007

「あっ玉城ちゃ〜ん♪」

「呼んでるよ。」
「……。」

廊下で玉城ちゃんを見かけるたびに声をかけて見てはいるけれど、反応は依然として芳しくない。

「あっ、倉持。」
「え!」
「…と思ったけど気のせいか〜はっはっは」
「……。」

顔を赤くしてぷんとそっぽを向く玉城ちゃんを見て、可愛いと思うと同時に虚しくなる。何やってんだ俺…。こんなふうにからかったって嫌われる一方だってのもわかってるし、倉持をダシにするのは、虚しすぎる…。

「…っておいちょっと玉城ちゃん!今日も無視!?」
「……。」
「おーい!玉城ちゃ〜ん!たーまーしーろーちゃーーーん」
「……。」
「1年A組玉城光ちゃ〜〜ん!!!」
「うるさい!大声で呼ばないで!」

大声で怒鳴った玉城ちゃんに、いつも通り教室前に詰めかけていた野次馬たちが唖然としている目の前で、ぴしゃん、とドアが閉められた。

「御幸…、」

その野次馬の中に俺のクラスメイトがいて、野次馬代表かの如く注目を浴びながら一人俺の方へ歩いてくると、恐る恐る声をかけてきた。

「御幸って玉城さんと…」
「何?」
「……。…つ、付き合ってるの?」

俺は言葉を飲んで目を丸くした。そういうふうに見えたのか?今ので?

「ん〜〜〜まぁ付き合ってるか付き合ってないか厳密に言うと付き合ってるとは言えないけど付き合ってないとも言い切れな…」
「え???」

クラスメイトの頭にハテナマークが飛び交った時、1Aの教室のドアが勢いよく開いた。

「ちょっと!!いい加減なこと言わないでよ!付き合ってないでしょ!!」

会話が聞こえていたらしい。玉城ちゃんが猛反発してきて、野次馬たちは目を丸くした。

「え〜〜〜ヒドいな〜〜〜1年は俺の為にフリーでいてくれるってことは実質俺と付き合ってると言っても過言では…」
「過言だしそんな約束してない!」
「え…!!?……傷ついた……」
「ちょ、ちょっと…、何なの……」

ガクッと膝をついて項垂れると、玉城ちゃんがちょっと慌てたのがわかった。

「……。」
「ちょっと…」
「……。」
「……ねぇ…、」
「……ぐすっ」
「…え……泣いてるの?」
「………うっ…」

玉城ちゃんが顔を覗きこんで来るのを避けるように顔を背け、隠しながら、俺はこみあげる声を堪えるのに必死だった。

「……く……」
「せんぱ…」
「…くっ…くっくっくっく」
「……え」

だめだ、もう笑いを抑えきれない。俺はにやけた顔でちらりと玉城ちゃんを見上げた。

「やさしーね玉城ちゃん♪」
「……サイテー」

ぺちん、と肩口が叩かれて、そんな触れ合いですら舞い上がってしまいそうなほど嬉しくなってしまうのだから始末が悪い。

「もう御幸先輩なんて信じない!」
「ゴメリンコ♪玉城ちゃんが可愛くてつい〜…」
「うるさいバカ!」
「あ〜、玉城ちゃ〜ん…」

ぴしゃん、とまた目の前でドアが閉められてしまった。今日はもうだめか。



***



「く、倉持!」

昼休み、ただごとではない慌てようでクラスメイトが倉持を呼びに来た。

「何?」
「よ、よ、呼んでる」
「は?」
「た、玉城さんが…」
「え…」

教室の入り口を見ると、廊下には友達に付き添われて居心地悪そうに立っている玉城ちゃんの姿が。
倉持は駆け出していき、俺もその後を追った。

「あ、倉持先輩……、」

倉持を見てはにかんだ玉城ちゃんが、後を追ってきた俺を見て明らかに眉を寄せた。

「御幸先輩は呼んでないですけど。」
「呼ばれなくっても玉城ちゃんのとこならいつでも駆けつけるぜ♪」
「あはははは!」
「……。」

玉城ちゃんの友達が手を叩いて声を上げて笑い、対して玉城ちゃんは冷ややかな目で俺を見つめた。

「お呼びじゃねーからあっち行ってろ。」

しっし、と倉持に手で追い払う仕草をされても、俺はなんだかんだとゴネてその場にとどまった。…いい雰囲気にさせて堪るか!!

「…あの…、」

玉城ちゃんはちょっと頬を赤くして俯いて切り出した。

「昨日は…すみませんでした…。」
「え、あぁいや、別に…。…大丈夫だった?」
「は、はい。」
「そっか…。」

「…え、昨日何かあったの?」

俺の知らない間に一体何が。
しかしふたりとも意味ありげに視線を交わして口を噤んだ。な…なんなんだよ!

