嫌い。」
う…うわあ…!!御幸先輩、ボロクソ…!!
「で、でも、御幸先輩ってイケメンじゃない?女子からもすごいモテる人だけど…。」
「そうなの?イケメンとかは、よくわかんないかなぁ…。」
「……。」
「ふーん…あの人、モテるんだ…。」
だ、だめだ…御幸先輩の話をしてると玉城さんの機嫌が最悪に…!!
「倉持先輩の方がかっこいいと思うけど…」
「え?」
「…あ、今の無し!今の倉持先輩には言わないでね!」
「わ、わかった…うん」
顔を真っ赤にして突然慌てる玉城さんを見て、確信した。…倉持先輩の事が好きなんだ…。
…今日はひと波乱ありそうだなぁ…。
***
「「東条、どうだった!?」」
「え、えっと…。」
部活の時間になると、倉持先輩と御幸先輩は俺を探していたように詰め寄ってきた。一緒にいた信二は驚いて何事かと目を丸くしている。
「倉持先輩のことは…」
「おう!」
「…や、優しいって」
「それはもう聞いたって!他になんかねーのかよ!?」
「…み 御幸先輩より…」
「御幸より?」
「俺より?」
「…かっこいい、そうです」
倉持先輩と御幸先輩は口を開けたまま固まって、その直後、倉持先輩は天を仰いでガッツポーズを決め、御幸先輩は膝から頽れた。
「マジで!?!?!?」
「ウッソだろおい……」
「俺の事好きだって!?」
「そ、そこまでは…はっきりとは…」
「うわ〜〜〜〜マジかよ!?あ〜〜〜ヤッベ興奮する!!」
「落ち着けよ元ヤン」
「ヒャハハハ!フラれたからって負け惜しみかぁ〜〜?イケメン捕手さんよォ」
「…東条!俺の事は何か言ってなかったのかよ!?」
「え…、御幸先輩のことは…、その…。」
「はっきり言えって」
「……う…」
「ん?」
「…うざい……って」
あと…。
『しつこいし、軽いし、チャラそう。いいかげんだし、無神経だし、調子に乗ってる。』
…こ、これはとても言えない。
「…東条〜〜〜…!!」
「ヒャハハハ!東条のせいにすんなって!テメーの日ごろの行いだろうが」
「あ〜〜〜も〜〜〜なんでだよ〜〜〜」
「ガチで嫌われてんじゃねーか、ヒャハハハハハ」
倉持先輩は上機嫌に、御幸先輩は項垂れて、二人は小突き合いながら去って行った。つ、疲れた…。
「…何?誰の話?」
目を瞬く信二に、俺はため息交じりに答える。
「玉城さんがどう思ってるか、聞いて来いって言われて…」
「…え!じゃあ玉城さんって…倉持先輩のこと…」
「…う〜ん…どうなのかな〜〜…」
ハハハ…、と苦笑しながら、何濁してんだろ俺、と自己嫌悪に陥った。
無意識だけど、そんなことをしても、玉城さんが顔を赤くしてはにかんだあの表情は、脳裏に焼き付いたまま消えてくれなかった。