011

『――市に住む32歳無職の男が、同市内の女子中学生へのストーカー容疑で逮捕されました。被害者の少女は約2年前からストーカー被害を警察に相談しており…』

「あ、これ!」

高校2年の頃のある朝。朝食の準備をしていたおふくろが手を止め、テレビを見た。テレビに映っているリポーターが立っている場所は、俺も通学時によく通る道だった。

『容疑者はこの場所に車を停め、通りかかった少女の腕を掴み、少女の悲鳴を聞いた散歩中の近隣住民が警察へ通報したとのことです。』

「これよこのニュース!近所の花城さんちの子らしいわよ」

近所の花城さん、と聞いて、新聞を読んでいた親父も顔を上げた。

「あの子綺麗だものね〜…ストーカーに遭ってたなんて…」

ドス、ドス、ドス、と将司が床を鳴らしながら階段を下りてきて、食卓に着いた。

「昨日パトカーのサイレンが鳴ってたのはそれかぁ…」

親父が納得したようにつぶやき、お茶をすする。

「綺麗な女の子ひとりだと、親御さんも心配でしょうねぇ」

おふくろはそう言い、俺と将司を見渡して、台所へ踵を返した。

「ま、うちは心配ないわね。」
「……。」
「……。」




***




「花城光ちゃんって男嫌いらしいよ。」

昼下がりの廊下で、亮介が言った。今年花城光が青道に入学したことを知ったのは、1年に随分美人な女子がいると学校中で噂になってからだった。

「あぁ?なんで?モテんのに」
「モテるから、でしょ。しつこい男がいっぱいいてうんざりしてるんじゃないの?」
「なんだそりゃあ。俺も女にうんざりしてみてぇ〜〜」

「きゃ〜〜御幸君だ!!」
「御幸く〜〜ん!試合頑張ってね〜〜!!」
「カッコいい〜〜〜♡」

窓の外の中庭から女子の黄色い声が響いてきて、見ると渡り廊下を逃げるようにわたっている御幸と、気だるそうに後を追う倉持の姿が見えた。

「あいつはうんざりしてそうだね。」
「チッ!!今日のパシリはアイツだ!!」
「1年の前で?やめてあげなよ。フフ…」

――コツ、と軽い足音がした。通りかかった花城光に、純も亮介も言葉を失った。
3年近く前から、通学路でよく見かけていた女の子。去年までは白セーラー服を着ていた彼女は、いまは青道の制服を着ている。

「こんにちは。」

目が合って、気づけば挨拶していた。花城は少し驚いた顔で、反射的に頷くようなお辞儀をした。

「…こんにちは…。」

向こうも俺の顔は知っていたらしい。挨拶を呟くと、足を速めて階段を下りて行った。

「…哲ゥどういうことだ!?あの子と知り合いなのかテメエ!!」
「家が近所で…」
「この裏切者おおぉぉ!!」

純に揺さぶられながら、今更実感がわいて、胸の奥からじわじわと熱さが広がり、体中を満たした。

「仲良いの?」
「いや、話したことはない。」
「じゃあなんで挨拶したんだよ!?」
「通学路でよく見かけていたから、なんとなく。」
「うがああああ!!」
「純、増子になってるよ。」




***



「こんばんはー!回覧板持ってきました!」

夜、玄関から元気な声が響いてきた。聞き覚えのある声。近所の鷹野という家の長女で、青道の1年の子だ。

「あらー司ちゃん」
「お隣さんが旅行中らしくていなかったので、結城さんちに!」
「いつもありがとうねぇ」

台所にお茶を取りに行く途中、廊下から玄関が見えた。ショートカットの背の高い少女が、お袋と明るく談笑している。足音に気づいてこっちを見た鷹野が、あっ、と愛想のいい笑顔を浮かべる。

「結城先輩こんばんはー!」
「こんばんは。」

挨拶を返し、台所に入ってからも、お袋と鷹野の話声が響いてくる。

「そういえば司ちゃん、花城さんちの子と同級生よね?」
「光ですか?同じクラスですよ!」
「あらそうなの!ホラあの子、去年あんなことあったでしょ?今は大丈夫なの?」
「あ〜…はい、元気に学校来てますよ!」
「そうなの、それならよかった〜。あの子美人よね〜、親御さん心配でたまらないわよねぇ、あんな綺麗な子」
「ホント光って美人だから、私も心配です!」
「あははは。司ちゃんも美人さんよぉ。」
「え〜!結城さんこそ若くてお綺麗ですよ〜!」
「あらやだ〜!あ、そうだ、桃があるんだけどいくつか持ってく?」
「え!いいんですか〜!やったー!」

鷹野の社交性には脱帽する。老若男女どんな相手ともすぐに打ち解けるすごい奴だ。
台所で麦茶を飲んでいる俺のところに機嫌のいいお袋がやって来て、「ちょっとどいて」と俺の足元から紙袋を引っ張り出し、まな板の隣に並んでいた桃をみっつ紙袋に入れ、玄関に戻っていった。

「はい!親戚からもらったんだけど、甘くておいしいわよぉ。」
「嬉しい〜!ありがとうございます!いただきます!」

おじゃましました〜、と鷹野の声が響き、玄関の戸が閉まる音がすると、家の中は一気に静かになった。
お袋は台所に戻ってきて、残った二つの桃の皮をむき始めた。俺の視線に気づいたお袋は、ちらりと眉を上げた。

「あんたたち、桃よりご飯の方が好きでしょ。」
「……。」

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