「今日は?大丈夫か?」
「あ、今日は…従弟が迎えに…。」
「あー、そうなんだ…。」

「…なんだよ〜!俺の知らない話するなよ!」
「だからテメーは呼んでねぇっつってんだろーが!」

「ストーカーの話だよね?」

きょとん、と何でもない顔をして爆弾発言をした玉城ちゃんの友達を、俺たちは一斉に振り返った。

「え!?ストーカー!?玉城ちゃんに!?」
「ちょ、ちょっと司!」
「え?言ったらダメだった?」
「いや言って!俺にも教えて!」
「御幸は黙ってろって!」
「だって俺の玉城ちゃんがストーカー被害に!!」
「大声出さないでよバカ!!」
「テメーのじゃねーよアホ!!」

――パン、パン!と空気を裂くような音を立てて、玉城ちゃんの友達が手を二回たたき、俺たちを黙らせた。それからヘラッと笑って、失礼しました、と言った。

「なんだかめちゃくちゃになってたのでつい。」
「…いや…ありがと…」

玉城ちゃんも冷静になった様子で呟き、息を吐いた。俺も倉持も我に返って、騒いだことを恥じ、廊下の注目を避けて少し場所を移動した。…この子、ただ者じゃないかもしれん…。

「…で…ストーカーって?」

まだ言うの、と咎めるような目を俺に向ける玉城ちゃん。

「茶化すつもりはねーよ。心配なんだよ、本当に」
「……。」

しかし真剣にそう訴えると、玉城ちゃんは俯いて、小さな声で話し始めた。

「…入学式の日から付きまとわれてるんです」

倉持の表情は動かない。もう聞いたことがあるらしい。

「最初は…後を着けて来たり…。だんだん、待ち伏せされるようになって…。昨日は、声をかけられて。腕を掴まれそうになって、逃げて…、…倉持先輩に会って、助けてもらったんです」
「昨日?…いつ?」
「夕飯のあと…コンビニ行ったんだよ。」

俺が室内練習場にいたくらいの時間か…。…あ〜〜俺もコンビニ行ってればよかった!!…ってそういう問題じゃねーよな。

「…声かけられたって、なんて?」
「……。」
「……。」

微妙な顔をして黙り込む玉城ちゃんと倉持。

「なんだよ?ふたりして」
「いや…、」
「……。」
「倉持も聞いたの?」
「聞いてないけど…」

ちら、と倉持が窺うように玉城ちゃんを見る。玉城ちゃんは口元に手を当て、もごもごと赤い唇を噛んで、思い出したように顔を赤くした。

「…い、言いたくない…。」

ぽそり、とそう呟いた玉城ちゃんの様子を見て、何となく変な空気を察する。
ストーカー男がストーカー対象に抱く欲望なんてわかりきっている。それを踏まえて、こんなにも口に出したくないことを言われたとなると、やっぱり…

「そんなにすごいセクハラワードだったの?」
「!!?」

涼しい顔をしてまたも爆弾を落とす玉城ちゃんの友達。この子やっぱただ者じゃない…。

「ホテル行こうとか?」
「ち、ちがう…」
「……。」
「……。」
「じゃ〜パンツ見せて〜とか?」
「違う!」
「……。」
「……。」

顔を真っ赤にして否定する玉城ちゃんと、二人の様子を居たたまれない気持ちで見守る俺と倉持…。

「あ わかった!俺の下半身を見てくれ〜とか?きゃははは」
「ち、ちがうってばぁ…!」
「……。」
「……。」

じゃあ何よ?と友達が訊ねると、玉城ちゃんは真っ赤な顔を逸らしつつ、呟いた。

「……。…そ それに…近いこと…。」

…ええ!?い、一体どんなことを…。

「え〜気になる〜。ね、私だけに教えてよ。ほら!」
「え!?」
「私相手なら恥ずかしくないでしょ。」
「や…、い、言えないってば…!」
「だーいじょうぶだから、言っちゃえ!ほらほら!」

友達が耳に手を当てて傾けてくると、玉城ちゃんはしばらく迷った末に、そっとそこに口を近づけた。

「……。………」

ぽそぽそ、玉城ちゃんの声は聞こえそうで聴こえず、口元は白魚のような手で隠されている。
目の前で繰り広げられる内緒話が、これほどまでに気になったことがあっただろうか…。

「…えぇ!?マジ!?」
「……。」

玉城ちゃんが言い終ると、友達は目を丸くして驚き、玉城ちゃんは顔を赤くしたまま口を噤んだ。

「うわ〜〜、思ってたより10倍くらいハードだった…」
「…気になるんですけど」
「ダメですダメです!とても女子の口からは言えないです〜!ねっ光!」
「……。」

な、なんなんだ…。ますます気になるじゃねーか…。

「っていうか、ガチの変態じゃんそれ〜…。今朝は大丈夫だったの?」
「従弟が一緒だったから…。」
「え〜じゃあ従弟が送迎してくれるんだ?優しいじゃん」
「ん…、うーん…」
「……。」

玉城ちゃんは苦笑して首を傾げ、倉持は憮然とした表情で明後日の方を見つめている。…かと思えば、急に決意したようにキリッと表情を引き締め、少し照れ臭そうに、玉城ちゃんに言った。

「なんかあったら…いつでも相談しろよ。」

え、と小さく口を開いた玉城ちゃんは、赤面して俯く。

「…ありがとうございます。」
「…ん」

…待て…待て待て待て!
何良い雰囲気になっちゃってんだよ!…俺は絶対認めねーからな!!

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