004

夜、明日の小テストの勉強をしていたが、小腹が空いて集中力も切れてきて、気分転換がてらコンビニでも行こうと寮を出たところ、ポケットに財布を突っ込んで歩いてきた倉持と遭遇した。

「コンビニ?」
「おう」

お互いに財布だけ持っているのを横目にそんな会話を交わし、どちらともなく一緒に歩きだす。

「小テストの勉強した?」
「一応」
「めんどくせぇよな〜…」

試合してー、と倉持はぼやき、バットを構える仕草をして、うわっ、と呟いた。

「監督だ」
「あ…ほんと」

風呂に行ってきたのか、監督はタオルが入った籠を抱えてすぐ前を歩いていく。倉持と暗黙のうちに歩を緩め、監督が通り過ぎるのを待っていたら、不意に男くさい男子寮では聞きなれない明るい声が響いた。

「あっ片岡せんせ〜!さよなら〜!」

裏門から帰る女子生徒が監督を見かけて声をかけたらしい。監督は足を止めて振り向き、やって来た女子生徒と話し始めた。

「監督って…なぜか女子から人気あるよな」
「まぁ野球部員以外には優しいし」
「でもあの見た目だぜ!?完全にヤクザ…」

「御幸、倉持。」

ギクッ。
裏門から出て行くところで監督が俺たちを呼び止めた。ヤベェ聞こえたか!?
…と思ったけど、振り向いて監督の前に立っている二人の女子生徒を見て、あれ、と思った。そのうちの一人に見覚えがあった。あの子…この間廊下で見た可愛い1年…。

「コンビニか?」
「あっ…はい!」

まだ門限じゃないけど、もう暗いし注意でもされるか…?と考えた俺と倉持に、監督は予想外のことを言った。

「そうか、ちょうどいい。この二人と途中まで一緒に行ってやってくれ。」
「え?」

このふたり…というのは、お人形みたいに可愛い1年女子と、その友達であろう、体育会系の背の高いショートカットの女子。

「もう暗いから、あの二人とコンビニまでは一緒に帰りなさい。」

監督は女子生徒にもそう言いきかせた。

「え〜…」

ちょっと恥ずかしそうに、どうする?と可愛い女子を見る体育会系女子。
可愛い女子も困ったように友達を見上げた。

「行きましょう!送りますよ!」
「……。」

倉持がはりきってそう言って、俺は呆れて横目で倉持を見、少し笑った。こいつ…あの可愛い女子狙ってんだろ。

「気を付けてな。」

監督はそう言って、門から出て行く俺たちを見送った。
二人は俺たちの後を静かについてきた。知らない先輩相手だし、まぁ自然な反応だろう。だけど俺はどうも、可愛い女子がわざと目を合わせないように俯いているように思えてならなかった。なんだろう、男が苦手なのか?つーか…あの廊下で会ったときのこと、覚えてるかな…

「1年…だよな?」

倉持が振り向いて二人に話しかけ、コミュニケーションを図った。

「はい!」

ショートカットの女子が元気よく答えた。見た目通り快活な体育会系らしい。

「あ、俺…2年の倉持。」
「…御幸です。」

倉持が俺に視線をやったから、続けて自己紹介をした。ショートカットの女子はお辞儀を返し、同じように名乗った。

「あ、鷹野です。」
「…な城です。」

ぽそり、と呟いた声はよく聞こえず、俺たちは歩くのを遅めて二人との距離を縮めた。

「え?」
「…は、花城、です。」

今度は少しはっきりと、顔を上げて名前を言った可愛い女子…花城。
その時青い瞳が俺の目と視線をぶつけて、どきりとした。…すげー綺麗な目。いや、目だけじゃないけど…
花城がまた俯いてしまった後も、彼女が俺をはっきりと見つめた瞬間の表情が、脳裏にくっきりと残った。

