004

「御幸、倉持。」

練習終わりに急に哲さんに呼び止められて、心当たりが何もない俺たちは何か重要な話かと身構えた。

「はい…?」

姿勢を正して倉持と並んで哲さんに向き直ると、哲さんは大真面目な顔で言った。

「花城に軽々しく近づくな。」
「…えっ?」
「はい…?」
「だそうだ。」
「“だそうだ”!?」

まず哲さんの口から花城の名前が出てきただけでもびっくりなのに、手を出すな、とは…。

「え…哲さん、知り合いなんすか?」
「だそうだって…誰から言われたんすか?」
「知り合いだ。花城の友人から伝えろと言われた。」
「…???」

全く話が見えない…。そもそも花城さんは、こないだ見に行ったきり、会っていないし。

「…お前何かしたの?」
「なんでだよ!テメェだろ!」

「じゃあ、そういうことで」

哲さんは謎を残し、俺たちを置き去りにして去っていった。どこか急ぎ足で。
…何だったんだ?
急いで帰る哲さんを、亮さんたちも不思議そうに見送っていた。



***



廊下で花城さんを見かけた。

「おっ、やっほー」

ひらひら手を振ると、花城さんは俺を見て、怪訝そうに眉を寄せ、後ろを振り返った。

「いやいや…花ちゃん!俺のこと忘れたの!?」
「え、あ…。」

戸惑いを前面に表し、困った顔をする花城さん。

「こないだ会ったばっかじゃーん。俺、2年の御幸一也。よろしく花ちゃん♡」
「…花ちゃん?」
「おー。カワイくていいだろ?」
「……。」

迷惑そうに黙り込む花城さん。そんな顔もかわいい。

「まあいいや、花城ってさ、哲さんと知り合いなの?」
「哲…さん?」

ちゃっかり呼び捨てにしたが、苗字だし、花城はさほど気にした様子もなく聞き返してきた。

「結城哲也だよ、3年の。」
「…ああ…結城先輩。」
「知り合いなんだ?」

意外な組み合わせ。ちょっと妬けるかもしれない。どういう知り合いなのか気になる。

「知り合いっていうか…。家が近くて、昔から何となく知ってるだけで…。」
「ふうん…」

幼馴染ってやつ…?でも、そこまで親しくはなさそうだ。
ますます謎だ。まさか、哲さん、花城に気があるとか?

「ああーーーっ!!御幸一也!!!」

と、そこへ、空気をぶち壊す大声が響き渡り、花城が目を丸くした。
俺は振り向かずともこの声の主がわかり、げんなりとした。

「うるせーよ沢村!つーか呼び捨て!」
「なぜ1年の階に!!さては俺を監視して…ん!?」

ずかずか近づいてきた沢村が花城に気づき、ぴたりと立ち止まって、俺と花城を見比べて青ざめた。

「え、え、え…!!?み、御幸先輩の彼女ッ…!?」
「なんでそーなるんだよ!バカ」

さっさとどっか行け!とあしらうと、騒ぎを聞きつけた金丸が走ってきて、すみません!と保護者のように謝罪し、沢村をしばいて引きずっていった。あいつは面倒見がいい…。



***



「御幸、ちょっといい?」

教室に戻るなり、俺を呼び止めたのはクラスメイトの速水遼。
サッカー部でイケメンで誰にでも優しくて、女子にモテモテの男だ。

「何?」

別に仲良くもなんともないのにわざわざ俺に用とはいったい何なのか、全く心当たりがなくて尋ねると、速水は隣の倉持をちょっと見て、言いづらそうに言う。

「ちょっとここだと…廊下で。」
「…?わかった」

怪訝な顔の倉持に見送られて速水についていくと、廊下の人のするない窓際に速水が立ち止まり、俺を振り返った。
その顔は少し緊張していて、俺はいったい何なのだろうと身構えた。

「あのさ…、」

とても言いづらそうにぎこちなく、速水の顔は少し赤くなる。
そんな顔になるなんて…色恋沙汰関係の話?でも、なぜ速水が俺に?

「さっき、見たんだけど…」

さっき、といえば、俺は1年の廊下で花城と話していた。
で、沢村が彼女だなんだと騒いで…。
…あ、まさか。だんだんつじつまが…。

「御幸って…花城さんと仲いいの?」

…やっぱり花城のことか!
でも俺…ちょびっと話してただけだぞ。それでこんな大事に?

「いや…別に?」
「そうなの?さっき廊下で、一緒に話してたから…」
「いや、話って程のもんでもないけど。知り合ったばかりだし、よく知らねぇよ」

かわいいとは思ってるけど…。いや、それは男なら全員言わずもがなだな。

「そっか…。」

速水は納得したような、でも腑に落ち切らない微妙な顔になった。

「…え、速水って花城のこと…?」

ちょっと驚いて尋ねると、へらり、と変に緩んだ顔になってしまった。
速水は照れ臭そうに視線をそらして、唇をなめ、小さく、何度かうなずいた。

「まあ…気になってる」
「へ、へえ…」

花城って…やっぱあれだけの美女だとモテるんだな〜…。

「まあ…可愛いもんな〜アイツ…」

へらへら、他意なくそう言うと、チラリ、と速水の目が動いて俺を見た。

「…もしかして御幸も?」
「…え?」

な、何を言い出すんだこいつは。

「いやいや、よく知らねぇし…」
「…そっか。」

俺が手を振ると、速水はニコリと人懐こい笑顔を浮かべた。

「よかった。御幸がライバルじゃなくて。」

その笑顔はどこか、挑戦的にも見えたような気がしたが…。

「じゃ…それだけ。」

速水はそう言って、爽やかに笑い、教室に戻っていった。

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