007

「花城!」

細い背中に呼びかけながら、何で俺追いかけてきてるんだろ、と頭の片隅で思った。
何か俺、花城に嫌われてるっぽいし…さっきだって、ちょっと触れたらビクッて…思い出すと凹む。
花城は驚いた顔で振り向き、俺を見上げた。

「そこまで送るよ。暗いし」
「……。」

頷いたような、お辞儀のようなことをして、花城は無言のまま歩き続ける。
少しの間無言で歩いて、俺は花城の横顔を盗み見ていた。あっという間にコンビニの前を通りかかる。この前のことを思い出したけど、今日はあのガラの悪い二人組はいなかった。

「……。…あの…もうここで…」
「……お前さあ」

言い返されると思っていなかったのか、花城は怯えるような目で俺を見上げた。

「なんでそんな遠慮すんの?」
「……。」
「ガラの悪い奴らに声掛けられて、待ち伏せまでされたのに、そんなに一人で帰りたいのか?怖くねーの?」
「……。」

何を考えているのか、花城は口を噤んだまま俯いた。

「俺は怖いんだけど。」
「…え?」
「そんな奴らに目ぇつけられてるお前を一人で帰すのがコエーっつうの。ほら、行くぞ」
「……。」

コンビニの前を通り過ぎる俺の後を、花城は大人しくついてきた。

「…さっきも何かあったんだろ?」
「…え…。」
「逃げてるみたいに見えたけど?」
「……。」

やはり黙り込んでうつむく花城。埒が明かない。

「…それとも、俺なんかした?」
「……。」
「だから何も喋ってくれねーの?」

花城はどんどん落ち込むように俯いて行って、とうとう足元を見つめた。

「……すみません…」

そしてか細い声がこぼれた。…答えになってないんだけど…。

「何がすみません?」
「……。」
「……。」

まただんまり…。
ついため息をつきかけて、こっそりとこぼす程度に堪えた。
嫌われてんのかなやっぱ。まあ好かれてはないよな、この態度…。つーか、俺は何でこんなに花城の態度に傷ついてんだ。確かに花城は…めちゃくちゃ美人だけど…。
…それに、なんでこんなに花城が気になるんだ。追いかけてきちゃったりなんかして。もちろん、夜道が心配だったのは本当だけど、そんなことを考えるよりも前に、俺は花城を追いかけていた。
花城の横顔は今日も悲しげで、足元を見つめながら、どこも見ていないように思える。

「……。」

思い切って手を伸ばし、花城の背中から、トントン、と向こうの肩をつついた。

「?」

花城が驚いて振り返る。俺はすぐに手を引っ込めたから、もちろん誰もいない。

「どした?」
「……いえ」

花城がまた俯いて歩きだしたのを確認し、また同じように、後ろから手を伸ばして、トントン、と向こうの肩をつつく。花城はまた、ぱっ、と振り返る。…素直すぎる…。こんなのやりつくされたイタズラなのに。

「……。」

今度は念入りに後ろも確認して、やや怯えたような表情でまた前を向く花城。…意外と騙されやすいのか花城。面白い。
俺はついつい調子に乗って、今度は不意を突き、後ろからこっそりまた俺と反対側の肩に手を伸ばして、ガシッ、と掴んだ。

「きゃああ!!」

花城は怯えて声を上げてそれを振り払い、がくんと崩れ落ちてへたり込んでしまった。

「ご、ごめんごめん、そんなに驚くとは…」

ばつが悪くなってあわててしゃがんで花城の様子を窺って、ぎくりとした。

「う…。」

花城は瞳を涙で濡らし、今まさに、宝石の欠片のように零れ落ちた一滴の涙が地面にぶつかって砕け散った。
な…泣かせちまった…!?

「え…、ちょ…花城…」
「……っ」

花城は、ぐすっ、と鼻を啜って、目元を拭った。

「ご、ごめん!!今の俺だから!マジで、そんなに驚くとは思わなくて」
「……。」
「花城、…花城?」

花城はまだ目元を濡らしたまま、すっ、と立ち上がった。そして足を踏み出し――小走りで逃げ出した。

「花城!おいっ、一人じゃあぶねーって…!」

俺の声も構わずに、花城は振り返らず走って行ってしまう。少し追いかけたけど、そこの角を曲がったところで花城が家の門扉を開けて中に駆け込んでいくのが見えて、俺は立ち止まった。
花城は真っ暗な家の中に入って行き、少しして、2階の部屋の窓が明るくなった。
俺はそれを見上げ、ため息をついて、諦めて踵を返し、トボトボと岐路についた。