「家、コンビニから近いの?」
「はい!5分くらいです。」

ね、と花城に言う鷹野。ということは、二人とも家が近いらしい。

「だったら、家まで送るよ!なぁ?」

え。
倉持が調子のいいことを言いだし、あとで恥ずかしくなったのか、俺に同意を求めてきた。知り合ったばかりの後輩女子に、よくそこまで積極的になれる…
大体知らない男の先輩が家まで送るなんて、この子たちからしたらそれはそれで気持ち悪ぃだろ。

「え〜、大丈夫ですよ!本当に近いし。」

鷹野は明るく笑って手を振った。ほらな、迷惑だって。

「……。」

花城はずっと俯いて歩いていて、話に加わろうともしない。どうやらかなり大人しい子らしい。
と、そうこうしているうちにコンビニが見えてきた。じゃあ気を付けて、と言おうとしたとき、コンビニ前にいる二人組の柄の悪い男がこっちを見ていることに気づいた。

「あ…!」

鷹野が小さく呟き、花城の手を掴んで引き留め、立ち止まった。

「…知り合い?」
「知り合いって言うか…」

鷹野と花城は不安げに顔を見合わせた。

「…昨日、光があの人たちに絡まれて…」
「光?」
「あ、光です。」

鷹野が花城を手で示した。花城光…っていうのか。名前も綺麗だな。

「絡まれたって…」
「ナンパです。かなりしつこくて。ちょうど東条君と金丸君がいて…知ってます?」

東条と金丸…1年の松方シニア出身の二人組か。俺と倉持が「あぁあいつらか」と頷くと、鷹野は話をつづけた。

「二人が助けてくれたんですけど、それでもまだ絡んできて。そしたらちょうど片岡先生が来て、逃げてったんですけど。」

…なるほど。確かに監督みたいなヤバそうな奴が来たら、あの手の不良たちは逃げるかも。
つーか…だから監督、俺たちに送るよう言ったのか…。俺は倉持と顔を見合わせた。

「じゃあ、もう少し向こうまで送るよ。」
「えー、いいんですかぁ?すいません。」
「別に近いし。行こうぜ」

ありがとうございます〜、と鷹野が言い、俺たちはコンビニの前を通り過ぎた。男たちはじーっと目で俺たちを追ってきたが、追いかけてくることはせず、コンビニ前に座り込んでいた。
しばらく進んで橋を渡り、住宅街の一角で鷹野は立ち止まった。

「あ、うちここです!ありがとうございました!」

小綺麗な分譲住宅の門扉の前で言う鷹野に、おー、と頷く。

「光、また明日ね!」

花城は頷いて手を振った。鷹野が家に入っていくのを見送って、花城を振り返る。

「花城んちはどっち?」
「……。」

花城は俯いて、俺たちから視線を逸らし、道の向こうを見やった。

「…もうここで大丈夫です」
「いや危ないし、家まで送るから。」

あんなガラの悪い男を見た後じゃ、そうかわかったなんて言えない。この子、美人だし、どこか脇が甘いし。
腕なんてこんな細っこくて、ちょっと引っ張ったら簡単に連れて行かれちゃいそうだし。

「……。…こっち…です」

花城はぽつりと言って、うつむいたまま歩き出した。
街頭の少ない住宅街を抜け、公園の前を通り過ぎ、少し行ったところで花城は立ち止まった。振り向いた玉城は、街頭に照らされて目がキラキラしていて、ドキリとした。

「…ここ?」

はい、と頷く花城。綺麗な洋風の立派な家。花城のイメージにぴったりの…だけど、せっかくの広い庭は草木が伸び放題で、花壇も雑草が覆い、家も電気一つついておらず、まるで人の気配がなかった。家の人、まだ誰も帰ってないのか…?

「ありがとうございました…。」

花城は目も合わせずぺこりと頭を下げ、そのまま少し錆びついた門を開けて庭に入り、玄関の鍵を開けて、真っ暗な家の中に入っていった。ドアの鍵が絞められる音を聞いて、俺と倉持は顔を見合わせ、踵を返した。
まあ…いろんな事情があるよな。
俺は実家でいつも忙しくしている親父のことを思い出し、そう考えて星の見えない夜空を見上げた。

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