中間テスト前の最後のオフ。
テストが終われば夏合宿、そしてそのままセンバツに向けて本格的に練習が始まるということで、野球部はほとんど皆息抜きに出かける。
そして俺も今日は珍しく御幸や麻生達とカラオケやゲーセンへ行き、羽を伸ばしてきた帰りだった。
ゲーセンを出たところで、すれ違ったセーラー服の女子高生たちがちらちらと俺たちを振り向いた。
「やばっ、カッコよくない?」
俺たちの間に緊張が走った。…俺たちを振り向いて言ったのは間違いない。誰のことだ?あのセーラー服はこの辺の女子高の制服…。しかもさっき一瞬見た感じでは結構可愛かった。けど、振り向くのはなんかカッコ悪ぃ…
「えーホントイケメン〜」
「ねっ、超カッコいい、ヤバい」
「声掛けてみる?」
ひそひそはしゃぐ声に耳を大きくし、俺たちは不自然にゲーセンの入り口で立ち止まった。
「? お前らどうしたの?」
ただひとり、御幸はそのまま歩いて行こうとして、俺たちが立ち止まったのを不思議そうに振り返って言った。
「いや、ちょっとガチャポンでもしようかと…」
「あ、そう」
麻生が興味もなさそうにガチャポンの前をうろつく。意識は完全に女子高生たちに向いているのはまるわかりだ。
「…あ、ここノラ猫ギャングあるじゃん」
「あー、マジだ」
立ち去り難いのだろう、他の奴らも麻生にくっついてガチャポンの前にたむろする。俺はそこまでみっともないマネはしねぇぞと、何でもないフリをして御幸の隣に並んだ。
「え、何?イケメンって?」
「ほら!あそこの…」
女子高生たちの声に、静まり返る俺たち。ふあ、と欠伸をこぼす御幸。
「ちょっと目つきが悪い、ヤンキーっぽい人…」
…え!?まさか、俺…!?
「…の隣の、眼鏡の人!」
「あっホントだ、イケメンじゃん」
「カッコいい〜。あの制服、青道かなぁ?」
「……。」
「……。」
「……。」
ガチャポンの前に座っていた麻生たちが、スッと立ち上がって歩き出した。
「あれ、いいの?」
「いいから早く行くぞ!クソッ!!」
「何キレてんの?」
興味がないのかまったく気づいていない御幸に俺たちはさらに苛立ちながら、ゲーセンの前を去った。
「…あれ、」
ぱた、と御幸が立ち止まり、駅前のロータリーの噴水の方を見つめた。
「何だよ?」
「あれ花城?」
え?と思う間もなく、御幸は急にはっとして、横断歩道を小走りに渡って行った。
「え!?おい御幸?」
「どしたの?」
「花…なんとかって」
俺たちは顔を見合わせ、御幸の後を追った。
御幸が足早に進んでいく先を見て、俺はやっと気づいた。向こうからしきりに背後を振り返りながらまるで逃げるように歩いて来る青道生の女子。ふわふわの金色の髪と、真っ白な肌が輝くように目を惹く綺麗な女の子…花城光ちゃん。
そういえばさっき、御幸が花城って…
「っ、!」
花城さんは御幸に気づかないまま後ろを振り向きつつ急いでやってきて、御幸にぶつかった。
立ち止まった二人のもとに追いついた俺たちを花城さんは見渡し、後ろをまた振り返り、御幸を見上げた。
「どした?」
そのおかしい様子に御幸が尋ねると、花城さんは俯いて、か細い声で「いえ…」と呟いた。
御幸も俺たちも、花城さんが振り向いた方向を見たけど、特に変わった様子はない。
「どこ行くの?」
「…帰るんです」
確かに花城さんが向かっていた方向には駅の改札口がある。だけど何かにおびえているようなその様子が、どうしても気にかかった。
「じゃあ一緒に帰ろう、俺らも寮に帰るトコだから」
御幸が言って、俺たちは顔を見合わせた。別に帰ろうなんて話はしていなかったけど、花城さんみたいな類いまれなる美少女と一緒に帰れるのなら異論はないので、俺たちは皆この流れを途切れさせないために口を閉ざしたまま見守った。
「……大丈夫です」
だが花城さんは俯いたまま少し後ずさり、呟いた。だけどそろそろ日も暮れる頃。この前学校近くのコンビニで柄の悪い男たちに絡まれたと聞くし、純粋に心配でもある。
「でもそろそろ暗くなるし。」
「……。」
「またワリー奴に絡まれんぞ〜」
「御幸みたいな?」
「うるせえ」
ついからかって口を挟むと、御幸に邪魔するなとばかりにじろりと睨まれた。