***




「あっ!!帰ってきた!!」

寮に帰って食堂に入ると、倉持や純さん達に一気に取り囲まれた。

「な、何すか?」
「何すかじゃねーだろ!!聞いたぜ御幸ィ〜、好きな子いんだって?」
「は…、」

はあ?と言いかけて、はっと花城の顔が過って、赤くなる顔で倉持達を振り返ると、奴らはニヤニヤと俺を見ていた。こ、こいつら…純さん達に余計なこと言いやがったな!?

「…別にそういうんじゃないですよ」
「照れるな照れるな!その子のこと家まで送って来たんだろうがよ?オイ、どんな子だ!?可愛いのか!?」
「花城光ちゃんって、1年で可愛いって噂の子だよね。」

それまでニコニコ話を聞いていた亮さんが口を開くと、ますます野次馬がどよめいた。

「めちゃくちゃ美人で、天使とか姫とか呼ばれてるんだって?」
「ヒャハハ!亮さん詳しいっスね!」
「まあ、お前より友達多いからね。」
「……。」

「ゴラァ御幸!!写真ねーのか写真!!」
「あるわけないでしょ…マジでそういうんじゃないんですって」

ろくに話したこともないのに噂になるなんてたまったもんじゃない。まして、ついさっき泣かして逃げられたし…。

「…ん!?なんかお前泣いてねーか?」
「オラどうした御幸ィ!!まさかフラれたのか?」
「違いますよ!!…ほっといてください!」



***



…やっぱちゃんと謝んねーとマズいよなぁ…。
翌日、俺は廊下で1Aのプレートを見上げていた。

「…あれ?御幸先輩?」

と、ちょうど教室を出てきた東条が俺を見つけて立ち止まる。

「お疲れさまです!」
「ああ、うん。…あのさ東条」
「はい?」
「1Aに…花城って女子いるだろ」

きょとん、と東条の目が瞬いた。

「花城さん…、あ、はい。…え?」

教室の方を見て、また俺を見上げる東条。あの噂の美少女に一体何の用だろうと考える目で。
くそ、女子を呼び出すとか、絶対色々噂される奴じゃんか。

「ちょっと…呼んでくんない」
「え…、…は、はい」
「言っとくけど、別にそういうアレじゃないからな?」
「え?」
「ちょっと用があるだけだから。変な噂すんなよ」
「し、しませんよ…」

待っててください、と言い残し、東条は教室に入って行った。それからしばらく待って、本当に呼びに行ったのか心配になってきたとき、半分空いた教室のドアの隙間から、花城が現れた。…鷹野の腕に掴まって。

「…一緒?」

苦笑いする鷹野を見て花城に問うと、花城はちらっと俺を見上げ、小さく頷いた。

「あー…まあ、いいけど…」

別に告白しようとしてるわけじゃないし、この様子じゃ昨日のことはきっとすべて鷹野に話した後だろうし。それに、二人きりより俺も気が楽かもしれない。変な噂にもならないし。
人気のない渡通路に移動して、俺は二人に向き直った。

「昨日のことだけど…」

花城の怯えたような、だけど真っすぐな青い瞳が俺を見上げ、すぐに逸らされた。

「本当にごめん。……。」

すまなく思っているのは本当だけど、俺は花城があんなにおびえた理由がわからなかった。だってあんな悪ふざけ、誰だってやるし、よくある悪戯だから…。まあ、でも、花城も相当驚いてしまったのかもしれないし、暗闇で怖かったのかもしれないし、俺が嫌いなのかもしれないし…。

「……。」

花城はうつ向いたけど、それが俺の謝罪を受け入れる頷きなのか、考える俯きなのか、区別がつかなかった。

「大丈夫ですよ〜。ね?光!」

すると鷹野がフォローを入れてくれて、花城も今度こそ頷いた。…鷹野がいてよかった。

「びっくりしちゃったんだよね?」
「……。」
「御幸先輩もそんなに気にしないで!」
「あ、はあ…」
「昨日も光のこと送ってくれてありがとうございました!じゃ、次体育なので失礼しますね。」
「お、おう…」

行こ、と鷹野に促されて、花城は教室に戻っていく。
……花城の保護者か?鷹野は…。

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