005

「東条くん!」

翌朝登校すると、なんだか上機嫌の鷹野さんと、いつも通りクールな花城さんがいて、鷹野さんは俺を見つけるなり手招きした。

「おはよう、何?」
「おはよー!あのさー、御幸先輩ってイケメンだね!」
「え?あ…あ〜…、…え?」

いきなり何を…というか知り合い?頭に疑問符が飛び交う俺に、鷹野さんは笑顔を向ける。

「昨日御幸先輩と倉持先輩に帰り送ってもらっちゃったんだ〜!野球部でしょ?」
「そうだけど…え、仲良いの?」
「んーん昨日初めて会った!帰り裏門のとこで片岡先生と話してたらその二人が通りかかってさあ、片岡先生が送ってもらえって」

ねー、と鷹野さんは花城さんに首をかしげる。は…花城さんも一緒だったのか。倉持先輩…はともかく、御幸先輩は確かに格好良い。よく練習を見に来てる女子生徒もいるくらいで…。…花城さんも、御幸先輩のこと格好良いって思ったのかな。

「あっ!!東条〜〜〜!!!」

突然教室に俺の名前が響き渡り、俺はびっくりして振り向いた。俺に駆け寄ってきたのはC組の沢村で、先ほどの大声にも納得した。

「東条!英語の辞書持ってないか!?」
「えっ?英語…はゴメン、今日うちのクラス英語ないから…」

寮に取りに行けばあるけど、それは沢村も同じだろう。

「なんですと!?あっ鷹野!鷹野は持ってきてないか!?」
「ゴメ〜ン、ない。」
「そ、そんなぁ!!」
「おい沢村!!」

と、そこへ目を吊り上げた信二がやって来て、沢村の首根っこを掴んだ。

「他のクラスで騒いでんじゃねぇ!!迷惑だろが!!」
「だって辞書がねーんだよ!!あっヤベェあと2分で授業始ま…」
「…あの」

そっと、花城さんが口を開き、信二と沢村は花城さんに注目した。

「辞書…あるよ。」

そう言って花城さんは臙脂色の分厚い辞書を取りだす。それを見て沢村は目を輝かせた。

「うおおお!!アンタ女神か!?お名前は!?」
「え…花城…だけど」
「花城!!ありがとう!!マジでありがとう!!」
「…コイツに貸さないほうがいいぜ花城さん、汚されそうだし」
「カネマール!!せっかく借りられたのになんてこと言うんだ!!汚さねーし!!」

チャイムが鳴り始め、ヤベッ、と時計を見上げる沢村と信二。

「じゃあ花城!!ありがとう!!授業終わったら返しに来るから!!」

花城さんは沢村の勢いに呆気にとられたまま、こくこくと頷いて、騒がしく廊下に飛び出していく二人を見送った。

「相変わらず元気だな〜!沢村君!」

鷹野がそう笑うのを、花城は見上げて、ぽつりとつぶやいた。

「沢村君…。」



***



「花城〜!」

授業が終わると、沢村は宣言通りうちのクラスに飛んできた。何か心配だったのか、信二も着いてきた。

「辞書サンキューな!マジ助かった!!」
「う、うん」

花城さんは沢村の勢いにちょっと圧倒されつつ、辞書を受け取る。

「お前汚してねーだろうなぁ」
「何を言うカネマール!細心の注意を払ってめちゃくちゃ丁寧に扱ったぞ!!」
「カネマールっていうな」
「あは…」

小さく、口元に手を当てて、花城さんが笑った。
…初めてちゃんと笑ったとこ見た。

「じゃあな花城!ありがとな!!」

沢村は花城さんの笑顔の貴重さに気づきもせず、無邪気に言って、信二と教室を出て行った。

「ひ・か・り。」

鷹野さんは沢村が出て行った方と花城さんを見比べてニヤニヤし、からかうように花城さんを小突いた。

「何?や、やめてよ。」

花城さんはちょっと頬を赤くして、口をとがらせて座りなおし、辞書を仕舞って授業の準備を始める。
まさか…沢村のこと…。い、いやそんな、まさか。

「花城さん、沢村と仲良いの!?」

意を決した、少し緊張した笑顔でやって来た三木が、花城さんに声をかけた。花城さんは戸惑った顔で三木を見上げた。

「え…、いや…」
「あっ、つーか、野球部と仲良い!?東条とも仲良いし!」

俺…は、仲が良いというほどではないんだけど…。なんとなく花城さんに申し訳なくなって、はは、と曖昧に笑う。花城さんも曖昧に首を傾げた。花城さんのそんな態度に焦ったように、三木はさらに明るく振舞った。

「そういえば、花城さんって何部?」

花城さんに気があるけど、なかなか仲良くなれなくて話す機会もなくて、必死なんだろう。俺も鷹野さんも、三木が頑張って花城さんに話しかけるのを見守った。

「…新体操部」
「え!?そうなんだ!?へー!意外!あ、でもスゲー似合いそ…」

はっ、と顔を赤くして言葉を途切れさせた三木。想像したことは何となくわかる。花城さんってスラっとした細身でスタイル抜群だし、あの衣装で新体操やってるとこ、見てみたい…なんて…

「あ、えーと…そういや何で沢村と仲良いの?」
「…別に、さっき辞書貸しただけだよ」
「え、あ、そーなんだ…、そうだよな!イメージ全然違うし!」
「……。」
「花城さんはおしとやかだけど、あいつマジうるせーしw」

ちら、と静かに三木を目だけで見上げる花城さん。見守っていた鷹野さんもそれに気づいたように、三木と花城さんを見比べた。

「それにあいつ、野球部って認められてないらしいって聞いた?初日に遅刻して、ボールもまともに投げられなくて、練習にもまともに参加させてもらえないらしいしw」
「……。」
「まー見るからにバカっぽいし!うちの野球部は強豪だから…」
「三木君、沢村君と仲良いの?」

えっ、と目を丸くする三木。初めて花城さんから、はっきりと話しかけられたからだ。三木はちょっと嬉しそうに、だけど狼狽えて、笑顔を浮かべた。

「いや、聞いた話だけど…」

はは、と苦笑いをした三木に、花城さんは落ち着いた声で静かに言った。

「じゃあ、勝手なこと言わないほうがいいんじゃない。」

え…、と言葉を失う三木。「その通り」とでも言いたげに視線を逸らす鷹野さん。呆気にとられるクラスメイト達。

「本人もいないのに。」

花城さんはそう言って、視線を前に戻し、次の授業の準備を再開した。古典の教科書と資料集、ノートを並べてきちんと置く花城さんに、三木は焦りをあらわにした。

「え、いやいや!悪口とかじゃないって。ほんと、そんなつもりじゃ…」

そして無情にも鳴り響くチャイム。三木はバツの悪い顔のまま席に戻った。
クラスメイト達は顔を見合わせ、まあ確かに、陰口はよくないね、とひそひそ囁き合った。

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