「ほら、行こうぜ…」
「!!」
御幸が花城さんの肩に触れた瞬間、花城さんがびくっと肩を竦ませて、ちょっと気まずい空気が流れた。もともと大人しいというか、前に家まで送り届けたときも迷惑そうだと感じたけど、今のは本当に御幸に怯えたような様子で。でも特に、変なことはしてない…はず。
御幸は少しショックを受けたようにやり場のない手を上げたまま言葉を失ってしまった。
「あ〜〜〜〜っ!!」
と、その静寂をぶち壊したのは、突然の大声だった。
「一也じゃん!こんなとこで何してんの!?」
駆け寄ってきたのは3人組の男たち。そして俺たちはそいつらに見覚えがあった。
「おい、あれって稲実の…」
麻生が呟き、関が「な!」と頷く。
こいつらは青道野球部の因縁の相手、稲実の成宮、カルロス、白河だ。御幸と知り合いってのは知ってたけど…結構仲良さそうで意外。
「…ん!?」
と、成宮が花城さんを見て目を輝かせた。
「うわっ!スゲー可愛い!!」
花城さんの顔を覗き込み、成宮が声を上げた。そのあまりにも堂々たる行為の丸出し具合に、俺たちは唖然とした。カルロスと白河は慣れているのか、やれやれと呆れている様子だが。
「ちょー美人さんだね!ねぇ君名前は?」
「……。」
「あっ!俺は成宮鳴!稲実の2年!野球部のエースだよ、知ってる?」
「知らねーってよ」
「一也は黙っててよ!」
大声で騒ぐ傍若無人な成宮を前にして、花城さんはすっかり委縮してしまっているのが分かる。
やっぱ男苦手とかなのかな…。美人だし、きっとしつこい男とかいっぱいいて、困ってるんだな。…俺がそういう男たちを追っ払って、花城さんに感謝されて、そんでゆくゆくは親密に…なんて…
「ねぇ名前なんて言うの!?何年?一也とどういう関係?」
「……。」
…っと、まさに今花城さんが困ってる…!花城さんは唇を少し開いては迷うように閉じ、言葉を発せないでいる。
「ねぇねぇ!名前教えてよ名前!」
「…花城…光…」
しかしとうとう成宮の勢いに押されて、花城さんは名前を呟いた。
「光ちゃん?へ〜よろしく光ちゃん!」
「……。」
花城さんは戸惑いながら俯くようにうなずき、駅の方をちらりと見る。…逃げたそうだ。
成宮はそんな花城さんを無遠慮にじろじろ見つめ、両頬を手で包んで満足げにニヤついた。
「ヤバい、ちょーータイプ♡」
「……。」
うきうきと呟いた成宮に、あきらかに、御幸はムッと機嫌を悪くした。それはもう、俺や麻生たちが気を遣って口を噤んでしまうくらいに。
「光ちゃんて彼氏いるの!?」
成宮はそんな御幸の様子には気づきもせず、花城さんの両肩を掴んで顔を覗き込んだ。花城さんは目を丸くして身を竦めたまま固まった。
「おい、その辺にしとけよ」
その成宮の腕を掴んだのは御幸だった。御幸の低い声と真剣な顔に、さすがの成宮も驚いた顔で花城さんを離した。
「…何怒ってんの?一也…」
「怒ってねーよ。もう帰るトコだから。おい、行こうぜ」
「ああ…」
「おう…」
御幸の態度に異を唱えることもできず、俺たちは頷く。
「花城も。」
御幸が声をかけると、花城さんは俯いたままついてきた。
「じゃあな」
そう言って改札口に向かう御幸に、成宮は目を丸くしたまま、カルロスと白河と顔を見合わせた。
***
「…じゃあ、失礼します」
学校最寄りの駅に着き、改札を通るなり、それまで黙り込んでいた花城さんが俺たちを振り返ってそう言い、お辞儀をして、返事も待たずに薄暗い道を小走りで走って行ってしまった。
そして、え?と顔を見合わせる間もなく、御幸が素早く進み出た。
「わり、先帰ってて」
「え?」
たったった、と軽やかに花城さんを追いかけていく御幸の背中を、俺たちはぽかんと口を開けたまま見送った。
「…御幸とあの子付き合ってんの?」
「いや、それはねーだろ」
「…じゃあ、御幸の片想い?」
「……。」
顔を見合わせてしばらく沈黙が流れ、ぶはっ、と噴き出す。
「マジ!?御幸の片想い!?」
「あの御幸が!?」
「純さんに報告しようぜ!!」
「な!な!」
途端に一転して、わいわい盛り上がりながら、俺たちは寮へ帰るのだった。