予鈴が鳴って、御幸先輩と倉持先輩がやっと自分の教室に帰っていき、俺は教室に戻った。花城さんのそばには、さっきはいなかった花城さんと仲のいい女子…鷹野がいる。
鷹野は気さくで顔が広く、男女分け隔てなく接することのできる、さっぱりとした女子だ。
やっぱり、さっきのこと…花城さんに一言謝っておいたほうがいいよな?
俺はそう自分に言い聞かせ、花城さんたちのほうに足を向けた。鷹野はすでに察知したように、そんな俺を目で追っていた。
「花城さん!さっき、いきなり…ごめんな!」
思い切って声をかけると、花城さんは俺を見上げて静かに首を振った。
「ううん。」
気にしないでというようなそぶりだけど、花城さんの顔にはまだ動揺が浮かんでいる。
それもそうだろう、花城さんはおとなしい女子だし、あんなふうに知らない先輩たちに大声で呼ばれたら、驚くにきまってる。
「東条君、さっきの人たちなんだったの?」
鷹野が尋ねてきたが、それは非難がましいわけでもなく、単純な疑問のようだった。
「あー…部活の先輩たちだよ。」
「野球部の?」
「そうそう。」
「なんか私、メガネのほうの人見たことあるような〜…」
口元に人差し指を添え、うーんと唸る鷹野。
「あー…御幸先輩は有名人だから」
「え、なんかすごい人なの?」
「うん、プロも注目してる人でね…テレビとか雑誌にも出てるんだよ。」
「へえ〜、あ、私…兄貴の野球の雑誌で見たのかも!」
「天才キャッチャー、ってよく雑誌に載ってるよね。」
へえ〜、なるほど〜、と頷く鷹野を、花城さんは不思議そうに見上げ、静かに俯いた。
「光が可愛いから見に来たってこと?」
ズバリと言う鷹野には時々ぎくりとさせられる…。
「あ、まあ…うん、そう…かな」
「なあに〜はっきり言ってよ!」
「やー…うん…なんか、噂になってて」
本人の前で言うなんて気がとがめたけど、鷹野に問い詰められてぽろっとこぼすと、花城さんの顔が困惑に変わった。
「噂って?」
「えー…だからその〜…」
「カワイイからでしょ?」
「う…うん」
鷹野…ハッキリ言うなあ…!
しどろもどろ熱くなる顔で頷くと、花城さんも顔を赤くした。
「な…何それ?冗談やめてよ…。」
か…可愛い…!
花城さんってこんなに可愛いのに、こういう話題で照れるんだなぁ…。
すごくモテるだろうし、褒められ慣れてると思うけどなぁ…。
「あ〜。東条君も光に見とれちゃって〜…」
「!!!な、ち、違うよ!!やめろよ鷹野!」
「あははは。真っ赤〜」
そうだよ、だって、図星だから…!
言い返す間もなく本鈴が鳴って、鷹野は慌てて席に戻ってしまう。
俺は弁明の隙もないまま、花城さんの前の席に座り、いつまでも熱く感じる背中を少し丸めた。
***
「…そういえば、知ってる?」
クラスメイトの男たちと集まって話していた時、ひとりが声を潜めて身を乗り出し、勿体つけるように言った。
「花城さんってさ」
それが花城さんの話だと分かると、ほかのみんなも同様に身を乗り出して耳を傾ける。
「超お嬢様らしい。学校の裏手の通りにさ、デカいレンガの家あるじゃん。あそこ、花城さんの家らしいぜぇ」
「…まじ!?あの貴族の家みたいな?」
その家は青道生ならほとんどが知っている。俺も部活で走り込みをするとき、その家の前を通ることがあるので覚えている。
どっしりとした、お城みたいな、煉瓦造りの洋館だ。
「…姫じゃん」
一人がぽつりとつぶやいて、その称号があまりにも花城さんのイメージとぴったりで、ついみんなで顔を見合わせて頷き合った。
「あの…ちょっといい?」
と、急に背後から声がかかって、皆咄嗟に口を閉ざして振り向くと、すぐ後ろの教室のドアのところに先輩が立っていた。2年の、さわやかなイケメンの先輩だ。
「はい…?」
知らない先輩に目を瞬いて向き直ると、先輩は少し声を潜めて言う。
「花城光さん…呼んでくれない?」
はっと息をのんだ。みんなを振り返ると、みんな同じことを思ったように目を見くばせあった。
この先輩…花城さんに、まさか、告白…!?
まだ入学式から1週間しかたっていないのに!
「は、はい」
俺はぎこちなくうなずいて、皆に見守られながら花城さんのほうへ近づいて行った。
花城さんは鷹野と何かを話している。
「…えっ、婚約ってこと?」
鷹野にしては珍しく低く小さな声でつぶやいた言葉がかすかに聞こえた。
…な、なんかすごい気になる話してる…!?
だけど鷹野はすぐに近づいてくる俺に気が付いて、話を中断して顔を上げた。
「あの、花城さん。先輩が呼んでるよ」
花城さんに声をかけると、俺を見上げた花城さんが、俺の指すほうを振り返った。そして廊下に立つ先輩を見て、いぶかしげに眉を顰める。
「え…誰?」
花城さんも知らない先輩らしい。
「さ、さあ。俺も知らない」
「え、イケメンじゃん!告白かもよ!?」
鷹野はさっきまでの真剣みはどこへやら、いつもの調子で花城さんをはやし立てた。
「も〜、やめてよ…」
花城さんは恥ずかしそうに少し顔を赤らめ、おずおずと席を立って先輩のほうへ歩いて行った。クラスの皆が、知らない先輩に呼び出された花城さんを見守っている。皆恋愛事には興味津々なのだ。とくに、学校のマドンナ、花城さんに関することならばなおさらだ。
「どうも…俺、2年の速水遼です。」
「…はい。」
「えーと…」
速水先輩は周りを少し見渡した。
「ちょっとあっちに…いい?」
そして恥ずかしそうに花城さんを廊下の隅に促し、ひそひそと何かを話して、少しすると去っていった。
花城さんが教室に戻ってくると、皆の注目を浴びながら、そそくさと鷹野のもとへ戻った。
「告白!?」
「やめてよ…!連絡先聞かれただけ!」
「それって好きってことじゃーん!」
「もう…!」
尚もはやし立てる鷹野を諫めるように、小声で返す花城さん。だけど、鷹野の興奮は冷めず、ますます高揚している。
「えっ、で、交換したの!?」
「…断れなくて」
「いいじゃんいいじゃん!きゃ〜なんか楽しい〜!」
「…なんで?」
盛り上がる鷹野と照れている花城さんを見ながら、クラスの男子たちは内心穏やかではなさそうに、チラリと目を見くばせあっていた。